第12話 聖なる夜に

そして、いよいよやって来た…12月24日

由梨の実家で会って以来、貴哉は忙しいようで会うのはひさしぶりとなっていた。


ひさしぶりに会える、そしてクリスマスイブとあう恋人たちの一大イベントだという認識が緊張もしつつ、浮かれてるといえば浮かれていた。

服はワンピースだし、すこしかしこまった所にもいけるシンプルなものだし、ベージュのコートも同じくシンプルなデザインだ。


親の受けのよい貴哉は、この日を一緒に過ごしたいと、母に告げていたのだ!

これまでの行動で、貴哉をすっかり信頼していた両親は二つ返事でにオッケーを出していた。親の許可つきの外泊デートなんて本当におかしな話だと思う。


おかげで、下手な嘘やごまかしなしで済んだと言うことには助かってはいたけれど。


貴哉はこの日の夜を開けるためにかなり、頑張って仕事をしてきたと聞けばじんと感激してしまう。


この日午後診と翌日の休み願いを出すと夏菜子たちに、にやにやとされたが、無事に休みをとることが出来た。


小さめのバッグと、お泊まりセットの入った鞄を持って貴哉の連絡を待っていた。


貴哉の会社の近くのcafeでチョコレートモカをのみながらスマホをついつい見てしまう。


そして…6時…。

普段なら絶対にまだまだ仕事の時間であるが、貴哉からの電話が鳴り、通話が繋がる。

『終わらせたから、迎えに行くよ。近くにいる?』

「はい、近くのcafeにいますよ」


電話を切って少し待っていると、いつものようにスーツ姿が素敵な貴哉の姿が目に飛び込んでくる。


「お待たせ」

「仕事…お疲れ様でした」

「うん、ありがとう」


cafeを出て貴哉に連れられて歩くと、さすがにあちこちでイルミネーションがされていてクリスマスムードが漂っている。寒い夜の中に、人工的だけれど美しい光の景色を見ていると、普段ならきれいくらいで済むところ、感動してうるうるとしてしまうのは、隣に素敵な‘’彼‘’が一緒に歩いているからに違いなく。

こんな時に表す言葉としてはロマンティックというのがぴったりとはまる。


「なんだか…これまでは、キリスト教でもないのにクリスマスを祝うなんて馬鹿らしいと思っていたけど…」

貴哉はそこで言葉を切って由梨を見た。そのイルミネーションの光を映した瞳が綺麗すぎて、どくんと鼓動がはねあがる。

「由梨と一緒に過ごせるなら…悪くない…」


由梨としても、こうして恋人と過ごすクリスマスははじめての経験で貴哉と同感であった。


「はい…私も、貴哉さんと過ごせてとても幸せな気持ちでいっぱいです」

「まだ会った所だけど?」

いたずらっぽく言われて遠慮なく貴哉と寄り添うように並んだ。

「だって…こんなクリスマスイブ…なんだかドラマとか…そんな感じで…」


前の勤め先では、新人で独身の由梨は休みたいなど言える雰囲気でもなくてクリスマスもお正月も、仕事をしていた。


「俺たちは気が合うね?」

「そうですね」


貴哉に連れられるままに、イルミネーションの通りを抜けて、駐車場に着くと貴哉の車に乗る。


「車…?」

「そう」


どうぞ、ドアまで開けられて由梨はドギマギしてしまう。


貴哉の車はしばらく走ると、海の見える一流のホテルに車をつけた。


制服を着たドアマンが助手席を開けてくれて、慣れたように貴哉は車を預ける。


「ここ、ですか?」

「うん」


ホテル一階にあるレストランはヘルシーフレンチで、その素敵な内装と、雰囲気がこんな所でディナーの経験のない由梨は夢見心地の気分に座るだけでなってしまう。


「貴哉さんは…こういう所に慣れてますね…」

「まあね、ほとんどが仕事だけど」

「仕事…」

「時に、こういう店もある。って事だ」


貴哉に飲み物を任せるとワインが届いて、小さく乾杯をする。


店は高級だし、目の前にいるのは貴哉である。

由梨はこれまでと何も変わっていないのに、こんな風にきちんとしたデートを演出されて本当に、貴哉の特別な人になっていると、そんな気持ちにさせられる。


元カレにとって由梨は…都合のいい女だったのじゃないかと、そう思っていた。だから、ここの店が良いとか、悪いとかではなく知り合ってからずっと、貴哉は気持ちも体もそして、家族をはじめとして全てに気を使ってくれて大切にしてきてくれた。


忙しい人なのに、この日の為に店を予約したり、仕事を調整したり大変だっただろうな…。


ディナーの味もさることながら、上品な味わいのワインをまたしても、ついつい飲み過ぎてしまったかも知れず、デザートを食べた頃には少しばかり頬が熱くなっていた。


「さて、由梨が動けなくなる前に行こうか?」

さりげなく出された手を頼って立ち上がる。

「どこに、ですか?」

そう聞くと貴哉はくすくすと笑った。


「由梨はここがどこだかわからないかな?」


そうか、ここはホテルの一階だった。と思い至る。


貴哉と共に上階にエレベーターに乗って向かう。


「こ、ここって…」


とんでもなく豪華な部屋に、きっとここはスイートルームではないかとそう直感する。

「ここで…ディナーにすることも出来たけど、由梨が緊張するかと思ってやめたんだ」


確かに…素面の状態では緊張しすぎて味わえなかったかも知れない。


「せっかくだから、あちこち見てまわる?」

「あ、はい!」


荷物はすでに部屋にあり、写真でしか見たことのないような部屋を見てまわる。


「ふわぁ…」


パリのような雰囲気で、豪華な室内にまるでお姫様みたいな、気分だ…。


貴哉はまた、ワインを出してきて手渡してくる。

「気に入った?」

「もちろん…こんな…素敵な一日にしてもらって…感動して…泣けちゃいます」

「由梨の目の前には、下心ありありの男がいるけど?」

くすくすと笑われて、ぽうっと貴哉を見上げた。


「下心…」


「こうして…」

貴哉は由梨の手を取ると、指先を口に持っていく

「食べようとしてるのに?」

エロティックな仕草で舌先でなぞられて、あ、と声をあげた。


「たか、やさん」


手のひらにキスをされて背筋がゾクゾクとする。伏せられた瞼が、頬に長い睫毛の影を落として、形よい眉と目のそのうっとりとするような造形にくらくらとさせられる。


「私で…良いなら…食べちゃって下さい…」


何を言ってるのか…!

と思いつつも、全ての事が由梨から理性を奪って行く。


「由梨、本当に可愛いね…」

左手の腕時計を外し、耳朶のイヤリングを外し、首から胸元のネックレスを外していく。貴哉の手はアクセサリーを外していくその度に敏感になっている肌にわずかに触れる。

その度に、由梨の体は小さな焔が灯されるように熱くなっていった。


なんて事ない行為のはずなのに、体の奥から疼くようにキュンとしてしまう。

見つめられて、自然と引き寄せられる磁石のように由梨の唇は貴哉のそれと合わさる。


しっかりとした腕に抱かれて貴哉の背に手を回した。

キスをするのも、この先にある行為も初めてじゃない。なのに…。

どうしていいのか、わからない…。


「由梨…息、してる?」

「…ドキドキしすぎて…死んじゃいそう…」


その小さな呟きに貴哉は笑って、由梨を抱き抱えると広いベッドに横たえた。


「俺も、ドキドキしてる…俺も、死ぬかな?」


ぎしっときしむ音をさせて、貴哉の顔が迫る。

両腕で頭を囲むようにされるキスに、うっとりとしながらそれを受け入れ続けた。


ゆっくりと時間をかけて由梨の反応を確かめつつ、身も心も開いていくような貴哉の優しさに甘い声をあげながら、彼を受け入れた。


「由梨…好きだよ」


髪を撫でられて、もう中毒になりそうなほど触れあった唇がキスをする。

それだけで由梨は蕩けるような気持ちになる。

「私も、貴哉さんが好きです…」


知り合ってから、2ヶ月足らず…。だけど、好きになるのに時間は関係ないのだ。


触れられるその手も、肌も、由梨を酔わす媚薬のよう。


(ずっと…こうして、一緒にいたい…)

そう思うのは、あまりに危険だろうか?



せっかくだから、一緒に入ろう、と言われたバスルームはとても大きくて、豪華で…。

しかも、貴哉の裸体は思わず見惚れるほどの美しい男性美で思わずしばらく見つめてしまった。


「触ってみる?」

「そ、そんな…」

「ふぅん?俺は…由梨のあちこちに、触りたいけど…」

そう見つめられて、のぼせそうになる。


「…恥ずかしいです…」


貴哉と比べると、本当に恥ずかしくなる。

どこからどうみても、不釣り合いにみえて仕方ない。


「…まぁ、そういう所も可愛くていいけど…」


ふっと微笑むその表情も色っぽく、心臓はもはや何年分も働いている気がしてしまう。


バスルームでも、貴哉に翻弄されてもはや許容範囲を越えて、恥ずかしさとそれに伴う悦楽に身も心も絶え絶えになっていった。


翌朝に目が覚めて、昨夜の事を思い出してそして、身悶えしたくなるのを必死に堪えた。


「おはよう…早いね。由梨は…」

「おはようございます、貴哉さん…」


うん、と貴哉はキスを軽くしてくる。


朝食は部屋でとなっていたので、由梨は照れながら貴哉の前に座る。


由梨は、休みにしているが貴哉は仕事だろうか…?

そう思うが、それを聞くのは現実的過ぎて聞きづらい。


貴哉とベッドを共にした今は、由梨の世界は本当に輝いて見えて…仕事なんて行かないで…なんてそんな事も口走ってしまいそうだったからだ。


「…はぁ…行くのが嫌になるな」


由梨の心を代弁するかのような言葉に、現金にも喜んでしまう。

「…貴哉さんたら…」


そして、貴哉の車に乗り駅まで送ってもらうと一気に現実がやって来る。


「由梨、また電話する」


走り去っていく車が本当に淋しくなる。


泣きそうになるなんて…どうかしてる…。

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