第13話

 夏も盛りとなり、寂しかった緑が燃えひろがる炎のようにケラファーンの大地をなめつくしていった。


 これみよがしに女たちは薄着になっていく。ついたてをすこしずらして行水をする下女のご愛嬌も、城の裏手の水場にいけばみることができた。もっとあからさまになると、ケラファーンをつっきって流れる川でニンフのように泳ぎまわる。


 川のほとりに茂る木陰から、夜の相手、うたかたの愛を語り合おうと男たちが品定めしあった。


 もしかすると、ハルコーンも悪友たちと肩を組みあい、ふざけ半分に木陰にひそんでいるかも知れない。


 かくいうケセオデールもついにハルコーンの目を盗んで、自分と年のかわらない従弟と船遊びに川のほとりにたたずんでいた。


 日差しは暑く、ほつれる髪が汗ばんだうなじにまとわりついている。それをときおり指先でまきとり、うわの空でほぐした。


 従弟は夫によくにた青年だった。よくよくみてみると、ハルコーンよりも美男。ハルコーンはあごのしっかりとした男らしい顔をしているが、従弟はすっきりとしたあごに狐を思わせる鼻筋。ハルコーンとともに焦がした雪焼けの赤い肌も、いまではやさ男らしく青白い。ハルコーンがいまだに焼けた肌であるのに対して。


 一緒に口実をもうけてきてくれた義妹は、すでにもう一方の男とともにどこかへかくれてしまっていた。


 川辺には底の浅い舟と、そして、従弟。


 渋る理由はなかった。ぎしぎしときしんで揺れる小舟に両足を突っこみ、すでに舟に座る従弟の足元にうずくまった。


 なにも話すことはなかった。ケセオデールは黙りこくり、水面に映ずる自分の輪郭をみつめた。


「応ずるとは思わなかった」


 浮ついた口調で従弟が口火を切った。


「我が従姉殿はもっとおかたいかたかと思っていたよ」

「そう」


 ケセオデールのそっけない態度に従弟は苦笑い、「あそびだよ、そうじゃないか。なんでなにもしゃべらないの?」


 ケセオデールは肩をすくめた。


「しゃべるようなことがあるのかしら?」

「あるさ、きみはぐちったっていいんだよ? 夫君とのあいだの気に入らないいざこざなんか、さ」

「あら、あたしとあのひとのあいだにいざこざなんかないわ。あなたの勘違いじゃないかしら?」

「あいつの妹から聞いたんだけど。だから、遊びに誘ったんだと」

「あの子は嘘つきだもの。あなただって、小さいころからあの子といっしょに育ったんじゃない」

「きみも嘘つきだよ」


 従弟はニヤニヤしながら、いった。


「ぼくのことなど興味がないといいながらげんにここに座っているし、いざこざなんかないといいながらあのうわさのことをすごく気にしてる」

「うわさなんて気にしてないわ」


 ケセオデールは正直にこたえたが、従弟にずけずけとしゃべらせておく気はさらさらなかった。


 ケセオデールは小舟のうえにわざとたちあがり、「よけいなことをまだいうつもりなら、この舟をひっくりかえすわよ」


 従弟はおもしろがって、舟をゆらした。


 ケセオデールは悲鳴をあげて、舟にしがみつき、従弟の悪ふざけを憎々しげににらみつけた。


「こわい目だなぁ、自分からひっくりかえすっておどしたんじゃないか」

「だからって、ゆらすことなんかないじゃない」


 従弟は声をたてて笑った。


 暑い日差しと上半身の筋肉を使う運動とで、青白い肌は赤く染まり、汗が薄い上衣ににじんでいる。どんなやさ男だろうとひきつれる上衣からうかがわれるのは引き締まった肉体。


 ケセオデールは横目で夫と見比べた。さしたるちがいはないと思った。


「暑いな」


 従弟はふきだしてくる顔の汗を手甲でぬぐい、おもむろに麻の上衣を脱ぎ捨てた。胸元に淡い茶の毛が密生している。緊張し、収縮する筋肉を惜しげもなくみせつけた。


 ケセオデールは一瞥をくれたのみで、その男臭さに、友人がいうような感情をいだきもしなかった。わざとみせつけているつもりなのだろう。


 小舟はケラファーンの森のすそにさしかかった。従弟が器用に櫂をあやつり、舟を岸につけた。川に足を突っこみ、音を立てて近くの木に舟をもやった。


「おいでよ」

「ぬれてしまうわ」

「どうせ脱ぐさ」


 無造作な誘い文句。どっちにしろ上品ぶってもしようがない。


 ケセオデールはドレスのすそとタイツと靴を水にぬらし、しずくをしたたらせて岸辺にたった。


 従弟はぐいとケセオデールの腰をとり、木陰へ引きずりこんだ。ぬれたドレスが足にからまり、ケセオデールは従弟の胸にのしかかるように転倒した。


 ささえるしぐさはすぐに抱擁にかわった。気のせく恋人のように従弟はケセオデールの胸元を引きむしった。小さな丸い乳房が上向きにあらわになり、従弟は飢えた犬のように顔をうずめた。


 なにかちがうものを感じるだろうというケセオデールの試みは失敗した。


 突きあげてくる振動は感じられるけれど、あの隆起した代物の存在は、自分のなかにはいってきたとたん、ふいに消えてなくなった。


 従弟のほてった顔つきとうめき声にあわせ、いまではすっかりうまくなったあえぎ声をもらした。

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