第35話 セレブ式お買い物
由梨は翌日、麻里絵と二人で買い物に出掛けた。
この日は紺野家のお抱えらしい運転手つきの車で向かい、丸菱百貨店にたどり着く。
VIPにはVIPの買い物の仕方があるとはうすうす気づいていたが、麻里絵と共に通された部屋には若い女性向けの服からバッグからアクセサリーからずらりと並べられていた。
「紺野様、お待ちしておりました」
物腰の優雅な男性がお辞儀をする。
「いつもありがとう。結城さん」
「本日は、お嬢様向けのものとお伺いしておりましてこのように揃えさせて頂きました」
「由梨ちゃんはすぐに遠慮しそうだから…、本田さん、コーディネイトお願いできる?」
「はい、お嬢様はお色も白くて可愛らしい雰囲気ですから」
と、本田さんと呼ばれたおしゃれで一目で頼りになりそうな女性スタッフが次々と洋服を合わせて行く。
「あら、それ似合ってるわ」
と麻里絵が言うと、それに合わせた服飾品から靴とアクセサリーも合わせてしまう。
普段用と、パーティドレスもあり(家でディナーをするのに着るのかな)と由梨は見ていたが…。
「じゃあ、よろしくね」
「お任せ下さいませ」
と品物は持たずに案内されてまたすたすたと移動する。
買ったのではないのと、一瞬ホッとしそうになるがそんなわけもなく。
「お車にお届けしておきます」
と結城さんがにこやかに言ったので、やはりあれらは購入されたのだと悟る。
(そうか…支払いもその時じゃないのか…)
「時間はちょうど良いわね」
と麻里絵はスマホを出して、電話をかける。
そして、百貨店の前に出ると、高級国産のセダンが前に停まった。
「椿ちゃん、ありがとう。今日はよろしくね」
運転席にいたのは、由梨が写真だけで知っている椿だった。
(噂の…椿さん…すごい美女)
「お任せ下さい」
声は少しハスキーな色っぽい声。
助手席にはちょこんと、男性が乗っていた。
「さ、乗ってください。ちょっと、蒼空そらさっさと降りてドアを開けなさいよ、気が利かないわね」
「あ、そ、そうでした」
わたわたと蒼空と呼ばれた彼は、降りてきたと思えば、ドアをあけて麻里絵と由梨を後部座席に乗せた。
「由梨ちゃんよね?私が佐塚 椿。貴哉と結婚するって言ってたのは、単に他の縁談を舞い込ませないようによ。そんなの面倒だからね。貴哉も、私と同じだと思ってたし」
いきなり口を開いたかと思えば、その早口の説明に由梨が戸惑っていると
「用はね、貴哉が由梨ちゃんと結婚したいらしいから、きっちり由梨ちゃんに納得させてくれって。納得した?したよね?」
「あ、は、はい」
「よろしい、由梨ちゃんはなかなかよろしい。あいつには勿体無い」
由梨は驚きつつ、きびきびという椿に気圧されつつも納得し…もとい、させられた。
「蒼空、麻里絵さんと由梨ちゃんにさっさと渡す」
「こちらが今からご案内する間取りです」
蒼空は男性にしては少し線の細い、可愛らしい雰囲気のある人である。ふわふわの色素の薄い茶色っぽい髪と薄茶の瞳がよく似合っている。
「あ、ちなみにこれが私の彼氏ね。だからほんとよ、さっきの話」
椿がそう付け足した。そのこと…彼氏だという事にわりと驚いたが、椿の雰囲気が怖くて何も言えない。
渡されたのは、家の間取りである。
「蒼空、説明」
「はい、え。まず一枚目は4LDKのマンションです。セキュリティがしっかりしてますので防犯とプライベート空間がしっかり守られます。ペットも大丈夫です。住人には上流の人が多く…」
と、一個ずつウリを説明していく。
由梨はそれを聞きつつ、一件目の間取りのマンションに着いた。
タワーでもなく、堅実な造りの高級マンションだ。
広いリビングと、最上階の窓からの眺めがとても良い。
寝室と、書斎。それから部屋が2つ。
「すごいですね…」
「気に入った?由梨ちゃん」
「私、ですか?」
「女性ならキッチンも重要よね」
スッキリとしたキッチンには由梨はうっとりとした。
二軒目は閑静な住宅街の一戸建て。
車庫も2台あり、リモコンシャッターでセキュリティもしっかり。外観がまるでアンの家のようで素敵である。
もちろん中身も女の子なら憧れるカントリーテイストで素敵だった。
三軒目も一戸建て。
家はシンプルで機能的な雰囲気で素敵だった。
「由梨ちゃんはどれが良かった?」
「どれも、素敵でしたけど」
「どれもって、さすがに家を3つは要らないでしょ」
くすっと笑われて由梨は戸惑った。
「あら、もしかしてわかってなかった?由梨ちゃんと貴哉の新居を探してたの。佐塚が建てて、connoが持ってる物の中から私が見繕ってきたんだけど」
すべてにおいててきぱきとしている椿に、由梨のスピードは追い付かない。
「まぁ、家は簡単には決められないか。もう一回見たかったらこいつに言って」
蒼空は名刺を由梨と椿に手渡した。
市原 蒼空とある。どうやら佐塚建設の一級建築士ということだ。
「市原です」
椿と並ぶと、蒼空の方が低くてまるで女王様と下僕のようだ。態度もそうであるが…。
「あのね、由梨ちゃん。貴哉も一応紺野家の息子だから、いつかばれちゃうと思うのよね。だからね、新居はやっぱりそれなりのセキュリティのある所なのと、土地柄じゃないとね。うちに住んでくれたらうれしいけど、貴哉はそれは嫌だというし。ね、だから私たちの我が儘で悪いけど、椿ちゃんが勧める所から選んで、ね?」
と麻里絵に言われて、由梨は頷くしかなかった。
(新居!…私と、貴哉さんの新居?)
「また、いくつか探しておくわ」
椿がにこやかに言って、紺野家まで送ってくれた。どうやら紺野家から椿の選んだ新居はあまり遠くないようだ。
「あの、麻里絵さん」
「なあに?」
「私、まだ結婚とか」
「そうね、まだ結婚式もしてなかったのよね。でもね、新しい家とか、ワクワクしない?」
楽しそうに言われて、由梨は曖昧に笑った。
きつく出られたら、反抗できそう(?)なのに。楽しそうにされたら、断りにくい。
由梨は出掛けていた貴哉が帰ってくるまで、新居の候補をまとめた紙を前に、麻里絵と語っていた。
貴哉の車で送ってもらいながら
「あの、貴哉さん。今日麻里絵さんと新居を…見に行ったんですけど…。私たち、まだ結婚とかまだですし」
「あー、ゴメンね。由梨、戸惑うよな?」
と貴哉がいい、由梨はうなずいた。
「でもさ、早くに見てじっくり選んでも悪くないと思わない?住むところは重要だと思うし。それに、母もすっかり楽しんでるから、由梨は大変かもだけど、好きなの選んでみて?今度は俺も行くから」
「選ぶ…」
「うん、今の俺の部屋に二人は無理だろ?」
確かにあの部屋に住むのは現実的に無理だと思う。
「…そうですね…」
結婚を前提に、付き合うって…こんなに全て結婚に向けて一直線なものなのかな…。
由梨は流れ行く景色を見ながら、後部座席の麻里絵が由梨の為に買った品々をちらりと見た。
(けど、もはや…逃げ場はない?)
逃げるつもりはないけれど、気がつけば囲い込まれている。
いつものように、貴哉はきちんと夕食に間に合う時間に由梨を送ると、走り去っていった。
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