第37話 共に行こう

彩未たちが1年生の時の綾月先輩のように、今の1年生達からすれば彩未たちは憧れの先輩で、


「はるか先輩~」

と、語尾にハートが見えそうな呼び方をされる春花は、持ち前の美貌と、クラリネットの技巧で感嘆させているし、

「わかな先輩っ...!」

と憧れと畏れを抱かれているのは和奏で、その笑顔となのに口から出るのは思いっきりSの、『はい、(もう)一回』が1年生と同じく怖い彩未である。

そして、彩未も面映ゆい事に持ち前の音楽センスでそのアルトサックスには定評があって、晴臣とともにサックス隊を率いている。


3年生の中では一番威厳がないのか、「あみせんぱーい」と、話しかけられやすいという訳であった。

今年のソロには、サックス隊が回ってきて、なんと彩未もソロを中盤あたりで弾くこととなっている。

先輩としてはカッコ悪い所は見せられないではないか。


そして、春を過ぎて夏を迎えれば例年通りに、夏合宿があり、翔太が近くにいる。


鬼気迫ってきた吹奏楽部と、そして今年のサッカー部も昂牙と翔太を中心とした2年生と、それに3年生も気合いが入っていて、去年とは数段上を行く、厳しそうな練習をこなしていた。


もともと、サッカー部には力の入っている惶成だったけれど、FWの昂牙とMFの東あずま 朔人さくとというそれに翔太をはじめとする、DF陣と今年のチーム戦力はとても良い状態のようである。見事にインターハイ出場を獲得したのだ。


なかなか勝ち進めなかったインターハイだけれど、今年はいい線に行けるのかも知れないとそんな空気がひしひしと感じられた。


サッカー部のグランドが空いている間に、通し練習をするために彩未が交渉に走る。


「休憩中に使わせてもらえませんか?」

「15分休憩するからどうぞ」


と隙間を狙い通し練習をする。合図を送れば、和奏がホイッスルを鳴らして集合させる。


「本番のつもりでいくよ!時間ないからね!」


この後は、サッカー部の後の薄暗い中でとなる。


みんなの気持ちもピリッとしたのが感じられる。

和奏の合図で、音が合わさってゆく。

この、静かな旋律から、一気に激しくなるそんな瞬間が彩未は好きだ。


そして、基本となるまずは外周のマーチングから、和奏の目が厳しく、

「ライン!」

と檄が飛ぶ。


そしてソロに、そして最後はいつものように激しいsing sing singである。


「撤収~」


「「「ありがとうございました!」」」

一礼をしてからダッシュでピッチをあける。


休憩の間に川口先生と和奏の指示を受けて、再び各箇所の見直しだ。


夕食に戻れば、先にサッカー部は夕食にしていた。彩未はその中に昂牙たちとふざけながら談笑している翔太を見た。


(元気だなぁ、少しも疲れてなさそう)


一瞬だけ、そんな視線が合う。


「目立つよねぇーあの子達」

そう言ったのは柚月ゆづきである。

「あの子?」

「ほら、あのサッカー部の2年生たち。誰かそのうちプロからお呼びがかかるんじゃないかって噂だよ」

「柚月、詳しいの?」

春花が聞くと、

「また聞きだけどね。特にあの昂牙って子」

「そうなんだ...」


「でも、実際なかなか厳しいみたいだけど。よっぽと活躍しないとらしいね」

「そっかぁ...」


(なんか、ふくざつ...)


あくまで高校の部活として頑張ってる彩未たちと、プロを目指している翔太たちと。その重さは、とてもとても違いそうだった。


談笑していた、翔太がちらりとこちらを見てから席を立ったようで、彩未は食器を持つと

「ちょっと、トイレ、先に行くね」

「いってらっしゃーい」


食器を戻した彩未は、去年の逢瀬の場所を目指して外へと向かった。


「やっぱり、来てくれた」

暗がりの中から、テノールボイスが聞こえてくる。

「翔太」


彩未は急ぎ足で近づくと、勢いよく抱きついた。

「わ、なんか、硬い」

「あれかな。体幹トレーニング。彩未たちもしてるでしょ」

「それっぽいのね」


クスッと笑うと、肩口に頭を寄せると規則正しい鼓動が感じられる。

「またまた、ひさしぶり」

「だね。仕方ないよ、夏が終わっても彩未は受験もあるし」

「サッカー部は夏のあとも、冬もあるもんね」

「ん」


壁際に、並んでコンクリートの上に座る。


「調子良いって聞いたよ」

「うん。今年はみんなが調子が良いから、期待したい」

「応援、また行くからね」


「ミニスカで?」

「で。」

「彩未がいると思えば更に頑張れるね」


隣同士の、重なった手とそして自然と重なる唇。


「どっちも、良い結果になりたいね」

「今日も、やっぱり気合い入ってたね」

「うーん。でも、まだまだみたいだよ。我らがバトメ様は」

「そっか、連続ゴールドだもんな」

「プレッシャーはすごいよ」


「この後も、練習だよな?」

「ん。そっちも?」

「戦術ミーティング」


お互いに笑い合うと、もう一度深くキスを交わして、何度も離れがたくて最期にじっくりと抱き合った。


「もう、行って。怪しまれる」

「ん、わかってる」


彩未はパタパタとお尻の埃をはらって、「じゃあ行くね」と3歩歩いて、あっと振り返った。


「忘れてた...、大好きだよ」

そっとちいさく囁けば、

「俺も、とても好きだよ」

暗くてよくは見えないけれど、いつものようにきっと少し色に染まっているはずだ。



「あみせんぱーい。ステップ揃えるって言ってますよ~、何処にいたんですか」

実夏に言われて、

「トイレ、のあと少しだけ外に」


「外?」

「ちょっとだけ、散歩したくて」


「へぇ~、夜の散歩なんて楽しいですかぁ?」


「散歩って言うか。ほんとに夜風にあたりに行っただけ」


そんな風に、すこしのドキドキもあり、最後の合宿は過ぎていった。

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