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「おっと、動かないで貰おう。こいつは玩具ではない」
伊藤は右手に、拳銃のようなものを握っていた。僕は拳銃については素人だが、照明に鈍い光を反射する物体は、ひどく邪悪で、危険な印象を与えていた。
僕と絵里香は凍りついた。
気がつくと、アニマはいなくなっていた。
僕と絵里香が動きを止めたので、伊藤は満足そうな笑みを浮かべた。
「それで良い。俺も、こいつは使いたくないんだ」
「使いたくないのなら、仕舞ってろ! もしも、ということがある。うっかり暴発でもされたら、こっちが迷惑だ」
絵里香はすかさず反撃した。
伊藤の岩を刻んだような顔に、一瞬怒りの色が浮かんだが、すぐさま、平静に戻った。伊藤は苦笑いをすると、安全装置を動かし、拳銃を内懐に仕舞った。
「まあ、そうだな。それより、これがタイムレシーバーか」
伊藤は、相変わらずガタガタ動いている機械に、ちらっと視線をやって、呟いた。
僕は、伊藤の言葉を聞きとがめた。
「タイムレシーバーだって?」
絵里香は頷いた。
「そうだ。この機械の機能を、正確に表現すると、時間を超えて通信を行う装置……つまりタイムレシーバーだな」
僕に向かって説明すると、絵里香は一歩前へ踏み出し、伊藤に向き直った。
「おい! それよりお前の正体を明かせ! ただの運転手じゃあ、なさそうだ」
「御嬢様は、どう考える?」
逆に伊藤に尋ねられ、絵里香は唇を引き締めた。
「多分、お前はこの時代の人間じゃ、ないだろう。きっと未来からやってきたんだ。目的は、歴史の修正……つまり、タイム・パトロールじゃないか?」
伊藤は唇を窄め「ほっほっほっ……」と、鳩の鳴き声のように聞こえる、笑い声を上げた。
「僅かな手掛かりで、よく答えを引き出せたものだ。さすが、IQ三百の超天才」
伊藤と絵里香の間で交わされた会話に、僕はまるで五里霧中だった。二人だけで了解しているため、僕は置き去りだ。
絵里香は伊藤を指差し、口を開いた。
「こいつが、機械を一目見て、どうしてタイムレシーバーと見破ったか、それが問題だ。どんなに機械に詳しい奴でも、おいらが組み立てた機械を見て、タイムレシーバーだと理解できるわけがない」
僕は頷いた。
「まあ、そうだね。今でも僕は、この機械が、洗濯機と、芝刈り機のごちゃ混ぜにしか、見えないよ」
絵里香は僕の表現が気に入ったのか「ははっ!」と短く笑った。
「そうだな。だが、この伊藤という男は、何も説明されなくとも、機能を当てて見せた。それから考えられることは、おいらが組み立てる以前から、タイムレシーバーが存在すると判っていたからとしか、思えない。ではなぜおいらがタイムレシーバーを組み立てると断定できるのか。それは奴が未来で、おいらの発明について詳しく知る立場にあるからだ、という結論になる。組み立てた途端、奴が姿を現したのは、おいらの発明品を横取りするためだ。多分、この時代に、おいらがこのような発明をするのは、歴史に矛盾するんだろうな。だから奴は、歴史を守る立場の人間、つまりタイム・パトロールってわけさ」
絵里香は一気に、捲くし立てた。
伊藤はじりっと、機械に近づいた。
「御名答! 俺はこの時代から千年後、つまり三十一世紀からやってきた。本来、時間理論が完成するのは、この時点から五百年後だ。この時代で真兼絵里香によって、タイムレシーバーが完成すると、歴史が狂う。それは許されない! 時間局は、時間流監視装置により、真兼絵里香の、タイムレシーバーの存在を突き止め、この時点へ俺を送った」
伊藤はさらに機械に近づき、ポケットからさっきの拳銃とは違う、金属製の器具を取り出した。器具を僕らに向け、伊藤は口を開いた。
「悪いが、この機械は俺が回収し、未来へ送る。君ら二人の処分だが、脳の記憶から、今から過去三日間の記憶を消去させて貰う。つまりタイムレシーバーの完成そのものを、ないものとするのだ……悪く思うな……」
絵里香は怒りのあまり、全身を細かく震わせていた。
「何でおいらが、タイムレシーバーを完成させる前に、止めない? 今になって、なぜ正体を明かす?」
伊藤は得意そうな口調になった。
「その理由は、君なら判るはずだがな。そもそも俺が出向いたのは、公式にタイムマシンの理論が完成する前に、タイムレシーバーが存在したからだ。俺が出向くためには、君がタイムレシーバーを完成させなければならない。レシーバーが完成すれば、歴史が狂うから、俺が派遣される。この理屈からいっても、君が機械を完成させることは、必然だ」
絵里香と、伊藤の会話は、僕にとって珍粉漢粉だった。ただこの場の緊張が、じりじりと高まっていることは、僕にも感じられた。
突然、伊藤の握り締めている、器具の先端がギラッと光を放った。器具からの光は、僕と絵里香を捉え、全身を貫いた。光が全身を貫いた瞬間、絵里香は動きを止めた。絵里香の身体は、硬直したまま、バッタリと仰向けに倒れこんだ。
光は僕の身体も貫いていた。
が、僕は絵里香と違い、動きを止められることもなく、さっと伊藤の持つ器具の光から逃れていた。僕の動きを見て、伊藤の顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「なぜ動けるっ!」
伊藤の口調は、
どうやら僕には、伊藤の放つ光は、懐中電灯と同じ効果しかなさそうだ。
伊藤は唸り声を上げると、僕に向かって突進してきた。のしのしと大股で歩く巨体が近づき、僕は恐怖に凍りついた。
「なぜ、お前には、
伊藤は咆哮し、僕に向かって腕を伸ばしてきた。僕を掴まえるつもりらしい。あんなゴリラのような腕で掴まれたら、こっちが怪我をしそうなので、僕は横っ飛びに逃れた。
が、伊藤の動きは、巨体からは想像もつかないほど、素早かった。襟首を、指先で引っ掛けられ、僕はぐいっ! と伊藤の片腕で宙吊りになった。
たちまち伊藤の、ぶっ太い腕が僕の首に巻きつき、僕は呼吸が出来なくなって、気が遠くなった。身動きできない僕の蟀谷に、伊藤はあの銀色に光る器具を押し付けた。
僕の身体を、ガッチリと押さえつけた伊藤は、激しい息遣いの下から、僕に向かって囁きかけた。
「麻痺光線が効かないのなら、直接記憶を消してやる。動くなよ、下手に動かれたら、お前の脳組織に損傷がおきる」
その時、研究室のドアが、外側からどんどんと、激しくノックされた!
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