【BL】潔癖症のアイツが俺に___を許すまで
とらの尾 ふみ文
第1話「大雑把」と「潔癖症」
空は雲が低く垂れ込め、午後四時だというのに薄暗い。今にも雨が降るぞ、と
窓に向かって直角に設置されたデスクの上には、パソコンのモニターが光っている。立川の所属する『株式会社ジモテック』のシステムエンジニア部は、プログラミングの仕事に集中できるようにと個人のブースが割り当てられており、半個室状態のそこは立川の世界観に溢れていた。仕事に何ら関係の無い仮面ライダーフィギュアは、書類を入れるレターケースの上にぎっしりと並べられていた。ジャズのレコードが衝立に貼られ、その上には無造作に付箋が貼り付けられている。付箋には立川本人にしか解読できないようなミミズののたくった汚文字が書かれており、仲間からは「三時間居たら頭がおかしくなる立川の巣」と揶揄されていた。
首を傾げ、ぼんやりと窓の外に目を向けていた立川の右頬を、モニターの光が白々しく照らしている。ものの数分しない間に、立川の予想通り、大きな雨粒がぽつりと窓を叩いた。その一粒を合図にしたように、
「うっわ、雨?」
社内の誰かが声を上げ、下ろしていたブラインドを上げるカシャカシャという金属の擦れる音が微かに響いた。誰にともなく、立川が声をかけた。
「
「あー、出てる」
先輩の楠原がなんの感情も持たない返答を寄越す。
窓の外では乱立するビルのアスファルトが水分を含み、濃い鼠色に変色していた。何の希望も光も無いとでも言いたげに、早い時刻から静かに闇を求めるその様を見て立川は物憂げな表情を浮かべた。
ふと気づくと、眼下に一台のタクシーがすべりこんできた。ビルの下まで来たところで、助手席が開いてすぐさま傘が開かれた。それは闇を切り裂き希望の光を放つ、太陽のような鮮やかな赤だった。
立川は、窓の下を覗き込もうとした。赤い傘は後部座席側に回るとしばし動きを止め、やがてビルの内部へと消える。
「帰ってきた」
立川は一人言って、今まで弄っていたデータを保存すると席を立った。そして素知らぬ顔で廊下へ出る。丁度その時、エレベーターが四階へ上がってきた。ポン、という音で扉が左右に開かれたそこには、社長をエスコートする秘書の
「おう、おかえり」
「……」
立川の挨拶に対して猫戸は一瞥をくれ、横を通り過ぎようとする。その時、猫戸の後ろを歩いてきた社長が立川に気づき声を掛けた。
「おっ、立川、拭くもの持ってないか」
「ありますよ」
言って、尻ポケットに手を突っ込んだ立川の前に身を乗り出して、猫戸が二人の間を遮る。
「康男さん、こちらをどうぞ」
自然な動きで猫戸がクラッチバッグから真っ白なハンカチを取り出し、社長に差し出した。しかし社長は受け取らず、きょとんとした顔で猫戸を見た。
「いや、俺にじゃなくて、お前に……」
「はい?」
「さっき車を降りるときにお前濡れただろ、だからとりあえず借りて拭け」
「それであれば私はこのハンカチがございますので、お気遣い痛み入ります」
猫戸の早い口調は露骨な焦りを現していた。立川は、中年の社長と、自分と同じ年齢の同僚のやりとりをニヤニヤしながら見ている。
「お前のそんなハンケチじゃ何も拭けんだろうが。廊下が濡れるから早く拭け。俺が施設のおばちゃんに怒られるんだよ」
社長の言葉に猫戸は黙り込んだ。そしてゆっくりと振り返り、立川を見る。立川は嬉しそうな、それでいて勝ち誇ったような表情を浮かべて猫戸を見下ろしていた。
「……」
猫戸は無言で立川を見ており、何も言わない。しかし、ここにいつまでも居るわけにはいかないという焦燥感が見て取れた。唇を一文字に引いて数度瞬きをすると、猫戸は「貸せ」と呟いた。
立川がにんまりと笑うと、尻ポケットに再度手を突っ込んだ。そしてわざと見せつけるように腰を捻り、右手をゆっくりと尻ポケットから引き抜いた。その手にはタオルハンカチが握られている。優しい綿で織られていたであろうそれは、立川の酷使によってクタクタになり、いくつもの織り糸が飛び出していた。当然の如く色が褪せている。タオルハンカチに寿命があるならば、おそらく既に死後だ。それを見た猫戸の顔が引き攣った。
「……ありがとう」
憎々し気に言い、猫戸は人差し指と親指で最大限触れないようにしながら、立川の手からタオルハンカチの引き上げを試みる。その時、社長の携帯電話が鳴った。社長の意識が携帯電話に向けられ、おもむろに「おう、
「アッ」
立川から短い声が上がる。猫戸は立川を
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