ほるすたいん もーもー
黒毛和牛子の夫
第1話
・・・霧島牧場に行こうかな・・・
さちお君はそう思って、車のエンジンを始動した。
それなりにイケ面・美少年の、超売れっ子サスペンス俳優だけに、毎日がほんとに忙しい。昨日も深夜まで、大人気「さちおの事件簿 パート7」の撮影だった。いよいよ息抜きをしないと、脚本整理用のパソコンにかぶりついてしまいそうだ。
もっとも、単なる息抜きで済まさないのが、まもなく三十路のさちお君。ここだけの話、他にも実は用事があります。でもこればっかりは、何があってもマスコミに知られてなるものか。
午前10時! 空は快晴!!
市街地を抜け、郊外を駆け抜け、田園地帯に入り、窓をフルオープンにしてみた。この瞬間に生きる素晴らしさを感じているさちお君。ついでに、例の匂いも漂ってきた。
霧島牧場に到着するや、早速、ひでお号が寄って来た。彼はジャージー牛さん。栗毛が眩しい、だけど若干本人気づかずの3枚目。。。
「よお、さちお、久しぶり。」
ついさっきグルーミングが終わったばっかりらしく、艶やか。
「どう、今日の毛並。カリスマトリマーにやってもらったんだ。違うねやっぱり!」
右に左に首を振り、ご自慢ボディーの要所要所を、てっていてきに誇示してみせる。
「似合ってるよ(ホントに)。ついでに角まで磨いてもらったんだね。」
「まあね。光ってる?」
気付いてくれた事にご満悦のひでお号。ちょっと首を前に突き出す格好で、男の、表のシンボルを披露する。
「目の細かいやすりで一時間くらいかかったんだ。6000番?勿論両方の角でだけど。」
小粋に首を振ってみせた。
「鏡みたいだ。」
「で、さちおは、今日は、なに??」
びみょーにナルシストが入った仕草で、ひでお号、質問。
「息抜きだよ、息抜き。仕事で疲れたからさぁ。」
ホントに疲れるだ、最近の撮影は。経費節減なのかしら?そういえば、ロケ弁のサイズ、一回り小さくなっていたような…。
「ところで、みんな元気?」
「元気元気。気候も良いし、みんな外で草を食べてるよ。」
そう言いながら、ひでお号はさちお君の傍らに寄ってきて、スリスリしだした。
「このぉ、色男!ももこ号も元気だよ。」
ももこ号は、さちお君の彼女で、ホルスタイン牛さんである。
出会いはいつでも突然に・・・。
2年前に霧島牧場の中にある喫茶店「アルプス」の中で、さちお君は搾り立てミルク入りコーヒー「いちばんしぼりホット」を飲みながら脚本を読んでいた。その時、一頭の素敵な女性が窓の外を横切ったのである。
小奇麗に整えられた毛並・・・。
光り過ぎでもなければつや消しでもない、微妙な色合いの
そして、その愛らしい瞳!
なんてったってホルスタイン牛さん。黒毛と白毛のぶち模様が、なんていうか、いい!
若干、大きいかな(ここだけの話・・・)。
首に付けてる大きな
一目で恋に落ちてしまった…。
次の日から、さちお君は、事ある毎に霧島牧場に足を運んでしまう事になる。ああ、これぞ恋のなせる業。アルプスの窓際のその席は、さちお君の脚本チェックを口実にした指定席となり、営業が始まる朝九時には席に着き、夕方六時の営業終了まで、仕事という名目のもと、頑張った訳なのだ。
アルプスの、羊の店長さん等は、パソコン用にどうぞと、電源コードまで用意してくれると言う高待遇。挙句の果てにはプロデューサーとの打ち合わせまで、ココでする事に。とんだ田舎迄足を運ばされる彼の顔は、どう見ても辟易している。
が、しかし、しかしである。恋する三十路の美少年にとって、他人の都合なんて関係ナイナイ。ていうか、仕事が比較的、手につかないのよね。
だって、ももこ号が窓の外を横切るたびに、心臓がバッコンバッコンして、キーボードが叩けない。気が付けばパソコンの電源を落としてた事もあるのだ。
そこまで思うなら、声をかければ良いものを、残念ながらさちお君、そんな度胸は持ち合わせてなかった。ドラマ上での女優さんへの愛の告白とは訳が違うのだ。それ故、良いか悪いか、待ちの一手なのだった。
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