殺人少女と食人少年

永崎カナエ

第1話 血溜まりと少女


 雨が、街灯の明かりさえ届かない、狭い路地から発せられた断末魔の悲鳴を掻き消した。

 雨の中、暗がりの中、周囲に出来た血溜まりの中に、傘も差さずに少女が1人で立っていた。手にはナイフを握りしめ、ナイフから零れ落ちた血液が下に広がる水たまりに落ちていき、赤い波紋を薄く広げていく。それは他の血と混ざり合い、一緒に流れて薄れて消えていった。

 消えていく血をしばらく見つめた後、少女は自分の正面に置かれた死体に視線を戻した。

 両手足は切断され、真っ二つに切断された頭蓋の中へと、プリンのように揺れる脳味噌とともに入れられていた。

 胴体部分は喉から肛門部分まで切り開かれ、内臓が血とともに吐き出されていた。肋骨は赤と白で彩られた花のように体から飛び出して咲き、その中心には刳り抜かれた眼球、毟り取られた鼻、削ぎ落とされた耳、刺し抉られた心臓が、残り半分の頭蓋とともに置かれていた。 “作品”と呼ぶに相応わしい美しく冒涜的な死体を前にして、少女は深く息を吐いた。

 いつまでも眺めていたいと感じる”作品”だったが、雨がさらに強く降り出したことで少女は夢から覚めてビクリと体を揺らした。

 名残惜しそうに“作品”を見つめ、少女は路地から出ようと歩き始めようとした。

 しかし、路地の唯一の出入り口に、自身と同じ年頃の少年が道を塞ぐように立っているのを見つけ、少女は立ち止まる。

 男の死体から残りの血液全て洗い流そうとするかのように、雨の勢いがさらに増していく。

 黙って互いを観察しあってから、やがて少年の方が、少女へと声をかける。

 親しげに、長年の付き合いを持つ友人のように、少年は少女の名前を呼ぶ。


「こんばんは、立花たちばな深雪みゆきさん」


 そう言って、少年は笑みを浮かべた。

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