第25話 ビア・サイゴン -Kazu side-
仕事を終えた高橋さんがデタム通りのベトナム料理屋に連れて行ってくれた。三階のテラス席からはバックパッカー街の熱気あふれる混沌が見下ろせる。
「二人ともベトナムは初めてじゃないよね?面倒な話は後回し。先ずは乾杯!」
サイゴンビールのドライな口当たりを楽しんでいると、生春巻きやバインセオ(ベトナム風オムレツ)といった、ベトナムの大定番メニューが運ばれてきた。
「高橋さん、やっぱり本場の生春巻きは旨いですねー!」
「だろ?最初は香草の匂いがキツくて嫌だっんだけどね。今じゃガッツリとパクチーが入ってないと物足りなくてさ。ところでアヤカちゃんはかなりの酒豪だって聞いてるよ」
「そんなことないですよー。でも、ベトナム産のウィスキーには興味ありまーす!キャハハハ」
「さすがだねぇ!折角だからボトル入れちゃおうか」
ひとしきり、くだけたムードで盛り上がった3人が小蟹の唐揚げをつまみにウォールストリートをあおっていると高橋さんの携帯が鳴りだした。
そして、ベトナム語での通話を終えると沈痛な面持ちで口をひらいたのである。
※WALL STREET=ベトナム庶民の味方。リーズナブルな国産ウィスキー。
「さてと・・・。今の電話はメコン・デルタに詳しい船頭からだよ。相場の3倍の報酬を支払う約束でガイドを頼み込んだんだが・・。こんな時間になってようやくOKがもらえたよ」
その経緯を聞いただけで、改めて今回の取材は相当なリスクを伴うのだと想像がつく。ベトナムの物価を考えれば誰もが飛びつきそうな大金を積まれても二の足を踏む仕事なのだ。
「もし断られたら調査を中止せざるを得ない状況だったんですね。なんだか急に実感が湧いてきました」
ホロ酔いだった一同の表情がみるみると硬くなる。
「素直に白状するとさ。付き合いが長い内村社長からの依頼じゃなきゃ、俺はこの仕事を受けてなかったよ。これからだって時に、弱音なんて吐きたくなかったんだけどね」
つい先日、高橋さんはベトナム人の奥さんとの間に待望の赤ちゃんを授かったばかりなのだ。その胸中察するに余りある。
「あ、でも誤解しないで。最終的に協力するって決めたのは自らの意思だからね。俺だって同じ子を持つ親として人身売買なんて卑劣な犯罪は絶対に許せない!」
ゴツン!!
と、ここで水割りのグラスを叩きつけるように置いたのはアヤカだった。
「これだけは約束しましょう!絶対に深追いはしないって・・・。危険だと感じたら引き返すのも勇気です!」
「もちろんだよアヤカちゃん・・・。皆の安全を最優先でいこう」
その後、大通りでタクシーをひろった高橋さんは、家族の待つレタントンエリアへと帰っていった。
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