乱の章
第27話 不信
正月が終わり、仕事がいつものように始まっていた。
正月を過ごして、貴哉の家の事を知ってから由梨の心は乱れていたけれど、貴哉は変わらずまめに電話をくれていた。その事には相変わらず嬉しくあった。
「花村さん、その後どう?」
「…相変わらず、です」
夏菜子の問いに、由梨はそう返した。
「そっか…。まだ付き合いはじめだし、しかたないかもだけど。大事な事だからね…」
「そうなんですよね…」
実家に行った事を話せば、彼の親の事もたまには話さなければいけなくなるし、由梨はここでも相談出来なくなってしまったな…と思った。
由梨も他人になら、玉の輿、良いじゃない!と気軽に言うと思うから。
由梨の勤務は、明日は休みになっていた。そう言うと、貴哉は由梨に家に来ないかと、誘ってきたのだ。
由梨は午前診が終わると、夏菜子と結愛とランチに出掛けた。前に優菜とランチをしたお店にやって来たのだ。
「あれ?夏菜子ちゃんと、結愛ちゃん、由梨ちゃんも」
そう言ったのは、貴哉の先輩の慎一だった。そこには珠稀と悠太もいた。ちょうど空いていた隣のテーブルに座る。
「こんにちは、今から?」
「あ、紺野なら出張に行ってるよ」
「そうですか」
由梨は慎一に笑みを向けた。
「紺野くんは、忙しい奴だけど由梨ちゃんは大丈夫?」
珠稀がそっと聞いてくる。
「仕事なら仕方ないですよね」
「由梨ちゃんはいいこだね」
慎一がそう労るように笑みを向けてくる。
「そんな事、ないですよ」
由梨は、苦笑した。いいこなら、素直で、疑ったりしないだろう。
「顔も良くて、仕事も出来るんだ?彼」
結愛が言うと、悠太が貴哉の事を自慢げにいかに凄いかを語りだす。
「そうなんだよ!結愛ちゃん!営業はNo.1だし、パソコンの処理能力は凄いし、外国語も何ヵ国も話せるし、うちの課のスーパーエースですよ…!!」
「それはすごそうだね」
結愛はふぅん?と聞いている。
「あ、そういえば。この前紺野さんにすっごい美人が尋ねてきてたんですよ」
悠太がそう言い、由梨を見た。
「美人…?」
「知ってます?モデルみたいに綺麗で、見た目だけならお似合いな感じで。でも、けっこうきつそうな…紺野さんと同類みたいな…」
「アホ。お前な…」
慎一が軽く殴る。
「だってホントの事じゃないですか!なんか、仲良さそうだったし」
「下島くん。もう、黙って」
珠稀が呆れた声を出した。
「変な事をいってごめんな。由梨ちゃん」
「悠太、デリカシーないわぁ」
結愛が抗議の声をあげる。
「え、結愛ちゃん、なんで?」
「なんで?じゃないよ。そんな事聞いたら気にするのが普通でしょ?」
ひきつった顔になってるんじゃないかと、由梨は思いつつ残りの料理を口に運んだ。
(…ダメ…一気に食欲が無くなっちゃった…)
つい半月くらい前には、あんなに幸せな気持ちだったのに…
「本当に気にしちゃダメだからね?由梨ちゃん」
珠稀がそう慰めるように言ってくる。
「はい…」
由梨は、結局プレートランチの半分くらいを残してしまい、夏菜子と結愛を心配させてしまった。
「落ち込むことないよ、単に客人ってだけでしょ?」
「そうですね」
その日も、いつものように仕事を終えると、貴哉がクリニック前で待っていた。
「お疲れ様、由梨」
「はい、お疲れ様です。貴哉さんも」
優しく微笑みを向けられて、由梨は駆け寄った。
自然と手を繋いで歩き出す。
「今日は出張だったとか?」
「うん。そう、由梨と約束してるから日帰りで終わらせてきた」
「良かったんですか?」
「俺って、優秀だから」
その時おり、事実そうなのだろうけど、自信満々な貴哉にやはり由梨は笑ってしまう。
「素敵です」
「良かった…笑った」
「え?」
「この間から…由梨が色々と気にしてる気がして、笑顔が無理やりっぽかったから」
安堵した様子に、由梨は笑みを浮かべた。
「心配、してくれてたんですね」
「まぁ、そういうこと」
この日は泊まりだから、居酒屋で食事をして、それからおしゃれなbarに移動した。
「そうだ…ついに、完成したんですよ」
「ん?」
「姉の、結婚式のくまと、ピロー」
「へぇ~?見せて」
由梨は、完成したくまとピローの写真を見せた。
「こんなの作れるんだな、上手い事作れたね」
「よく見るとガタガタでダメです」
「頑張ったね、由梨。お姉さんも喜んだ?」
「姉は、こういうの全くダメなので、喜んでくれましたよ」
「よかったね」
綺麗な笑みを向けられて、由梨は、心が浮き立った。
「由梨は、お酒が弱いからそろそろ行こうか?」
「はい」
由梨は、貴哉と共に立ち上がり、寄りかかるように歩き出した。
「貴哉さん…」
(会っていた美人って誰ですか)
そう聞きたいのに、さらりと聞いて、その答えを聞きたいのに、その事で壊れる物があるかも知れないと由梨は、口をつぐんでしまった。
「どうしたの?」
「私…一緒にいられて、嬉しいです…」
「うん。俺もだ」
(信じたい…この人の事を…)
オフィス街からなん駅か離れた少し静かな駅に降り立った。
駅から10分ほど歩いて、たどり着くとオートロック式の新しそうなマンションであった。
5階だてで、下がコンビニが入っていて、とてもべんりそうだ。
マンションの駐車場には貴哉の車も停まっている。
「ここ…」
「狭くて驚くよ」
「何もないから、なんか買う?」
「はい」
明日の分の朝食と、飲み物を買うと貴哉と共にオートロックの自動ドアを通ってエレベーターに乗り込む。
すっきりとしたワンルームの部屋にはソファとテーブルが置かれていて、本当にそれだけ。
よくよく見れば窓の外には洗濯物。それからソファの横には低めの本棚が置かれていて、難しそうな本がぎっしり詰まっていた。
後はほとんど物が見当たらず、無駄が一切無さそうな貴哉らしい空間だ。
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