第33話 事件の解決
貴哉に、相談したその翌朝。
「花村さん!今日は無かったよ!」
月乃が嬉しそうに由梨に伝えた。
「本当!?」
由梨はその言葉に驚き、思わず声がはね上がる。
昨日の夜相談で、その翌朝の今の間までで貴哉は対処してくれたという事になる。
あまりの頼もしさにキュンとなってしまう。悩んでいずに早く相談するべきだった…。
「あ、おはようございます!」
元気に結愛が挨拶しているのは渉である。渉はそのまま由梨に歩み寄ると、
「おはよ、あの後、大丈夫だった?」
「あ、はい。ちゃんと話せました。それに、早速なにかしてくれたのか今朝はポストに入ってなかったみたいです」
そう言うと、ほっとしたような笑みを浮かべ
「まぁ良かった、かな。しかし…由梨が紺野 貴哉と付き合ってるなんて驚いた」
と、すこし複雑そうだ。
「知り合い?」
「有名人だったよ。大学で」
「大学で…」
「俺も、紺野も桐王大学」
「そういえば、同じ年?」
貴哉に大学は、聞いたことが無かったが、エリートらしい彼にはピッタリである。
「そ、凄かったよ。学部は違ったけど、大学中が知ってたんじゃないかな?砂糖に群がる蟻のごとく女が、うじゃうじゃと。まぁ、その分…とっかえひっかえ…。付き合ってても、冷たいってもっぱらの評判だったな…。なぁ、やっぱり別れて俺にすれば?」
最後は囁くようにいわれて、由梨は息をつめた。
その由梨を見て、『ま、考えてみて』と渉はドクタールームに入っていった。
(とっかえひっかえ…)
貴哉ならば確かに、比喩でもなんでもなく、事実としてそうでもおかしくはないと由梨は思えた。
由梨はまた新たな悩みを抱えてしまった気がした。
渉とここで会うのは今日で最後である。ホッとするような、少し寂しくなるような、複雑な気持ちだ。
例えひさしぶりであっても、昔過ごした気安さはあっという間に戻る。その辺りの気のおけなさは渉の方が優れているかもしれない。貴哉にはまだまだ緊張をしてしまうからだ。
午前診が終わり、渉は他の医師たちと一緒に居たので由梨は最後に話さずに終わった。
貴哉と待ち合わせの昨日のcafeに向かうと、彼はすでにそこで待っていた。
由梨に気がついて片手を上げて合図をしてくる。
「貴哉さん、あの例の件。もう、対処してくれたんですね?」
「うん。もう心配ないよ、由梨」
微笑みかける貴哉に由梨も笑みを返した。
「ごめんな、由梨。俺の会社の人で、昔まぁ付き合いを断った人がいたんだけど、彼女が俺が由梨と付き合ってると知って、あんなことをしたみたいだな」
「あ…お正月に会社の方と会ったから」
「多分ね」
「はぁ…でも、良かったです。誰だかわからなくて…不安でした」
「だろうね、少し痩せたみたいだ」
確かに、食欲は無かったし痩せたかもしれない。
「あ、そうだ。明日は俺は予定があって会えないんだけど、母が由梨と買い物に行きたいらしくて、良ければ頼めないか?」
「買い物?」
「この前、観劇の後に買い物に行きたかったみたいだが」
「あ、和花を送っていったから…」
うん、と貴哉は頷く。
「今日、この後実家でも良いかな?」
「え、と」
「着替えなら前に使ったのがあるから」
(…何となく、やはりnoとは言えない…)
「はい、大丈夫ですよ」
「母が喜ぶよ」
と、優しく微笑まれると、由梨もつい嬉しくなってしまう。
「で、あいつはまだクリニックに来るのか?」
「あいつ?」
「…由梨の元カレ」
「あ、今日まででした。来週からはまた大学病院です」
「それは良かった」
「あ!」
由梨はカバンを探って、封筒を出した。
「貴哉さん、これ姉の結婚式の招待状です」
「ああ、もう来月だったね」
「そうなんです」
正確には一ヶ月を切っている。
「由梨は、洋式と和式とどっちがしたい?」
「私ですか?」
「私はどちらでも素敵だと思うんです」
ドレスはドレスで素敵だし、着物は着物で凛としていて綺麗だと思うし。
「そうか、女の子は欲張りなものだった」
くすっと笑われて由梨は赤くなった。
「お姉さんの式を見てから、考えてみる?真剣に」
「…っえ!」
「驚きすぎ」
「あの、でも前提にって言っても、まだ2、3ヶ月しか付き合ってなくて…」
「こういうは、時間じゃないだろ?」
「そう、ですね」
「今回みたいな事があると、由梨のもっと近くにいたいし、いて欲しい。そう思ってはいけないかな?」
由梨は色っぽく見つめられて、顔を横に振った。
「良かった、同じ気持ちで居てくれて」
貴哉はコーヒーを飲み干すと、
「さて、じゃあどこか行きたい所は?」
「えーと」
と、由梨は定番のデートスポット。アミューズメントパークを言ってみた。
色々な施設があるそこは遊園地あり、映画あり、ショッピング施設あり、スパありのなんでもありなのだ。
「いいよ、行ってみようか?」
貴哉の車で向かうと、まずはランチブッフェでお腹を満たす。
貴哉と並んで、好きなものをお皿に取っていると、ジュースを淹れにいったりと彼は由梨にあれこれと世話を焼いてくれる。
大型の施設は土曜日なだけにとても混みあっている。まずはコースターなどのある遊園地に向かった。
「今日は思いっきり叫びます」
由梨は貴哉にそう宣言した。
「うん、それはいいな」
屋内にあるコースターだから、と甘く見ていたら意外と迫力があって、由梨は思いっきり声を上げた。
「じゃあ、次はあっちだな」
と貴哉が示したのはお化け屋敷である。
「私、ああいうの怖いんですけど…」
「怖いから、楽しめるんだろ?」
貴哉に連れられて由梨は、その腕にしがみつくようにして歩く。
もはや雰囲気だけで、鳥肌がたってしまう。
「ぜったい、離しちゃ、やですよ?」
「わかってるよ、こういうのが男としても醍醐味なんだろ?」
作り物とわかっていても、ガタンと音がしたり飛び出してきたりすると由梨はびくついて貴哉にしがみついた。
やっとお化け屋敷を出た頃には、由梨は喉が痛くなっていた。
「大丈夫?」
貴哉は笑いながら、冷たいジュースを差し出した。
「ありがとうございます」
「俺は楽しかったよ?」
「そ、ですか」
「頼りにされると気分がいいし、しがみついてくる由梨は可愛かったし」
「観覧車、乗る?」
「あ、乗ります」
由梨は貴哉と手を繋いで、観覧車に向かう。
「貴哉さんも、意外とこういう所に慣れてるんですね」
「ん?来たのは多分一回あるかどうかかな。その時は全く楽しくなかったけど」
(それは…やっぱり女の人となんだろうな…)
観覧車に乗り込むと、ゆっくりゆっくりと二人だけの空間が上へと上がっていく。
蟻のごとく群がる…とっかえひっかえ…
渉に言われた言葉が、過去の事なのに気になってしまう。
「由梨は旅行ならどこに行きたい?」
「そうですね…。私はまだ外国に行ったことがないので、カナダとか、イギリスとか…フランスとか、行きたい所だらけです。沖縄も北海道も、行ってみたいです」
「へぇ?そうなんだ」
「そうなんです」
由梨は、外を見ると由梨たちはどんどん真上に向かっていた。
「由梨」
そう呼ばれ顔を向けると、貴哉は優しくキスをして手を取った。
「俺の秘密を教えるよ。…本当は…由梨の事を覚えていた。7年前のあの日からずっと、忘れてない」
「うそ…」
「本当だよ…。由梨が、覚えていなかったのが悔しくて、嘘をついた」
貴哉の綺麗な瞳には由梨が映っている。
「…どうしよう…私…どうしよう」
「今、由梨の胸に俺が刻み込まれていたら、キスを返して」
「貴哉さん…」
由梨はそっと顔を寄せて、唇を合わせた。
その次の瞬間、きつく抱き締められて熱いキスをされて由梨はぼんやりと彼を見上げた。
「忘れるなよ?俺の事」
「…そんなの…もう、無理です」
忘れようにも、忘れられる筈がない。
由梨の心には貴哉の存在は大きく、深くすでに刻みこまれている。
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