第百十九話
燃やされ、炭クズと化した人型のソレを見下ろし、身動き一つ取らなくなったことを確認してから改めてカーテンを閉め、安眠。
横になってから数秒もしない内に訪れた睡魔に身を委ね、夢の世界をさまよう。
目が覚めれば完全に忘れ去ってしまうであろう夢の中で彼は見知らぬ者たちと共に晩餐会に参加。
貴族たちの如き彼等と食べるは見たことのないゲテモノ料理。
夢の中だからか、口に入れたところで味は感じられず、美味しいとも不味いとも言えない奇怪な料理を美味しそうに平らげる紳士淑女の皆様方はある意味、お笑い芸人並に体を張っているとも言えるのか。
彼自身もまたよくわからない料理のようなものを何故か笑顔で平らげ、豪勢な椅子に座ってふんぞり返りながら誰かと話をしている途中、意識を覚醒させる。
目覚めは爽快。カーテンの隙間から差し込む太陽の光が顔を僅かに照らし、勢いよくカーテンを開けて晴天を拝もうとする仁を阻む黒い影。
炭クズとなりながら怨念のみで肉体を動かし、窓ガラスに張り付いているソレにトドメの一撃を打ち込んで撃沈。
炭にされた体は繰り出される拳の衝撃に耐え切れず、砕け散りながら地面に散らばり、完全なる消滅を迎える。
「フゥ。今日もいい天気だ」
目障りな炭クズの亡霊は見なかったことにして朝日を拝み、全てを照らす偉大な太陽に知らず、頭を垂れて傅く。
見返りを求めない――そもそも恵みを与えている実感さえ持っていない太陽に傅いたところで反応がないのは当然。
己の行いが無意味なものであることは彼も理解しており、自己満足以外の意味を持たない行為に満足した仁は鞄を片手に自室を出る。
一階に下りた彼を待つ物は着替えの制服と朝食とアストロゲンクン一号。
朝の挨拶を交わし、身支度を済ませてテレビを見ながら朝食こと昨日の残り物を食べている途中で全身を縛られたまま放置されていた紗菜が一階へ下りる。
両腕は一切使えず、足もほぼ動かせない状態でありながら釣り上げられた魚の如く跳ねて下りてくる彼女を冷めた眼差しで迎え、兄の冷たい瞳に興奮気味の彼女の拘束を解けば案の定、仁に襲い掛かっては返り討ちに遭う。
成功するはずのない強襲を何故繰り返すのか。
疑念を抱きつつ、恐らくは彼女自身も答えを理解していないであろうことが容易に察せてしまうため、一号は黙って主の指示に従い、彼女を着替えさせた後、半強制的に朝食を食べさせる。
「やん。一号ってば大胆。そんな太いものを私の口に入れようとするなんて。強引に入れ終わったら次は白い液体を流し込むの?」
『マスター、処刑の許可を頂きたいのですが』
「一足飛びにもほどがある。この程度の反応、いつものことだろうに」
『それはそうなのですが、いつものことだからこそいい加減、うんざりしてきたと申しますか、そろそろ明確な形で決着をつけるべきなのではと何者かが私に囁いている気がしていると言いますか』
「ペットは飼い主に似るって言うけど、一号もあにぃに似て変な電波を受信するようになったの? まあ一号は機械だからそれほど不思議なことじゃないかも?」
「その言い方だと、まるで俺が電波を受信するのが不思議みたいに聞こえるぞ」
「不思議って言うか変って言うか、変人って言うか変態って言うか。普通の人間は電波なんて受信しないって覚えておいた方がいいわよ、あにぃ」
「新しいタイプの人類は大体が電波を受信しているだろう。アレと似たようなものだと考えれば俺は決して変じゃない。むしろ人類の革新に近づいているのだ!」
「はいはい。アニメの話なんかどうでもいいから、さっさと朝食を食べて一発ヤりましょう? 今日こそ兄妹という名の禁断の壁を乗り越えてみせるわ!」
「そんな壁を乗り越える気はない。それどころかお前が何をしても乗り越えられないように強化改造を施したい。ついでに迎撃装置も取り付けよう」
「壁壊しの達人を私が用意できないとでも? あの人に頼めばあにぃが魔改造を施した壁であろうと一発でぶっ壊しちゃうんだから!」
兄妹の仲睦まじい会話を微笑みながら聞き、自身も二人と同じように妹と親しく会話することができるのかと、微妙に不安な気持ちに駆られながら食べ終わった朝食の後片付けに勤しむ。
一号が片付けをしている間、兄妹は歯を磨きながら食休み。
歯を綺麗に磨き、口の中を水で漱げば真っ白で健康そうな歯が鏡に映る。
「あにぃより私の方が白いわね」
「お前の場合、他の部分が汚れているから、せめて歯くらいは真っ白になるよう心掛けておいた方がいいぞ」
「負け惜しみ? そんなあにぃを慰めるためにやっぱり一発」
鼻に拳を受けて悶絶する彼女はすぐに復活すると見越して放置。
読みが的中し、数秒で蘇ると鼻を押さえつつ、兄の後ろに付いて行く。
「んじゃまあ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
『行ってらっしゃいませ、マスター、紗菜様』
一号に見送られながら外に出た彼等を取り巻く怨念の渦。
打ち砕かれた人型のソレの知り合いか、眷属かは定かではないが、仁はおろか無関係な紗菜にまで憎悪の念を向け、命を奪うために隙を窺う。
「あにぃ、昨日、遊園地で何をしたの?」
「昨日というか、寝る前だな。わかりやすく説明すると窓の外に変なのがいたから焼いて砕いた」
「あにぃ、自分が変なのに、変なのを見敵必殺したの? そりゃ恨まれるわよ」
「紗菜、敵なんて言い方は失礼だぞ。いくら外見が醜悪で敵意満々だからって敵とは限らない。最初から敵扱いしていたら和平なんてできないのだよ」
「つまりあにぃは敵かわからない相手を問答無用に焼いて、砕いたと」
「砕いたのは寝た後、朝、起きてからだがな。窓が炭で汚されたんで、償いとして砕け散ってもらった。それで終わりと思っていたんだが――」
「向こうは全然納得していなかったと。どうするの、コレ。今更、和平に応じるような空気じゃないけど」
「お前なら大丈夫じゃなイカ? 親の仇であろうと堂々と篭絡できるんだろう? 本当にできるとしても実際にやったら軽蔑するが、今回は許可する」
「私は私の本能の赴くままにそういうことをヤるの。命令されてヤるなんて絶対に嫌よ。例え報酬としてあにぃとできるとしても」
「変なところで頑固だな。だがその頑固さは好感を抱ける。だからといって変なことをしたら八つ裂きにするが――」
背後からの奇襲を片手で捌き、包丁を奪い取って逆に刺す。
幾つもある目玉の内の一つを貫いたのはただの偶然。
が、複数あろうと目が急所なのは通常の生物と変わりないらしく、刺された人型の生物のようなものは奇声を発しながら悶え苦しむ。
流れ出る血は群青色。
そもそも体内を循環している体液が血なのかさえわからないが、同胞を傷付けられたことが引き金となり、彼等二人を取り囲んでいた化け物たちが一斉に動き出す。
『マスター』
「あまり周りを汚すなよ。後で大変な思いをするのはお前なんだから」
『畏まりました。では掃射します』
開けられたままの玄関から複数の銃声が轟き、無数の弾丸が化け物たちに抵抗はもちろん、断末魔の声を上げる暇さえ与えず、撃ち滅ぼす。
掃除が完了するまで費やされた時間は約三十秒。
硝煙の臭いと血煙以外何も残らない玄関先の庭で、辛うじて残されていた化け物の片腕を踏み躙り、擦り潰した仁は肩をすくめてため息をつく。
「汚すなって言っただろう。それなのにこの有り様はなんだ?」
『申し訳ございません、マスター。ストレス発散のためについ、やり過ぎてしまいました。猛省しております』
「文字通りの掃射ね。でも、せめて一部くらい残しておけば後で何か使い道が見つかったかもしれないのに」
「使い道があったとしても使わないだろうな。下手な呪いのアイテムより厄介そうだし、拾った後に捨てようとしたら確実に呪われそうだ」
「そう? 捨てても捨てても戻って来るなんて、忠犬みたいで可愛いじゃない。私の部屋にも昔、その手の人形が置いてあったんだけど、ちょっと色々ヤっている間に何処かに家出しちゃったみたいで、今も帰って来るのを待っているの」
呪いの人形が家出するほどの色々とは何なのか。
反射的に問い質そうとして、ロクな答えが返ってこないからやめるべきと直感が反射を抑え込み、辛うじて声が漏れ出るのを防ぐ。
代わりに発せられたのは言葉にならない不気味な音。
他者どころか己すら不快にさせる奇怪な音波に紗菜と一号が顔を顰める。
「あにぃ、急にどうしたの? 私の話で興奮しちゃった?」
『マスター、今のは報復と呼ぶには少々物足りなく、嫌がらせとしては少し行き過ぎている気がしますが』
「――うむ。なんでもないから気にするな。俺は気にしないことにしたからお前等も気にする必要はない。理解したのならこの話はこれで終わりということにしようしましょうそうしましょう」
「ウザい」
『同意します』
「フッ。ストレートな言葉に割と傷付いた。鬱になりそうだから学校へ行こう!」
「あっ、待ってよ、あにぃ!」
早足で歩き出す兄の背中を紗菜が追い駆け、彼等の姿が見えなくなった後、一号は亡霊に汚染された庭を掃除。
純粋な速さ比べで兄に敗北を喫することはあり得ないと自負する妹は無事、兄の隣に並んで途中まで一緒に登校。
明るい光に照らされた通学路。
行き交う人々はハイテンションな者たちからローテンションな者たち、人助けに奔走する者がいれば自ら命を断とうとしている者まで様々。
また、小学生たちの集団登校に鼻息を荒くして興奮するなど、兄がいなければ悲劇が起きていたかもしれない出来事が発生した他、別の小学生たちのグループが大ムカデに襲われている現場に遭遇。
全長3mの大ムカデは大ムカデの中では比較的小柄だが、理性を感じさせず、未熟故に見境なしに暴れるため、危険性は成長した個体に匹敵する。
本来なら周囲の大人が止めに入るべき場面。
が、小学生たちは見事な連携で大ムカデを軽くあしらい、疲労によって徐々に動きが鈍り始めた大ムカデに一撃を加える。
大ムカデにとっては取るに足らない小さな一撃。
事実、小学生の放つ軽過ぎる一撃は大ムカデの外殻を傷付けられない。
塵も積もれば山となる。というように、同じ場所に連続して攻撃を当て続けることができるのならいずれ決壊させることが可能。
だがいくら動きが鈍くなっているといっても完全に動けなくなっているわけではなく、小学生側も呑気に突っ立っているわけにはいかないので、同じ場所を狙って攻撃を当て続けるのは困難。
何より現在は登校の時間。
いずれ倒せると仮定しても大ムカデの相手を優先すれば大幅に時間を消費することとなり、遅刻は免れない。
そのことは彼等も自覚しているらしく、大ムカデと戦闘中の小学生たちの顔に少しずつだが焦りの色が浮かび始める。
「うーん。動きは悪くないんだけど、全体的に未熟よねー」
「小学生だからな。俺が小学生だった頃はもう少しまともに動けたが、まあアレくらい動けるなら及第点はくれてやってもいいだろう」
「自分自慢なんてダサいわよ、あにぃ。こういう時は嘘でも昔の俺よりは動けている云々って言ってあげるのが大人の対応ってもんよ」
「真実を捻じ曲げてまで褒めてやる義理はない。とはいえ、このまま見過ごすのもなんだし、手伝ってやるか――」
一歩を踏み出そうとしたその瞬間、小学生の一人に制するように睨まれたことで足を上げたまま硬直。
しばし無言で戦いを眺め、片足で器用に回れ右を行い、大ムカデと小学生たちに背を向けて歩く。
「あにぃ、結局無視することにしたの?」
「というか、余計なことをするなって感じだったな。事情は知らないが、自分たちの手であの大ムカデを狩りたいらしい」
「なんで?」
「事情は知らないと言った。何にしても、周りの奴等が手を出さないのも俺と同じように睨まれたからだろうな。あそこまでやる気に満ちている奴等に横から水を差したら標的を変えられるかもしれん」
「小学生に睨まれたからすごすご引き下がるとか、それだけ聞くとすっごく情けなく聞こえる不思議」
「言うな。小学生たちに花を持たせたとか、ポジティブに考えて行こう」
「んー。あの子たち、可愛いから終わった後に誘おうかとも思ったけど、あにぃがそういうのなら放っておくことにする」
「実の兄として今の発言を聞き逃すわけにはいかない気がしてならないが、安全安心な登校を優先するために敢えて聞き逃すことにする」
「責任逃れ?」
「黙れ、元凶」
「フッフーン。その程度の暴言、今の私には痛くも痒くもないわ! 私にダメージを与えたいのならもっと直接的な、物言わぬ暴力を振るうべきよ! そうでしょう!」
「ええい、知るか!」
纏わりつく実妹を引き剥がしている最中、彼と同じく加勢しようとして拒絶され、意気消沈している理香や東間を発見。
無理やり戦いに参加することはできるが、それでは彼等の成長の妨げにしかならないので我慢し、しかしせめて彼等の戦いを最後まで見届けたいと、二人は拳を握り締めたまま沈痛な面持ちで立つ。
小学生たちと大ムカデの戦いの結末がどのようなものとなるのか、仁自身も興味を持っていたため、理由こそ異なるものの理香たち同様に後ろ髪を引かれつつ、後々のことを考えて登校を優先。
幼馴染みたちの腕を掴むと、彼等から浴びせられる文句を右耳から左耳へと聞き流しながら引きずるように歩き出した。
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