都道府県の女神さま。
@yuuyami18
第1話 大阪ちゃんは納豆が嫌い?
上を見上げると、気持ちのいい青空が広がっていました。
見渡す限りの大草原の真ん中には一本の舗装された道があって、それは赤い屋根が特徴的な、木造二階建ての学校へと繋がっています。校門にある学校銘板(がっこうめいばん)には『日本・都道府県女神学園』と掘られていました。
――ここは色んな神様たちが住む世界。
そしてこれは、四十七柱の都道府県の女神さま見習い達が通う学校のお話です。
教室に、キーンコーンカーンコーン、とお昼休みを知らせるチャイムの音が鳴り、教室にいる生徒たちは一斉に立ち上がり、ある人は購買部へ、ある人は弁当を、それぞれお昼ごはんの準備をします。
学校指定の制服に身を包み、教室の窓側一番奥にちょこんと座っている、二頭身しかないオカッパ頭の女の子――茨城ちゃんも昼食の準備を始めました。
この学校に通っている女の子は、みんな女神見習いの子なので、身長は二頭身ほどしかありません。それぞれが、将来立派な都道府県の女神さまになるため勉学に励んでいます。
「ふんふ~んだっぺ♪ ふんふ~んだ~ぺ♪」
茨城ちゃんは鼻歌を唄いながら、机の横に下げてある鞄からお弁当を取り出し、机の上に置きました。お弁当と言っても、どんぶりを風呂敷に包んであるだけの簡素な物です。
風呂敷を広げて、どんぶりの蓋をパカっと開くと、むわっと酸っぱい臭いが辺りに漂いました。なんと、どんぶりの中にはネバネバの納豆がぎっしりと詰まっていたのです。
「うほーっ、美味そうだっぺ!」
目を輝かせて納豆を見つめる茨城ちゃん。口の端にはヨダレが垂れています。
と、そこへ。
「ちょっと茨城ちゃん、臭いねんけど?」
うんざり顔で頭を掻きながら現れたのは、茶色いショートヘアーに、褐色肌が眩しいボーイッシュな女の子、大阪ちゃんでした。校則違反のミニスカートに、はだけた胸元がセクシーです。
大阪ちゃんは鼻先を手で扇ぎながら言いました。
「教室で納豆は堪忍してや。ウチその臭い我慢でけへんわ」
それを聞いて、キョトンとした顔で首を傾げる茨城ちゃん。
「そんな臭いすんべかな?」
納豆丼に鼻を近づけてクンクンしてみますが、別に変な臭いはしません。
「茨城ちゃんは慣れてもうてるから、納豆の臭いに気づかへんのよ。ウチらからしたら、結構な臭いやで? なあ和歌山」
大阪ちゃんに話を振られ、ちょっと離れた席で鮎ずしを頬張っていた、丸メガネに三つ編みおさげの女の子、和歌山ちゃんが「ええ、まあ……」と苦笑いをしました。
茨城ちゃんは納豆をかき混ぜながら、不機嫌そうに口を尖らせます。
「大阪ちゃんだって、たこ焼き臭いべ」
「なんやねん、たこ焼き臭いって。無理に張り合わんでええねん。――とにかく、納豆食いたいなら他所(よそ)で食ってや?」
「大阪ちゃん、そんなに納豆が嫌いだっぺか?」
「あかんわ、そんなん食いもんちゃうで。ただの罰ゲームやがな」
「ば、罰ゲーム……」
大好きな納豆をそんな風に言われてしまい、しょんぼりとする茨城ちゃん。でも、すぐに悪巧みを思いついて、ニヒヒと笑います。
「ねーねー大阪ちゃん」
「あん?」
「ちょっと目をつむって!」
「なんでやねん?」
「いいから!」
「……こうか?」
訝しげな表情を浮かべながらも、素直に瞳を閉じる大阪ちゃん。
「隙ありぃ!」
ズボッ!
茨城ちゃんは高速な動きで納豆を箸でつまむと、大阪ちゃんの口の中にねじ込みました。
「……っ!?」
納豆丼から大阪ちゃんの口へ、ねちゃ~っとした糸が橋を作ってます。
何をされたのか理解できず、目をパチクリさせる大阪ちゃん。
そしてすぐに――。
「むおおおおぉぉぉおおーーー!!」
教室にこだまする大阪ちゃんの絶叫に、教室に残っている生徒たちの視線が一斉に集まりました。
腰に手を当てて「んなっはっはっ!」と高笑いする茨城ちゃん。
「えがった、えがった。これで大阪ちゃんも納豆好きになんべ!」
「あ゛あ゛あ゛ああああ!!」
「お、大阪ちゃん!」
口を押さえて、ウザギみたいにぴょんぴょん跳ね回る大阪ちゃんに、和歌山ちゃんはダッシュで掃除用具入れから青バケツを持ってきて、すぐに手渡します。受け取った大阪ちゃんは、世にもおぞましい声を共に口の中の納豆を吐き出しました。
「だ、大丈夫、大阪ちゃん!?」
優しく背中を擦ってあげる和歌山ちゃん。
大阪ちゃんは汗でびっしょりになりながら、ぐったりします。そして徐々にその疲弊した顔が鬼神のように変わっていき――。
「い、ば、ら、ぎぃぃぃぃーー!!」
「ひゃあああー!!」
机の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら逃げる茨城ちゃんに、その机を薙ぎ倒しながら追いかける大阪ちゃん。二人の追いかけっこに、他の生徒たちの悲鳴が響きまわりました。
「待てやコラぁぁー!!」
「洒落でんがな! 大阪はん、堪忍やで!」
「エセ関西弁使ってんじゃねぇ!」
「ちゃいまんねん、大阪はんに納豆の美味しさを伝えたかっただけですねん! ほんまやでしかし!」
「てめぇ殺す!」
どんがらがっしゃーん、と盛大な音と共に破壊されていく教室に、周りの生徒たちはオロオロするだけでした。
「ちょっと二人とも、なにしてんのッ!!」
突然聞こえてきた怒鳴り声に、茨城ちゃんと大阪ちゃんはピタッと足を止めます。
教室のドアの前には、購買部で買ったパンの袋を提げた少女が一人、雷のような青筋を浮かばせて立っていました。長くきめ細やかな黒髪にカチューシャを付けた、すごく大人っぽい彼女は、このクラスの学級委員長でもある東京ちゃんです。
「うわぁぁぁん、姉御ぉー!!」
茨城ちゃんは涙を浮かべながら東京ちゃんに抱きつくと、その豊満な胸へと頭を埋めました。東京ちゃんは、よしよし、と頭を撫でながら、教室の惨状に眉をしかめます。二人の追いかけっこのせいで、机や椅子は倒れ、床には教科書やノートが散乱し、アチコチにみんなのお弁当が散らばってました。まるでゴミ屋敷です。
「――これはどういう事なの?」
東京ちゃんは静かに、でも怖さを感じる低い声で訊ねます。
「姉御、大阪ちゃんやで。大阪ちゃんがいけないんやで! 急に追いかけてきたもんだから、ウチもう怖くて怖くて……」
「てめぇ嘘つくな! っつーかそのエセ関西弁止めろ! ――東京、ウチが悪いんやないで。こうなった責任は全部そいつにあるんやから」
大阪ちゃんは、キリッとした目つきで茨城ちゃんを睨みます。
「どういう事か説明してくれる?」
「どうもこうもあるか。ウチが納豆嫌いや言うてんのに、そいつが無理やり口にねじ込んできてん。なあ和歌山?」
教室の隅で青バケツを持ったままの和歌山ちゃんは「ええ、まあ……」と苦笑いを浮かべました。
「本当なの、茨城ちゃん?」
東京ちゃんに訊ねられると、抱きついたままの茨城ちゃんは顔を上げて、
「だってな姉御、大阪ちゃんが納豆の事をバカにしたんだもん。こんなに美味しいのに」
東京ちゃんは、呆れたように溜め息を吐きました。そして茨城ちゃんの肩に手を置くと、優しい口調で諭します。
「あのね茨城ちゃん、誰だって苦手な食べ物ってあるよね? それを無理やり口に押し込まれたらどう思う?」
「…………」
茨城ちゃんは、苦手な数の子を口に押し込まれている自分の姿を想像して、ぶるっと身震いさせました。
「好きな物をバカにされて怒っちゃう気持ちも解るけど、だからと言ってそれを人に強要しちゃダメでしょ。今回の件は茨城ちゃんが全面的に悪い。でしょ?」
「……はい」
「それじゃ、ちゃんと大阪ちゃんに謝ろ?」
東京ちゃんに背中を押され、しょぼんとした顔の茨城ちゃんは大阪ちゃんの前まで生き、丁寧に頭を下げます。
「大阪ちゃん、ごめんなさい」
「ったく。もうええわ」
大阪ちゃんは面倒くさそうに頭を掻きました。
「それじゃお昼休みが終わる前に教室の片付けをしましょう。みんな手伝って」
「はーい」
東京ちゃんの号令の元、クラスのみんなで協力して、散らかった教室のお片付けが始まりました――。
そしてその日の夜。
草木も眠る丑三つ時。夜空に浮かぶ大きな月の明かりを浴びて、森の小道を茨城ちゃんが、大きな『なにか』を引きずりながら歩いています。
「うんしょ、うんしょ……」
小さな身体を一生懸命動かしながら、頑張って運ぶ茨城ちゃん。
ふくろうに見守られながら森を抜けると、すぐに派手な装飾の付いた家が見えてきました。ドアの表札には『大阪ちゃんの家やで!』と書かれてます。
大阪ちゃんのドアの前に到着すると、茨城ちゃんは引きずっていたそれを家の前に置きました。
「ふい~、これでよかっぺ」
袖で額の汗を拭った後、茨城ちゃんは満足げな顔で、今来た道をテクテクと戻っていきました。
――翌朝。
「ぎゃあああーー!!」
大阪ちゃんの家から絶叫が聞こえてきます。
なんと、家の前に置いてあったのは、大阪ちゃんと同じぐらいの大きさの巨大アンコウだったのです。まだ生きているらしく、口をぱくぱくさせてます。
朝の光を反射させるヌメヌメした表面には、一枚のメモが置いてありました。
そこにはこう書かれています。
『大阪ちゃんへ。
昨日はごめんなさい。大阪ちゃんが嫌がる事をしてしまった事を、すごく反省してます。お詫びとして、ウチの特産品であるアンコウをあげるから許してください。
茨城より。
追伸・あたしの名前は『いばら【ぎ】』じゃなくて、『いばら【き】』です。覚えてね♪』
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