2

「おっと、動かないで貰おう。こいつは玩具ではない」

 伊藤は右手に、拳銃のようなものを握っていた。僕は拳銃については素人だが、照明に鈍い光を反射する物体は、ひどく邪悪で、危険な印象を与えていた。

 僕と絵里香は凍りついた。

 気がつくと、アニマはいなくなっていた。

 僕と絵里香が動きを止めたので、伊藤は満足そうな笑みを浮かべた。

「それで良い。俺も、こいつは使いたくないんだ」

「使いたくないのなら、仕舞ってろ! もしも、ということがある。うっかり暴発でもされたら、こっちが迷惑だ」

 絵里香はすかさず反撃した。

 伊藤の岩を刻んだような顔に、一瞬怒りの色が浮かんだが、すぐさま、平静に戻った。伊藤は苦笑いをすると、安全装置を動かし、拳銃を内懐に仕舞った。

「まあ、そうだな。それより、これがタイムレシーバーか」

 伊藤は、相変わらずガタガタ動いている機械に、ちらっと視線をやって、呟いた。

 僕は、伊藤の言葉を聞きとがめた。

「タイムレシーバーだって?」

 絵里香は頷いた。

「そうだ。この機械の機能を、正確に表現すると、時間を超えて通信を行う装置……つまりタイムレシーバーだな」

 僕に向かって説明すると、絵里香は一歩前へ踏み出し、伊藤に向き直った。

「おい! それよりお前の正体を明かせ! ただの運転手じゃあ、なさそうだ」

「御嬢様は、どう考える?」

 逆に伊藤に尋ねられ、絵里香は唇を引き締めた。

「多分、お前はこの時代の人間じゃ、ないだろう。きっと未来からやってきたんだ。目的は、歴史の修正……つまり、タイム・パトロールじゃないか?」

 伊藤は唇を窄め「ほっほっほっ……」と、鳩の鳴き声のように聞こえる、笑い声を上げた。

「僅かな手掛かりで、よく答えを引き出せたものだ。さすが、IQ三百の超天才」

 伊藤と絵里香の間で交わされた会話に、僕はまるで五里霧中だった。二人だけで了解しているため、僕は置き去りだ。

 絵里香は伊藤を指差し、口を開いた。

「こいつが、機械を一目見て、どうしてタイムレシーバーと見破ったか、それが問題だ。どんなに機械に詳しい奴でも、おいらが組み立てた機械を見て、タイムレシーバーだと理解できるわけがない」

 僕は頷いた。

「まあ、そうだね。今でも僕は、この機械が、洗濯機と、芝刈り機のごちゃ混ぜにしか、見えないよ」

 絵里香は僕の表現が気に入ったのか「ははっ!」と短く笑った。

「そうだな。だが、この伊藤という男は、何も説明されなくとも、機能を当てて見せた。それから考えられることは、おいらが組み立てる以前から、タイムレシーバーが存在すると判っていたからとしか、思えない。ではなぜおいらがタイムレシーバーを組み立てると断定できるのか。それは奴が未来で、おいらの発明について詳しく知る立場にあるからだ、という結論になる。組み立てた途端、奴が姿を現したのは、おいらの発明品を横取りするためだ。多分、この時代に、おいらがこのような発明をするのは、歴史に矛盾するんだろうな。だから奴は、歴史を守る立場の人間、つまりタイム・パトロールってわけさ」

 絵里香は一気に、捲くし立てた。

 伊藤はじりっと、機械に近づいた。

「御名答! 俺はこの時代から千年後、つまり三十一世紀からやってきた。本来、時間理論が完成するのは、この時点から五百年後だ。この時代で真兼絵里香によって、タイムレシーバーが完成すると、歴史が狂う。それは許されない! 時間局は、時間流監視装置により、真兼絵里香の、タイムレシーバーの存在を突き止め、この時点へ俺を送った」

 伊藤はさらに機械に近づき、ポケットからさっきの拳銃とは違う、金属製の器具を取り出した。器具を僕らに向け、伊藤は口を開いた。

「悪いが、この機械は俺が回収し、未来へ送る。君ら二人の処分だが、脳の記憶から、今から過去三日間の記憶を消去させて貰う。つまりタイムレシーバーの完成そのものを、ないものとするのだ……悪く思うな……」

 絵里香は怒りのあまり、全身を細かく震わせていた。

「何でおいらが、タイムレシーバーを完成させる前に、止めない? 今になって、なぜ正体を明かす?」

 伊藤は得意そうな口調になった。

「その理由は、君なら判るはずだがな。そもそも俺が出向いたのは、公式にタイムマシンの理論が完成する前に、タイムレシーバーが存在したからだ。俺が出向くためには、君がタイムレシーバーを完成させなければならない。レシーバーが完成すれば、歴史が狂うから、俺が派遣される。この理屈からいっても、君が機械を完成させることは、必然だ」

 絵里香と、伊藤の会話は、僕にとって珍粉漢粉だった。ただこの場の緊張が、じりじりと高まっていることは、僕にも感じられた。

 突然、伊藤の握り締めている、器具の先端がギラッと光を放った。器具からの光は、僕と絵里香を捉え、全身を貫いた。光が全身を貫いた瞬間、絵里香は動きを止めた。絵里香の身体は、硬直したまま、バッタリと仰向けに倒れこんだ。

 光は僕の身体も貫いていた。

 が、僕は絵里香と違い、動きを止められることもなく、さっと伊藤の持つ器具の光から逃れていた。僕の動きを見て、伊藤の顔に驚愕の表情が浮かんだ。

「なぜ動けるっ!」

 伊藤の口調は、なじっているようだった。まるで僕が動けることが、自然の法則に反していると言わんばかりだった。伊藤は歯を食いしばり、僕に向かって二度、三度と光を浴びせた。僕は、伊藤の放つ光を浴びたが、まるで平気だった。

 どうやら僕には、伊藤の放つ光は、懐中電灯と同じ効果しかなさそうだ。

 伊藤は唸り声を上げると、僕に向かって突進してきた。のしのしと大股で歩く巨体が近づき、僕は恐怖に凍りついた。

「なぜ、お前には、神経麻痺光線パラライザーが効かない? お前の正体は何だ!」

 伊藤は咆哮し、僕に向かって腕を伸ばしてきた。僕を掴まえるつもりらしい。あんなゴリラのような腕で掴まれたら、こっちが怪我をしそうなので、僕は横っ飛びに逃れた。

 が、伊藤の動きは、巨体からは想像もつかないほど、素早かった。襟首を、指先で引っ掛けられ、僕はぐいっ! と伊藤の片腕で宙吊りになった。

 たちまち伊藤の、ぶっ太い腕が僕の首に巻きつき、僕は呼吸が出来なくなって、気が遠くなった。身動きできない僕の蟀谷に、伊藤はあの銀色に光る器具を押し付けた。

 僕の身体を、ガッチリと押さえつけた伊藤は、激しい息遣いの下から、僕に向かって囁きかけた。

「麻痺光線が効かないのなら、直接記憶を消してやる。動くなよ、下手に動かれたら、お前の脳組織に損傷がおきる」

 その時、研究室のドアが、外側からどんどんと、激しくノックされた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る