広告屋 池中光一

@harubou1207

第1話マーケティング

広告屋 池中 光一

彼、池中光一が広告屋になると決意したのは彼が広告会社出身でもなく単に何の資格も無くても成れる商売である点に注目したからである。確かに彼はミニコミ誌を発行したりミニコミ誌の広告を募集した経験はあるが企業が広告を利用する事の本質を理解していたわけではない。彼は偶然NTTの特殊電話帳の広告募集を後輩と二人でアルバイトを使い2府4県の主要都市で大手広告代理店の下請けとして展開していたが、利益は出るが面白くなかった。

そんな時に不動産広告を中心に活動している中堅広告代理店と知り合い大手不動産の売れ残りのチラシを受注した。チラシの受注と言ってもB4サイズのチラシが中心で印刷も折込みも別でデザインだけの仕事であった。それでも地図の周りにマッチ箱程度の広告をかき集めて作り込む電話帳よりかは楽しかった。彼は後輩とコンビを組み不動産広告を受注している中堅広告代理店を片端から回り、売れ残りのマンションのチラシを受注した。

彼は新しい物好きで日本に上陸したばかりのマッキントッシュのパソコンとスキャナー、カラーコピー、カラープリンターを会社に所有していた。当時の大阪第1号で大手企業がパソコン販売会社に連れられシステムを見学に来ていた。このパソコンはデザインのスピードと作業内容を変革した。今までは暗室の中で文字を焼き付け切り抜き台紙に張っていたが、パソコンの画面の中で全てが完結した。マックも初期のころ写真はまだラフ程度の仕上がりしか利用できなかったためポジフィルムだけは印刷会社に以前同様に手渡しをしていた。彼はこのスピードと機能を生かし、他人のデザインをスキャナーで取り込みその上にオリジナルのデザインを書き最後にスキャナーで取り込んだデータを捨てると彼の会社オリジナルのチラシが完成する。二人のデザイナーを雇いフル稼働させた。デザイナーとは名ばかりで専門学校を出て就職のないのを二人採用しパソコンを与えチラシのデザインを作らせたのである。二人のデザイナーは1か月でパソコンを使いこなしB4なら1日B3なら2日で仕上げた、彼は広告会社を目指した結果デザイン会社を作ってしまったが、

彼は先を見ていた、大人しく広告代理店の下で働いていると信頼され忙しい時などは彼が代理店の代わりに一人でマンションデベロッパーの処で打ち合わせをする機会も多くなった。マンションデベロッパーの担当者も彼との打ち合わせを望む声が多くなり新規物件で彼の会社と一度仕事がしたいと言い出す担当者も現れ出した。彼はチャンスを待っていた彼はまだ隠している仕事があった、大手広告代理店のマーケティング局より、ポスティングや訪問によるアンケートを実施し集計、分析までを一括受注し喜んでもらっていた、何度もマーケティングに力を入れてやらないかと誘われてもいた。

彼が初めて目にした不動産のマーケティング調査報告書は近所のマンションが坪単価なんぼで売れているので、ここはあそこより駅に近いので少し高くしても売れますと書いてあった。彼の眼にはマーケティングではなく単純なマンション価格の市場調査のまとめに見えた。

不動産マーケティングの多くは広告代理店が広告を受注する為に無償で提出していた。広告会社はマンションや戸建住宅の供給や分譲状況を纏めている会社に10万円前後でレポートを発注しデベロッパーに、さも自分達のマーケティング局が作成したような顔をしていた。住宅分譲結果報告だけをマーケティングだと思い込み仕事をしてきた社内マーケティング部の不動産分譲生き字引を伴い報告に行くのであった。

マンションデベロッパーの担当者は広告代理店の「売れます、広告展開も検討させて下さい」の言葉を胸に刻み込み社内稟議に掛けるのである。広告会社には何の責任もなく、仕事が受注出来るのであるからデベロッパーからの帰り道では「あの物件絶対に売れへんから初期に予算使いまくる計画立てて売れ残りはどこかの小さな代理店が拾いに来よるから上手く逃げないかんで」この程度の話をしながら社に戻り上司に150戸ほどのマンションの広告が受注できたと報告するのである。彼はこの全てを見ていた、そして彼は動き出した。

2人のデザイナーを更に雇いデザイン事務所として5年が経過していた。

「ちょっと朝霧広告に行ってくるわ」

「何しに行くんですか」

「宣戦布告や」

「ついに広告屋を始めるんですか」

「それは1年後や」

「最初はマーケティング屋や」

「何の宣戦布告なんですか」

「こないだ作らせたアンケート用紙と回収用の封筒や」

「中堅の広告屋は大手と違いマーケティングで金をよう取らん」

「そうやから直接営業をしていいかお伺いを立てて勝手にやれ言われたら勝や」

「それ金になるんですか」

「見積ではB4二つ折りの8ページで挟み込みでホッチキスを入れても1万部で15万やポスティングを賃貸だけに絞り込んでも15万や3%回収できても300部で郵送料なんて知れてる、入力と分析は俺がする」

「社長はそっちの方が得意ですからね、エクセルの出番ですね、請負は」

「250万に設定する中堅広告会社は売りに行きよらへん、そんな根性は無い反対に笑いよるで、ダイレクトマーケティングの意味が分からん連中や1年で全てのデベロッパーに営業をかけたる」

取引のある複数の広告会社を回り予想通りの回答を得て直接営業の許可を取り付けた。

仲のいいマンションデベロッパーで報告書のダミーと顧客になりそうなリストが手に入る事を説明する。

担当者は「アンケート付きのB3チラシ20万部撒いて5枚はがきが帰ってきただけや、そのうちの1枚は悪戯やった」と嘆いていた。

「費用はどのぐらいかかりました」

「110キロの厚紙で印刷したので1枚当たり折り込みこみで15円やから300万ぐらいかデザイン、イラストは別やで」

「それやったらはがき1枚60万以上や」

「頭抱えてるんや、販売センターのオープンずらしたろ思ってる」

「騙されたおもて1度このポスティングマーケしましょうよ」

「なんぼや」

「250万です」

「今回初めての受注ゆうことで200万にしときますよ」私

「直ぐに実施してくれ、アンケート内容は見せてくれ、少しは手を入れたい」

「間取りと地図貸してください、価格も大体の線で教えて下さい、アンケート案出来次第にお持ちします」

「間取りと地図は朝霧にある電話しとくから取りに行ってくれ」

「FAXでのやり取で少しでも時間短くしよ初物やから他の担当にはまだ内緒や」

「では会社に戻り早々に作成します」

1軒目から受注や、こんな簡単に受注出来るのはマンションが売れてない証拠や、まだまだバブル崩壊の影響は大きい。うちの会社が世の中に出るタイミングが揃ってるみたいやと彼は思った。

「タダシ、受注したで200万や」

「何件目の営業ですか」

「営業1軒目や」

「直ぐにアンケート用紙のフィニッシュや地図と間取りは朝霧から貰ってくれ。質問は面積の小さいのが先や間違ごうたらあかんで」

2万世帯近い住宅から分譲住宅と戸建、ワンルームを抜きポステインングさせた、1週間で結果が出た278通の返信があり締め切った。入力し分析した結果このマンションは売れると出た。

報告をする側も受ける側も真剣であった。

「君の言うようにこのマンションが売れる言うなら何故アンケートハガキ付きチラシの反響はあんなに悪かったんや」

「このマンションローコストで価格抑えてますよね」

「それがこのマンションの売りや」

「アンケートハガキ付きチラシ見せてください」

「これや」

「このチラシのどこにブランド力ある会社が開発した新婚世帯向けローコストマンションて書いてますか」

「そんなこと何も書いてないし広告屋の提案にはそんなことは書かれていなかった」

「今回実施したアンケート回答者の中心年齢は25歳~31歳で子供一人の主婦が中心です、亭主は35歳までのサラリーマンです、このチラシ誰に届けようとしてます」

「言葉がないは池中さん挽回はどうすれば」

「簡単ですわ、1才~3才位の子供の写真とマンションのパースをうまく配置したチラシを作り直し、仕切り直せばいい、販売センターも豪華主義ではなくポップなイメージを演出し若さをアピールするんです、モデルルームも同じです」

「それとアンケートを書いていただいた人にお礼状と図書券を送るんですが販売センターの内覧会の招待状を担当者の名前入りで出しましょう、あくまでもモデルルーム見学後の感想が聞きたいをテーマにですよ。マーケティングの連続の先に販売があるという考えです」

「アンケート回答者の名簿くれるんか」

「御社のもんですよ、ただし販売センターオープンまでは電話はあきませんよ」

「何でや」

「一応アンケートですから、モデルルーム内覧会の招待までです、オープン日に販売センターにこない人だけに絞り込んで電話してください、良いお客さんまで殺しかねませんからね販売会社わ」

「名簿は俺が管理するから大丈夫や、それと今度広告会社とのデザイン会議に出てくれへんか、コンセプトの見直しもしたいんや」

「この後時間あるか」

「ありますけど」

「一寸待っててな」

担当者は分析と名簿を持って事務室の方に消えていった、5分ほど待たされたが担当が戻って来た。5人のあまり知らない人を連れていた。

「池中さん紹介するは全員課長職で私と同じ物件担当者や」

5人と名刺を交換した。

「ほんまもんのダイレクトマーケティングを見せてもらいました」

「取りあえずみんなも座って」

「販売中の物件でも可能か」

「可能です、特に10戸割れぐらいなら一気に名簿を作り販売会社にローラーさせれば終わるでしょう」

「面白い、この分析もやしポスティング対象を選別することで反応も確かや」

「最初から頼んでたら、もっと色々な分析もできたはずやし設計にも生かせたかもや」

「マーケは嘘も尽きます」

「何それ」

「まず対象の選択ミスやエリヤ選択ミスなどもあります」

「そうすると違う解が出現してしまいます」

「最初の打ち合わせを十分にすることがポイントです」

「増々面白い」

「俺今新規の準備してるんやけどポスティングマーケプラス池中さんのプロジェクト参加費用込みで350万は失礼かな」

「充分ですよ」

「全てのプロジェクトに参加してよ」

「売れ残りの販売戦略もチラシ付きで頼むし」

「ありがとうございます」

「タダシ、報告行ってからが大変やってん、全ての分譲担当課長が出て来て全部受注してもうた」

「出来ますか」

「入力は知り合いの入力屋に聞いてみる」

「アンケートの作成は頼むで」

「春に入ってきた女の子川内君はどうや」

「可愛らしいし4年大出てるから馬鹿ではないですね」

「お前はマックがええんやろ、川内君と俺にはウインドウズ95を2台買うてきてくれ、それとデザインやってる奴らにも何か必要な機材ないかも聞きや」

「事務所手狭やから横の窓無し安く借りて俺とお前が隣に移動しよか」

「大家には俺が明日行って話してくる」

このデザイン事務所は南堀江公園の南東角の交番前の古いビルの2階で、初めは道路に向かった壁の上半分が全て窓で明るくて気持ちがいいなどと言っていたが夏は暑くて殆ど裸で仕事をしている状態で夏になれば何時も蚊取り線香が焚かれていた。事務所は契約上10坪だが廊下面積も含めてであるため8坪ほどしかなくそこに男6人に女性1名で全員いると息苦しい。

「社長リクルート住宅情報の岩山さんと言う人から電話です」

「知らんな」

「はい池中です」

「初めましてリクルート住宅情報の岩山です」

「お電話をさしあげたのは池中さんが現在されているポスティングマーケについてお話を伺いたいのですが」

「何故ポスティングマーケをご存じなのですか」

「東興さんで拝見しました」

「そうですか、では伺います何時ですか」

「明日の午後は」

「13時から15時は空いています」

「それでは13時にそちらに伺います」

「いや小さな事務所で全員が作業をしているのでこちらから伺います」

「会社はどちらですか大阪駅前第3ビルの北側にリクルートビルがあります、1F受付で私とアポイントがあると言っていただければ、結構です」

「それでは13時にお伺いいたします」

「タダシ、リクルートのビル知ってるか」

「駅ビルの北側でしょ」

「何で知ってるんや」

「ちょっと前に阪神百貨店に言った時バイク止めてビル見たらリクルートて書いてありましたから、大きなビルやから直ぐに分かりますわ」

「一杯飲みに行こうや」

「明日早いん違いました」

「明日は生保系のデベロッパーやここは専務を口説かなあかんから大変や」

「何でわざわざそんなめんどくさい会社狙うんですか」

「あそこの取り扱いは殆どが朝霧広告や落としやすい」

「悪い人やな」

「その次も決めてる」

翌日生保系デベロッパーの役員はマーケティングが好きで生命保険当時は大手広告代理店と組んでかなりマーケをしていたとかで30分で受注になり1時間以上マーケや不動産について話した。広告も好きなようで色々と文句を言っていたが正論であった。これからの打ち合わせは直接したいので物件担当者を通さずに直接連絡をしてくるようにとも言われた。仕事が一段と面白くなった。

新生保不動産を出て梅地下の枯淡でラーメンを食べリクルートに向かった。少し時間が余ったので駅前ビルの喫煙所でタバコを吸っていると朝霧広告の不動産営業の稲田が近づいて来た。

「東興電鉄不動産のマーケティング取れたらしいやんか、たいしたもんや」

「まぐれや」

「今からどこ行くんや」

「リクルートの岩山言う人に呼ばれてるんや」

「岩山言うたら編集長や、大阪で一番の偉いさんや、何の用や」

「話がしたいそうや」

「ふーん何か分からんけど仕事になればラッキーやん、すまん時間やし行くわ」

「今日夜空いてるか」稲田

「空いてる」

「後で会社に電話するわ」稲田

稲田と別れリクルートのビルに入る。

驚くほど豪華なエントランスと受付に負けそうになりながら社名と来社目的を告げると、女性が待っていて編集長の待つ応接に案内された。

編集長らしき人物と少し若い営業マンらしき人が応接に居て名刺交換から始まった。

「池中さんは今回東興電鉄不動産で実施されたポスティングマーケをどこで習得されたのですか」

「電博の子会社に電博リサーチと言う会社があり居候の様に社中に机借りて仕事もろて外注扱いにしてもらい受注していたんです」

「そら凄いは餅は餅屋や」

「何がですか」

「東興さんで話題になり私も見せてもろたんです」

「あの分析ですか」

「そうです、年齢別分析、収入別、家族形態別等の分析とそれをすべて一つにしたコレスポンデス分析て言うんですよね」

「コレポンでいいですよ」

「あの十字の座表上に年齢別のすべてのデータが導かれていたり、間取りを十字の座標軸にして売れる間取りの特徴と売れにくい間取りの特徴それに年齢や家族構成が引っ張られている分析なんて初めて見ました」

「あんなものは人の力ではなくパソコンのソフトが計算してプロットするだけです」

「いや驚きましたよ」

「そんなに凄いんですか」若いほうの男が反応した。

「今手元にあるから見ますか」

「今、新生保不動産の帰りなんで資料持ってます、どうぞ」

「数字はダミーだらけですプレゼン用ですから」

「これが先ほど言っておられたコレポンですね」

「日本名で双対尺度法とも言うんですが少しだけ違いがあります」

「これで十分です」

「立て軸に分析したいテーマ、横軸は人気などの評価の分かりやすいものを入れて分析するんです」

「不動産で色々なマーケを見てきましたけどこんなのは初めてです」

「池中さん当社がマンションデベロッパーを招待して勉強会を実施しているのですが講師お願いできないでしょうか」

「私が、冗談でしょ、中堅広告会社にはマーケティング局と言う正式な部署がありマーケッターと名刺に書かれた人が沢山いるじゃないですか」

「この分析をされたのはあなただけです、だからあなたに講師をお願いしたい」

「弁当は出ますが講師料は出ません、但し終了後の営業は自由です」

「この勉強会の講師をさせてほしいと何十人も順番待ちをしてるんですよ」

「池中さん大きなチャンスがあるかもしれない、お願いします」

「いつですか」

「来週なんですが詳しくはFAXを入れて勉強会担当の山崎から電話をさせます」

会社に戻り冷えたお茶を飲んでいると川内真紀が「社長お電話です」

「だれ」

「お名前を言わずに池中いてるか、てな感じで」

「何が、てな感じや」

「池中ですが」

「稲田や、何時に手が空く」

「何時でも空けれる」

「それじゃグランドホテルの奥のバーで待ってるわ」

「直ぐに向かいます」

「社長どうしたんですか」

「朝霧広告の稲田が飲みの誘いや」

「行くんですか」

「1年の辛抱や」

「真紀ちゃん金庫になんぼある」

「12万円ほどあります」

「10万出して」

「明日朝一で銀行行って10万出しといてな」

「分かりました」

「印鑑は俺の引き出しの奥の印鑑入れや、銀行て書いてある」

「これが机の鍵や」

「朝俺の方が先なら鍵は自分で開けるけど、遅くなったら頼むわ」

「タダシ忘れてたは、新生保不動産受注したから朝霧に電話して間取りと地図を受け取っておいてくれ」

「また受注してはる、チラシもたいがいあるけど、しゃあないか」

「真紀ちゃん早く入力と一次集計を完璧に処理出来るようにならな、このまま受注されたら地獄見るで、初めは自分でもするけど、飽き性やからお前らで全部やれて言い出すのも時間の問題や」

「社長て仕事が好きなんですか」

「好きやで、気が向いたら朝まででも分析してる」

「ただ飽きてもうたら見抜きもせん」

「何か怖い」

「テンキーを見んでも入力、集計が出来るように早よなるか社長が飽きるかが先かや」

タクシーの中で携帯電話で印刷会社に電話を入れアンケート用紙の印刷とポスティングをセットで受注しないかと持ち掛けていた。交渉は持ち越しでグランドホテルに到着した。

バーに行くと稲田がカウンターで飲んでいた。

「お待たせ」

「俺もあれから電話が何本か来て今が1杯めや」

「何か話あるん」

「何故か話を聞いてみたなったんや」

「何で俺だけ溜め口なんや」

「同い年ちがうかった」

「俺が一つ上や」

「ええやんけ40越えたおっさんが、溜め口かなんか知らんけど」

「会社で言われるんや」

「何をや」

「出入り業者に舐められてるんちゃうんかて」

「かわった会社や」

「そんなに偉いんか朝霧広告て」

「新聞社系やからプライド高いんや」

「その上お前とこ敗戦処理のチラシ専門やから、新規をやるデザイン会社よりも下に見よるんや」

「そうか、潮時かもね」

「何の潮時やねん」

「デザイン会社を辞める潮時かもてな」

「やめて何をするねん」

「広告代理店や」

「辞めとけ辞めとけ、広告屋なんか儲からへんて」

「お前とこみたいに1人の営業マンに3人も4人も間接従業員がいてたら儲からんわ」

「うちは経理、総務、マーケの集計入れて1人や、後は金稼ぐ人間だけや」

「マーケを中心に活動していくので広告制作は削減する予定や」

「何時からや」

「来年の春からや」

「あと半年ないやんけ」

「しやから屑のデザイン屋から溜口で話されるのも後少しや」

「お前とこ無くなったらどこに敗戦処理回したらええねん」

「しるか、そんなもん勝手に探せ」

「それより何か食いに行こ」

「俺今日、金無しや」

「どうせ安い居酒屋にしか行かん、出しとくわ」

「天下の朝霧広告さんの若手営業トップがどうしたん」

「接待交際費の使い過ぎで目を付けられてるんや」

「居酒屋ぐらい自分で行けるやろ」

「給料日、明日や」

「俺、今日給料日や思って誘ったんや」

「それでATM行って恥かいた言うやつか」

「そうや」

「まあええ稲田さんにはこの5年で沢山仕事もろたから1度ぐらいご馳走しとくわ」

居酒屋から稲田の知ってる安いスナックに行って解散した。

何か飲み足りないのでふらふらと新地でバーを探していると九州ラーメンの看板を見つけラーメン屋に入った。

「自販機で食券買ってね」可愛らしい女性の店員に言われ従った。

「九州ラーメンとビール」

「ビールがすぐに来たので飲んでいるとラーメンも来た」

ラーメンを食べ出すと4人ほどの賑やかな酔っ払いのサラリーマンが入ってきた。

女性に食券を買うように言われるも騒いでいる。その上私に何度も当たり謝罪もしない、店員の女性は私に謝るが、後ろの酔っぱらいは未だに騒いでいる。

「うるさいぞ、酔っ払い」誰かが言った。

酔っ払いの一人が私に絡んできた。

「表に出ろこの屑」

「俺らはお前みたいな屑会社の社員じゃないんだ」

「表に出て土下座をしろ」

「ラーメンを頭からかけてやった」これで酔いもさめるかも知れない。

前をふさぐ酔っ払いにどけと言うと道を開けた。外に出ると後ろから屑待てと言うので振り返ると肩からラーメンをぶら下げて頭がギトギトになったやつが騒いでいたが無視することにした。一番若い奴が土下座をして謝びろと近づいて来たのでとりあえず殴り倒した。後は誰も来ないので殴り倒した若い奴に蹴りを入れてタクシーで帰った。

「運転手さん上六の交差点の手前で下して」

私の家は上六にある分譲マンションを賃貸で借りている2LDKで一人暮らし、結婚はまだしていない。家の同居人は少しの家具と小さな仏壇に両親の位牌だけである、人もあまり来ないタダシが結婚する前に良く泊まりに来ていたぐらいである。

タクシーを降り部屋に入りシャワーを浴びて冷蔵庫からビールを出し飲み直しである、馬鹿なサラリーマンのおかげで酔いがさめた。こうなると寝れないのが私の悪いところである。携帯が鳴った、夜中の12時を過ぎて携帯を鳴らしてくる奴に知り合いはいない。

「池中か」

「山田やけど今どこにいてるん」

「今は家や」

「家でビール飲んでる」

「こんな夜中に何や」

「新地にいたら合流しょうかと思たんや」

「また今度な」

「明日時間ないか」

「話があるんや」

「3時か4時に電話くれ」

「会社か」

「会社や」

電話は切れた、山田は同業者であるが私より早く代理店に鞍替えして大手ではなく中小のデベロッパーを中心に展開しそれなりに成功している。

次の日、山田からの連絡はなかった。

翌翌日9時前に会社に行くと誰も来ていなかった、電話が鳴るので出ると「リクルート住宅情報(我々の世界では住宅の頭文字のJと情報の頭文字Jを取りJJと呼ばれている)の山崎です、社長はお見えでしょうか」

「池中です」

「社長自ら電話に出るんですか」

「出ますよ、こんな小さな所帯では」

「FAXお送りしました、当日の資料などは先にお送りいただけると当社でプリントアウトしセッティングしておきますので、遠慮なくおっしゃってください」

「では当日社長は30分前に受付にお越しください、担当を待たせておきます」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

リクルートのビルの会議室は広かった、マンションデベロッパー、戸建専門デベロッパーと大小合わせ40社以上100人は来ている、こいつらに物を売り付けたい奴がこの講師の立場を利用したいのが良くわかった。

東興電鉄不動産も来ていた、私は淡々と説明をし住宅ほど高いものはないが住宅ほど分析の遅れている市場はないと言い切った。生活者意識と乖離が激しく土地の高いところはミドル世代をターゲット、土地の安いところは若い世帯がターゲットぐらいの認識しかなく感覚がマヒしている。しかし同じ住宅関係会社でもキッチンやバスルーム等のメーカーは生活者を集め商品開発に力を入れているがデベロッパーには聞きに来ない、それはデベロッパーに生活者目線がないからであると説明すると全員が笑った。マーケの本質は売れるものを開発するための下準備、それと考え抜かれた商品をどのようにターゲットに届けるかを検討し広告との関係性を明確化し媒体戦略を構築するためのベースです。分析はすでに販売活動の1部の始まりである点に注力しマーケを仕掛けると説明した、また我社には不動産のデータベースは無いのでその都度買っていたが最近安価でパソコン用に加工されたデータが販売されているので買っていることも説明し過去データのエクセル統計による新しい分析を見てもらい参加者を驚かせた。質問の中で賃貸マンションの間取りや家賃はどのように調べるのかと聞かれたので大きな市レベルの賃貸情報はすべて社内のパソコンに入っていることを説明しプロット図、賃料別リストのサンプルや間取り別リスト等のサンプルを見せた。デベロッパーの興味は賃貸プロット地図を活用した初期マーケが出来ないかとの質問が多く、依頼されれば翌日には届けられると説明するとどよめきが起きた。後は名刺交換会で100枚以上の名刺がなくなり100枚以上の名刺が手元に残った。東興電鉄不動産の担当者からは情報が集中するからまた新しいビジネスが出来ますねと揶揄われた。終了後JJの編集長が飲みに行こうと言うとそれを聞いていた多くのデベロッパーも付いてくることになりビルの地下に接待用のレストランバーがあるらしく全員そちらに移動した。ここでも私の周りに人が集まりアポイントだけで10社以上と交わした。私のマーケによる大手不動産との口座開設がこんなにもスムーズにいくとは思いもしなかった。

JJの編集長に呼ばれ「うちの社員にも今日の内容で講師をしてくれるJJの営業マンが勝手に池中さんの会社を売り込んでくれますよ、講師頼むね」

屑の敗戦処理チラシ屋が一躍有名人に成った。そこから先の5ヵ月間、職場は戦場であった、アルバイトを雇いパソコンを買いなんと5ヵ月で70案件のマーケティングをこなした上にそれらのデータを活用し12月の初めにはリクルートで関西圏生活者ニーズと住宅に関する意識調査を発表した。以前以上に大盛況で200人で満員と言うリクルートに無理を言って30人以上が立ち見していた。発表後の質問は色々な角度からの分析を見たいと言う声が多く、発注下さればエリア別、角度別で分析し個別に報告する約束で解放された60分の講演が2時間半に伸びJJの編集長がマイクを持ちマンションデベロッパー、住宅メーカー、戸建デベロッパーの質問を全て制止し終了したが疲れはてた。

今、デベロッパーはバブル崩壊による冬の時代を経験しマーケに飢えているんだ、何もしなくても売れた時代が長すぎたのかもしれない。12月にえらい勉強会をしたもんだ、来年が怖い。

次の日から電話が切れない、アポイントと酒の誘いである、年末23日までアポイントと宴会の予定が入った。年明けのリクルート主催の新年名刺交歓会の出席の問い合わせも多かった。隣の窓無しだけでは狭くなり事務所の移転を考えていた時に最上階をワンフロア―にして借りていた大手さんの出先事務所が出て行き安くするから上に行かんかと大家さんから話がありマキとタダシを連れて見に行くと今の4倍以上はある感じで廊下もないので70坪丸々あるがパーテイションはいるし、応接や打ち合わせブースにテーブル、社内ミーティングテーブルもいる、今は金があるので二人にどうするか聞くと賛成で、中古屋でそろえることになった。

4月から来ている川内真紀は激動のマーケ受注を会社で寝泊まりを繰り返し見事にこなしタダシは経理、入出金管理まで任せるほどに信頼していた、池中も彼女を信頼し今では何事も「マキ、マキ」と呼び打ち合わせにも連れていきマーケはほぼ任せていた。

年末前の日本橋の中古事務機器屋に3人で行き必要なものを書いた紙を店の主人に渡し全部でなんぼやと聞くと応接セットはないがそれ以外は搬入込みで50万と言うので決めた。

応接セットは会社のある堀江の安い家具屋でも15万と言うので仕方なく買った。

翌日の土曜日に朝から2階の机や椅子に書庫をはこび込みセットしているとパーテイションや注文した机や書庫等と応接がやって来てすべてが終了したのが夕方になっていた、デザイナーは帰り、最近雇ったデザイン関係の営業の兄ちゃんも帰りアルバイト達も開放し3人で飯を食べに行く事にした。

「社長どこ連れて行ってくれるんですか」

「何食べたい」

「かに食べたいです」

「タダシは何がええねん」

「嫁さん待ってるから今日は帰らせてもらいます」

「冷たくないか」

「充分働きました。お二人でどうぞ」

「真紀ちゃんとおかしな関係になったらタダシのせいやからな」

「ならへん、ならへん社長は強引ですけど仕事だけや」

「真紀ちゃん社長を頼むで」

「社長かに行きましょ」

「かに専門店違ってもええやろ、かに食べれたら」

「かにさえあればどこでもいいです」

「新地は危険やから」

「何が危険なんです」

「取引先の人に会うと面倒や」

「そうですね、社長今人気者ですからね」

「ええ店知ってるわ」

「鍵かけてタクシー乗ろ」

お初天神の近くの小料理屋に入った。

「社長こんな粋な店ようしってましたね」

「リクルートの岩山編集長に何度か連れて来てもうてん」

「今日は岩山さんと違いべっぴんさんとですか」

「そうやろ、このべっぴんさんはお目付け役や」

「会社の人ですか」

「はい、川内真紀です」

「マキちゃんと呼んだって」

「この子にこれ以上は食えん言う程かに出したって、それと生2杯や」

私は大将が出す一品をいただき、横ではかにとの真剣な闘いのように無言でカニを食べるマキちゃんがスローダウンしてきた。

「社長、ギブです」

「もう食べれません」

「そらそうやろ、かに2杯と別に肩一流れ食べてるんやから」

「休憩してからお酒いただきます、ひれ酒下さい」

「大した奴や、ここからひれ酒飲みよる」

「社長は何食べたんですか」

「色々と大将が工夫してくれたもんや」

「社長はあまり量を食べはれへんから、少しずつ色々と出させてもらいました」

「私も食べるもんはストップしてください」

「もう止めてます」

ひれ酒に私のライターで火を付け酒飲みのような飲み方をするマキちゃんには十分おっさんが入っている。

「社長、来年は私の下に部下を付けてください」

「募集から面接採用までを全部するなら付けたる」

「やったー、少しは仕事がはかどる」

「ついでにタダシにも相談しときや」

「あいつもデザイナーが欲しい言うてたから」

「タダシさん、春からの広告代理店に格上げするのを楽しみにしてます」

「色んな代理店が作ってる提案書も密に集めてますしね」

「やる気なんや」

「そら社長が決めた事やし、朝霧のバカ稲田なんかに負けたくはないです。うちが何時か1番や言うことを思い知らせたる」

「真紀ちゃんカラオケいこか」

「社長、完全な音痴やからいやや」

「バーで飲みたい」

「何時もいかれてるバーに連れて行ってください」

「バーですか」

「そうです」

2人は駅前ビルを末広ビル方面に渡り南北の細い道を通り新地本通りに出た、タクシー会社の横の3Fにあるバーの椅子に座り私はジンリッキーを頼んだ。

「何飲む」

「同じものでいいです」

「マスター同じものを彼女にも」

「この店は大人してますね」

「子供は飲酒禁止や」

「店の感じですよ感じ」

「20才に成ったら直ぐにここで酒が飲めるかと言うと、とんでもない」

「30才以上でないと店に溶け込まないのでしょうね」

「そうか、俺も40才ころから来てるなあ」

「朝霧の稲田は昔から来てる言うてたなあ」

ジンリッキーで取りあえず乾杯をした。

「社長は会社を大きくしたいんですか」

「大きくしたいんじゃなくて、何でも出来る会社にしたいんや」

「何でもて」

「お客さんがテレビでCMを流したいと言えば対応できる会社や、今は新聞広告すら対応出来ないんや」

「将来の夢や、それから不動産みたいなエンドレスに新規物件を追いかける仕事も嫌や」

「色々考えているんですね、それと」

「なんや」

「何で結婚しないんですか」

「しないじゃなくて、出来ないや」

「社長はもてるはずですけどね」

「1度でも俺がもててるとこ見たことあるか」

「スナックでもあの歌唱力ではみんな引きますもんね」

「俺が結婚するとマキちゃんに何かいいことでもあるんか」

「何もないですけど、、、、」

「なんや」

「印刷屋の米田さんなんか、マキちゃん社長と出来てるんちゃうかとか言うから」

「あいつにも困ったもんや、俺から言っておく」

「何を言うですか」

「マキとは切れた言うとく」

「社長それはあかん、冗談が通じへん」

「それやったら出入り禁止にしよか」

「あそこ安いですし、時間も無理聞いてくれてて将来はカラーも頼みます言うてくれてるから、切るには惜しいですね」

「それやったらいっその事、マキちゃんと出来てしまおか」

「私的には問題はないんですけど社長がいやでしょ」

「俺的には問題はない、ただし仕事はまだまだ続けて欲しい」

「それやったら決まりですね」

「今日から川内真紀は社長の女になりました」

「大きな声で言うな」

「それはそうとマキちゃんは今どこに住んでるんや」

「大学出てからここに就職して、会社のそばが便利か思てワンルーム探したんですけど高過ぎで緑橋のワンルームに住んでます」

「俺とこな2LDKのマンションで独立した洋室8畳が余ってるけど住み込むか」

「変なこと考えていません」

「変なことは考えてないけど、家賃は浮くで」

「考えときます」

「社長は明日お休みなんでしょ」

「そのつもりやけど会社の中ぐちゃぐちゃやから出てきて整理しよかとも思てるねん」

「今日はうちに来ます」

「私は明日完全休日です」

「それやったらうちのマンション見に行こ」

「帰りはタクシーチケット出したる」

「何もいてませんよね」

「幽霊は見たことない」

「髪の長いのは」

「髪の長いのは4年前に一度だけ来て仏壇に手を合わせて帰りよった」

「誰ですか」

「姉や」

「それだけですか」

「たった一人それだけや」

「本通りの入り口からタクシー乗ろ」

「土曜日やのに結構人いてますね」

「何時もの連中がゴルフの帰りに来てるんやろ、飲酒検問も厳しいしコンプライアンスの関係で一発首らしいで」

「そういえば社長最近車どうしてるんですか」

「会社の駐車場で居眠りしてるわ」

「勿体ない、あれ高かったんでしょ。一人者は2シーターでイケイケですね」

「税金対策や」

「今度乗せてください」

「先にマキちゃんが俺を乗せろ」

「阿保ですね、完全に阿保ですわ」

「お前大阪弁やけど生まれはどこや」

「岡山です」

「4年間大阪の大学に行ってましたし」

「どこの大学や」

「信じられへん、履歴書見てないでしょ」

「入社前に見た記憶はある」

「関大です」

「関大か少しは高校時代に勉強したんや」

「社長はどこですか」

「俺は高卒や」

「タダシさんが別のこと言ってた気がするんですけど」

「運転手さん前の信号の手前で降ります」

上六の手前の信号で降り、信号を渡りお寺の横のマンションに入った。

「一応オートロックや」

「綺麗なエントランスですね」

「7階や」

鍵を開け部屋に入りベランダの窓を全開に開け男くささを少し和らげた。

「7階は2件だけですか」

「そうや、7階からセットバックしてるから横長の構造になってる」

「リビング広いですね」

「入り口手前が8畳の洋室や見て来たら」

「凄ーい」

「社長、私間借りします」

「会社では言うなよ」

「言いませんよ社長と同棲してるなんて」

「言葉を選べ、同棲やなくて同居や」

「何で冷蔵庫こんなに大きんですか」

真紀は冷蔵庫を開け中の酒の多さに驚いていた。

「冷蔵庫に食料品がない」

「鍋も釜もないわ」

「食事はどうしてはるんですか」

「全て外食や」

「私マンション引き払いここに住ましてもらうぶん朝ごはんぐらいは作ります」

「好きにしたらええ、これ鍵や」

「通勤は地下鉄千日前線で難波、難波から四つ橋線で四ツ橋一駅やし難波から歩いても知れてる」

「意外と便利なんですね」

「仏壇気持ち悪かったら俺の部屋に持っていく」

「気持ちは悪くないです、ご両親ですか」

「両親とも鬼籍に入ってる、姉とも4年前に縁を切ったから一人者の鏡や」

「何が鏡なんですか、よう分かりませんわ」

「それより前のビルが無かったら遠くまで見えるんでしょうね」

「最上階が空いたら引越すから言いに来てて不動産屋には頼んである」

「お洒落なこと考えてるんですね」

「マキちゃんそろそろタクシー捕まえよか」

「今日はお泊りします」

「着替えやなんかは、下のコンビニ付き合て下さい」

2人でコンビニに行き歯ブラシや下着を買った、支払いは全て私がさせられた。

「バスタオルここに置いとく」

「先にシャワー浴びてください」

「私部屋かたずけます」

「遅いから掃除機はあかんで」

「結構ちゃんとしてるんですね」

私はシャワーを浴び髪を乾かし冷蔵庫から冷えたビールを出しリビングで飲んでいるとマキちゃんも私のパジャマを着てビールを手に隣に座った。

「ここの夜景綺麗ですね」

「そうや、この景色見ながらビール飲んで寝るんや」

「社長テレビ無いですね」

「テレビもラジオもない」

「音が嫌いなんですか」

「6年間、買いそびれてるだけや」

「明日買いに行きましょ、その前に家に寄りたい」

「マキちゃんにお任せしますわ」

「あかん、お前の布団がない」

「社長の横で寝ます」

こいつはアホなのか、天然か理解に苦しむと声には出さないで考えた。

成るようになれで一つの布団にころがり込んだが成るようになってしまった。

朝早くから何をしているのかと部屋を出るとリビングの掃除をしていた。

「朝から何をしてるん」

「掃除ですよ、今日は買い物の後に社長の車で荷物運びます」

「あの車あんまり積まれへんからレンタカー借りよ」

「それじゃレンタカー屋さんまであの車に乗してください」

「マンションにも駐車場借りてはるでしょ」

「よう知ってるなあ」

「私タダシさんに言われ帳面も付けて毎月税理士の先生と打ち合わせもしてますもん」

「掃除すんだら朝ごはん食べにいこ」

「そんな店あるんですか、ここは上六や何でもある」

「そういえばタクシー下りたところの裏にラブホテルもありましたもんね」

「よう見てるな、市場もあるで」

「片付きました」

「そのままタクシーで駐車場に行って車に乗って電気屋からレンタカー屋に行くから荷物の持ち忘れの無いように」

「私は小学生ですか」

「あほ小学生とあんなことしたら逮捕されるわ」

「社長誰にも言わんといてくださいね」

マンションの外に出て信号を渡りハイハイタウンの1階の喫茶店でモーニングを食べた。

「電気屋てどこのこと言うてるんや」

「千日前にある大きな電気屋です」

「オープンの時テレビで宣伝してたとこか」

「あそこ車止めれるか、無理やろ」

「電気や行ってから会社の駐車場に行きましょ」

「電気屋まではタクシーか」

「地下鉄で2駅です」

「ハイハイ分かりました地下鉄ですね」

電気屋は広くて何でもあった、携帯売り場がそこそこ広いスペースを陣取っていた。

「テレビは薄型が欲しい、少し高いけど40インチぐらいのが見やすそうや」

「贅沢な」

「俺、社長なんやけど」

「会社の経費違いますよね」

「どっちでも一緒や」

テレビとCD付ラジオを買い家に配達を依頼すると今日の夕方には届けると言うので了承し清算した。

四ツ橋の会社近くのシャッター付き駐車場は高速の下の月極駐車場の2台分の料金がいり余り乗らないので解約して家の駐車場で居眠りさせとこと最近思うようになり来月いっぱいで解約を申し込んでいる。駐車場のシャッターを開け真っ赤なフェラーリのエンジンを回した、エンジンは気持ちよく一度のチャレンジで唸りをあげた、少し暖気運転でエンジンを慣らし車を発進させた。

「やっぱりかっこいいですね、この車。会社の資産ですか」

「一応は資産や」

「なんぼしたんですか」

「普通なら中古でも1500万はするけど、知り合いから1000万で譲り受けたんや」

「これ乗ってるだけで、もてるでしょ」

「こんなバカ車、後悔してるわ」

「何でですか」

「ファミレスにも入られへん車やで、車高が低すぎるねん」

「それは不便ですね」

「ガソリンスタンドも段差のあるとこは無理やし」

「でもカッコいいから許します」

「一寸だけドライブしよか」

「今日は時間がありませんレンタカー屋さんまでのドライブです」

彼女の家は緑橋から少し中央大通りを東に行きファミレスを越えたところにあるワンルームマンションであった。

荷物はそれほどなく、2トン車で十分なのだが、男一人ではつらいものがあった。レンタカー屋で台車を借りていたので重い物は台車で運び、何とか2時間で大方の荷物は片付いた、後はまだ解約もしていないので正月休にすると言うのでトラックに乗せた荷物を私のマンションに運び込んだ。

「小さなテレビは真紀の部屋に運び込みベッドを私の部屋に入れようとするので、そのベッドは自分の部屋に置き、後で近鉄に買いに行く約束をすることで何とか収まった。適当に片付いたので遅い昼食を食べに二人で外に出ると隣の奥さんと鉢合わせになり、

「今度結婚する川内真紀です、よろしくお願いします」

「川内真紀です、よろしくお願いします」ぺこりと頭を下げた。

「池中さんもついに結婚するんですね、おめでとうございます」

隣の奥さんと3人でエレベーターに乗り下まで降りた、奥さんは郵便受けを見に行った、私達はマンションから出た。

「あの奥さん私らが部屋を出るのを待って出て来たんや」

「興味があるんやろ」

「レンタカー返しに行こ、飯はその後や」

レンタカーを返し、ミナミの駐車場に車を預けた。

「あ、、、社長やないですか、女連れやから人違いするとこでしたわ」

「宜しくね」

「この駐車場に良く来るんですか」

「この先にお気に入りのステーキハウスがあり、たまに休みの日に来てるんや」

「と言うことは今からステーキですか」

「ステーキにするか」

「別なもん考えてはったんですか」

「大分料理の専門店があってそこがこの季節にしか食べられへん料理を出すんで食べさせたろと思てんけどな」

「大分は年明けで今日はステーキにしましょ」

ステーキハウスで120gのひれと同じ120gのサーロインをぺろりと平らげ、締めの焼き飯も6:4で私より多く食べて満足している横顔はまだ子供に見える。ステーキハウスを出てマンションに戻り近鉄に買い物に行きベッドを買い外商カードを出し後で届けるように頼みこみ適当に晩飯の食材を買い部屋に戻ると直ぐに電気屋がきた。テレビをセットしリモコンの使い方を聞いているとベッドがやってきた。家の中は人だらけになったが電気屋の二人が帰り、ベッドの組み立てが終わりまた二人帰り部屋の中は静かになった。

「ここで今日から寝てもいいんですよね」

「たまに襲われるで」

「この際毎日でもいいですよ、結婚するんですから、、、ふははははは」

不気味な笑いをする奴や

「明日朝はどうして会社行く」

「地下鉄以外何かあるんですか」

「バスや」タクシーとは言えなかった。

全てを片付けると7時を回り、お酒が欲しくなり冷蔵庫を開けるとビールがない。

「ごめん言ってなかった、お酒類は私の小さな冷蔵庫に移したから」

横の小さな冷蔵庫を開けるとビールや色々な酒が冷やされていた。

私はビールを取り出しリビングで飲み始めた、昨日の夕方にカニを食べバーで飲んでマンションに来るかと誘ってから24時間まだたっていない、しかし後ろには片付けをしている川内真紀が立っているのも事実である。人生こんなもんかも、流れに任せよ。

「晩御飯はどうするんや」

「何も考えていません」

「そこ済んだら、外に食べに出よ」

「もう終わりにします」

「着替えなくてもいいですよね」

「充分、綺麗や」

「今なんて言いました」

「何も言うてない」

「照れんでもええやないですか43才にもなって」

「あほなこと言うてんと用意し」

12月の末が近づくと世間は何故か忙しい振りをする、年末に忙しいのは仕出屋と蕎麦屋、餅屋ぐらいなもので何が忙しいのか分からないが皆は忙しいらしい。

「居酒屋でもええかハイハイタウンの中に居酒屋が仰山あるから、空いてる店に入ろ」

「空いてる店は不味いか、高いかちゃうんですか」

「常連がサラリーマンで会社休みの時は空いてる、サラリーマンは正直や、高くても、不味くても2度と行きよらんから、今日当たり空いてる店の方が正解かもね」

「変なとこで物考えてるんですね」

「悪かったな」

「あそこ空いてますよ、あそこ入りましょ」

「お飲み物は」

「生2杯」

「私はこの出汁巻セットください」

「ご飯食べるんか」

「あきませんか」

「ええけど、焼き鳥塩でそれと刺身盛り合わせに厚揚げ焼いてください」

「社長も結構頼みますやん」

「お前も食べるか思たんや」

「優しいとこあるんですね」

「俺が怒ったことあるか」

「新地のラーメン屋」

「何でお前がそんなこと知ってるんや、誰にも言ってないぞ」

「一番奥で大学時代の友達とラーメン食べてたんです、声かけよと思たらラーメンを頭からかけはったから」

「全部見てたんか」

「絡まれるとこらへんからです」

「外は見てへんよな」

「ガラス窓越しに見えてました、殴り倒して蹴ってはりました」

「あかん全部見られてる」

「あんなことは何年かに1度の事や、忘れてくれ」

「忘れませんけど誰にも言いません」

「あの後ラーメンかぶった親父が警察電話して自分らが連れていかれてました」

「あの親父のラーメン姿は面白かった、かつらが取れたみたいになってた」

「店の中でも滅茶苦茶受けていました」

「その友達にあれ社長やて言うたんか」

「言えませんでした、友達法学部出て大阪府警に就職してますから」

「偉い堅い友達やね」

「うちの大学警官なる人多いて聞いてます」

「そうやな大阪の私学で唯一まともな法学部やもんな」

定食が運ばれてきて、全体のボリュームの多さに目を丸くしている真紀の前に刺身の盛り合わせが来たがこれも量が多い。厚揚げも大きなのが2個、焼き鳥は串ではなく皿に盛られていて串なら4~5本分ありそうだ。

「いつもこんなに多いんですか」

「日曜日に来てくれる人だけのボリュームや、もうすぐ大学のラクビー部が来る時間や、うるさなるけど辛抱してや」

「気にせんといてください」

「池中さんやろ、マンション一緒やねんで、フェラーリも知ってるで」

「これ嫁さんです」

「来年からお世話になります」

「おめでとうさん」

店は夫婦でしているみたいであるが平日はパートでも雇っているんだろう、客席が40~50席はある。

「ええ店見つけたね、見つけたんは私やから」

「払うのは俺やろ」

「当たり前や水は高いところから低いところに流れるのと同じや」

「全然意味が分からん」

「そうしといたらええねん」

私の刺身も厚揚げも綺麗に半分食べてしまい、最後に熱燗を頼む姿は力仕事の親父を見ているようである。

部屋に帰りウイスキーで濃いめの水割りを作り飲んでいると隣に座りに来た。

「昨日家来るか言われて24時間たったね」

「私は前から社長が好きやってん、でもよう言いださんかってん、年も離れてるし子ども扱いされたら嫌やからタイミングを見計らっててん」

「俺の方から言い出したわけや」

「バーで告白しよ思てたら、こうなってもうた」

「そうやから社長の熱が冷めてまわんうちに引っ越ししたんや」

「今日はお疲れ様でした」

「会社は社長で当たり前やけど、こっちの世界では名前で呼んでくれ」

「なんて呼べばいいん」

「光一でも光ちゃんでもなんでもいい」

「じゃ光ちゃんて呼ぶ」

「私は今のままのマキでいいよ、タダシサンやみんなもマキて呼んでくれるから」

今までのマキと違う響きを感じ心の中でもマキと呼んでみた。

「あのベッドよう部屋に入るもんや」

「いれてから組み立たから大丈夫みたいやで」

「キングサイズは大きい」

「マキも俺も小さいほうではないからな」

「大きい方や胸以外は」わはははは」

一人で言って一人で受けている。

「明日から取引先に年末の挨拶回りや、朝会社行ったら帰らんかもしれん、その時は電話するから先に帰っていてくれ」

「何か食べれるようにしときます」

「無理せんでもええで」

「正月休みはどうするねん」

「30日に帰って2日に戻ってきます」

「それでええんか」

「寂しいやろ私がおらんと」

翌日そこそこ人の詰まった地下鉄で会社に行き挨拶回りに出た。

担当者がいれば今年1年のお礼と来年もよろしくとお願いをして帰るだけの儀式なのだがどこの会社も人でにぎわっていた。不在の時は年末挨拶とハンコを押した名刺を受付に預けて次の会社に行く、どこもみんな同じようなことをしてるのであまり誰にも会うことなく夕方になった。

会社に電話をすると山田さんが来てますと言うので代わってもらった。

「悪いノンアポや帰れるか」

「15分かからん思うわ、待っといて」

「マキちゃんお茶出したって、直ぐに戻るから」

タクシーで10分もかからずに会社に戻った。

「応接か」

「はい、お待ちいただいています」

「どうしたん、この時期挨拶回りで忙しいんちがうんか」

「実は廃業しよ思てるんや」

「なんでや、会社順調やて聞いてるで」

「おふくろの介護もあるんやけど、嫁さんが癌や」

「悪いんか」

「肝臓癌で2年もたん言われた」

「あいつの故郷和歌山やねん、本人は和歌山の海が見えるとこで死にたい言うんや」

「今なら金はあるし会社も売れる潮時かおもて」

「会社誰かにさせればいいやん」

「あかん営業できるのは俺だけや、お前とこみたいにタダシを育てんかった分最後に負けてもうた」

「会社誰に売るんや」

「朝霧広告が欲しがってるから俺の全株式を譲渡することにした」

「俺に何をせい言うねん」

「制作とマーケは優秀や、朝霧でも重宝される、営業の二人がポンコツや直ぐにほりだされよる、その時ここで使い走りにでも雇ってくれへんか、給料は自分らで稼がせる、取り分は会社と折半やそれでお前とこの名刺で営業させてくれ、お前の邪魔や犯罪はさせへん」

「そいつらはどう言うてんねん」

「それでやっていきたい言うてるし、ここの手伝いで何ぼか稼げれば仕事取るまでの繋ぎにもなる言うてる」

「朝霧ともめるで」

「お前なら平気な気がするんや、既に東興電鉄不動産直で落としてんやろ、新生保不動産も王手が近いて聞いてるで」

「マーケだけや」

「電博時代のマーケか」

「そうや不動産屋は何も知らんかったんや」

「お前らしい、今年何ケースやってん」

「70ケースをやった」

「新規取引企業数は」

「13社や」

「全部大手か」

「全部大手や」

「来年の予定は」

「すでに新規のマーケが40本ほど来る、それと販売戦略の見直し、広告計画の見直しも含めると70本近くは仕事決まってる」

「5年間敗戦処理会社なんて言われても我慢した甲斐があったんや」

「来年は勝負しかけたる、コンペにすべて参加する」

「大手のコンペ呼んでもらえるんか」

「春までは審査員やけど秋からは参加者や、みんなうちが参加することOKくれてるけど俺が出張る事になるから年間取れても10ケースどまりや」

「それでも大きいで」

「大手が池中潰しを始める前に定着したれや」

「そのつもりや」

「それじゃ後二人は年明けに挨拶に来さすんで頼むわ、言うこと聞けへんかったらどついてもええから」二人で笑った。

「奥さん御大事に、落ち着いたら連絡くれ」

山田は帰って行った、引退するには若すぎる気もした。奥さんの決着がついたらまた大阪で暴れる事であろう、心配は無用か。

「タダシ俺帰るから、後頼むはわ」

私も山田を追うように会社を出て携帯で会社に電話をした、案の定マキが出た、「帰ろか」

「四ツ橋筋で待ってる」

四ツ橋筋に出てタバコを吸っているとマキが走ってきた。

「寒無かったですか」

「コート来てるから大丈夫や」

「どうする」

「お任せです」

手を上げてタクシーを拾い北浜平野町を指示した。

五月蠅い親父の店でマキも会社の飲み会で何度か来ているはず。

「郷の舎」ですね。

「当たりや、親父に絡まれんかったら最高の店やねんけど」

「あのおじさん光ちゃんのこと本当に好きなんですね」

「腐れ縁や、もう20年や」

「ようあんな高級店に20年前から行ってたんですね」

「違うあそこも昔は沢山店出していて、心斎橋の鰻谷の店で社長と知り合ったんや」

「金もないのに日本酒の上手いのが飲みたくて、突き出しいりませんこの冷蔵庫の中のお酒で700円で飲めるのを1杯だけ飲ませてくださいから始まったんや」

「それタダシサンが宴会で言うてましたわ、本当の話なんですね」

「面白い奴や、全種類飲んだら金いらん言うから全種類飲んだんや」

「それから金が出来たら鰻谷の店で酒飲んでた」

「あれから20年親父も元気に頑張ってる」

タクシーが店の前で止まり私達は降りた。

「店に入るといきなり親父が飛んできて、最近新地ばかりで冷たいんちゃうんか」

「最近はどこにも行ってない、仕事の鬼や」

「誰が信じるか、カウンターでええか」

「今日はクエを潰したから小さな鍋で食べるか」

「それでええけど2人前は必ず食べよるから俺は少なくていいからこいつのを大盛りにしたって」

「恥ずかしいわ」

「会社の子やな」

「そうや、会社の子に手を付けたんや」

「あほなこと言わんといてください」

「ビール出して」

エビスの瓶ビールと冷えたグラスが出て来ておやじさんがビールを注ぎにきた。

「こないだから忙しそうやん」

「そうやねん、夏前に大当たり引いて忙しくなったんや」

「ええ事や、うちらでもまだバブルの傷引きずり来られへん人沢山いてはるからなあ」

「八寸適当に出して、俺それだけでええから」

「光ちゃんはお酒飲むときあまり食べないですね」

「俺はもともと小食やし、酒飲むときは少しの肴で飲む方が上手く感じるんや」

「今日の山田の話全部聞いてたやろ」

「完全に全部聞こえましたしタダシさんも聞いていました」

「タダシ何か言うてたか」

「聞く前に出てきましたから」

「忘れて、飲も」

「山田さん、何でうちの会社に社員預けるんですか」

「あいつは元々中堅広告会社にいたんや、上司と合わんで飛び出して会社作りよった」

「どこにいてはったんですか」

「読朝広告や」

「確かに中堅で新聞社の子供や」

「それからは俺らともよくつるんで仕事してたんや」

「代理店なったんは意地や」

「辞めた会社に対してですか」

「そうや、だから会社もライバルの朝霧に売りつけよったんや、それと取引先にやんちゃな会社が多いから朝霧の稲田くらいが出張らなあかん先も多いわ」

「光ちゃんは稲田さんを高く評価してますね」

「あんな乱暴者はそういてない、見てるだけでも面白い」

「会社で浮いてるからいつも営業は手ぶらで一人や」

「半年前やけど広告戦略の見直しと、ターゲットの見直し会議に一人で遅れて来て騒いでたわ」

「ほかの朝霧のマーケや制作、営業の若いのは小さなってた」

「帰りに東興の担当者に聞こえるように朝霧のマーケが敗戦処理会社が新規分譲の会議に出て来たら気分が悪いわて言うたんや」

「東興の担当者が敗戦処理てなんやて、そいつ捕まえて聞いたんや」

「あそこにいる株式会社光の事ですわ、あそこは残物件の処理をする時に使う下請けです」

「君名前なんや」

「朝霧のマーケの横山です」

「稲田ちょっと来い」

「なんですか、どうかしましたか石川課長」

「こいつ、俺の仕事から外せ、2度と連れて来るな、出入り禁止や」

「池中社長気分悪せんといてな、無理して来てもろてるのに」

「稲田、何で今池中さんが引っ張りだこ何かわかるか」

「ポスティングマーケでしょ」

「違う、商品に対する考え方や、物を真正面から見て嘘を言わん、ええもんはええ、不出来は不出来と言うてくれる、その勇気にみんな引かれてるんや」

「今日は聞き役やから黙ってはったけど、アンケート付きチラシの反省もなかったやないか」

「お前とこが進めてくれた戦略や、あかん時は反省して原因を探して次の一手がいるんちゃうんか、今日お前ら何持ってきた、他所の売れ行き持って来て説明しただけやないか、他所も売れてませんから安心して下さいてか」

「今から池中さんと打ち合わせをする稲田残れるか」

「残ります」

「あとは帰らせてくれ」

若い社員が「小会議室取ってます」と言ってきた。

朝霧の稲田、東興の担当者2名と打ち合わせを始めた。

「光が進めた分析です、各面積帯と間取り希望者をクロスさせて希望金額の加重平均値を出してみました、このマンションのすべての部屋は生活者の希望する価格帯にいます、一番人気はこの間取りです、これを常に目立つ位置にし人気があまりない部屋を横にレイアウトし人気のない部屋も見せていきましょう、環境に対する評価は高いです、環境の良さをA面で活用すべきですね」

「稲田もうわかったやろ、今俺らが欲しいのは生活者目線なんや」

「この人の分析は生活者が何を考えてるかを分析し俺たちに伝えてくれる事や、お前とこが作るチラシの組み立てまでしてくれてるんや、それを馬鹿にして敗戦処理会社がいたら気分が悪いて俺の前で言うてんからな」

「帰って重々注意しておきます」

「このレポート1部やるから次の手を考えて来てくれ、その案があかんかったら代理店を池中さんとこに変える」

「まだパンフも図面集も販売センターもストップしてる、7月の15日までに提案書とビジュアルも一緒や頼むで稲田さん」

それから1時間以上ミーティングをし方向性は見えてきたのと新聞を取っていない若い夫婦対策をどうするかを課題にして終了したんや」

「こんなことはしょっちゅうや、朝霧の阿保どもは自分らは偉いと勘違いしてるんや」

「外では苦労してはるんやね、後で可愛がったるから」

1人鍋が二つきた、2人前と半人前ぐらいの量である。

「クエは初めてか」私

「初めてです」マキ

「今日のクエはどれぐらいのサイズでしたん」私

「80センチぐらいの奴や、まだ子供や」親父

「日本酒下さい、クエに合うやつ」

「私もお願いします」

冷えた日本酒が喉を通り過ぎる時に何とも言えない香りを置いて行く、その上からクエを食べるとクエの良さが全て引き出され脂ぽい身もあっさりと感じる。

「クエの刺身少し欲しいんやけど」

「出してないんか、何してるねん、クエ鍋のお客さんには刺身も出すのが当たり前やろ直ぐに出せ」

「怒らんでもええから」

「この鍋本当に美味しいわ、体が凄く温まる」

「そうやろ、クエは冬の王様や、河豚河豚言うやつもおるけど、わしはクエや」私

「日本酒いる時呼んでや」

「おやじさんが気を利かせたか、馬鹿な」

「お刺身も美味しいですね」

「ここの店は会社の奴も使うから社長やで」

「私、頭の中がまだ整理できてないんです」

「でもこの店の後に行く店知ってますよ」

「第8スタジオでしょ」

「前に何度か領収書がセットで出ていました」

「後で行くか」

「絶対に行きます、そこは光ちゃんでもいいんでしょ」

「かめへんよ」

その後日本酒を2杯飲み勘定を払い店を出て堺筋を北に歩いた。

「遠いんですか」

「後200mぐらいや」

「競争しません」

「吐くわ」

「タバコ辞めはったらいいのに」

「タバコと酒がトレードマークや」

「昔の銀幕や」

「昔で悪かったな」

「ここのビルの3階や」

「ちょっと待てよ」携帯で店に電話をした。

「はい第8スタジオです」

「池中ですが変なのや知り合いはおらんか」

「何人ですか」

「2人や」

「空いてますどうぞ」

「ここたまに変なのがいて絡まれるんや」

「やくざですか」

「それに近い、悪どい金貸やて聞いた」

「いやなタイプですね」

「俺あかんねんあの手は、すぐに手が出そうにんるんや」

エレベーターが開くとそこは既に店であり、マスターが指さす席に2人分の席が空いていた。

「ジンリッキーでええか、マスタージンリッキー2杯や」

エレベーターが開いた、マスターが満席ですと断っているがなかなか帰ろうとしない。

「お客様、先のお客様が迷惑するので今日はお引き取り下さい」

「また来るわ」

酔っ払いは店を間違えたのかエレベーターは上がっていった。

ジンリッキーを飲みながら

「この店の一番の席はカウンターや、堺筋をヘッドライトを付けて流れる車を見ながら飲むのが好きなんや」

マスターが声をかけてきた。

「今日は赤いのいてませんね」

「飲酒運転はやめた」

「何時からですか12月にはいてからしてない」

「堅気になられたんですね」

「なんで」

「有名でしたからね、3階のバーの客に赤いフェラーリで飲みに来る親父がいてるて」

「親父はよぶんや」

「みんなあんな車に乗ってみたいんですよ」

「私横に乗りましたよ」

「こちらは、初めてですよね」

「来年結婚する嫁さんになる人や」

「独身貴族は終わりですか」

「終わりやフェラーリ売ってカローラに買い替えるわ」

「何台買いはるんですか」

「マキは免許オートマか」

「オートマです」

「ファミリーカーを買を思てるんやけど何がいいかな」

「白いアウディー」

「アウディーね」

「30日に帰るんやったら27日から29日まで何する」

「温泉行きません、正月前はすいてますよ」

「淡路島に行きたい」

「震災の件もあるし」

「橋はまだ完成してないからフェリーやし帰り込むで」

「田辺はどうや会員権あるから予約はすぐ取れるドライブにはええ距離や」

「田辺リゾートに予約入れておきます」

「阪神淡路の地震は落ち着いたんかな東京のサリンも酷かったし今年はろくなことがなかった」

「そうやから淡路島のホテルに泊まってお金落としたらええと思たんです」

「大阪は既に何もなかったように成ってるからなあ」

「多くの人が亡くなり、沢山の建物が倒れたもんなあ」

「マキとこの実家は大丈夫やたんか」

「少し揺れただけや言うてた」

「マスター角のハーフロック下さい」

「私にも」

「マキお酒強いな」

「酔っぱらったことはありますけどヘロヘロで意識とんだ事はないです」

「たいしたもんや、俺は週の半分ぐらい何も覚えて無い」

「そんなに飲んではるんですか」

「眠れない夜は特に酷い、気絶するまで飲んでる、寝たのか気絶したのかの区別がつかん」

「優しく寝かしつけてあげます」

「俺は子供か」

「そんなもんですよ、人の頭にラーメン掛けるような人は」

お酒を運んできたマスターが割り込んできた。

「社長又武勇伝増えたんですか」

「ラーメン屋で絡まれて鬱陶しいからラーメンを頭に食べさせただけや」

「無茶しますね」

「私、店の奥で偶然見てたんですけど、店の外で殴り倒して蹴ってました」

「そこまで言わんでもええねん、俺が悪者みたいや」

「相変わらずですね、この店に初めて来た時なんかコートが血まみれで、そのまま椅子に腰かけてジンリッキーて注文されたんですよ、ビックリしましたわ」

「あれは俺の血や、問題ない」

「向かいのイタリアンの店から沢山人が出て来て探してましたもんね」

「誰もここで飲み直してるとは思わんやん、あれは逃げ切れて助かった」

「どうしたんですか」

「あそこの店、あれやあの赤いテントを出してる店や、一人でフラット入ったら、カウンターに座らされて、ドリンクメニューを出されたんや、帰れと暗黙に言ってるのかと思い帰ろうとしたらやくざ丸出しの兄ちゃんが酒の1杯ぐらい飲んでいけや言うて絡んできたんや、無視して店出ようとしたらいきなりワインのボトルで頭殴られたんや、頭言うてもおでこのすぐ上の堅いとこやったから助かってんけど、ワインの瓶取り上げて2発殴ったら2発目にビン割れた時の音で奥からやくざもんが出てきたんで逃げたんや、それだけや」

「怪我は大丈夫やったんですか」

「頭の怪我は知り合いの獣医にこそり縫うてもうた、そうせなやくざネットワークに引っかかる」

「あのコート高いのに無駄にしてもおた」

「何で絡まれたんですか」

「貸し切りや言うのんを知らずに入ったんや」

「そら社長の方が悪い」

「やくざがイタ飯屋で宴会するか」

「あれから何年や」

「5年になります」

「あの時、二人いたうちのお客さんフリーズしてました」

「あの時は車を駐車場に入れてたから逃げれた、何時もみたいに路上駐車してたら車で足がついてたわ」

「赤い奴ですか」

「違う深緑や」

「変な色ですね」

「あのころベンツでは流行ってたんや」

「黒に近い紺色とか黒に近い緑とかや」

「赤い奴の前はベンツに乗ってたんですか」

「趣味無し嫁無し子供なし、金使うとこがないんや」

「これから私に使ってください」

「そうや、明日で年内の外向き営業は終了や、挨拶回りもほぼ終わったし」

「26日が土曜で27日が日曜、明日が25日が金曜で年内終了や」

「何か忘れてません」

「なんや」

「今日はクリスマスイブです」

「お前クリスチャンか、おれは浄土真宗や親鸞さんはえらいで」

「私の実家も浄土真宗で私もクリスチャンじゃありませんが、クリスマスイブです」

「分かった店でよ」

堺筋を北に歩き中の島公会堂の横を通り御堂筋を渡りグランドホテルのロビーに入った。

偶然バーのマネージャーがロビーにいて車のキーを受け取りに来たが、歩きで来たと説明し1番奥の席は空いてるかと聞くと空いてると言うので案内を受けた。二人で1番奥の席に座りシャンパンを頼み地下の店のケーキを一つ持ってくるように頼んだ。

「そんな我儘が出来るんですね」

「常連だけや、朝霧の稲田が無茶苦茶なこと頼んでから、ホテルのレストランのメニューが全てここで頼めるようになったんや」

ケーキとシャンパンが来た、ケーキには小さいがサンタクロースがのっており蝋燭も1本立ててあった、ライターで火を付けた。

「私が消してもいいですか」

「当たり前や俺が消すのは仏壇の蝋燭だけや」

マキは一息で蝋燭の火を消してサンタクロースの人形を手に取り眺めていた。

シャンパンを一息で飲んだ私に何時ものセットでいいですかとマネージャーが聞いて来たので

「2セットでお願いします」と答えた。

ワイルドターキーとタンガレーをグラスの中で混ぜ合わせた一応カクテルと呼べるものが2杯と枝付きの干しブドウがテーブルに置かれた。

「グレンモレッジはまだあるの」

「こないだ、だめだと言ったんですけど朝霧の稲田さんが飲んでしまいました」

「じゃ新しいのを入れておいて」

「18年ですよね」

「お願いします」

「社長はどこに行っても歓迎されていますね」

「騒がんと一人隅で飲むだけや、何の迷惑もかけてない」

「朝霧の稲田さんとここでよく飲むんですか」

「あいつとこの会社、向かいの朝霧新聞ビルの上にあるからここで偶然会うだけや」

「あの人少しずるそうやし、会社に来てもうるさいから嫌いや」

「あいつがずるいんやなくて、広告屋と言う商売がずるいだけや」

「大学時代の友達に広告関係の仕事してる言うたらみんな羨ましがります」

「こんなやくざな仕事にあこがれる奴がいるんや」

「社長は何でこの仕事を選んだんですか」

「この業界の奴は名刺にコピーライターて書けばその日からコピーライターやデザイナーも一緒や、カメラマンもや技術力は作品だけやけど誰が書いたかわからんコピーやデザイン見せてこの作品は苦労したなんて売り込んで来よる」

「そんなにええ加減なんですか」

「仕事出してからや、しまったて思うのはしょ中やった」

「特に紹介なんかで売り込みに来る奴はろくなんがいてない」

「紹介者は悪気はないねんけど、俺らに近い業界やけど直接仕事はしてないと分からんのや、こないだもポスティング業者の紹介でデザイナーが来てたやろ、マックさわらせたら素人であることがすぐにわかった、丁重にお帰り頂いたんや」

「そんなにレベルに差があるんですか」

「特に今はマックでデザインする新世代と未だに版下抱えてウロウロしてる旧世代の入れ替えが激しい、朝霧の奴らはマックの将来を馬鹿にしている、俺は違うデザインはパソコンの画面の中で作られるんや、近い将来映像もきっと作られる」

「光ちゃんクリスマスイブおめでとう」

「明日がキリストの誕生日と言う説は色々言われてるが関係ないか、おめでとうメリークリスマス」

「この酒きついからゆっくり飲みや」

「なんて言うお酒ですか」

「フランクシナトラが好きな酒で名前は忘れた」

「バーボンをジンで割った酒や」

「でもすごく美味しい」

「この銘柄以外の組み合わせで同じように作っても美味しくないのがこのカクテルや」

「今度新地のバーでも頼も」

「一人の時はやめときや、足にすぐに来るで」

「頼むときわ」

「ワイルドターキーとタンガレーをハーフハーフでグラスステイして下さいて言えば出てくる」

「めんどくさいから後でマネージャーさんに名前聞きます」

「思い出したフランシスアルバートや、フランクシナトラが演じてた役の名前が付けられたんや」

「少しボケが入って来てます」

「ほっとけ初期高齢者が入ってるんや」

マキは良く笑う、何で俺について来てんやろと思った。

「お前確か梅田の専門学校の人の紹介やったよな」

「大学の4年の時にあそこでアルバイトしてたんです」

「入れてもろたら良かったんちがうん」

「募集無しで秋田さんに相談したら社長のとこ紹介してくれたんです」

「そうや秋田さんの紹介やったからすぐ採用したんや」

「秋田さんてそんなに凄い人なんですか」

「あの人は毎朝新聞の文化面の担当デスクやったんやけど、経営サイドとあまりうまくいかずに早期定年制度で50才で新聞社辞めはったんや」

「何で新聞記者と知り合いなんですか」

「昔暇な時期にJRと組んで環状線各駅にミニコミ誌を出して置いてもろてる時に一度会社に訪ねて来て、このミニコミ紙は面白いと高い評価してくれて、新聞にも取り上げてくれてん、それからの縁や」

「何か聞けば聞くほど何してたかわからん人ですね」

「俺つぎの酒頼むけど飲めるか」

「私も光ちゃんと同じものを」

「マネージャーラストに18年明けて二人ともハーフロックで」

「口を切ったばかりのモレッジは凄く香りが良いから飲む前に香りを楽しみや」

2人の前に2杯のモレッジと小さなチョコレートが少しだけ置かれた。

「凄い、この香りだけで酔えますね」

「そうやろ、こいつは特別なうえに今口を切ったばかりやから最高や」

「社員こきつこた上に搾取してこんなええお酒飲んでるんですね」

「人聞きの悪い、うちは給料高いはずや」

「そうなんですよね、同期のみんながびっくりしてますもん」

「会社の名前がダサい」

「何がダサいねん」

「光一の光を取っただけでしょ」

「違う光は音よりも早いうえに物を照らし出す、見えないものを探し出すんは光や、マーケを中心に広告会社作る時に考えたんや、タダシにも相談してヒカリにしたんや」

「でもダサい」

「お前酔っぱらってるやろ」

タクシーに乗せるのも大変だったが家に上げるのはもっと大変だった、ただ暴れたり騒いだりしないだけましであった。

「おはよう、今日は会社があるけど、シャワー浴びて昼からおいで、携帯に連絡が来て風邪気味なんで医者に寄ってから来る言うてたことにする、酒臭いからマスク忘れるなや」

「会社に行くとタダシが難しい顔して椅子に座っていた」

「どうした」

「印刷屋の親父が面白い話を持ってきたんです」

「面白いて」

「あの印刷屋は生保系の印刷屋で行政の仕事もしているらしくて、大阪市住宅公社の桃13番館のコンペに一緒に出えへんか言うてきたんです」

「出たらええやん、折込みと新聞広告は山田に利益折半で俺が話付けたる」

「折込は中堅の折込屋と話付けてます」

「提案書を誰に書かすかですわ」

「俺が書く」

「書いてもらえるんですか、それやったら勝てますわ、プレゼンも頼みますよ」

「コンペはいつや」

「1月の末です、1月の6日に参加広告代理店全社集めてオリエンテーションがあるそうです」

「印刷屋の名前で行くんやろ」

「俺もオリエン行くわ」

「それと川内から早い時間に携帯に電話が来て風邪ひいて病院行ってから来る言うてた、休め言うてんけど来るみたいやな」

「あの子がこの会社全てを動かしてるから、病気になられたら困りますわ」

「そんなに働いてるんか」

「しょちゅうここで泊まってますよ」

「誰の仕事や」

「社長が無茶苦茶受注してくるマーケ関係ですわ」

「俺に噛みつくなや」

「デザイナーもチラシよりアンケートの方が多いてぼやいてますよ」

「お前の方はどうやねん」

「年末年始にチラシ打つ奴はスーパーか大手のメーカー関係だけです、不動産は5日からのチラシで全てデザイン納品済です」

「今日は昼まで掃除して解散にする、寿司でも取って1杯やるか」

「寿司とピザも頼みましょ、俺手配しときます」

「ビールも頼むで」

掃除が済、会社の中央にある大テーブルで川内を省く7名で乾杯をした。アルバイトで来ていたデザイナーの女の子が11月から社員になって総勢8名の会社になった。

「今日はみんなにボーナスではなく私からのモチ代やおもて受け取ってくれ」

全員に5万円入りの封筒を渡した。タダシが手を出すので

「お前には後で渡す」

タダシにみんなと同じ金額では申訳がない、明細の無い金は嫁さんに報告もいらないので自由に使える、タダシは、またバイクの部品でも買うのであろう。

寿司とピザで騒いでいるところにマキが登場した、デザイナーの一人が

「マキチャンでも風邪を引くんや」

「失礼な、風邪ぐらい引きます」

「はい川内さん」

「なんですか」

「社長から全員に餅代や、毎年もろてるんや」

「ありがとうございます」

「お前帰った方がええんちゃうか」私。

「あきません、ピザと寿司が私を呼んでます」

マキはテーブルのど真ん中で寿司とピザを食べだしみんなを脅かせた。

「食べたら治るんです」

「真紀ちゃんビールも飲んでる」

「飲んだら治るんです」

「あかんこいつの食欲に勝てる風の菌はおらんのんちゃうか」

みんながタダシノ冗談に声を出して笑い、2時間ほどの宴会は終了した。

「タダシ、しめ縄と御鏡買ってきといたから、飾っといて」

「縁起もんやけど年明け一番に飾ればいいで」

「用意だけはしときますわ」

「それじゃみんな良いお年を、来年も頼むで」

みんなも社長に良いお年をと挨拶を交わしていた、最後にタダシを呼び30万入った封筒を渡した。

「今年は多くないですか」

「そんだけ働いたて言うことや」

「社長アウディーのパンフレット来てましたけど、、、」

「なんや」

「アウディーはいかんでしょ、せめてまたベンツにされたらどうですか」

「考えとくわ」

携帯が鳴った、公衆電話からなのですぐに誰か分かった。

会社を出てエレベーターホールで電話に出た。

「私です、今日はすみません、日航ホテルのロビーで待っててください」

「心斎橋やな」

「直ぐに行きます」

日航ホテルのロビーは2階にあり年末でもあり人がいつもより多く騒々しかった。

10分ほど待っていると元気なマキがエスカレーターを駆け足で登ってきた。

「お待たせしました」

「気にされるほどは待ってない」

「昨日、私へんなこと言いませんでした、記憶がないんです」

「会社名がダサいと言い続けてたよ」

「すみません何も覚えていません」

「体調はどうなん」

「絶好調です」

「さっきビール飲んでたもんな」

「やっぱり社長はお酒が強いし朝にも強いですね」

「習慣や」

「何で心斎橋なん」

「クリスマスプレゼントが買いたいんです」

「それじゃ俺もプレゼント買うことにする、生まれて初めて買うクリスマスプレゼントや」

「じゃ1時間後にここで待ち合わせでいいですか」

「1階の喫茶店はあかんか」

「あそこ高いけど、分かりました」

マキは今来たばかりのエスカレーターで降りて行った、私はホテルの地下で買い物をすることにした。

マキは1時間をきっちり使い果たし喫茶店に顔を出した。手招きで私を呼ぶので店を出ることにした。

「何で入ってこないんや」

「ここ狂ってます、コーヒー1杯で1000円以上はおかしい」

「近くにタバコも据える喫茶店があるからそこに行きましょ」

私はマキに手を引かれて御堂筋を渡り心斎橋筋を越え「まほろば」と言う店に連れて行かれた。

「この店の名前が好きなんです」

「大和は国のまほろばたたなづく青垣山か」

「よくご存じで」

「小学校の国語で習ったからなあ」

「小学校では習いません」

「良い空間、美しい空間とかの意味が含まれてる、和歌や短歌によく使われてるな」

「へ―社長の口からそんな言葉が出るとわ」

「俺の口から出る言葉は殴るぞしかないんか」

「ここの紅茶美味しんですよ」

話を変えやがった。

「このあたり詳しいんですか」

「もう少し行ったところの白いビルの上にアートクラブ言う店があってピアノの演奏を聴かせながらそこそこの料理を出すんでたまに一人で行ってる、それともう少し行ったら小学校があってその先の角に焼肉屋があって美味くて安い、そこもたまに行く」

「新地ばかりじゃないんですね」

「新地が一番少ない、お客さんとだけや」

「このあたりはプライベートですか、誰と来てるんですか」

「一人や」

「なんか40才を超した親父が一人でミナミをうろうろか、なんか寂しい背中が見えますわ」

「ほっとけ、タダシも結婚するまでは付合ってくれたんや」

「はい、メリークリスマス、プレゼントです」大きな箱のようなものを渡された。

「俺はこれや」

「開けていいですか」

「どうぞ」

「キャー」

「どうしたん」

「すごい綺麗、こんなに手の込んだ金細工のネックレス初めて見ました」

「俺も開けるで」

「マフラーや買いに行こ思てたところや、ありがとう」

「いや私こそプレゼントなんて気軽に考えてすみませんでした」

「気に入った、付けて見せてくれ」

「トイレでつけてきます」

マキは泣き出したくなるのをこらえトイレに逃げ込んだ。

「こんなに凄いプレゼントは初めて、金額やなくてあのそっけない渡し方にが、また好きになった」

化粧をしていない顔を洗い、プレゼントされたネックレスを付けると何か自分が綺麗に見えた。

「してきましたよ、似合いますか」

「凄いな、ネックレス一つでマキが大人に見えるわ」

「ありがとうございます、今日から大事に付けさせてもらいます」

「今日の予定は」

「何も考えていません4時間ぐらい前までは死んでましたから」

「道具屋筋で湯豆腐のセット買って今日は家で湯豆腐食べよか」

「賛成です」

2人で人ごみの心斎橋筋をさけ三寺筋を千日前まで歩き道具屋筋に向かった。

「これがちょうどええサイズや」

「こっちは熱燗も同時に出来るしカセットガスじゃなくて電気やから使いやすそうやけどな」

「じゃあそっちで、それと豆腐すくうやつと薬味入れるのも買いたい」

「奥にあるみたいや」

最後には鍋やフライパンまで買い、湯豆腐セット以外は送ってもらうことになった。

「色んなもの買うたな」

「私の持ってるもんみんな一人用やから、それにお碗もお皿も何も無いんやもん、信じれんわ」

「グラスだけは沢山ある」

「グラスでご飯は食べれません」

「お豆腐買う前にボウルとか買わなあかんわ」

「家の中が賑やかになる」

「子供いるか」

「私当分いりません、まだまだ楽しみたい」

「そうやな、子供が子供作るから悲しい事件も起こるんや、それだけではないと思うけど」

「お願いがあるんですけど」

「CD家でかけてもいいですか」

「メタル以外ならいいよ」

「メタルは嫌いなんや」

「大嫌いや」

「ロックは」

「古いのしか知らんけど好きや」

「私もクイーンとか好きやねん、部屋帰ってCDだそ」

「その前に近鉄で豆腐と刺身と真紀のお腹を満たすものを買わないかんやろ」

「忘れてた、お前30日の何時の電車や」

「14時の新幹線です」

「郷の舎にお重を頼んでるんや、実家に持って帰れ」

「いいんですか」

「家のも頼んである」

「正月は毎年郷の舎のお重とカップ麺や」

「寂しすぎですわ」

「テレビもないのによう時間潰せますね」

「お前が来るまでいつも一人で本を読んでた、後は酒飲んでるだけや」

「だからあんなに本があるんですね」

「小説から専門書までジャンルはバラバラやけど凄い数ですね」

「1~2年に1度はタダシが取りに来よるから全貌は分らん」

「タダシさんどうしてるんですか」

「会社の近くに安い事務所借りて整理してるはずや」

「それで事務所家賃が2軒分あるんや、1度覗いてきます」

「知らんで10年分やから」

「本屋出来るんちゃいます」

「あいつパソコンで管理していて、必要な本は取り出して行ってつこてるみたいや」

「あ、それ知ってます、タダシさん良く検索してますもん」

「あれがそうなんか」

「頭の中1ペン見せてください、酒以外に何が入ってるか」

「何もはいてません」

「マーケは確かに詳しいし、今もまた読んでるみたいやし、パソコンもさわれるし器用なんや」

「不器用です」

「それは生き方違いますか」

「生き方は器用やからこうしてられるんや」

「荷物多いからタクシーで帰りましょ」

家に荷物を置き近鉄に買い物に。初めて家で夕食を取ることになるのだが、醤油が見当たらない、山葵がない、最終的に近くのコンビニで買いそろえ7時には食べ始める予定が8時を回ってしまった。ビールで乾杯し湯豆腐のセットにお酒を2本セットし刺身に漬物、何故かマカロニサラダ、のんびりとお酒を楽しみ久しぶりにテレビも見た。家で飲む日本酒は酔いが早く、10時にはリビングでウトウトしていたのだが風呂に入れと言われシャワーを浴びリビングに戻ると冷えた白ワインと干しブドウが用意されていた。

「まだ飲みますよね」

「少しだけな、今日は疲れた」

「まだ10時過ぎですよ」

「マキは二日酔いで寝てたが俺は朝から会社でみんなと大掃除してたんや」

「そんないけずなこと言わんと飲みましょ」

シャワーの後の白ワインはほどよく冷えていて確かに美味しかった。

「私もシャワー浴びてきます、まだ寝んといてね」

ワインの知識は殆ど無く、甘くないやつであればどれも美味しく感じる、ドイツワインだけは苦手で手を出さないが最近はアルゼンチンやチリ産の安いワインも美味しくて良く飲むがバーではあまり飲まなくなった、バーテンのワイン蘊蓄を聞かされるのに飽きたせいもある。

リビングはファンヒーターと隅にデロンギを置いてあるので寒くはないがバスローブだけでは少し肌寒く感じる。バスルームから出て来たマキはバスローブの下にパジャマを着ているようなので私もパジャマに着替えてリビングに戻った。マキは既にワインを飲んでおりご機嫌な顔をしていた。

「機嫌がよさそうやん」

「明日から休みやし、光ちゃんと二人きり」

「お前まだマンションに何か残してあるんちゃうんか」

「忘れてたはミカン箱一つ分くらいの本やアルバム、明日取に行って整理して鍵を不動産屋さんに返すから車で連れて行って」

「何時にする」

「11時に出発でお昼どこかで食べよ」

「久しぶりに華園に行こ」

「華園てどこなん」

「お前行ったことないんか、会社の前の道を四ツ橋筋じゃなくてなにわ筋の方に行くとコンビニのできそこないがあるやろ、その向かいにレンガ色のビルがあってその奥や」

「知ってる何時もビルの外まで並んでいるから前のコンビニでおにぎり買って帰って来てました」

「あそこ土曜日は空いてるんや、美味しいで」

「何食べようかな」

「あそこで二人やったら、五目焼きソバにギョーザ、小エビの天婦羅にもう一品頼んで白ご飯にスープかな」

「明日の楽しみが出来た」

その晩は疲れのせいもあり早く寝たのは良いが4時に目覚めてしまい、ベッドについている小さなライトで本を読んでいるとマキが起きてしまい「何してるの」

「目が覚めてしまい寝れないので本を読んでるんや、起こして悪かった」

「マキは私に抱きついて来て寝かしたるから電気消して」

確かにあれは睡眠薬効果もあるみたいで30分後には熟睡していた。

朝からバタバタするマキに起こされてリビングに行くと朝食が用意されていた、買ってきたパンを焼いたのとハムエッグにコーヒーだが十分朝ごはんの機能は果たしている。

「初めてやろ、夜ここで食事して朝からコーヒー飲むなんて」

「確かに始めてや、だいたい食器と言うものが無かった」

「だんだんそろえて、朝から味噌汁も食べれるようにする」

「頑張り過ぎなや、途中で棄権してまうで」

「大丈夫や4月に会社に入ってからこんな風になるんが夢やってん、40男に一目惚れしてもうたんや」

「40男だけが余分や」

「11時出発やから片付ける時間も十分ある、ゆっくり食べてな」

「来年新人入れるんはOKですよね」

「入れな仕事回らんやろ、タダシが面白いコンペを拾てきたからチャンスもあるし」

「面白いコンペて」

「大阪市住宅供給公社の新規案件で220戸の分譲マンションの広告コンペや、うちは印刷屋の後ろやから他の代理店に文句は言われへん」

「大きな仕事ですね、総額何ぼぐらいの仕事なんですか」

「総額で言えば2億近くは行くんじゃないか」

「中堅代理店総出演や」

「取れたら面白いですね」

「取るつもりや」

「取れても取れんでもマキの下に一人入れる」

「段取りはしてるんやろ」

「求人は職安系は全て手配済みで、新聞と求人誌は正月明けの安いページを抑えてもらいました」

「どこで手配したん」

「同級生が求人広告の会社にいてるんで頼んだんです」

「そいつ信頼できるんやったら引き抜いた方が早いで」

「あきません少し打診したんですけど、今の仕事が面白いて言うてました」

「考える事は同じか」

「それより面接でええのいたら最終面接だけでもお願いします」

「あかんタダシにさせろ、あいつ抜きでは仕事に支障が起きる、最終面接はあいつがして誰にするかは二人で決め、根性の無い男より女の方がよう働くで」

「分かりましたタダシさんに最終面接をしてもらい、決めます」

アパートの荷物を取りに行き、アルバムでひと騒ぎして鍵を返しに行き車を駐車場に入れて華園に到着した。

「そんなに広くはないんですね」

「それでも4人用テーブルが2セットに6人用が2セットカウンターに4人か5人は並べる」

「色と飾り付けが中華の丼と同じですね」

「今日は定食がない分、何でも頼める」

「私が頼んでもいいですか」

「無茶はすんなよ」

「すみませーん、チンジャオロース、五目焼きそば、蒸し鶏、餃子3人前、ご飯2に卵スープを付けてください、それと小エビの天婦羅も」

「だめ押しか」

「餃子はお前が2人前やろ」

「当たりです、そこで食べてはる人の餃子美味しそうやったんです」

出された料理を平らげて動けないと言うマキの手を引き立たせてお勘定をして外に出た。

「苦しいです」

「当たり前や、あそこでご飯お代わりするか」

「半分だけですよ、チンジャオロースも残っていたし」

「店の人あきれてたわ」

「まあそれだけ食べれる言うことは若い証拠や」

ドライブがしたいと言うマキを乗せて震災で行く事が出来ない神戸ではなく泉南方面に車を走らせ泉佐野の不二製油横のワンドのような半円状の堤防に出てみると風はなく寒さもましであった。

「大阪の海はどこまで行くときれいな海になるんですか」

「岬公園あたりまで行かんとあかんかも」

「春になって温くなるたら連れて行ってください」

「明後日通るから寄ったらええやん」

「すみません、田辺の東急のリゾート押さえるの忘れた」

「なんやそれ」

「完全にミスです」

「まあええやん、マキでもミスるんや」

「何か違うとこ探します」

「あかんあかん急に泊めてくれる宿は景色が悪いか、じめじめしてるかや、また今度にしよ」

「その分、何か他の事しよ」

「何するんですか、ずーと二人きりであれですか」

「阿保か、そんなにしてたら飽きてまうわ」

「飽きんといてくださいね、何でもしますから」

「百貨店の玩具売り場に居こか、面白いもんがあるかもしれん」

「車めんどくさいなあ」1時間かけて大阪に戻った。

「大丸もそごうも自走式やけど前か後ろどっちか擦りよる」

「歩いて行って歩いて帰ってくるで行きましょ」

「この辺にあるおもちゃ屋はホテル街にある大人の玩具屋しか無いもんな」

「興味あるわー1度行ってみたい」

「昼間に堂々と女連れで行くとこちやうで、俺も酔っぱらつて男ばかり3人で入り、何も買わんと出て来たわ」

「ふーーーん、そうしときましょ」

年末の買い出しなのか心斎橋筋も百貨店も満員で子供の泣き声がそこらじゅうで響いていた。

おもちゃ売り場は空いていて色々見て二人で検討した結果ラジコンで動く車を2台とジェンガを買った。車は公園で競争させるためにコーナーポールやゴールも買い軽いのだが荷物が大きくなった。荷物をあまり詰めない車なので苦労して積み込んだ。

「ジェンガはお酒掛けてしません」

「勝ったら飲めるのか」

「そうか、掛けても飲みながらしたら何にもならないですね」

温泉旅行も無くなり家でジェンガをし公園でラジコンカーで遊び子供みたいな時間を楽しんでマキの笑い顔を見ているだけで時間は過ぎマキを送りに新大阪に送りに来ている。

「郷の舎のお重落としなや」

「大事に持って帰ります」

「帰りの時間分かったら電話入れてな迎えに来るから」

マキの後姿を少しだけ見送り車に戻る時に携帯が鳴った。

「タダシです」

「どうしたんや」

「今日時間あります」

「なんぼでもあるで」

「グランドホテルのバーに6時でお願いします」

要件は無しでアポイントだけの電話であった、こんな時はタダシが何か面白いことを見つけてきた証拠である。ただグランドホテルのバーで待ち合わせが気にはなった。

車を家の駐車場に止め時間を見るとそれほど余裕もないので、部屋には戻らず谷町筋でタクシーを拾い、グランドホテルに向かった。

タダシは誰かと飲んでいた。

「社長いらっしゃいませ」

「ボトル出して」

タダシの席に行くと知らない男性が一人席を立ち挨拶をして来た。

「初めまして、アンケートのポスティングをさせていただいている山中です」

「お世話になります、代表の池中です」

席に着き少し世間話をし本題を聞くと

「新聞の折込部数が相当おかしいらしんです」

「おかしいのは昔からや人の出入りがあっても部数は同じや」

「そんなレベルじゃなくてこれなんです」

「昨日と今日山中さんと手分けして見張ったんです」

「朝4時過ぎにトラックが新聞を落としていくんですが7時前にまたトラックが来て回収しよるんです、20%近く回収していきましたから部数もその分配達されてないはずです、チラシも大量に処分してますし」

「どうせ新聞社のご指導のたまものやろ」

「新聞社に写真持ち込んでも記事潰されるだけやし、テレビも新聞系列や、信用でけへん」

「どうしますか、間引きでチラシ入れてもまた間引かれるだけや」

「デベロッパーから中堅広告代理店にプレッシャー掛けさせてみるのも手や」

「多くのデベロッパーが加入する団体から意見書を出してもらうんや」

「俺らの手柄にはならんが、全新聞社が部数見直しをせなあかんように持っていくんや」

「それでもあかんかったら日本最大の暴力団か週刊誌にこのネタプレゼントしたる」

「新聞も昔ほど読まれてないし、読まんでも新聞取るていう習慣は若い世代にはない、テレビジョンでテレビ番組確認できたらそれでええんや、ニュースはテレビで見てるし新聞が書くような深いとこまで知ろうともしない、新聞は消えるためにあがいてるだけや、インターネットのインフラがもう少し進むとお手上げちゃうか」

「社長、大手デベロッパーの当ては」

「山中さん大丈夫やおたくに頼んでるアンケートは全部大手のデベロッパーで開発担当者と直接打ち合わせしてるからなんとでもなる、最後は新生保不動産の専務引きずり出す」

「この話は他所でしたらあかんで、新聞には黒い部分が多いんや、新聞の勧誘してる奴ら物騒なのもおるやろ、やくざやないねんけど、一寸やばそうや」

「それと朝霧の稲田にもそれとなく聞いてみるわ」

「誰も口割らん思いますよ、関西全体で見たら800万部の20%間引いたら5紙で160万部にはなります、B3で表面4.20銭でマージン良くて15%毎日672万のお金が消えて代理店にその15%100万が戻されてる新聞屋と折込屋に572万の金が残る、中堅以上は知っていて知らん顔してますよ」

「そこまでは無いにしても新聞折り込みには暗い裏がありそうやね、その半分を土日に集中してるチラシの枚数×裏の金やったらやくざ飛びつくで」

「山中さん今日はありがとう」

「長谷川部長には何時もお世話になっていますし、1月分のアンケートも関西中でもろてます、今後ともよろしくお願いします」

「マネージャー裏メニュー持って来て」

「裏メニューてなんですの」

「このホテルに入っている店のメニューや、出前させるんや」

「信じれんことしてますね」

「ここのカツサンドは絶品や、持ち帰りもできるから奥さんに持って帰り、山中さんもや」

そこそこ飲みお土産を持った二人と別れたが、まだ時間は10時にもなっていない、家で一人でジェンガをしても仕方がないので知ってる店に電話を入れてみた。

3軒目にやっとつながり店開けてるんかと聞くと他の客はいないので閉めよかおもてたけど来るなら開けてると言うので店に向かった。

「年末ぎりぎりまで頑張ってるんや」

「違いますよ、年末ぎりぎりまで飲みに来てくれるお客さんを待ってるんです」

「角のハーフロックでしたね」

「それとナッツを少し下さい」

「社長は独り身でしたよね」

「そうやたんやけど今は居候の毛の長いのがいてる」

「毛の長い居候て、こないだの子ですか」

「今日から里帰りしてる」

「明日も店開けておきましょか」

「本当に来るで」

「いいですよ社長とカウントダウンしてても、私も何もすることがないんです」

「それなら明日どこか飲みにいこうや」

「どこに行くんですか」

「そうやな、ここで飲むしかないな、後は天神さんにでもいこか」

「明日の酒代は全部払うから持ち込みしてええか、食べもんだけやマスターの分も持ってくる」

「楽しみにしてます」

「次はフランシスアルバートを入れてください」

「ラストが近いんですね」

「よくご存じで」

「題名も知らないジャズが心地良く酔わせてくれる、明日また来るけど何時に店に居てる」

「4時ぐらいから掃除を兼ねて出てます」

「良い年末を、また明日」

北浜第8スタジオからタクシーで帰りシャワーを浴びて熟睡した。

朝から言われている買い物を済ませ外で昼食を取り今日の夜のマスターとのカウントダウンの肴を考えていると携帯が鳴りだした。

「池中です」

「俺や稲田や、何してるんや」

「今日の夜の準備をしてるんや」

「夜なんかあるんか」

「北浜のバーでマスターと二人カウントダウンや」

「俺も入れてくれ嫁さん子供連れて実家に帰って暇なんや」

「北浜の第8スタジオ知ってるな」

「エレベーター開いたら全部店の割には10坪もないとこやろ」

「そうや」

「俺も行くは」

「何か食いもん持って来いよ」

「池中、何買うねん」

「天満橋の百貨店よって買い物してから行く」

「松坂屋やな」

「松坂屋の1Fの交番の前で4時でどうや」

「お前ボーナスもろてんねんから金持って来いよ」

「期待してくれ」

4時に稲田は来たがジーンズがこれほど似合わん奴も珍しい。

「地下の食料品売り場に行こうや」

「今日飲むのはウイスキーとワインやからそれに合わせた肴を買えよ」

「楽しそうに地下の食料品売り場をうろうろする稲田の姿は写真に撮っておくべきだと思った」

買い物もほぼ終了し清算をするときに稲田がカードを出すので断りすべて支払いを私がした。

「ええやんけカードで払うんやから」

「給料日に引き落とされて嫁さんに殴られるのが関の山や」

「ご馳走に成っときます」

「朝霧は給料ええんと違うんか」

「ええねんけど身銭で客と飲みに行ったりするから何時も金あらへん」

「お前とこの営業、最近弱いらしいな」

「コンペは負け続けや」

「お得意さんにも嫌われるし」

「それはお前とこのマーケのボケが悪いん違うんか」

「その通りや、あんなの連れて営業してるんや、辛いもんがある」

「みなさん1流大学出て親が朝日新聞の偉いさん、将来を約束されたボンボンばっかりやもんな」

「俺もその口や、早稲田出て親父が九州朝霧新聞のトップしてたからここに入れられた」

「俺はクリエーティブ志向なんや」

「がりまたで手を大きく横に振って歩くやくざは知ってるけどクリエーターは見たことない」

「だいたいお前でかすぎるんや、なんぼあるんや」

「183ぐらいやと思う」

くだらないことを話しながら松坂屋から歩いてきたがそれほど時間も掛からず店に到着した。

「もう来る頃や思てました、誰も来られへんように下に行ってエレベーター止めてきます」

「それは大正解や」

「稲田あそこのテーブル店の真ん中に出せや、椅子は俺が運ぶから」

「店の真ん中にテーブルと椅子をセットし買ってきたものをテーブルに並べた」

「稲田このカニカマと竹輪はなんや」

「カニカマと竹輪やないか」

「どの酒の当てや」

「ワインに竹輪とカニカマが合うんよね」

「お前どんな食生活してるんや」

「マスター皿にでも移してくれるか」

「このハムは上手そうや」

「キャビヤもこうてきてるしクラッカーは店にあったもんな」

「キャビヤなんかいつのまに買ってん」

「お前と漫才しても観客マスターだけやからもうせん」

「マスター適当でええよ」

スピルナーグラスでビールが運ばれてきて宴会の始まりである。

「変なん連れて来てごめんな」

「変なんて言うな」

「マスター知ってるやんな」

「朝霧広告の酔っぱらい営業課長の稲田さんですよね」

「マスターまで酷すぎるやんか、それに年明けから次長や、年末に辞令が出た」

「年末に辞令出すなんて変な会社や」

「来年から新体制になるんや、今の社長体調壊したから相談役になってまた新聞社からパラシュート社長が下りて来るらしい、そのために今の社長のうちにランク上げれる奴はみんな上げるみたいな感じで昇格や」

「次長に成ったら給料上がるんか」

「給料は上がるが次長からは管理職になって組合はずれるから休日出勤とか残業付けへんようになるから俺はマイナスになるん違うかなあ」

「早よ部長にならな何も出来んやろ」

「好きな事が出来るんは部長からや、次長になっても管理職の島に行ったら一番下や」

「角1本下ろそ何杯取れる」

「池中さんの飲み方では15杯、店的には18杯ぐらいですかね」

「18×500円とビールでまずは1万払ろておくわ」

「後でいいですよ」

「あかん忘れる」

「それじゃ頂きます」

「夜は今からや、稲田酔っぱらうなよ」

「酒飲んで酔っ払わんかったら意味がないやんけ」

「お前の大阪弁は汚いな、誰になろてん」

「入社して最初の配属が大阪で求人広告に回されて、街の工場やケーキ屋みたいなとこ回ってたらこんな大阪弁に仕上がったんや」

「俺生まれは宝塚で小学校から小倉で大学から東京や、配属されてから転勤経験ゼロで求人は3ヵ月だけ、後は大阪不動産広告専門チームの一員や」

「俺は大阪や、阿倍野で生まれてそのままや、今は上六やけどな」

「マスター家族わ」

「両親は鹿児島ですが私は大阪で生まれ大阪育ちです」

「マスターカメラマンで朝霧大阪の報道付やったんやで」

「稲田が酒を噴き出した」

「知らない事とはいえ大きな顔してすみませんでした」

「もう辞めてだいぶなる」

「辞めてからこの店始めたんですか」

「店出したなって辞めたんや」

「報道はどうでした」

「大阪の大きなニュースはやくざの殺し合いぐらいやから、チームで何かを追いかけることは少なかった」

「そうなんですか」

「稲田、お前とこも関係会社に折込屋あったよな」

「朝霧折込社て言うんやけどつこてくれるんか」

「新聞の部数は毎年更新してるんか」

「してるみたいやけど、あんまり変わらんわ」

「5紙で800万部や多くないか」

「そうやな若い時にいっぺん折込屋に食って掛かったことあったけど、新聞社から怒鳴られて終わりや」

「部数は限りなくでっち上げや、俺が報道でカメラマンしてる時に社内で問題になって返品を計算させろと言う報道記者に対し、経営側はうるさく言った報道記者を札幌に飛ばしよった、それでこの件に蓋がされて終わりや」

「池中何か考えてるんやったら、悪いこと言わん身内でも飛ばして蓋する問題や変なんが、こんにちわ言うて出てこんうちに引いた方がええで」

「何も考えてない、発行部数が多すぎないかと思ただけや、忘れてくれ」

「この件は助けられんで」

「何もせんて、何が出来るねん、うちの会社はポスティング屋との商いや折込屋とは付き合いない」

「去年マーケ何本こなしてん」

「70本や」

「200万としてもマーケだけで14000万カウントしたんか」

「違う250万やから後3500万や」

「ようもうけたな、うちで受けとけばよかった」

「後の祭りや、仁義は切ってる」

「そうや、マーケにデベが金払う言うのが信じられんかったんや、それとあのマーケデータは凄い、関西中の家探してる奴のデータベースがそのうちに出来上がりそうや、広告屋いらんやん」

「俺の本業はマーケや電博時代に経験したマーケと離れてから勉強した分とパソコンの進化でマーケは変わった、ダイレクトマーケティングの時代や」

「全然日本人と話してる感がないけど、お前が言うやからそうなるんやろう」

「角のハーフロック大盛りで」

「自分で作れ、カウンターに用意されてる」

「今年は神戸の震災で大勢の人が亡くなり、多くの家も焼けてもうた、会社の利益半分寄付したったんや」

「なんぼや」

「言うたら会社の利益ばれる、その分税金で控除されるからとんとんや」

「わけのわからん役人に税金収めるくらいなら日本赤十字に渡しとく方が正解や」

「そうや正解やな、うち赤字らしいから同じことは出来へんわ」

「お前とこ赤字になったんか」

「そうや、震災で広告を控える動きも大きかったし神戸支店なんかビルごと無くなってもうて今大阪に居候してるわ」

「大きい会社も大変や」

「だから横から仕事かすめて行くなよ、新生保不動産の専務とベタベタらしいて聞いてる、何するにも池中呼べ言うて大変らしいな」

「そうや俺とこの仕事違うねんけど、物件の広告会議から設計会議まで出さされてるし、専務がへそ曲げた時も部長から急な呼び出しで専務の説得や」

「金になるんか」

「会議1回で10万、緊急呼び出しで5万や月に80万ぐらいや」

「たいしたもんや、コンサルやんけ」

マスターは静かに私と稲田の話を聞いていて時々笑って飲んでいた。

「マスターこのハムいけるやろ」

「マスタードがもう少しピりと効いていたら最高や」マスター

「売り場のおまけや、気が抜けとる」

「マスター醤油ないか」稲田

「バーに醤油はないで」私

「あんでオイルサーディンに入れるから置いてる」

「竹輪食べるから貸して」

「ジャズとウイスキーと心地よい客のいないバーで竹輪か、ムードの無い奴や」

「阿保か40男が大晦日に3人で酒飲んでるだけの寂しい飲会やないかムードなんかいらん」

確かに稲田が言うように40男が大晦日に家にも帰らずバーで酒を飲んでいる方が可笑しいのかもしれないが、家で一人飲むことを思えばこれほどいい飲会はない。

「マスターは今年何かええことあったん」

「何にもないのがええ事のような気もする」

「稲田は出世したし」

「お前とこが無茶苦茶大きなったやんけ」

「無茶苦茶大きなったん違う、一寸人が増えただけや」

「お前とこ一人1台パソコンあるんやる」

「デザイナーは2台使わしてる」

「そんなに便利か」

「お前とこで今うちが受けてる仕事を社内でこなしたら全社員で取り組んで1年以上はかかる」

「そんなに効率がええんか」

「お前とこの言う敗戦処理チラシはパターが同じで良いなら4時間か5時間で仕上げよる、アンケートは画面内で地図と間取りなんかを入れ替えるだけやから誰でもできる、入力は数字入れるだけやから1アンケートの入力に1人で半日や、分析は俺が全てして統計的な見解を書いてる」

「お前ところでしたらオール外注やろ、アンケート作成に3日で再度打ち合わせ、クライアント打ち合わせ、印刷入稿ゲラで文字校正や時間かかってしゃあない」

「お前とこは」

「うちはカラーの大型プリンター入てるからパソコンから直接出力して1回目の構成や、朝オーダー受けて昼の3時には先方に届けてる、先方言うんは代理店ちやうでデベや、それから代理店に電話が入り営業さんが打ち合わせに行く、代理店にも同じもの届けてるから便利やろ」

「お前とこの機動力を朝霧で使わしてくれ」

「朝霧からはこの2~3か月仕事ないし、お前とこのクリエーターやマーケが口出して来てめんどくさい、朝霧の仕事は受けん」

「今どこが多いねん」

「お前とこ以外全部の代理店と均等に付きおうてるタダシが調整してる」

「そうかうちの仕事はしにくいか」

「お前とこの金は問題なく1番ええ、しかし外野が多すぎる、稲田一人に担当付けて誰も口ださへんねやったら考えられるけど部長にならなそんなことできへんやろ」

「マスター角も終了に近いから本命のモレッジ出してや」

「買ってますよ18年」

「3万で手打ちやええやろ」

「充分ですよ」

「お前それ好きやな、クラブやホテルのバーにまでキープしてるやろ」

「そうや、お前、グランドのボトル勝手に飲んだ挙句にニューボトル入れんと帰ったらしいな」

「忘れた」

「何時か返してもらうで」

「返しますよ社長になったら」

「それは無い話や社長は新聞社からの天下りや」

「池中さんも稲田さんもグラス替えますよ」

「ありがとう」

「ボトル飲んだお返しに、さっきの話と違うんやけど、代理店と新聞社には広告販売ルールが取り決められているや、契約書なんかはないけどな」

「新聞広告料金が企業単位で取り決められてるんや、松下は15段で関西セット版なら1000万とするやろ、シャープなら1300万円、日立なら800万円て取り決めがあって買い切り面以外はどこが売っても同じ金額になる」

「行政は住宅公社も含め定価販売やそれ以外は新聞社が受けてくれへん」

「買い切り紙面は自由に売れるけど買い切り金額以下なら赤字や」

「客に売れんで締め切り近づいたら原稿のある客とこに行って捨て値で引き取ってもらう大赤字や」

「1段2万ぐらいで投げる時もあるし無料で原稿を借りて出校する時もある」

「各新聞社が足並みそろえてきたんやけど産生新聞だけが14段組みにして字を大きしたから足並みが崩れて、今は新聞社単位で各企業料金を決めてる」

「沢山打つとこが安い設定か」

「それが違うんや、付き合いの古さも関係するんやけど俺らにもわからん、最大手の広告会社の電博が新聞広告を70%握ってるから、新聞社は頭が上がらん、そのあたりで取り決めたん違うか」

「あそこはテレビCMも独占してるんやろ」

「独占はしてない60%ぐらいちがうか」

「何、難しい話してますんや」

「難しない、こいつらの世界の汚いとこ教えてもろてるんや」

「折込は20%も嘘ついてない10%は嘘ついてるん違うか」

「代理店をするんやったら早めに言ってな、裏何でも教えたるし新聞も安く卸したるわ」

「それは助かる」

「コンペの競合はいややで今の光には勝てる気がせん、読朝の営業も嘆いていたで」

「来年の春からが勝負や」

「勘弁してくれや」

「マスター開けたばかりのモレッジはいい香りがするなあ」

「最高のシングルモルトの一つですからね」

「今何時や」

「9時ぐらいちがうか」

「どうしてん」

「子供の顔見たなった、嫁さんの実家我孫子やから俺、帰るわ」

「勝手な奴や」

「さいなら、マスターも良いお年を」

「階段で降りて行った」

「賑やかな人ですね」

「それだけが取り柄や」

「マスター静かになったから音楽少し大きくせいへんか」

「そうしましょ、そんな気分ですね」

カウンターの裏の有線のボリュウムを触り音を少し大きくしマスターが戻って来た。

「堺筋走る車も減ってきたな」

「大晦日もあと数時間ですからみんな家に帰っていますよ」

「ぼけた中年男二人がここに居てるけどな」

「あいつの竹輪上手いで、ウイスキーに合うわ」

「ほんまですか」

「合いますね、突き出しに出して受け狙をしたろ」

「そんなことせんでも客の入りはええんちがうんか」

「最近になって遅い客が減りましたわ」

「10時には閉店状態です」

「これから10時に来るわ」

「何時でも来てください」

マスターと二人になると会話は少なくなるが、気分が落ち着きお酒が進む。

「マスターモレッジ空いてまいそうやな」

「稲田さんがロックでがぶ飲みしてましたからね」

「多分あいつ嫁さんと喧嘩して家出て来たんや」

「ほとぼり覚めたら嫁さん子供と大晦日迎えたくなったんやで」

「私もそんな気がします」

「おかしな男や」

「お酒は時間の流れを忘れさせてくれる、今年も色々あったが楽しかった」

「それが一番じゃないですか」

「今年は喧嘩無しですか」

「喧嘩話やけど酔っ払いの頭からラーメン掛けてやったぐらいかな」

「喧嘩やなくて犯罪ですよ」

「あんな酔っぱらいはあれぐらいしたらんと目が覚めん」

「相変わらず無茶苦茶や」

「赤いのは最近乗ってませんのんか」

「休みの日の買物ぐらいや」

「赤めんどくさいからアウディーを買う予定にしてる」

「アウディーて何か似合いませんね」

「マスターもそう思うか、タダシにも同じこと言われた」

「そろそろ片付けて天神さん行こか」

「手伝うわ」

「手伝われたほうが時間かかりそうやから座ってて下さい」

マスターと人で溢れる天神さんに初詣をし別れた。

家に戻りシャワーを浴び昼まで寝ていた。

携帯がうるさくなった。

「池中です」

「明けましておめでとうございます」

「マキか」

「まだ寝てたんですか」

「夜中に初詣に行ってきたんや」

「私2時に新大阪に付きます、車降りたとこで待っててください」

「分かった、迎えに行く」

電話が切れた。

昼に近い時間に起き出して冷蔵庫を見るが何も無いので、服に着替えて外に出てみるがどこも開いていない、車を出し足を延ばすかと考えたが、コンビニで弁当と夜の酒の当てを買って帰ってきた。晴れ着を着た若い子や子供連れに変な目で見られながらの買い物はあまり気持ちのいいものではなかった。

コンビニ弁当を食べテレビを見ていても何も面白くない、車を出しドライブでもすることにした。

マキの住所がこの辺にあったはずやけど、見つけた。

「岡山市北区中仙道2丁目00-00」

「車で行ったら何時間かかるんやろ、聞くとこないしな」

「警察や天王寺警察で聞いてみよ」

「車を出しガソリンは満タンやから帰りはどこかで入れな無理やけど片道はもつやろ」

警察で聞くとまだ阪神高速が通れんので岡山までは5時間以上かかると言われた。

阪神高速の完全復旧が出来れば3時間かからんとも言われた。

やはり迎えに行くドライブはやめで泉南の海でも見に行こうと考えていたら携帯が鳴った。

「迎えに来てませんやん」

「明日ちがうんか」

「さっき2時に新大阪に迎えに来てくださいて言いましたよ」

「明日とばかり思っていた」

「今外やから15分で行く」

「待っています」

堺筋を120キロ近くで飛ばし新御堂筋に乗り10分でついた。

「早かったですね」

「少し飛ばした」

「荷物は」

「行きしなも手ぶらに近かったでしょ」

「土産は無しか」

「岡山のお漬物買って宅急便で送りました」

「エライ」

「家に帰りたいんですけど」

「分かった家にまっすぐ帰ろ」

新大阪のタクシー乗り場を後にして車は自宅に向かった。

「どこかに神社はありませんか」

「小さいのやったら家の近所になんぼでもあるで」

「それじゃどこでもいいので神社に連れて行ってください、私初詣まだなんです」

「それやったら天神さんにいこ」

「天満の天神さんですか、嬉しい一度行ってみたかったんです」

天神さんの南にある公園の近くのコインパーキングに車を止めた。

「ここを少し行ったところに正面入り口があるから」

「はい」

「元旦に2度も天神さんに来るんは初めてや」

「ごめんなさい」

「謝らんでもええ、でも何で1日早くしたんや」

「離れたら寂しなったんです、それに何食べてるか心配やし」

「今日はコンビニで弁当買って食べたで」

「そんな事や思いました、帰れへんかったら明日の昼もコンビニ弁当になります」

「ここ何年か正月はコンビニ弁当やで」

「何時からですか」

「お袋が死んでからやから7年ほどや」

「あかん、来年からはそんなことはさせません」

「ついたで天神さん」

「人多いですね」

「夜の方が多いんや、昼はまだまし」

「正面から入ろ」

2人で南側にある正面から天神さんに入り参拝した。

「何か頼まれました」

「ここは学業の神さんやから、特に何も頼んでない」

「そうや何か買って帰りません」

「どこも開いてないで」

「それが元旦から開いてるところがあるんです」

「どこやねん」

「ダイエーです、元旦から営業する言うて宣伝してました」

「どこにあるんや」

「京橋です」

「あそこのダイエーの駐車場はこの車は無理や」

「京阪電車の近くにコインパーキングぐらいありますよ」

「行くか」

確かに京阪電車の京橋駅の片町側にはコインパーキングがあったが嫌な予感がした。

京橋のダイエーで買い物をして車に戻るとフェラーリのフロントにバカと書いてあった、いやな予感が的中した。周りを見ても人影はなく通りすがりに悪戯していったんだろう。

「最低ですね」

「この車を京橋の人気のないコインパーキングに入れた方が悪いんや、保険入ってるから直ぐに修理屋に出す、帰ってビール飲も」

「ごめんなさい私がいらんこと言うたからや」

「ちがうで、悪さする奴はどこでもしよる。タイミングが悪かっただけや」

マンションに帰り車を止めまじまじ見るとかなり深い傷で保険や泣くやろなと思った。

部屋に入り弁当の食べた後を片付けると冷えたビールと肴を持ってマキがリビングに来た。

「はいビール」

「ありがとう、今年もよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

「実家はどうやった」

「みんな元気にしてました、年明けたら結婚するけど式はせいへんて言うてきました」

「式はするつもりや、披露宴は仲間だけで騒いだらええと思ってたけど」

「それとマキの両親に挨拶にも行かなあかん」

「挨拶は2月に岡山に行くわ」

「来てくれるんですか」

「行かなあかんやろ」

ビールを飲みながら話していたので服にこぼしてしまい、マキがタオルを取ってくれた。

「子供みたいに欲張って飲むからや」

「大晦日は何してたんですか」

「北浜のバーで稲田とマスターと3人で店閉めて飲んでた、稲田は早くに帰ったけどおっさん二人で初詣にも行ったで」

「それで初詣だけは行ってたんですね」

「昼前に電話で起こされたんや」

「私も北浜で飲みたかったな」

「マスターに電話してみよか、あいつも暇や言ってた」

「掛けてみてください」

「携帯からマスターの携帯に電話をするとOKが出て6時に行く約束をした」

「御節まだ明けてないからそのまま持っていこ」

「今5時やから着替えて化粧せんと」

「マキ化粧なんかせんでも十分綺麗や」

「外で素ぴんは嫌なんです」

「女は難しいな」

マキの残していったビールも飲みテレビを付けると、どのチャンネルもお笑い芸人が出ていて面白くなさそうなので直ぐにテレビを切った。

「用意できました」

「タクシーつかまるかな」

「あかんかったら地下鉄や」

「正月はタクシー稼ぎ時やから直ぐにつかまりますよ」

「何で稼ぎ時なん」

「着物きて電車乗るの嫌がるからです」

「知らんかった」

「たまにボケかましますよね」

マキを引き寄せ抱きしめてみた。

「正月から何考えてるんですか」

「何も考えてない」

「遅れますよ」

マキの言う通りタクシーは直ぐにつかまり北浜を目指した。

バーに付くとマスターがまたエレベーターを止めに行ったのでマキにエレベーターの事を説明した。

「便利なシステムですね」

「各階ごとに止めれるらしいねん、玄関の鍵代わりみたいなもんや」

マスターが上がってきたので新年の挨拶をしておせちをテーブルに出した。

「今年は3日までコンビニ弁当を覚悟していたんですけどこれはご馳走や」

「何でも食べてや」

「何飲みます」

「角のハーフロック」

「私も同じで」

マスターが角をビンごと氷と水を持ってきた。

「角は何本かありますから安心してください」

「それでは今年もよろしく」マキもマスターもよろしくと言った。

「マキちゃんと何時頃結婚予定なんですか」

「式場に行ってから決めるわ」

「どこの式場で式あげられるんですか」

「俺的には四天王寺さんの近くにある高津神社でえかと思うんやけど」

「私はお任せです」

「行ってから決めるわ」

「そうや、今日な京橋のコインパークで赤い奴のフロントにバカて書かれてん」

「置く方が悪いな、あの辺は元旦なんかは人が歩いてない、悪さし放題や」

「マスターも光ちゃんと同じこと言ってる」

「この人が光ちゃんて呼ばれてるんですか」大爆笑された。

「鬼より怖い池中さんが光ちゃんて笑いすぎでお腹がいたなった」

「笑いすぎや、私は光ちゃんて呼ぶことにしてん」

「ゴメン、あまりにも突然やったから」

「新年早々俺の名前で遊ぶな、会社の名前も変えようと思ってるんや」

「どんな名前にするんですか」

「エージェンシーは嫌やねん」

「新年の挨拶の時にデザイナーに頼むことにしてるんや」

「マキお酒入れて」

「株式会社 ヒカリは無くなるんですか」

「無くなる」

「もうあの啖呵が聞けませんね」

「何それ」

「俺は南堀江の光の池中やかかってこんかーでしたよね」

「そんなこと言うたかな」

「ここで3回は聞きました、但し1回は携帯に吠えてましたけどね」

「アホちやうか」

「池中さんに面と向かってアホちやうかて言うたんはマキチャンが初めてや」

「そんなに怖いんですか」

「普段無口で静かやからビックリしますよ、怒り出して声出た時は既に相手殴られてますけどね」

「狂暴や」

「ほとんどは静かですよ、他の人が関わりたくない相手で我慢している時が危険で危ないいんです」

「そうなんや光ちゃんは危ない人なんや」

「光ちゃん言うたら危なくない人みたいですね」

「二人に言うけど俺は素直なだけで危ない人と違います」

「まあええやないですか、おめでたい新年や」

3時間ほどがすぐに流れマキも少し酔ってきているので帰ることをマスターに伝えお重はマスターの明日の昼めしにしてくれと言って店を出た。店の下でタクシーを拾いマンションに帰った。

マキはシャワーを浴びると言ってバスルームに消え私は冷蔵庫からビールを出して飲み始めた。安物のするめだが結構いける、最近のコンビニは商品の質も上がっている。

マキがシャワーを浴びて髪の毛を乾かしビールをぶら下げて隣に座った。

「北浜のバーが好きになった、友達と行ってもいいですよね」

「どうぞ、あそこは殆どのドリンクが500円で安いのが取り柄や、マスターも人気がある」

「マスターも独身ですよね」

「あいつも勝手気ままに生きとる」

「報道カメラマンがバーテンダーに転身されたんですよね」

「バーテンダーが報道カメラマンに転身した話は聞いたことがない」

「それは無理がありますわ」

「あそこの売りはマスターの人望や、俺にはない」

「光ちゃんも人望ありますよ、だから優秀なタダシさんが離れないんですよ」

「タダシとは腐れ縁や」

「どこで知り合ったんですか」

「電博リサーチで居候しながら仕事してる時に新卒で入社してきたんや」

「あの電博の新卒なんですか」

「そうや、大阪に配属されてきました長谷川ですて名刺くれたもんな」

「2年ほどして大阪の支社長が変わった時に自分で事務所を構えなさい言うて追い出されたんや、仕方がないから今の事務所に近いところのボロボロの事務所借りて開業したんや」

「有限会社オフィスIGや」

「IGてなんですか」

「池中頑張るでIGや」

「しょうもない名前付けたんですね」

「それでも仕事は取れた電博リサーチや電博のマーケ局からの仕事は金額も大きいし楽しかった」

「半年して長谷川が遊びに来て昨日辞表出しました雇ってくださいて言いだしたんや」

「電博の仕事無くなるの覚悟で雇った」

「それからの付き合いや」

「10年以上ですか」

「初めて名刺もろてから13年や」

「それじゃ13年も一緒に仕事されてるんですか」

「南堀江の歴史は全てタダシと一緒や」

「何か焼ける」

「俺ウイスキーが飲みたい」

「今支度します、少しだけ待ってください」

「ありがとう」

ビールからウイスキーに替えるための支度にキッチンに行ったのでシャワーを浴びようとバスルームに向かうと背中に

「直ぐですよね」

「烏の行水や」

「おじん臭い」と背中に言われた。

シャワーを浴び出てくるとそれなりの食べ物が並びウイスキーを入れるだけになっていた。

「こんな丸氷どこで手に入れたん」

「コンビニに売っていますよ」

「早くウイスキーを入れてください、水も置いていますから」

2人で並んで乾杯をし、また酒盛りを始めた。

朝目が覚めるとマキは完全につぶれていた私も少し頭が痛かったがシャワーを浴びると正常になった。1階におり元旦の残りの新聞をもって上がり広告を見た。

マンションのチラシがかなり入っているし住宅メーカの新聞紙面全面広告や見開きカラーなんかもあった、今まであまり元旦の新聞を気にして見ていなかったため状況を把握できていなかった。

元旦の新聞は広告屋にとっては1大イベントだったんだ。

リビングでごそごそしていたらマキが起きてきた。

「起こしてくれはったらええのに」

「まだ寝てええで」

「もう大丈夫です、お腹が空いて目が覚めました」

「二日酔いは」

「良く寝たんで特になしです」

「ファミレス行こか」

「30分待ってください」

「俺もまだ顔も洗っていない」

2人でバタバタと出かける用意をして下におり、車の悪戯を思い出したが、そのまま乗った。

「どこのファミレスいかれますの」

「桜橋や」

「会社の近くですね」

「会社から歩いて行くには遠いけど自転車があればすぐや」

「いかれるんですか」

「たまに頭煮つまったら、会社の自転車で行く」

「会社の自転車が行き先不明で無い時は光ちゃんが犯人なんですね」

「犯人言うなタダシは知ってる、出る時に声はかけてる」

「今度から私に声かけてください、銀行行ったり色々使い道が多いんです」

「もう1台買えばええやないか」

「すぐそれや、買えば解決になるのではなく、声掛けが解決になるんです」

バカと書かれたフェラーリは気持ちよく大阪の街中を走った。

「正月は市内やオフィス街に車がない分気持ちよく走れるんや」

「本当に気持ちいですね、お腹が鳴った恥ずかしい」

「健康優良児やな」

「昨日酔っぱらって変な事一ぱいしたでしょ」

「してない、お前をベットに入れるのに苦労しただけや」

「私の記憶では私を後ろから羽交い絞めにされて乳をもまれたことになってますけど」

「後ろから抱えてベッドまで運んだんは事実で、乳もんだんはお前の妄想か夢や変態女」

「失礼な、当分させたれへん」

「ほんまにそれでええんか」

「嘘や、いけずやねんから」

ファミレスの駐車場に車を入れると隣でジャガーから下りてきた初老の男女がフロントを見て

「こんないい車に悲しいことをする人がいるんですね」と言ってきた。

「そうですね大事にしてるのが分からんのですよ」

「早く修理してやってくださいね」離れて行った。

「あの人も車が好きやねんな」

「悲しそうな眼をして見てはった」

遅い朝食と早い昼食を兼ねて私は和食でマキはハンバーグ定食を食べた。

「お前寝起きでよくそんなもん食べれるな」

「私寝起きにすき焼き食べれますよ、天丼も可です」

「何が天丼も可や、不可なんか無いやろ」

「ありますよ、かき氷」

「誰も寝起きにかき氷なんか食べるか」

「その話は置いといて今日は何して遊びます」

「今から買い物して後は家でゴロゴロして夕方から飲みに出ません」

「開いてるとこあるか」

「キタとかミナミとか若い子が行く店が開いてます」

「ホテルのバーにしよ」

「どこのホテルのバーにします」

「ロイヤルのリーチバーか日航の夜間飛行、またはグランドのバーや」

「グランドのバーに行きたいです」

「それじゃグランドに行こ」

「食べる物ありました」

「ホテルの中でどこかの店が開いてたら食べれる」

「色んな店開いてないかな」

「車のエンジンを回したいからドライブや」

「やったー」

「1時間以上かけて泉南の海に来た」

確かにここまでくると大阪湾ではなく綺麗な海のままであり、正月と言うこともあり人もいなく二人だけであった。猫の額のような砂浜でマキははしゃいでいた、波を追いかけ波に追いかけられ、はしゃぐマキは可愛かった。

「マキそろそろ帰るで、買い物したいんやろ」

「買い物したいけどもう少しだけおらして下さい」

「お前の実家は海には遠いんちゃうんか」

「今は遠くなったけど小さい時は海の近くに住んでたんです」

「中学校の2年から今の家に引っ越して海と縁がなくなりました」

「子供のころの海も砂浜があったんか」

「砂浜は自転車で行かな無かったけど防波堤は直ぐに有って漁師さんの横でいつも網を直すのを見てた」

「海はきれかったか」

「ここと同じぐらいです」

何か素直なマキが可笑しかった。

「何か言いました」

「何も言っていない」

「また連れて来て下さいね、海を見てるのが好きなんです」

「春になったら田辺にいこ、途中に産湯海岸があり沖の方まで透き通っているで、あそこの海は綺麗や」

「絶対に連れて行ってくださいよ、嘘ついたら色んなこと会社でばらしてやるから」

「何が色んなことや」

「自分の胸に手を当てて色んなことを想像してみてください」

「あほな事を会社で言うなよ」

「言いませんから連れて行ってください」

泉南の海を後にし海岸沿いの産業道路を飛ばして帰ったマキは海が少し見えるたびに喜んでいたが堺に差し掛かったところから寝ていた。

マンションに付きマキを起こすと良く寝たと言って起きてきたがマンションについている事には少し驚いていた。買い物は簡単に終わりグランドのバーに向かった。バーに付く前に携帯が鳴り出ると。

「稲田や暇か」

「暇ちやう、デートや」

「俺、今グランドのバーや時間あんねやったら覗きにこいや」

電話を切った。

「マキグランドに稲田がいてるらしいけどどうする」

「ばれるのはええけど、声大きいしなあ、でも私ここでええわ」

「それじゃ入ろ」

「そばにおったんやんけ」

「稲田の下品な大阪弁が聞こえてきた」

「マキチャンも一緒か、デートてマキチャンとか」

「そうや、春には結婚する」

「知らんかったわ」

「年は幾つ違うねん」

「丁度20や」

「若い嫁さんや、おめでとう」

「ありがとう、披露宴には来てくれ」

「必ず行くがな」

マネージャーはまだお休みなのでとカウンターの中の若いバーテンダーがオーダーを聞きに来た。

「何飲む」

「ビール」

「ビール2とメニュー持って来て、後はモレッジを何時ものセットで3人分や」

ビールで乾杯し忘れていた新年の挨拶をして馬鹿話をしていると見たことのあるやつが入ってきた。

「あいつ知ってるか」

「あれうちの社員や」

「知ってるんか」

横でマキがラーメン事件の時に殴り倒されてた奴やと言い出した。

「何かそんな話聞いたことあるなあ、確か三井不動産の係長と飲んでラーメン屋で喧嘩になってぼこぼこにしたったとか言ってたなあ、何かあるんか」

「見てただけや」

「稲田さん来てたんですか、そちらは」

「光の池中社長と婚約者さんや」

「プライベートですか、私は会社の奴と待ち合わせ何で向こうで飲んでます、ごゆっくり」

「人が違ったみたいや」

「あいつら酒癖悪いんや、弱い癖にバカのみしよる問題児や」

「朝霧にお前以上の問題児がいてるとはな」

「気にせんでええ、飲もうや、マキチャンもおめでとうや」

「ありがとうございます」

「何時決めてん」

「12月や」

「決めたばっかりか、何か悪いことしたな」

「もう一緒に住んでる、気にせんでもええ」

「年末は悪かったな勝手に乱入して勝手に帰って」

「嫁さんとは仲直りで来たんか」

「分かったか」

「あんな来かたして、そわそわ帰ったら分かるわ」

「夫婦円満が1番や」

「今日はどうしてん」

「会社の呼び出しや、アホナ幹部が新年の挨拶に来いて言いだしたらしいんや」

「新聞社からの天下りか」

「ご名答や、馬鹿らしい来る気はなかったが嫁さんの実家まで部長が電話してきて仕方なしや」

メニューを見ていたマキが手を上げてウエーターを呼んだ。

「カツサンド2人前にフライドポテトにポテトサラダにここの店の鰻の卵焼きとここの店の焼き鳥セットお願いします」

「良くそんだけ頼めるなあ」

「こいつは大丈夫や一人でも食べれる」

「ここのカツサンドは有名やで美味しすぎるわ」

「良かった1800円のカツサンドてどんなのか見てみたかったんです」

「大胆や2人前やもんな、池中ええ嫁さんになるで」

「女は強くて大胆なぐらいが可愛い」

「何か稲田に言われてもピンとこないんやけど」

「恋愛は俺が先輩や、結婚もや」

「お前ら子供どうするんや」

「マキはまだ子供や30ぐらいで考えたらええ」

「それもそうやな、うちなんて子供出来て結婚したから、新婚時代何か無かった」

「それも大変やな、子供は一人か」

「男二人や、可愛いで」

「お前の性格が遺伝してないことを祈るわ」

「何でや、こんなにカッコのいい早稲田マンは大阪にはいてない」

「そうや、お前早稲田やったんやなあ」

「そうやお前みたいに阪大中退して電博の誘い断って独立するほど根性はない」

「えええ、、光ちゃんて阪大中退なん」

「高卒や」

「こいつ頭は驚くほどええで、回転も速いし知識の豊富さでは誰にも負けてない男や、挙句に凶暴で暴力的や、たちが悪いの一言に尽きるわ」

「そんな話はせんといてくれ、思い出したくもないわ」

「それはそうと今日な会社で変なこと聞いたで、山田の会社をうちの会社が吸収したって」

「俺も聞いてる、山田の奥さんが肝臓癌で余命2年を切っていて生まれ故郷で死にたいて言ってるらしいんや、苦渋の選択やろ」

「山田の会社をうちのチームが引き継ぐらしいんや、やんちゃなとこも結構あるからな」

「俺もこの話を聞いたときはお前が担当になると直ぐに思たわ」

色々な料理が運ばれてきてバーの奥が宴会場になった。

モレッジも無くなり新しいのを開けた。マキはカツサンドに夢中で話に参加してこない。

「稲田、話やねんけど」

「なんや」

「山田が会社を売る前に俺の処に来て営業は直ぐに切られるから雇たってくれて言うて来てん、もちろん名刺だけや、うちの名前で商いさせてくれて言うて来てん、俺は了承した」

「多分うちの会社も学歴とかうるさいから切りよるは、お前とこの看板で何しようと問題はないけどまた阿保が仕事欲しさに拾ったて言い出すぐらいや、ほっとけ」

「ありがとう、そんなに長くはないらしいんや、自分らで仕事を取れ出したらその仕事持って独立するらしい、1年もおらんやろ」

「独立応援したるんか」

「山田に頼まれた」

「お前は根が優しいからみんなが頼るんや」

「大阪独立系で頑張ってる会社やから頼られるんや」

「違う光ちゃんがみんなにやさしいから頼ってくるんや」

「マキ酔っぱらってるんか」

「酔ってませんよ、お腹はいっぱいですけど」

「テーブルの上の物がほとんど食べられていた」

「よう食べる子や」

「大食いに出せるほどではないが、食べる方や」

「お酒入れましょか」

「稲田のも頼むわ」

「お前とこの若いの揉めてるんちゃうか」

「ほんまや他の客と揉めとる、見て来るわ」

「ラーメン親父の時に殴り倒した奴でしょ」

「お前も気が付いたか、俺ちょっと緊張したけど向こうが全然分かってなかったから知らん顔を決め込んだんや」

「私もそうやないかと思いました、でもなんか稲田さんが参加して酷なってません」

「あいつもすぐに頭に血が上る方やけど、大丈夫あいつは強いで」

「あああ稲田さんが殴られましたよ」

「振り返ると完全に稲田がダウンしている、相手は瓶を持ってる、危ない奴や」

「止めて来るわ」

「危ないことはやめてくださいよ」

「何してるんやこんなバーで」

「なんじゃお前は」

「お前やくざか」

「それやったらどうしたんや」

「一般人を凶器で殴ったとこ見た、バテンダー警察は」

「電話入れています」

「お前あほや新聞社関係の人間殴ったら高くつくで」

「お前もやるんか」

「やくざと殴り合いするほど度胸はない」

「お前俺をなめてるやろ」

「お前、こいつの後ろから殴ったな、後ろから血が出てる、そうでなかったらお前がダウンしてるはずや」

いきなり瓶で殴りつけてきた、よけるのがやっとで3歩ほど下がった。

「危ない奴や」

また殴ってきたが瓶を取り上げて横にころがした、掴みかかってきたので前蹴りを腹に入れてやった、かなり効いたみたいなので膝を蹴ると地面に手をついたので顔面にけりを入れて撃沈した、念のため脇腹を全力で蹴っておいた。

パトカーのサイレンが聞こえてきたので引き上げた。

「帰りに支払いは会社に回して善良な市民が解決した言うといて」

ホテルのロビーで警察官とすれ違い外に出た。

「食べるもんはいらんやろ、家で飲み直や」

「あのやくざはどうなるの」

「逮捕されて3年以上の懲役や」

「出てきて復讐せいへん」

「一般人を殴って刑務所行くような奴は組を破門されよる、破門されたやくざなんてただの屑や何もせいへん」

「これが組同士の喧嘩やったら別や、とことんやりよる」

「やくざ嫌いや怖いわ、光ちゃんは怖ないの」

「一人のやくざはあまり恐ないけど2人以上はあかん、逃げる」

「逃げる前に絡まれん事や」

「基本的にやくざは素人に手を出さん、出すときは金が絡んだ時だけや、あいつらも経済社会の中に根付きだした、一寸見ても分からんけど糞暑い日にスーツの上着を取らん体の大きな奴は要注意や」

「何で」

「刺青隠されへん、汗かいたらカッターシャツ着てても透けて見える、だから上着脱がれへんのや」

「さすがマーケ屋さんや」

家に付き酒の準備をするマキにシャワーを浴びると言ってバスルームに行って瓶で殴られた傷を確認するとかなり酷く黒ずんできている、手の甲は折れてるかもしれん明日救急で見てもらうことにしよと考えながらシャワーを浴びてリビングに戻るとマキが全て用意済で待っていた。

「ビールでいいでしょ」

「風呂上りはビールに限る」

左手でビールを飲みテーブルの上で冷やしていた私の右手の甲を見てマキの目が点になっていた。

「やくざが振り回した瓶が当たったんや、明日病院行くから大丈夫や」

「折れてるん」

「多分どこか折れてる」

「警察にいかんでいいんですか」

「こんなもんで警察はめんどくさいだけや」

「でも痛そうや」

「実は泣き出しそうなぐらい痛いんやマキ慰めてくれ」

「嘘や、だいぶ痛み引いて来たんやろ」

「いや家帰って来て痛み止め大目に飲んだけどまだずきずきしてる、冷蔵庫の保冷剤とタオルくれ」

マキは走り出すんではないかという勢いで冷蔵庫に行きタオルを持って帰ってきた。

「光ちゃん次からは先に言ってな」泣きそうになりながら保冷剤を手の甲に括り付けていた。

ビールを飲み左手でホークを持ちハムを食べマキのCDを聞きながら飲んでいると正月であることを思い出した。正月に稲田になんかと会うから調子が狂う。

「マキ明日病院付合うてな」

「どこの病院行くの」

「すぐそこに日赤があるからそこまで歩いて行く」

「手が痛かったらタクシーに乗ろ」

「今日は早く寝よか」

「Hは無しやで、そんな手で出けへんからな」

「する根性はないわ」

「今年まだしてないなあ」

「当分お預けや」

「痛い方の手が右やから私左側に寝るわ」

「お休みなさい」

寝つきが悪い方だが痛み止めが聞いたのか朝まで熟睡した。

日赤で見てもらうとひびが入っているだけで折れてはいないが2週間ぐらいはギブスをしておくように言われた。

マキとハイハイタウンで昼食を食べたが上手く食べれない私を笑うだけで助けてはくれなかった。

「光ちゃん助けたろか思てんけど後二日したら一人で食べなあかんやんか食べれるようになっとかなあかん」

「それもそうやけど左で食べるのて難しいわ」

「女も左手だけやったら喜べへんかも」

「後で試してみるか」

「少しだけやで」

「意味が分からん発言や」

3日は病院、4日は昼から洗濯や掃除をするマキを見学して1日が過ぎた5日に初出をするとみんなに手の事を聞かれたのでこけたとだけ言った。

初日の朝礼をするときにマキと結婚することを皆に報告した。

「みんな今年は頑張る年や、根性だけじゃなく頭を使っていこう」と言って締め括った。

マキはみんなに何時のまにできたんやと聞かれ逃げ回っていた。

タダシが近くに来て

「おめでとうのダブルですね、こうなってくれへんかと年末は逃げて二人にしたんです、マキチャンが社長を好きなんは見てて痛いほどわかりましたからね、社長は全く気が付いてなかったでしょ」

「まったく気付いてなかった」

「これで新人が来てやる気になったマキチャンは伸びますよ、式はいつ頃ですか」

「3月か4月にはこの仕事の騒ぎが落ち着くやろ、その頃にするわ」

「落ち着くんですかね、加熱しそうですよ」

「東興電鉄の販売が成功したら伝説が出来ますわ」

「大阪市公社も同じですわ、売値が高い言うて販売会社がごねてるらしいです」

「高い販売価格で客呼んだろうや、これも伝説にするんや」

突然、稲田が会社に来た。

「池中さんいらしゃいますか」

出て行くといきなり頭に包帯を巻いた稲田に

「こないだはすまん、やくざ倒してくれて、お前は怪我無いんか」

手を見せて骨にひびがはいたことを伝えた。

「すまんな、俺のせいで」

「あいつ本物やろ」

「警察もやくざや言ってた、お前の事さがしてたけど誰も名前出さんかった」

「別にお前が犯罪侵した訳違うから関係ないねんけど、めんどくさいやろ思てな」

「ありがとうその方が楽や、挨拶回りの途中か」

「部長に包帯取れるまで内勤や言われたけど、することないから来たんや」

「俺も挨拶回りはせんからビールでも飲みにいこか」

「ええね昼間のビールか」

「タダシでかけるで」

マキが飛んできた。

「稲田さんも喧嘩したらあかんで」

「マキチャンごめんやもうせいへん、社長借りていくで」

「返してや」

「返す返す」

会社の近所の居酒屋は昼前でも酒を飲ます店があり仕事の無い日などは良く飲んだものである。

「話してなんや」

「うちの親会社新聞社で尚且つ赤系統が非常に多い新聞社や、俺の大学の同期が去年から大阪の政治部に来てるんや」

「それで」

「そいつあんまり好きやないねんけど選挙のポスターとか紹介してもらわなあかんから付き合いしてるねんけど今日の朝、立ち話で面白こと言いだしたんや、大阪の知事て、お笑いの横山ノックやろ」

「大阪の恥や」

「あいつに大阪と言う大都市が動かせることなんかできん、自民党からブレーンが送り込まれ、官僚からも助役級が霞が関から送り込まれてる、それに自民の府議団やその議員を応援している東京の大手ゼネコンが入り乱れて利権を食い物にしてバブルの付けを大阪府に押し付ける腹らしい、詳しい話は今日の夜聞くことになってる」

「面白そうな話や1枚かませろや」

「面白そうやろ、仕事になるで」

「ゼネコンは公共工事の談合に目をつむらせる、デベロッパーは大阪府保有の大規模な土地の入札で談合して安くて大きな土地を手に入れ開発をかけ利益を出してはバブルのポンカス土地を処分する腹や、これに住都公団、住宅公社全てが話し合ってる、例えばJR尼崎の駅前再開発や駅の北側は人気がありマンションを出せばすぐに売れるところやガラス屋の工場やビール屋の大規模工場の移転計画の話や大阪府や兵庫県、住都公団がらみの工業団地公団みたいなのが全てグルで住宅にすると高く売れる土地と行政がらみの土地と交換して行くんや、簡単には出けへんけども高速の入り口が近いとか、工場としての利便性の優れたところで10年単位の減税を付けて交換するんや国もどっかでグルや、これからは新しい駅の認可もどんどんと下ろしよる、駅の無い死んだ土地が駅前1当地に化けよる1部の関東系電鉄と商社系デベロッパーも暗躍してるらしい、でもこの話は東京系が牛耳っている、政治銘柄らしい。大阪本社のデベロッパーや関東系の電鉄は蚊帳の外や、この片隅にでも大阪本社系デベロッパーや東京電鉄系デベロッパーとセツトで食いついたら10年は仕事が切れんな」

「お前中々大胆な事を考えるやんけ」私

「それでや関西デベロッパーの大物、三鉄不動産の専務に食い込みたいんや」稲田

「それは俺がする、新生保不動産の専務が友人や」私

「お前が食い込んでも俺の仕事にならん」稲田

「なるんや、広告のJVや利益折半でやるんや、先が少し見えた時点で会社を説得せいや、それが出来んかったら俺は読朝に話し持ち込む、それぐらいはするで」

「相変わらず厳しいこと言うな、でも広告のJVは面白そうや、俺が室長になってJV室を立ち上げてやるわ」

「その意気や、俺は明日、新生保不動産の専務に会い腹の中探ってくる」

稲田は帰り私は会社に戻りタダシに稲田との馬鹿話の内容を伝えた。

「面白そうですね、東興不動産の石川課長に今度の朝霧の提案蹴らして内とのJV

に持ち込んだら既成の事実が出来上がり朝霧の上も嫌や言われへん」

「それとな、関西のデベロッパー、設計会社、不動産屋を集めて勉強会と言う情報交換会をうちの会社主催で始めよ思てるんや、発起人に新生保不動産の専務と三鉄不動産の専務、リクルートの岩山編集長と後何人か口説き落とす」

「急な展開ですけど面白くなりそうなのは確かですね」

「私もよして下さいよ」マキ

「どうせ聞いてたやろ」

「はい」

「2月旗揚げやから100人規模の会場を探しといて本町と淀屋橋の間で頼む」

翌日新生保不動産の専務に会いに行き稲田から聞いた話と夜に新聞社の政治部の奴から聞いた話をぶつけてみた。

「池中君さすがや、ええとこに目を付けた、勉強会も素晴らしい近鉄のタヌキには俺が話を付ける、それと実際に物件を担当してる課長クラスを50人は集めや、必ず大きな話がまとまる、リクルートの岩山編集長にも電話入れておいたるから直ぐに走り出し2月に第1回目の勉強会とその後の立食パティーやここが肝やで、ここに何人の人間を残せるかや、公団にも話してみる、大阪がお笑い芸人のおかげで元気になりそうや、代理店に格上げするんやろ」

「はい、そう考えています」

「ええ事や枚方で今度、親会社の社宅跡地で80戸ほどのマンションと10件ほどの建売するつもりやこの広告全部任すから資料を下でもらい2月までに提案書持って来て、期待してるで」

「ありがとうございます、必ず期待に沿える提案書を提出します」

帰り道で興奮が収まらない、しかし今からすることの膨大な量の提案書や企画書を考えると興奮が冷めてきた、東興電鉄の石川さんに話さなければ。

石川課長に話しに行くと手の空いている課長が3人会議室に入ってきた。

「池中さんまた石川だけに新しい話持って来てんやろ」

「いや皆さんにも聞いていただきたい話です」

新生保不動産で説明した話を繰り返し、勉強会と言う情報交換会を実施し関西の大規模開発を東京系の数社に集中させず大きなJVを組み立てたい事を話した」

「俺ら課長会は乗る」

「課長会てなんですか」

「関西のデベロッパーの中堅で飲み会やゴルフをしてるんや、これも情報交換会や」

「その連中に声かけたるは新生保不動産の情報網と三鉄不動産の行政に対する動きが少しでも見えたら大阪は変わる大規模開発がいくらでも出て来よるわ」

「ありがとうございます」

「広告代理店は入れるなよ、あいつら何でも仕事の種にしよる」

「当たり前です、広告代理店は当社だけです」

「代理店に格上げする気になったんか」

「うちのクリアランス全部直で持っていけ、誰も反対はせん」

「俺、新規準備してる池中君が出張るんやったら決定にする」

「俺も読朝で検討してる5月物件頼むは」

「ありがとうございます」

全てのお礼を言って会社に戻りタダシとマキに状況を報告していたらデザイナー連中まで喜び社内は騒がしくなった、今日一日で1年間のデザイン部の売り上げを越してしまった。

夕方になり稲田から電話が来た今から会いたいらしい、疲れているが仕方なくグランドホテルのバーに行った。

稲田は少し年上の男性と一緒だった。

「光の池中社長です、こちらは当社の不動産担当の石田部長です」

稲田が二人を紹介し名刺交換をした。

「池中さんだいぶ以前に1度名刺交換しましたよね」

「そうですね3年ほど前に年末の挨拶の時だと思います」

「今日お越しいただいたのは稲田から話を聞いて面白いと思たんですよ、朝霧の不動産広告はじり貧です、このままやったらリストラ対象ですわ、勢いのある光さんと組めるなら必ず責任を持ってJV室を作ります、初代室長は稲田を据えます」

「分かりました朝霧さんの体制が確立したら利益をどう分けるかを決めて取り組み方の方法を考えましょ」

「すでに動いてはるんですか」

「まだ新年あけて2日ほどです、何もできませんよ」

「あなたの動きの速さは最近業界でも有名になってますよ」

適当な世間話をして1時間ほどで朝霧の部長は退席した。

「稲田信じれる男なんか」

「仕事は出来んが人間的には悪い人やない、大胆な事もするけど保身にも走る」

「新しい社長が東京で大人事異動を考えているみたいで明日から役員何人か連れて大阪に来るらしい、俺の親父の後輩らしいけど滅茶苦茶嫌な奴やて今日の昼に大阪から東京に転勤した奴から聞いたんや、広告屋に来たんが恥やと思てるぐらいこの仕事を嫌ってるみたいや」

「そんなに広告が嫌いなら社長成るのを断りよったらええねん」

「人事異動や社長レースや役員レースで弾かれて新聞社の広告局長を何年かしてたから理由は簡単に押し付けれる、年食うてるから目の上の瘤や新聞社の上りが広告屋や気分も悪いやろ」

「ええやんけ1000億企業のトップ張れるんや」

「あかん新聞社の奴は広告会社なんて電博以外は屑や思てる」

「そんなもんか、JVも怪しいもんや」

「俺も明日次第や思う」

「石田部長が明日社長に話ししたとたんにどこの馬の骨ともわからん会社と共同作業をせなあかんのや自分達で仕事ぐらい執ってこいでちゃんちゃんちがうか」

「ええ読みや俺もそう思う、しかし寝技が得意やから同じ新聞社から来てる大阪支社長に話しをさせる可能性もあるで」

「それもありそうや火の粉を避けよる」

部長が帰ったあと1時間ほど飲んで次どこかに行こうと言う稲田を振り切り会社に電話を入れるとマキが出た。

「終われるんか、まだ10時やから飯でも行かんか」

「今どこにいてます中の島や」

「それじゃ前に行った曾根崎の割烹はどうですか」

「先に行ってビールでも飲んどくわ」

割烹に行くとのんびりできる状況ではなく完全な選択ミスをしてしまった、思わず扉を閉めて逃げ出そうかとも思った。

「池中社長ええところに来た、近鉄の川上専務や、岩山さんもいてるで」

「初めまして光の池中です」

三鉄不動産の専務と名刺交換をした。

「今、君の話で盛り上がってたんや」

「池中社長は近鉄に営業には来てくれんのか」

「めっそうもない、行きたいんですが誰も知らなくて」

「明日時間あるか」

「はい作ります」

「9時に受付に来て私とのアポイントやて言うてくれ、それだけでいい、それとマーケの資料もな、うちは関連会社に広告代理店があるから直接は無理やけどJVは出来る、わしからも強く言うとくから広告も取りなさい」

「ありがとうございます」

「良かったやんか、関西のタヌキが2匹も後ろ盾や、負けなしで広告屋に突き進み」

「誰がタヌキや、俺は違うタヌキは川上さんだけや」

「阿保ぬかせお前がタヌキじゃ、違うんやったら枚方パーク前の社宅の400戸の分譲せめて30%を提供してくれ、見返りに西大寺の販売新生保不動産が終わるまで先に延ばしたる、どうや」

「分かった30%提供するが、池中社長を頼みますよ」

「私にできることは必ずする、明日9時頼むね」

「はい、必ずお伺いいたします」

そこに元気なのが入ってきた。

「光ちゃん待ったゴメンなあ、最後の電話が長引いてん」

場の状況など理解できるはずもなく、それだけ言うとフリーズしてしまった。

「光ちゃんて誰」

「私です、すみません婚約者の川内真紀です、今日はここで飲もうと約束していたもんで」

「可愛女の子が増えると場も盛り上がる早く席に着きなさい」

新生保不動産の専務がマキを座らせ何を飲みますかと聞いてくれた。

「生ビールをお願いします」

店の大将が大人しいマキを見て笑いだし

「何時ものマキチャンでええよ、狸さんチームの難しい話は終了してるから」

「誰がタヌキさんチームや」と岩山編集長が大将に噛みついていたが笑いで終わった。

1時間ほどで先に来ていた3人は帰り、店の外までお送りすると言うのを、今日は彼女と来てるんやからここでいいよと入り口の処で別れた。

「マキ大変なところに飛び込んできたな」

「私初め何が何だか意味が分からんかった」

「お前の店を選ぶ選択が良かったんや、また仕事が増えた」

「あれ三鉄不動産の専務さん言うてたけど、横にいはったんは新生保不動産の専務さんやろ」

「岩山編集長も含め今度立ち上げる情報交換会の発起人や」

「発起人て」

「俺の身元保証人みたいなもんや」

「知らんうちに話が進み過ぎて頭の中が整理できへん」

「池中社長今日は大活躍ですね、社長が来るまでタヌキおやじが腹の探り合いで岩山編集長が苦労してはりました、社長が来てとんとん拍子に大きな仕事が決まり見ててもすっきりしました」

「大きな仕事てこんな感じで決まるんかて思いました」

「多分私はおまけです、少しだけきっかけになっただけです」

「いやーたいしたもんや、社長とこは大きなりますよ」

お酒と肴でお腹がいっぱいになり誰も知り合いのいない北浜のバーに移動することにした。

今日の一日の出来事を話しながら角のハーフロックを飲んでいるところに変な客が入ってきた。

「池中社長さんや、珍しいところで会いますねデートですか」

経済新聞系の広告代理店の課長が声をかけてきた。

「課長ところは確か天満橋じゃ」

「そうなんですがここのマスターとは古い付き合いでたまに来てるんです」

「この子は婚約者で川内真紀と言います」

「川内です」

「結婚予定は」

「今のところ3月に予定してます」

「式の前に必ず連絡ください、お祝いと電報は必ずさせていただきますから、じゃませんように隅で飲みますから、マスター何時ものやつを」

マスターはジャックダニエルを丸氷の入ったグラスに注ぎ彼の前にさりげなく置いた。

課長は静かに飲み初め手に持っていた週刊誌を読みだした。

稲田が持ち込んだお笑い知事の話がどんどん加速していく、このスピードに耐えるにはかなりの労力と情報が必要になる、誰か知り合いに大阪府庁の人間がいれば助かるが、そう簡単には見つからない、近鉄や新生保の力を借りるしかないと思った。

「光ちゃん難しい顔せんとき楽に飲も」

「そうや、気楽が一番や、忘れてたわ」

「マスターフランシスアルバート、マキは」

「私にも下さい」

最後の1杯を飲み課長に挨拶をして家に戻った。

「明日朝1番に書類を持って三鉄不動産の川上専務に会いにいかんとあかんから朝8時には俺は出るけどマキはいつも通りでええで」

「私も同じ時間に出る、どうせみんな知ってんねんから気使わんでも」

「車昨日取に来たらしいな」

「車屋さんが笑ってました、こんな傷つけられるようなところに車止める神経を疑うて」

「みんな同じ事を言うやろ」

「今度からは気を付けて発言します」

「光ちゃんシャワー浴び、包帯とシップ替えたる」

シャワーを浴びてのシップを変えてもらっていると

「光ちゃん何で大学辞めたん」

「親父が心臓病でポックリ死んで、中小企業に勤めてた親父の退職金は少なかったし、60前やから遺族年金も当てにならなかったんや、姉は京都の私立大学の4年でまだ半年残ってたから授業料もいる、退職金で家のローを済ますのがやっとで、蓄えは直ぐに底をつく。姉は家から通うから卒業させてくれと母さんに泣きついたんや、それで俺文系やから時間がある言うて朝から晩までアルバイトして姉の学費や家の生活費を稼いでた、気が付いたら大学行くより働く方が楽しなって色んな人とも知り合いになった、自分から望んで大学は2年で中退やそれから色んな事して母さんと暮らしててんけどやっと落ち着いて生活の面倒が見れるようになったら死なれた。母さんは死ぬまで今年も司法試験落ちたんかて聞いてた、俺が大学を辞めたことを言ってなかったからや、姉とは昔から仲が悪い、家は姉にくれてやった、葬式も何もかも俺が出した、それで3回忌の時に来てこれが最後や言うて出て行ったきりや、どや大学中退物語や」

「アホや阪大の法学部捨てるか」

「捨てたから今があってマキが横におるんや」

「そうやけどお姉いさんもなんか冷たい」

「3回忌に来ただけましや、あいつの亭主は屑やから家も金に換えて直ぐに使いよった、姉はそんな亭主を俺に近づけんとこと思てるんやろ」

「考え方も色々やな」

「大学の話はするなよ、知ってるのは稲田とタダシくらいや」

「何で稲田が知ってるんや、デベロッパーに同じ高校の奴がいてそいつから聞いたんや」

「それで知ってたんか」

「稲田には口止めしてるから漏れる事はない、あいつはあれで約束は守る男や」

「何やかや言うて仲ええもんな」

「焼けるか」

「焼けんへん、お風呂入ってくる。飲むんやったらビールぐらいにしときな」

言われた通りに缶ビールを出し負重な左手で飲んだ、今日は色々あり過ぎたので明日、頭の整理とこれからの仕事の進め方を考えるとする。ビールは体に染みわたりマキが風呂から出る前に眠たくなり先に寝た。

朝早くに起きたらしいマキが味噌汁を作ってる、飲めるのやら。

「顔先に洗ろといで、もう用意できるから」

顔を洗い新聞を取りに下に行き見出しに驚いた村山首相が退陣する、増々官僚と自民政治の復活や橋本龍太郎は建築派閥、大蔵大臣は久保あたりか公共工事でバブルの蓋をする気や、早く仕掛けないといかん。

「味噌汁にご飯と卵焼きや、サザエさんとこの朝ご飯や」

味噌汁は思いのほかおいしかった。

「朝はこれが1番ええ、マキこれからも頼む」

「任せて、外食の件数を少なくせな、体に悪いわ」

「タダシに昼から時間明けるように言っといてくれ仕事の整理をしたい」

「私も同席して聞いててもいいですか、当たり前や資金繰り表も必要になる」

「代理店は建て替えがビジネスの基本やどこまで立替る事が出来るかで会社の規模が決まる1億しかない会社が松下の200億の広告受けても仕事は進められん、なんぼ松下の仕事や言うても先払いが必要なものは山ほど出てくる、だから松下の広告を狙う会社は2~3社しか無いんや、俺らの仕事も同じや、資金繰りで規模が決まる」

「分かりました、どの仕事のお金がどこで必要でどこで回収されて日々の会社のプールが幾らかを1年を通し見れる資金繰り表を作ります、銀行に手形帳も申し込みます小切手帳も同時に申し込みます、今無借金ですから大阪市、大阪府、国民金融公庫での借り入れ可能額も早急に算出しておきます」

「朝ごはんが美味しいと気分もいいな、会社に行こか」

会社からほど近い近鉄難波ビルの受付に行き川上専務と待ち合わせをしていると伝えると男性社員が待っていてこちらですとエレベーターに案内され川上専務が待つ部屋に案内された、君もここに居て話を聞きなさい「池中社長うちのホープや高橋課長や」

「株式会社光の池中です」

「開発担当の高橋です」

名刺交換をして席に座った。

「彼は今から関西の台風の目になる、私と新生保不動産の相川専務がバックに付く東興電鉄不動産の全ての開発担当課長も彼のバックにいる高橋お前も池中社長が始めようとしている勉強会と言う情報交換会に出なさい、昨日は彼のおかげで礼の枚方パーク前の400戸の30%のシェアをもろてきた、彼のバックアップが交換条件やこんな話これから次々に出てくるはずや高橋は特に東興不動産と彼が今仲がいい住銀地所何かを取り込めるようにしなさい」

それからマーケの話やお笑い知事に近鉄さんで鈴を付けれないか等の話を1時間ほど̪専務と課長にして会社を出た。帰りに高橋課長が早々に東興電鉄不動産との飲み会のセッティングを依頼され引き受けて会社に戻った。会社では新年のマーケや広告企画、提案書の書けるとこまでを各担当が文字やビジュアルを入れ大騒ぎしていた。そこに東興電鉄の石川ですが池中社長はいらっしゃいますかと受付で声がする。走って行って受付を見ると3人の課長が立っていたので応接に通しお茶をマキに頼み私はお応接に入りタダシを呼んだ。

「顔だけは見られたことがある方もいられると思いますが、私の右腕で電博リサーチをやめて私の会社に来てくれた貴重な戦力です」

「と言うことは社長も電博リサーチに」

「私は居候みたいなもんでした」

「実は社長は日本中の支社のマーケ担当者から仕事が来て大変な方で会社を出て行かれてから面白くなくなって会社を退職してから会いに行きました、退職しておけば嫌とは言わないと思い」

「面白い、長谷川さん今度一緒に仕事しましょ、こんな戦力隠してるなんてずるいん違いますか」

「隠してませんよ、今日はどうされたんですか」

「この町ですよ、南堀江」

「南堀江を見に来たんです」

「ここは数年前まで繊維関係の倉庫群と北に色町北堀江がありましたが、今は若者が入り込みアメリカ村とは違う進化を見せています、あそこまで若くなくポルシェやフェラーリが平気でカフェの前に止まっています、きっと大きな駐車場はマンションになり交差点の空き地は超高層マンションとして開発されるんでしょうね」

「ほら来てよかったでしょ街の変化を間違いなく肌で感じている」

「そうですねここ半年この町を研究してきた私達二人よりも街の本質を掴んでいらっしゃる」

「相変わらず不動産屋の上を走ってますね」

「今からこの町は変わります、まず第1号は我々が分譲マンションを出します、4月にデビューさせて販売は7月スタート、池中社長広告頼みましたよ、コンペなんかしませんから、会社も見て安心しましたし」

「ありがとうございます、担当に長谷川をつけます、私はサブで見届けます」

「長谷川さんが担当なら社長はいりませんわ」

「また酷い事を、ちょうどよかった三鉄不動産の高橋課長さんから御社との課長級飲み会をセッティングしてくれと頼まれています。いかがですか」

「近鉄の高橋課長がですか」

「何かあるんですか」

「専務の懐刀で表の賑やかな世界にはあまり出られない人でうちの会社的に言えば部長クラスですよ、ぜひセッティングしてください」

「それはいい、頼みたい案件もあるんです、当社課長6人出席とお伝えください」

「分かりました早急にセッティングしますので課長6人が可能な日を何日か下さい」

「社に戻り直ぐにFAXを入れます」

「池中さん今年は面白くなりそうですね」

東興電鉄の3人の課長が帰って行った。

「社長あんな感じで営業してるんですか、みんな社長のファンになってますよね」

「それより東興電鉄の2本めの仕事しっかりな、マキと打ち合わせルームに来てくれ」

「今、俺が広告代理店として受注している仕事は東興の3物件とクリアランス全てと新生保不動産の枚方と西大寺とコンペが2本に秋売りスタートが2本でと説明した」

「大変な数字ですよ、下手すると7~8億の受注になります」

「資金繰りを考えてくれ、近鉄と新生保、東興は無理を聞いてくる末〆の翌末現金や出来る限りこの金を運転資金にするんや」

「まだまだ受注が向こうから来る銀行に話し付けないかん」

「マキ銀行に出せる資料作成してくれ、会社の概要書も一緒や」

「最後は市場からの資本の参入も検討する時期かもな」

「上場ですか」

「それは無理やこの業界で上場してる会社はない」

「おもろいけどな」

「時間がないそれぞれの仕事に戻ってくれ」

その日は私も企画会議や提案書作りに参加し、かなり仕事を進めた。

「社長が原稿書くと引き締まりますわ、それにえげつないスピードや月末までの社長のパーツが殆どできてますね、ビジュアル担当者が作り込みが出来ると喜んでました」

「俺逃げてええか」

「どうぞ」

「マキはどうします、後で電話くれ言うといて」

「出るわ」

一人で四ツ橋筋、心斎橋筋を越えてアートクラブをに入った。

「社長久しぶりやんか」

「金が無いんや」

「あほな事を聞いてますよ山田社長から、忙しすぎて酒辞めたんちゃうかて」

「あいつ誰と来てたん」

「奥さんや言うてはった、少ししんどそうやけど喜んでくれはりました」

「それはええことした、ママにも好きなもんの飲ましたるは、俺はビールの後何時もの18年を出して後何か腹に入るものを少しと」

「分かりました直ぐに用意いたします」

山田が嫁さん連れて来てたと言うことは引っ越しまじかやな会社覗いて見たろか。

一人で飲んでいるところに真紀からの電話が入った。

「光ちゃんどこにいるん」

「この前話したアートクラブや分かるか」

「こぶ付きやけどええか」

「こぶてなんや」

「私の友達や紹介したいねん」

「早くおいで」

電話が切れ10分ほどでマキが登場した、マキの後ろに同じ年ぐらいの女の子が一人頭を下げた。

「早く座り、広い席にしてもろたんや」

「このこ大学の、、、」

「先に飲みもんでも頼み」

「ママ、これが婚約者のマキや」

「社長ついに落とされたんか」

「私達はビールをいただきます」

「食べ物はお任せで3人前や」

「社長食べられるんですか」

「前の二人や」

「続きをきこか」

「大学の同期で西真奈美さんいうねんけど、大学出てJ&K言う代理店に行っててんけど女や言うだけで営業の補助だけやねんて、うちで営業に雇って、私4年間一緒にいたから分かるねん西は頑張る」

「何時からこれる」

「今日会社揉めて出て来たらしいんや、正式には10日で退職らしい」

「11日からうちに来て、給料はマキの入社時と同じでいいんか」

「そんなにいただけるんですか」

「うちでは一番下や頑張って稼ぎや、飲めるんやったら飲んで帰り」

「いただきます」

「偉いとこで面接してますね、相変わらず適当や」

「久しぶりや」

「全然来てくれへんからママの電話で飛んできたんですよ、その上婚約したやて、この人ですか」

「そうや」

「悔しいけど、おめでとうございます」

「私すぐそこでバーを10年ほどしてるんです10年来のお客さんやねんけど何を誘ってもダメやったんですよ、ほかの客は私目当てやのに社長は店で飼ってる熱帯魚と話して2~3杯モレッジを飲んで帰りますんや、一緒にどっか飲みに出よ言うても振り返ったら帰っておれへん、変人や思ってたら婚約者と来てるてママから電話で聞いて見に来たんです」

「早く店に帰れ後で顔出す」

「必ず来てね」

賑やかなんが帰り少し静かになったがマキの機嫌が悪い。

「おもてになって宜しいですね」

「アホかお前まで、何もないわ」

「それは話の流れで読めましたけど」

「俺、本当に熱帯魚飼いたかったんや、でもおおちゃくして殺してしまいそうで怖かったからあそこの熱帯魚を飼ってるつもりで見に行ってたんや」

「相変わらず信じられへん行動パターンや」

「これがさっき言うてた大手不動産会社のトップに可愛がられてるうちの社長の実態や」

「面白い社長さんですね」

「うちの会社には上下関係は希薄や男女もそうや、あるのはこの仕事の頭は誰かを明確にして突き進むだけや、今日もさっき来た東興電鉄不動産3人の担当にタダシが指名された、西も営業チームやから大変やで」

「タダシOKやってんやろ」

「そうです」

「タダシがOK出さん奴を俺とこに連れて来ても無理なんはマキが一番知ってるもんな」

「だから採用したんや」

「タダシの目は俺よりも良く見えてる」

「熱帯魚見にいこか、腹も膨れたやろ」

「西さんも行くか」

「はい付いて行きます」

「ママ勘定して」

店を出てすぐの道を左に曲がりビルの2階にバーはあつた。

「ここや、入ろ」

「入ったとたんにクラッカーが鳴り、おめでとうと何人かに言われた、見るとあまり話さないがここの常連達がお祝いをしてくれていた」

「カウンター席の熱帯魚の見える席がリザーブされたままや」

「罪な男や」

「すみません」

「あなたが謝る事でもないし私の勝手な恋や」ママ

「今日は私の奢りや皆好きなだけ飲んでや」ママ

「この人マキの彼氏を本当に好きやってんな」

「悪い人やないと思うけど私は1年やこの女の人は光ちゃんの10年を知ってるなんか悔しい」

「向こうはもっと悔しいで、こんな小娘にこんなええ男盗られたて思てる」

「やめとこしんどなる」

「ママさん光ちゃんて昔はどんな感じやったんですか」

「初めて来たときは機嫌の悪い人やと思たんですけど熱帯魚見てニコニコしてるから感じは悪くなかったです、それと注文されたモレッジの18年が高いお酒で店に無かったんです、次来るとき自分で持ち込んでキープ代や言うて1万円置いて帰りました、1度店に絡んできたチンピラと喧嘩になり池中さんが勝って大騒ぎになったんですけど警察が来てまたお前かて言うて帰りはったんですよ、その上チンピラも来んようになった、恐い系の人か思ってたらタダシさん連れて二人で良く来てくれたんです、何時かもう少し大きな会社にしたら社員の打ち上げをこの店でしたる言うてはったんですよ、でも去年の7月の初めごろから顔を見んようになって、今日いきない婚約者やて聞いて、店の常連さんはみんな私と池中さんが出来てると思ってるのに残念やわ」

ママはまくしたてるようにマキに話しマキは半分笑いだしそうになりながら聞いていた。

「やっぱりこの暴力男はどこででも同じなんや」

「先日はやくざを撃沈したし、三井不動産の偉いさんの頭からラーメン掛けるは、追いかけてきた若いのを殴り倒した上に蹴ってた」

「その話、誰かちがう人にも聞いた」

「大阪府警やろ」

「その時近くで見てたんや恥ずかしいて社長やて言われんかった」

「暴力装置にスイッチがどこかに付いてて急に狂暴になる」

「もうあんまり言うてるとスイッチ入れるぞ」

「これや凶暴なうえに変態や」

「お前それ以上はいらんこと言うな」

「許しといたろ」

「池中社長にこんな事が言えるて凄いわ」

「マキ、家で熱帯魚飼いたいねんけど、面倒見てくれへんか」

「誰かさんの面倒だけでも大変やのに。この手見て、やくざが瓶を持って暴れてるとこにわざわざ入って乱闘して骨にひびはいてるんや」

「だからあれは朝霧の稲田が殺されるんちゃうか思たからや」

「喧嘩やめんねやったら熱帯魚の面倒見る、約束やで」

「今度の休みに買いにいこ」

「あかん私は池中さんが欲しいわ」ママ

「あかん光ちゃんは私のや」

「阿保らし俺らは飲みに来ても将来はない」常連客

「ママがもうすぐ立ち直るから可能性は大や」

「おねえちゃん上手いこと言うな」

「ママ、フランシスアルバートや」

「私ら二人もね」

「強いんですね、私こそっと飲んでそこのソファーで朝まで潰れたことあるわ」

「何時でも介抱するで」別の常連が冗談を言った。

ママに別れを告げ堺筋まで歩き西さんにチケットを渡し別れた。

「北浜行きたいねんけど行くか」

「行くよ、静かに飲みたかったんやろ」

北浜までタクシーで行き店に入った、店は客がなくカウンターの一番堺筋が見えるところに座った。

「角のハーフロック2杯や」

「私の分も頼んでくれたん」

「違うマスターのぶんや」

「マキチャンの分ですよ、私はバイクやから普段はお酒飲めへんのを知ってはりますよ」

「ほんま人が悪い」

カウンターに二人のお酒が並べられた。

「でもあんな風に祝福されるのも嬉しいもんやね、乾杯」私

「私も嬉しかった、けど焼けた」

「あれは嘘や、タダシに振られたんや」

「え、、、、タダシさんに」

「そうや、初めてタダシを連れて行った時に一目ぼれや3日間タダシが行けへんかったら店閉めて迎えに来てたわ」

「俺ひょっとしたら結婚しよるか思ててんけどタダシは別の女性を選んだんや」

「今の奥さんや」

「タダシの奥さんについてはあまり知らん、結婚式の時に初めて見た、この2年見てない」

「どこの人なん」

「会社とは関係なく結婚した、あれは大学か高校の同級生やと思う、タダシが言うまで聞かん」

「二人には誰も入れん世界がありますからね」

「マキ3Pしたいんか」

「この変態親父、私を誰にでも見せようとするな」

「してないは冗談や」

「マスター笑いすぎや」

「年頭の仕事は上手く行きはりましたか」

「何とか乗り切った」

「その上増えた」

「おめでとうございます、社長とこが大きなるの嬉しいですわ、見ていて楽しい」

「お代わりください、枝付きブドウと」

「私もお願いします」

「今日、久しぶりに社長の仕事ぶり見てましたけど早いですね、よくあんだけ短時間で書けるもんですね」

「あれは落書きや次に清書や」

「いやデザイナとかは喜んでましたよ作るもんが見えてきた言うてました」

「あれぐらい爪を隠してるタダシならもっと書きよるわ」

「タダシさんは書かないのですか、俺が逃げたら書きよる、営業に徹してるんや営業でのミスをなくすためには要らん仕事を遠ざけてるんや、あいつの下に今日の西君が来て動き出したらまた書きよるわ」

「そうなんですね、西も大変な時に入社するんや」

「その分早く伸びる」

「明日の金曜を乗り切り今月のコンペを勝ち抜くんや、明日は大阪市住宅供給公社のオリエンや何社来るか楽しみや」

「10社来ますかね」

「もっと来る、定価でものが売れる唯一の会社や、金の匂いは人を吸い寄せる」

「そろそろ帰るか」

家に帰り少し今日のまとめを書き遅くなり2時に寝たが朝早く起きてしまい天井を見てるとマキが覆いかぶさって来て

「何考えてるんや、野望でもあるんか」

「大げさな、そんなもんはない2度寝が下手なだけや」

野望やない現実や今そこに見えてる現実を見てたんや後少しで追いつくぞ。

1月はひどかった私でさえ何日も徹夜をした、広告コンペの資料をマックで作成しどこにもできないカラーの提案書を出した、それも最高の紙質でや、パンフのような提案書が出来たのはどれも提出前日やその上、朝霧があほな提案書を出して東興の担当を更に怒らせて代理店を変える言い出されて泣きついて来た時には、うちに電話で頼むと石川課長から依頼があった後や、うちは1週間で新しい別の提案書が増えた、近鉄と東興電鉄の顔合わせ飲み会もすぐや、時間がない住宅公社の提案書は満足のいくものが出来た、コンペの説明もうまくいき手ごたえは十分にあった。

住宅公社の受注を取った、最初は行くが後はタダシに押し付ける、タダシの下に来た西君は想像以上に戦力になった、中堅の代理店のやり方をすべて私達に開示してくれ、うちが代理店として必要な要素を組み立ててくれた、こんなにできる子を勿体ないと思った。

東興の提案書はべた褒めされ、ほかの担当からも仕事が次々に発生しそうだ、特にカラーの提案書は驚かれた、グラフ関係も切り抜きではなく1枚出力で出しコートの光る紙を使いパンフのような仕様も実力を高く見せた、カラーコピーと印刷所の大型プリンターを無理を言って使わせてもらいチラシなども原寸大の1枚出しでプレゼンし驚かせた、コンペは殆ど勝た、新生保不動産からのコンペ無しで受けた仕事も専務の受けが良く先方の担当が喜んでくれた、近鉄と東興の飲み会も上手くいき三鉄不動産から新規の広告をいただいた、社内のぐちゃぐちゃを山田の会社から来た二人が大きな戦力になり走り回ってくれ、何もかもぎりぎりで仕事をこなした、山田の部下はうちの社員になることを快く承諾してくれタダシの下に係長として西も含め3人を抜擢した。西君は辞退したがタダシが許さなかった、その上新しく募集した中に営業向きなの女性がいたので営業採用を断らなかったので西の下につけた、西はどこに行っても好かれ次の話を進めだす、営業体制も出来た。マキは資金繰りと銀行との中で戦争をしている、その上マーケの数は減らない、コンペで必要なマーケも増える下に2人付けたが家に帰ってこない日々が続いた。気が付けば3月になっていた年商2億の会社が3か月で4億の売上をあげた、銀行が折れた手形の割引枠を1.5億に引き上げてくれたがほとんどの会社は現金でくれ東興電鉄不動産は3末に金いるやろと4月までの仕事を先に請求しろと言って3月20日に請求した1.2億を3末に入金してくれた、税金対策もあるのだろう、でも信用を勝ち得たのだ。奇跡にように提案が当たりマンションが売れた。隣が売れていないのにうちが関わるマンションは売れた、快進撃は信用と会社のパワーになる、ダブル専務と岩山編集著の後ろ盾で4時スタートの勉強会は私の市場分析と新商品の提案で5時に終わり隣の部屋での立食もほぼすべての会社が残り情報交換がスタートした。仕事がそこには驚くほど落ちていた、ダブル専務も新しい大型案件の話をしている、住銀地所も混じっているし東興と近鉄も話し合いの中に多くのデベロッパーが混じっている。立食の最後にリクルートの岩山編集長が私のことを皆が利用する事でこのバブルの後始末を早くつけて新しい時代を切り開こうと〆の挨拶をしていただいた。2回目は1回目の噂を聞いた他のデベロッパーも参加希望が相次ぎ160人の勉強会になり大きな部屋に替えた。立食は少しレベルを上げお酒が飲みやすいようにしたため話の花がそこら中で咲いている。4月になり女性の営業を3名増やし西を課長に昇格し西の下に付いていた女性を主任にした。西は増々働き他の営業も刺激を受け仕事が増えデザイナー見習いも二人入れた。

「マキ資金繰り表を持って会議室や」

「どうなってる」

「東興さんの1.2億が大きかったです、銀行評価がまた1段上がり保証協会付きで1億まで貸す言うてますが今はいりません、支店長に話しして月末に1億借りて月初に返せ、それで1億の実績が出来る、保証協会無しで5000万何時でも引き出せるようにするんや」

「分かりました、体大丈夫ですか、飲みの席も凄いみたいですし」

「毎日顔合わせてるやないか」

「口聞くのは殆ど無い状態ですよ」

「結婚式まってな、ごめんやで」

「そんなんは何時でもできます」

「タダシさんも心配してましたよ、働き過ぎやて」

「もうすぐ落ち着く、この忙しさが人を育てる、お前らは凡ミスせんようにフォローしたってくれ」

「直ぐに5月の販売が始まる奇跡をもう1度起こすんや」

「株式会社光は広告の王道を行くんや」

「取引先だいぶ増えてるなあ」

「増えてますよ、こないだなんかタダシさん断ってました」

「あいつが断るんやったらバブルの傷が深い会社ちがうんか」

「違います、販売がえげつない言うてはりました、広告に嘘書かすような会社は取引せんて」

「その通りや、タダシは王道を歩いてるんや」

「時間取って下さい、二人でお酒飲んであんなことやこんな事したいんです」

「分かった今週販売センター見に行った帰りに電話する」

「ダ イ ス キです」

マキは会議室を出て行きタダシが入ってきた。

「聞こえてますよあんなことやこんなこと」

「なんや」

「新人なんですけど畑違いのデジタル屋なんですけどインターネット事業部作っていいですか」

「直ぐに立ち上げろ、そこら中でこれからはインターネットやて洞吹きまくったる」

「洞やなくて現実です、他所の代理店は最大手でもまだ手を出していませんチャンスです、履歴書置いときます、こいつの下にハルのあぶれ二人ほどつけますよ」

「頑張って働かせろや」

ハルコンピュータ学園の生徒は頑張る、あそこは中途半端な大学よりもカリキュラムが進んでいて即実践に使える、大手企業はまだあまり気が付いていない、今ならいい学生を取ることもできる、学校に行って就職の決まっていない卒業生をタダシがあさる事だろう。

会社が急成長し止まらなくなった、いや止めれ無くなったが正解だろう。

不動産業界とりわけマンションデベロッパーのバブルの傷はひどい、長谷工には銀行から人が来ているようで動きが悪くなってる、商社でも丸紅の傷は相当で泉大津の大規模マンションがストップしている、伊藤忠の本体は不動産事業撤退で子会社が全て引き継ぐようである、大手で無傷に近いデベロッパーは野村不動産ぐらいでバブル時代の大阪支店長が土地決済をビビり買えなかっただけのようであるが、関東では相当な傷を負っている。大和団地は親会社の大和ハウスが整理をするとの噂もある、大阪の業界は縮小することは確かである、中堅以下は無くなるか吸収されるかであるが負債だらけの会社を吸収する会社はない。今大手に食い込みバブルの整理がついて行く企業を見極めて付き合わないと一つの破産や会社更生法に引っかかればうちの会社なんか吹き飛ぶ、蓄積された資金もノウハウも無さすぎる、大手で経理関係と財務関係の経験がある定年した元気な爺さんを探す必要がある。

「タダシ、今日は早く帰れよ、俺は逃げるぞ」

「マキも引き取って逃げてください」

「マキ帰れるか」

「後1時間で終わらせます」

「グランドのバーで飲んでる」

一人でタクシーに乗りグランドホテルのバーに行くと、不景気な顔をした稲田がいた。

「久しぶりやんか、お忙しい池中社長」

「嫌味か、不景気な顔して一人酒か」

「そうや、全然あかん、今もコンペ負けて局長からぼろくそに言われてここに逃げてきた」

「どこのコンペや」

「住商や」

「住商はお前とこオンリー違うんか」

「今度入ってきた販売会社が小さな広告屋を連れて来て2社コンペになり負けてもうた」

「舐めてかかってやろ」

「いや負けられへんコンペや真剣やったが負けた」

「理由は何やねん」

「コンセプトとビジュアルや販売計画は似たようなもんや」

「そんなに斬新なデザインなんか」

「斬新と言うより不動産を知らん奴に作らしたみたいでマンション販売の広告に見えへん」

「そのデザイン持ってるか」

「会社にある」

「誰かに持ってこさせろや」

「携帯かせ、俺はまだポケベルや」

「直ぐに若いのが持ってくる」

朝霧広告の女性のアルバイトが恐る恐る稲田にデザインを手渡し逃げるように帰って行った。

「お前社内で恐がられてるんか」

「少しだけや、このデザインや」

「これに負けたんか、これ化粧品屋の何年か前のポスターのコピーやデザイン年間で見たで」

「本当か」

「お前に嘘ついても何も面白くない、お代わり入れて」

「あかんはプロ失格や、お前が瞬間に見抜いたパクリデザインを俺は見抜けんかった」

「違うんや、このデザイン敗戦処理で昔パクってチラシ作ったことあるから知ってんねん」

携帯を取り出し会社にかけた。

「マキまだおるか」

「いらっしゃいます」

「タダシと変わって、タダシか昔化粧品屋のデザインをデザイン年間からパクったやろ、そうやそれやマキに持たしてくれ、頼む」

「パクりチラシやるから住商に持っていってパクりチラシや言うたれ、担当騙された言うて怒り狂いよるぞ、その前に担当の上席に先に見せな握りつぶされるぞ、マキがチラシ持って来たら局長にすぐに報告に行け」

15分ほどでマキはバーに入ってきた、タダシさんからの預かりもんです。

「稲田これ見てみ」

「完全に同じや、サンキュー借りがまた出来た」

「うちの名前出すなよ」

稲田は走ってバーを出て行った。

「私ビールお願いします、どうしたん」

稲田が小さな会社にコンペ負けたこと、デザインがパクリで今マキが持ってきたチラシがそれやなどを説明した。

「敗戦処理ならまだましだが、コンペのビジュアルにパクリ使うてどんな会社何やろ、無節操や」

「そうやな、この事件で販売会社も恥を掻いてしまう、この業界は噂が早いどこも使わんやろ」

「うちはしてないでしょうね」

「タダシに聞け」

「光ちゃんお腹すいたわ」

「たまには肉食べに行こか、焼肉や」

2人でタクシーに乗り環状線天満の駅近くで降り、道路から路地に入ったところの焼肉屋に行った、ここは路地を挟み女将さん二人が客の取り合いをしているが実は姉妹でそれほど取り合いをしてる訳ではない1メートルしか離れていない店同士が声を張り上げるため自然に焼肉屋に客が吸い込まれる、広告塔のような物である。マキはそれを知らないのでぽかんと見とれていた。

私は何時も北側の店と決めていてここに入れないときは駅前の店にゆく。今日は入れた。

「ここのお肉が美味しいの」

「焼肉は肉よりタレや、ここのタレは甘くなくて肉が進む」

「社長今日はお二人ですか」

「ここも知り合いなんか」

「ここの女将は男の客は社長で女の客はお嬢さんや、それだけや」

「上カルビ2、上ロース2、上ミノ2 生肝1生セン 卵スープ バラも2で生ビールが2でお願いします」マキが勝手にオーダーした。

「お前焼肉よう知ってるやん」

「アルバイトしてた事が有るんよ」

「まだまだ焼きますよ」

相変わらずの大食いで、この後肉の追加をし冷麺が閉めやと言って食べていた。

「また歩かれへんねやろ」

「歩けるけど立たれへんだけや」

「どんな言い訳や」

「家帰るか北浜で飲んで帰るか」

「北浜で飲んで帰る」

タクシーで北浜に向かった。

「マスター角ハーフロック」

「私もお願いします」

「真紀ちゃん腹痛か」

「こいつは何時もの食べ過ぎや」

「あそこのタレあっさりしてて何ぼでも食べれるんやもん、締めの冷麺を小にしといたらよかった」

マスターは「相変わらずや」と言いながらグラスをそれぞれの前に置いた。

「相変わらず戦争状態なんですか」

「息切れしそうや」

「仕事は何ぼでも来る」

「デベロッパーから電話ですぐ来てくれ言われて行ったら、00広告を今切った引継ぎしてくれとかも有るし」

「キッチンメーカからマンション用の商品開発手伝てくれとか、何があるかわからへんわ」

「ええ事や、商品が増えると体力も付いて大きなるわ」

「ありがとうマスターに言われると信じれる」

横で半分伸びていたマキが起き出し角を飲み、回復宣言をしている。

「お前あんだけ食うても太らんな」

「子供の時から大食いや言われてたけど1度も太ったことないし」

「今、胸見たやろ変態」

「いや胸に栄養が来てたらと思ったんや」

「悪かったですね小さくて」

「小さい言うてない大きない言うてるんや」

「同じやマスターレディーに失礼や思いません」

マスターは笑うだけで取り合わなかった。

「今日はまだ9時過ぎや言うのに寂しいな」

「5時から8時まで満員でしたけど1杯で粘るアベックばっかりで商売になりませんわ」

「あいつら喫茶店感覚で訳の分からんカクテルで2時間平気で居座りよるもんな」

「私はそんな事ようしません」

「お前は直ぐに空けてしまうから店の味方や」

「ジンリッキー下さい」

「俺は18年を」

「店来て10分立ってなくてお代わりは早い」

「マキ、タダシに聞いたか」

「何をですか」

「デジタル事業部を大手を出し抜いて先に作ることや」

「ハルに行って宝物拾て来るて言うてはったあれですか」

「インターネットが世界を変える言うて頑張っとるんや」

「インターネッっとですか、Hな画像を見る奴ですよね」

「それがあるから普及するんや、それがなければ普及はせん」

「テレビもそうですか」

「あれは娯楽がなかった時代に野球やプロレスと言う娯楽を提供したんや」

「でも今はスピードがないですよねインターネットは」

「去年から商業利用が可能になったからNTT何かは早い回線を日本中に引くみたいや、当然大都市からやから大阪は早いで」

「明日の予定はどうなってる」

「明日、制作は出勤して月曜の打ち合わせ用のラフ作る言うてましたけど、マーケの入力は完全に下請けさんに出しても安心できるレベルになったんでアルバイトを会社で使うこと思ったら安いので今は単純入力を外でしてクロス集計、加重平均、コレポンなんかだけを中でしてるので土日は休み取らしてます、私は明日経理事務が溜まってるんで明日しないと来週経理パンクします」

「午前中で終わらされへんのんか」

「朝から行けて言うことですか」

「昼から行きたいとこあるんや」

「分かりました朝から出て午前中で終わらせます」

「昼からグランドホテル行かなあかんねん」

「何しに行くんですかバーも開いてないのに」

「鰻食べに竹葉亭に行かなあかんねん」

「あんな高いとこに私も食べれるんですよね」

「好きなだけ食べさせたる」

「朝から頑張ります」

「明日なんかあるんですか」マスターが食いついてきた。

「明日爺さん二人と話があるんや」

「マスターフランシスアルバート2杯や」

横を見ると私よりも先にグラスをカラにして舌を出したマキがいた。

私もしたい事があるのでマキと一緒に地下鉄で出勤した。マキは伝票と領収書の山と格闘し私は次のコンペのアイデア出しと2本のマーケのフィニッシュを片付け来週の前半の仕事を軽くした。

2人は地下鉄で肥後橋に出て竹葉亭に入った。

「池中で予約を入れています」

「4名様ですよね」

「もう来られると思います」

2人が待つところに新生保不動産相川専務と三鉄不動産の川上専務がやってきた、何も聞かされていないマキはどうしていいかわからないようだった。

「二人で話し合った結果、親代わりを相川さん仲人を私がすることにした」

「ありがとうございます」

「マキ俺達の結婚式の話や、俺には両親がいないので親代わりと仲人を決めていないのでそれをお願いしていたんや」

「ありがとうございます私こんな素晴らしい方々に応援してもらえて幸せです」

「真紀ちゃんやろ、うちの社員もファンが多い」

「うちのあの堅物の高橋もマキチャンのファンや、マキチャンの顔見たいから用もないのに会社に行きよるぐらいや」二人の専務は楽しそうに笑った。

「明日岡山のご両親の処に行き挨拶をしてきます」

「式と披露宴はここグランドで今日予約して帰ります、日程はあれでいいですか」

「俺達は大丈夫や自分の息子が結婚するみたいや」

「相川さんは池中社長を可愛がってるからそうかもしれませんな」

「最近は川上さんも会社によく呼ばれているとか」

「住銀地所とのJVを決めてくてれましたし、これが不動産に頼んでたら何億か出さなあかん、広告でええと言うてくれましたんや、大きな借りが出来ましたわ、東興とも進んでますし池中社長の信用を使わしてもろてるんは我々ですよ」

「うちも近鉄さんと仲良くなったのも彼の存在がお大きいですよ感謝しやないかんですわ」

「お二人ともやめてください、恥ずかしなります」

「横山ノックの使い道は笑わしてもらいましたけど、本当に君の言った通りのシナリオになってる、これを見逃さなかった点は君が関西のデベロッパーを救ったともいえる日がすぐに来る、もっと大きな顔をして仕事に励みなさい」

「君はまだ若いこれからや、結婚すると信用はもっと高くなる頑張りや、金融機関には話しておいた、光を頼むとな」

鰻を食べ芝居を見に行くダブル専務と別れマキと喫茶室に行くと。

「話してくれんでも許したる、ありがとう」と涙を見せる真紀に

「明日は岡山や段取り頼むで」

「別にチケット押さえんでも大丈夫ですよ、両親には後で電話を入れます」

マキの岡山の実家に行きご両親に話しをし結婚式と披露宴を大阪でしたいのでぜひ大阪に来て欲しいと話、了解を得た。式は7月12日にグランドホテルで開くことや来客が200人近くになり川内家には20席しかないことを謝り、もう少しなら大丈夫であることや親代わりは新生保不動産の専務で仲人は三鉄不動産の専務にお願いしてることも伝えた。式の前日のホテルの予約や前日の夕食を一緒に食べる事も約束し帰路に就いた。

「光ちゃんありがとうね、何から何まで段取りさせて」

「お前当日の衣装の打ち合わせは行けよ、俺が行っても始まらんから」

「一緒に見てよ」

「時間合わして行こか、俺も見てみたい」

新大阪までは直ぐで

「こんなに近いならたまには帰って顔見せたれ」

「そうします」

「でも仕事が優先で2番が光ちゃんや」

「そう言ったら会社の名前変える前に有名になって替えられへんようになったね」

「そうやヒカリで行くしかない」

「新幹線乗るみたいや」

「大阪帰ってどこかで晩飯食べよ」

新大阪から大阪駅までJRで行きどこで飯を食べると悩んでいると

「私、今日は胸いっぱいで考えられへん光ちゃんどこでも任すわ」

「寿司食べに行こ、鶴橋にうまいとこがあるんや」

「大阪駅から環状線で鶴橋に出て味原の交差点を少し上がったところにある寿司屋や」

店は広く2階には座敷もあり50人以上は入れる寿司屋でカウンター前のネタの多さに真紀は驚いていた。

「握りますか肴にしますか」

「ナマコに天婦羅盛り合わせを出して握りは後で、それと生2や」

マキは若い板前に珍しい魚や貝の名前を聞きながら感心していた。

生ビールが来たので「今日はお疲れさんや」と言って乾杯した。

ビールを一口飲んだマキは次々に握りを頼み若い板前を驚かしていた。

「お前無茶したらまた立たれへんようになるぞ」

「お寿司は別腹や」

「意味がわかん回答が出た」

私もそこそこ食べて店を出た。

「どうするここからグランドのバーは遠いですよね」

「道空いてるからすぐやで」

「それじゃお言葉に甘えてグランドのバーで」

バーに行くとマネージャーが飛んできて「ありがとうございますバーの紹介て言うてくれた上に飲み物はバーを担当にしてくれと言われたと聞きました」

「何時ものお酒が飲みたいだけやマキも賛成してくれた」

「よそのホテルからも応援呼んで頑張ります」

「お願いします、奥に行ってもいいですか」

「何時も空けておくようにしてます」

マキと二人で奥のテーブル席に行きお酒を待った、特に何も言わなければモレッジのハーフロックとセットに枝付きの干しブドウが出る、マキも好きなようだ。

「式まで後2カ月も無いんですよね」

「案内状を出してるから今さら延期は出来ないで」

「延期なんかしませんよ、出席予定者名簿見て両親がおどいてました」

「ただ光ちゃんの親戚が一人もいてないのも驚いてましたけどね」

「タダシ夫婦がいてる」

「まあ親戚と言うか兄弟ですね」

「会社の人間も全員身内や、俺はそれでええんや」

「そうですね、会社と飲み屋にしか知り合いがいてない人ですからね」

「そんな事はない稲田がいてる、あれは友達や」

「結婚式で営業はすんなよ言うてはりましたね」

「あいつならやりかねん」

「実家の両親をどう思いはりました」

「善良そうなご両親やと思ったけど」

「父は地元の会社で定年前ですけど役員をしてます、母は専業主婦二人の楽しみはゴルフに二人で行く事です、ええ人生を送ってると思います」

「大したもんや1つの事を続けてこられたんや」

「俺なんか比べられへん」

「光ちゃんは、たまに何考えてるか分からんところがあるけど尊敬してますよ」

「気持ち悪いなあ、どうしてん」

「私も両親みたいな年の取り方がしたいんです」

「そうか早く年寄りになりたいねんな」

「茶化さないでください」

「少し真面目な話してもええか」

「会社の株を増資する今は俺が100%やタダシ500万お前500万の増資で資本金を2000万にする手配してくれ」

「私そんなお金持ってません」

「タダシの分も含めて金は俺が出す」

「更に9月1000万増資するそれは俺の名義でする」

「資本金3000万円で会社の資本を安定させてからが勝負や」

「何の勝負ですか」

「小さなビルを買う、会社を自社ビルにする」

「何時ですか」

「年内や、今なら銀行の塩漬物件はまだまだある、ビル1件買うと銀行が高利回りの物件を持って来よる買い叩いて資産にするんや」

「また大胆な事を考えてるんですね」

「新生保不動産の相川専務と近鉄の川上専務の提案や今資産形成のチャンスや早くしろ言うてお尻叩かれてるんや」

「それは早くしないといけませんね」

「明日からスタートや頑張ってや」

結婚式を控えている花嫁の仕事がまた増えたが今がチャンスと言うのは私にも理解できた、狙いの合併予定銀行も教えてもらってるし紹介も受けてる、市場の半額で買えるとも聞いた、近鉄や新生保に持ち込まれるバルク商品の中から好きなだけ叩いて買えとも言われている、買う時の銀行も紹介していただいた、あとはタイミングだけや。

                                       

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