第五百十三話

 最初こそ静かに進行していた七並べであったが、やはりというべきか、仁は次第に勝利のために手段を選ばなくなっていく。

 具体的には鏡を用いて相手のカードを覗き見ようとしたり、カードを配る際に不正な方法で欲しいカードを手元に引き寄せようとしたりなど、賭けを行っているわけでもないのに妙な方向へヒートアップを重ねる。

 ただ、彼が暴走しても残りが結託して妨害すれば不正行為の成功確率は極端に低くなってしまうもの。

 特に彼のやりそうなことは大体理解している彼等は仁の手を悉く潰し、最終的に彼を不貞寝へと追い込むことに成功。

 その頃には寝るのにちょうど良い時間帯となっており、理香と東間もそれぞれ空いているベッドに寝転がり、遠隔操作で部屋の電気を消す。

「おい、東間きゅん。部屋を完全に暗くするとは何事だ。この我への嫌がらせと受け取ってしまうが、よろしイカ?」

「あれ、仁って夜、真っ暗だと眠れないんだっけ?」

「そんなわけないだろう。この俺を誰だと思っている。真っ暗闇の中から生まれ出たこの俺様は素晴らしき闇の中でと越栄の絶頂に浸りたいと願ったところでその願いは空しく叶ってしまうのだと」

「はいはい。寝る時までバグらないの。ったく、明日だってそれなりに忙しくなるかもしれないのよ。気を引き締めなさい」

「理香ちゃんよ。今から気を引き締めてどうするというのだ。そもそも我等は既に寝る身であり、その心は平穏と安らぎを求めている。なれば気を張るだけ時間の無駄、むしろ気を静めるべきだと思うのだが如何に?」

「その通りだけど、無意味に毒電波を撒き散らしていたアンタにだけは言われたくないわね。いっそアルミホイルでも被せた方が良いかしら?」

「そんなことをしても無駄だからやめた方が良いよ。むしろその程度の代物で仁の毒電波を遮断できたら奇跡だと思う」

「その通りなり。流石は東間きゅん。この俺という存在を誰よりも理解している。理香ちゃんも東間きゅんを見習いたまえ。そうすればこの俺の寵愛を一身に受ける名誉と栄光を与えたまえ!」

「ああ、確かにアルミホイルくらいじゃどうしようもないわね。昔は今よりはまだマシだったような――いえ、大差ないかしら」

「成長しているのかもしれないよ。良い方向にも悪い方向にも」

「つまりピラミッドの中にこそ真なる栄光への手掛かりがあり、それを人類が手に入れるのを阻止すべくプレデターなエイリアンが中に巣食い、しかしそれに対抗するために政府は密かにプロフェッショナルたちを集めて計画を立てる。これこそが秘密のプロジェクトYの真相だったのだ。だがそれを察知していたプランツは密かにキメラを送り込み、ラフレシアが咲き乱れることで世界のバランスを吸収し――」

 延々と語られる謎の説明。

 理解しようとしても決してできない、むしろ仁自身も何一つ理解していないのであろう妄言であったが、慣れてしまうとつまらない子守唄と似たようなもの。

 小学校の校長先生の話を聞いている気分を懐かしみながら理香と東間は眠りに就き、彼等の寝息を耳にしたことで仁は口を閉ざす。

 そのまま彼も眠りの世界に落ちて行く――はずだったのだが、闇の中で彼は寮の瞳を開けてベッドより起き上がる。

「で、何か用か? 言っておくが、そこの二人に手を出したら何をどうしてもお前を殺すつもりだぞ」

『気付いていたんだ。流石』

 耳に届くのは聞き覚えがあるような、聞いたことがないような声。

 老若男女入り混じる、複雑怪奇な声の持ち主が闇の中より姿を現す。

 否、姿を現したというよりはそこに存在することを認識できるようになったというのが正しいか。

 何故ならば闇の中に現れたソレは輪郭さえ捉えられない、真っ白な霧のような不定形の存在であるから。

 大きさだけは人間のソレと変わらないが、白い霧は人の形さえ取る気がないらしく、不定形なまま不快な嘲笑い声を発する。

 耳障りですらない、脳を柔らかく掻き回すような、根源的な不快感を与える嘲笑に懐かしさのようなものを覚えた仁は己の感覚に戸惑う。

 ただし目の前のソレに気を許してはならないという、本能の訴えに服従する構えを取っているため、どのような精神状態であろうと即座に動けるよう彼の肉体は勝手に重心を移動させて待機を継続。

 心がどれだけ油断や慢心を抱こうと、体の方が心に逆らって動くことが可能。

 ある種、肉体と精神が分離していると言える彼の状態に、白い霧は感心したような吐息を漏らす。

『驚いたね。昔はそんなことはできなかった気がするんだけど』

「昔っていつの話だ? というか、これくらいは子供の頃からできるぞ」

『そうなの? その割には相手が誰であろうとよく油断して勝手にピンチに陥っているような気がするけど』

「それが俺の生き様だからな。だが優先事項を履き違えるような真似はしない。特にお前みたいなのを相手にする時は一瞬でも気を抜いてはいけない気がする」

『そういう相手でも油断したり、気を抜いたりするのが君だろう?』

「その通りだ。だからこうして体だけはいつでも動けるようにしている。これはこれで結構、疲れるからあまりやりたくはない。だからお前が早急に消えてくれると助かるという本音を打ち明けてみる」

『えー。そもそも君が話し掛けなければ僕は何かするつもりは――無かったとは言わないけど、もしかしたら何もせずに終わっていたかもしれないよ?』

「魔境を出てからずっと俺たちのことを見ていたくせにか? しかも途中からわかるようなあからさまな視線を送りやがって。あの血塗れな廃車もお前の仕業と考えて良いのか?」

『半分正解。君たちにちょっかいを掛ける目的で利用したのは僕だけど、アレ自体は元々、別の奴がやっていたことだよ。まあ権限を乗っ取った際に少しばかりバグっちゃったみたいだけど、些細な問題だよ』

「些細かどうかは知らないが、どうせなら元凶を叩くなりして問題解決して欲しかったんだがな。ちなみに、今回の仕事にお前は関わっているのか?」

『関わっているって言ったらどうするの?』

「無論、この場で始末する。だからできることなら関わっていないと言って欲しいんだが、こんな俺の気持ちを受け取ってもなお、お前は暴走するつもりなのか?」

『別に暴走とかした覚えは無いんだけどねー。そもそも暴走っていうのは君の専売特許だろう? 君の暴走ぶりに比べたら、僕なんてそんなには――』

 話を終える前に仁が取り出したのは改造された掃除機。

 ブラックホールに直結している、標的だけを吸い込む掃除機の出力を最大にして白い霧を一瞬の内の呑み込む。

 後に残されたのは無音の空間。

 二秒、三秒とその場で待機し、何も起きないことを確認してから安堵の息を吐く。

『今のって、何か意味があると思ってやったの?』

 聞こえてきた声は目の前から発せられたもの。

 まばたきせず、ジッと真っ直ぐに前を見つめていた彼の眼前に白い霧が発生。

 一瞬たりとも目をそらすことなく、見つめ続けていたにもかかわらず、いつ、その霧が発生したのか彼には理解できず。

 だが不思議とそのことに疑念が湧くことはなく、諦めに近い肯定が己の中に生まれたことに仁は苦笑いを浮かべる。

「ああ、うん。まあそうだろうなとは思った。これで終わってくれるのなら俺としても非常に楽だったんだが」

『アハハハハ。まったく、そんなわけないじゃなイカ。というか、君の懐ってどうなっているの? 明らかにその掃除機を入れておけるようなスペースはないよね?』

「よくぞ聞いてくれた。この俺の懐は四次元空間でできた屑籠の中に直結しているのだよ、これにより、ありとあらゆる道具を取り出すことが可能!」

『屑籠なのに?』

「屑籠だからこそ、だ。屑籠の中に宝が眠っている。そのような考えを持つ者はそうはいない。だがしかし、ゴミ溜めの中にこそ真なるお宝は眠っている。それが世の理だとわかる者にはわかるようになっている!」

 次いで取り出すのは真っ黒な刀。

 太刀と中華刀の中間のような、何とも言えない刀身の黒い刀で白い霧を一閃。

 真っ二つにされた白い霧は霧散し、すぐに元の形へ戻る。

『だからなんでそんなことをするのさ。話の妨害をしないでよ』

「すまんな。俺としても話の邪魔をする気はないんだ。ただ、一刻も早くお前を消し去りたいという切なる願いを聞き届けようとしているだけなんだ。許せ」

『もう。そんな風に言われたら怒る気も失せちゃうじゃなイカ。プンプン』

「怒る気も失せたとか言う割には怒っているフリをするんだな」

『そりゃあもう、こうした方が君としても気が楽になるかと思って』

「いや、怒っているフリをされたところで気が楽になったりはしないが」

『えー? 笑っている相手に嬲り殺しにされるよりは、怒っている相手に滅殺された方が気持ち的には楽じゃない?』

 仁が次の言葉を口にする前に白い霧が変形。

 猛烈に嫌な予感を覚えた仁はその場より飛び退き、音を立てずに着地。

 回避に成功した、そう思い込もうとした彼を現実に引き戻したのは奇妙な形に捻じ曲がっている己の右腕より生じる激痛。

 骨と筋肉が切断された後、無理やり繋ぎ直されたような、人体の構造上、あり得ない形に再構成された己の腕を見て仁は小さな小さな舌打ちを漏らしつつ、左腕で強引に右腕の形を戻す。

『フーン。あんまり怒ってないね。この程度だと怒る価値も無いとか?』

「寝ている二人を起こさないようにするための配慮だ。だからテンションを上げても小声を維持していただろう?」

『ああー、確かにそうだね。成る程。さっきまでも今もなんか妙に小声だなと思ったら彼等を起こさないようにしていたんだね。納得』

「そういうことだ。そもそも俺はこれから熟睡中の理香ちゃんに大泥棒の末裔の三世が如くパンツ一丁でダイブする予定だったんだぞ。それをこんな風に邪魔するなんて、お前は人間じゃねえ!」

『むしろ僕を見て人間だと思う人がいたら、精神病院にぶち込んで幽閉するべきなんじゃなイカな? その方が世のため、人のためになると思う』

「確かに。お前、中々良いことを言うじゃなイカ。褒めてやる」

『どうも』

「ついでにお前の倒し方を教えてくれたら、影月ポイントをくれてやろうと思うんだが、どうだろうか?」

『なにその使い道がまるでわからない謎のポイントは。そんな物を貰っても困るだけな気がするよ』

「失敬な。影月ポイントは色々なところで使えるんだぞ。例えば一号の前でポイントを提示すれば、何が何でも排除すべき抹消対象と認識され、他のアストロゲンクンシリーズとの一斉攻撃が始まる」

『抹殺対象認定のためのポイントかー。それは予想できなかった。でもそういう生活も刺激的で良いかも』

「だろう? ちなみにこのポイントを一度、提示すると我が家族や親類縁者、知人友人たちにも自動的に広まるから、瞬く間に指名手配犯になれるぞ」

『わーい。これで貴方も瞬く間に有名人』

「そしてこのポイントを持った奴を始末してくれた優しい賞金稼ぎには俺の作った道具を一つ提供する。欲しい道具が無かったら欲しい道具をリクエストする権利をくれてやる。だから意外とみんな、やる気を出す」

『そりゃあブラックホールな掃除機を作ったり、何処にでもワープできる扉とかタイムマシンとか創れるような奴が好きな道具を創ってくれるって言うんだから、気合いも入るだろうねー。で、その言い方だと、このポイントシステムを提示するのは今回が初めてではないと見た』

「如何にも。このポイントシステムは前に一度だけ、何としても葬らないとならない相手に使ったことがある。そして俺は思い知った。人間の欲望と悪意には底などというものは存在しないということを」

『何があったのか、結構、気になる発言。まあでも、さっきも言ったけどそういうポイントなら貰っても悪くないかもねー。何より、君の残してくれた遺産とでも思えばそれなりに愛しく思えるかも』

 再度、変形する白い霧を今度こそ確実に回避。

 彼自身はもちろん、第三者の目から見ても変形した白い霧は彼の体の何処にも触れることなく最初の形へと戻る。

 が、今度は左脚が珍妙な形に変えられており、何処からともなく噴き出す血と痛みが仁の心身を苛む。

 何が起きているのかは定かではない。そもそも仮に霧と接触したからといって体が変形することなどあり得ない。

 そんな当たり前のことを現実逃避気味に思考し、歯を食い縛って激痛を堪えながら掃除機で血の跡を吸い込み、右腕と同様に左脚を力業で元の形を取り戻させた。

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