シャリ
ヨシクボ
シャリ
寿司職人を目指して二年目の春。先輩に言われた。
「明日シャリ当番、一緒にやるぞ。」
嬉しくて震えた。一年目はいわゆる「追い回し」でほぼ、自分の包丁さえ握っていなかった。
「あれ取ってこい。これ用意しといて。遅い!邪魔なんだよ!」
怒鳴られ、朝から晩まで走り回り、アパートの布団に倒れこんで眠る日々。余りの激務に同期も何人も辞めて、自分しか残っていなかった。初めて仕事を与えられ、認められた気がした。
翌日、先輩と一緒にシャリ炊きをする。店では朝に最低でも2、5升を五本。五個あるシャリ釜に数分置きに点火して、炊き上がったシャリに酢を合わせていく。シャリの水加減、浸水時間、点火時間、一つでも失敗すると全てが狂う。その為シャリ当番に遅刻は許されない。
三日後事件は起こった。先輩が来ない。電話も繋がらず、シャリ釜は既に点火していた。自分が「シャリ切り」をするしかなかった。先輩の切る様子は毎日観察していた。合わせ酢もシャリを入れるお櫃も用意した。
「大丈夫だ。俺ならやれるはず。」
自分に何度も言い聞かせた。
汗だくになって何とか終わらせた。その後、出勤してきた親方に味を見てもらい、シャリはそのまま営業に使われた。先輩はそのまま逃げて帰って来なかった。僕は先輩のポジションに入る形で出世した。親方が言う。
「常に直上の人間の仕事を見てろ。その仕事が、いつ自分に回ってきても出来るようにしとけよ。板場の前では、最後に頼りになるのは自分だけだからな。」
現在十年目、僕はカウンターで寿司を握っている。違う店で働いているが、今でもあの時の「シャリ切り」と親方の言葉は鮮明に覚えている。おそらく死ぬまで忘れる事は無いだろう。僕は今日も肝に銘じて、お客様との真剣勝負に向かっている。
シャリ ヨシクボ @88883310
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