第36話 Family -Ayaka side-
マニキュアを落とした指先が小刻みに揺れている。
(あ~、やっぱり気まずいよぉ・・・)
父と顔を合わせるのは大学時代に勘当されて以来なのだ。
カチャ・・。ガチャリ。
お土産のアンコールクッキーを片手に、なかなかチャイムが押せずにいると内側からドアが開いた。
※アンコールクッキー=アンコール・ワット型の手作りクッキー。カンボジア土産の大定番。
「あら。遅かったわね。電車も終わっちゃったし、もう帰ってくるかと思って待ってたのよ。こんな所に突っ立ってないで早く入って!」
そう母に促されて玄関をくぐると、昔と変わらぬ実家の匂いが鼻をかすめた。
「シンイチ、お酒臭いわねー。帰国早々どこをほっつき歩いてたの?お父さんは待ちくたびれて休んじゃったから・・・。シャワー浴びてとっとと寝なさい!」
久々の再会とは思えぬほど母は自然体を繕っている。
私の気持ちなんて何も分かってくれない!
そんな風に反抗した時期もあった。
だが、今、必死で涙をこらえる彼女の背中から感じるのは100%の愛情だ。
「ごめんなさい・・・」
声をかけた私を母はしっかりと抱きしめてくれた。
「お父さんね・・・。本当はステージ4の末期癌なの。あまり長くは持たないそうよ」
「えっ!!?」
唐突に告げられた死の宣告。
「本人がシンイチには教えるなって言うもんだから黙ってたけど。明日、お父さんの身体を見てショックを受けないように・・・」
※ ※
私は、お風呂に浸かりながらひとしきり泣いた後で布団に潜った。
「余命半年・・・」
すっかり酔が冷めた頭の中で母の言葉が繰り返される。
旅立ってしまうには、あまりにも早すぎた。
せめて最後くらい、ありのままの自分をぶつけてみよう。
シェムリアップでのボランティア生活や素敵な彼の話・・・。伝えたいことが山ほどある。
カーテン越しの空が白み始めた。
明け方、部屋のドアがスーッと開いた気配があったが、私は見て見ぬ振りで
※ ※
翌日。見る影もなく痩せた父に、私は幼少時代から抱えていた葛藤を余すところなくぶちまけた。
「シンイチ・・・。辛い思いをさせて悪かった。お父さんが勉強不足だったよ。一度きりの人生、好きに生きればいいさ。もう少し我が息子の活躍を応援したかった気もするけどな・・・」
「心配いらないよ。お父さんの真っ直ぐな性格は、ちゃんと私の中に受け継がれているから。ろくに日本に居つかないところまで似ちゃったけどね。アッハハハ。お母さんの手料理を食べてゆっくり休んでれば癌なんて治っちゃうよ!」
そのセリフを聞いた両親が、はにかむように顔を合わせた。
今は病魔を憎むよりも束の間の幸せに感謝しよう。
「お父さん。お母さん。生んでくれてありがとう・・・」
※ ※
陽だまりの実家で2日間を過ごした私は、カズさんよりひと足先に日本を離れた。
海を越えた小さな街で、もう一つの大切な家族が待っている。
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