第3話 パパとの約束
玄関が開いた音がしてケイちゃんが帰ってきたらしい。
本当にコンビニだったんだ。朝帰りするのかと思っちゃった。いやいや。別にケイちゃんがどこで何してようといいんだけどさ。モテるお兄ちゃんを持つ妹って憧れだったし。
「お帰り。早かったね。」
リビングに入ってきたケイちゃんに声をかけると、こちらに歩いてきた。歩いて…歩いて?
「ただいま。」
近づいて来たケイちゃんに自然に腕を回されて腕の中にすっぽりと収まってしまった。パパとは違う男の人の匂いにドギマギする。そのまま頬に軽く唇を触れさせてから耳元でささやかれた。
「出てく時は忘れてた。ゴメン。」
流れる動作で、ただいまのハグとチューを済ますとそのまま部屋に行ってしまった。
いえ…あの…忘れてて下さって結構です。っていうか、やぱり慣れてるぅう…。
佳喜は部屋に入るとそのままドアにもたれかかっていた。
「ダッセー。俺…。」
そうつぶやくと髪をかきあげたまま頭を抱えた。
しばらくすると佳喜の部屋をノックする音が響いた。
「あの心愛ですけどパパにテレビ電話しようと思うの。ケイちゃんもする?たぶんパパは二人でかけてこいとか言いそうだなって。」
「…そうだった。初日は必ずって言われてた。」
部屋から出ると心愛の横を通り抜けてリビングへ向かった。テレビ電話用にパソコンが置いてあるのだ。
ケイちゃんまた鋭い目つきに戻ってる。あんな目つきなのに笑うと可愛かったり色っぽかったり…。きっとそのギャップで女の子をってことだよね。
さっきも慣れてそうだったし…って言うか思い出すだけでこっちは恥ずかしい!
ち、近かったし。…ハグとチューだから当たり前なんだけど、毎回これじゃ心臓がもたないぃ!
叫びたい気持ちを我慢してケイちゃんの後からリビングへ向かった。
これまた慣れた手つきでパソコンを立ち上げてテレビ電話できるソフトをクリックしてる。
パソコンのパスワードまで知ってるって…パパ、心愛はグレるよ。
電話する時はだいたい時間を決めているからパパもすぐに電話に気づいたみたい。
「やぁ心愛。久しぶり。やっぱりいつ見ても可愛いな。」
「だ・か・ら、パパ?数時間前に会ったから。だいたい何の説明もなく行っちゃうなんて!」
きつく言ったってパパはなんとも思わないのは分かってるから、諦め気味のただの愚痴。
「心愛なら大丈夫だよ〜。パパの子だ。それに佳喜はお兄ちゃんなんだ。すぐに仲良くなれるさ。」
ほらやっぱり反省してないし。
「大丈夫です。喜一さん。俺がちゃんと面倒見ますから。」
丁寧な口調でケイちゃんは今にもパソコンに向かって頭を下げそうな勢い。
ケイちゃんってパパに敬語なんだ…。隠し子って言っても親子なのに…。そりゃそうか。一緒に暮らしてたのは私だもんね。
今でさえ仕事が忙しいパパだけどママがお空に還っちゃった子どもの頃は私のためにほぼ家に居てくれた。私が大学で家を出るまで私が一人で寂しいなんて思う暇もないほどに愛情たっぷりだった。たまに重過ぎる時もあったけど。
ぼんやりケイちゃんとパパのやりとりを見ていた私の耳に意外な言葉が届いた。
「また佳喜は目つきが鋭くなってるぞ。心愛の前では柔和でないとダメだと約束したはずだ。」
そんなことまで約束してるわけ?
「はい。すみません。気をつけます。」
あ、本当にパソコンに頭下げてる。ケイちゃん何も謝らなくても…。なんか二人の関係って上司と部下みたい。
「パパ。ケイちゃんはちゃんとパパとの約束守ってハグもチューもしてるよ?大丈夫だから。」
パパの目が見開いて画面に迫った。
「本当だな?パパの前でやってみなさい。」
「な…。」
どういう父親よ!今まで私に好きな子できても散々邪魔してきたくせに!
心の中で文句を言う私を置き去りにケイちゃんはまた腕を回してきた。今度は抱き寄せるとチュッって音まで出して頬に唇を寄せた。
ちょ、ちょっと!ケイちゃんパパに従順過ぎない?パパもこれ見たいってどうなの!?
「可愛いよ。心愛。ってセリフが足りないけど、まぁよしとしよう。兄妹仲良くな。パパはもう飛行機乗らなきゃ。」
言うが早いかブチッと通信が切れた。
パパったら相変わらず…。はぁ。でもそっかケイちゃんはお兄ちゃんだからいいのか。
なんとなく胸がチクッとした。
「俺、風呂入ってくる。」
パソコンの電源を落としたケイちゃんは全くもって余裕綽々だ。
でも私は聞きたいことがあった。ケイちゃんの腕をつかむと口を開く。
「パパの愛情を独り占めしてた私のこと憎いとか思わないのかな。ケイちゃんは。一緒に暮らすなんて大丈夫?」
しばしの無言。そりゃそうだろって声が聞こえてきそうで心臓がドクドクする。
「ココって馬鹿なのか?」
「…えっと。」
何か馬鹿発言しましたっけ?
ケイちゃんは、はーっとため息をついて頭をかいた。
「ココの方こそ俺のこと憎いって思わないのか?隠し子だぞ。」
「それは…。だって…悪いのパパだもん。ケイちゃんは悪くない。」
そのくらい分かる。だっておイタしたのはパパなわけで…。
プッ…ハハハッ。思わぬ大笑いにきょとんとしてケイちゃんの顔を見る。
「じゃ俺だって同じ。」
「同じ?」
「そう同じ。」
「…じゃやっぱりパパはクソジジイ!ってことだね。」
呆気に取られた顔をしてからクククッと笑ったケイちゃんの顔は今までの笑顔よりずっとずっとよかった。なんでそう思ったんだろう。分からないけど素敵に見えた。
佳喜はお風呂に浸かりながらつぶやく。
「本当にどこまでお人好しなんだよ。あいつもあの人達も。」
頭をクシャッとさせるとため息をついた。
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