白鳥さんの言いなりになんてならない!(仮)

u-taroloveme

第1話



その視線に気づいたのは高2の夏ーーと、いうか、正確には時折肌寒い日もあったりする、梅雨真っ只中のある日。


その日も雨が降っていた。


「おい、爽太」


クラスメイトの斎藤一樹さいとうかずきが呼んだので、オレこと市川爽太は机に突っ伏していた顔をしぶしぶ持ち上げた。


「あ?」


「あ?じゃねーよ、やっぱ白鳥しらとり、お前の事見てっぞ?いい加減気づけよ、ったく」


そう耳打ちしてきた一樹は、教えてきた割に面白くないといった顔つきでオレに一瞥をくれた後、教室の後方に視線を移した。一方、言われた方のオレはというと、なぜ一樹がそんな態度を取るのかピンとせず、内心首を傾げながら後ろを振り返るーー



そしてその時初めて、親友が言った言葉の意味を身をもって理解したのだった。




目が合った。


大きな、黒目がちなネコ目とばっちり。


白鳥しらとり里緒菜。それがそのネコ目の名前。当然女で学年一の才女。泣く子も黙る美貌の持ち主、アンド金持ち。


(な、な何だ⁈)


びっくりして、慌てて視線を逸らすオレ。女に対して免疫ゼロという訳でもないが、さすがにコレはレベル高杉だろ…大体、何で白鳥がオレのこと……いや、好きだなんてまずありえないけど。


あり得ないんだけど。


しかし、頭の中では99.999パー否定しつつも、もう一度白鳥の方へと振り返る。バカ正直なオレの脳ミソとそれに素直に反応する健やかなカラダはどうにもならない。



そしてまたもや目があった。信じられない奇跡に、舞い上がりそうになる。


すっかり心臓バクバクのオレに、可愛らしく微笑み返す白鳥(巨乳)。




…天使がそこにいた。


(こ、コレは夢か⁈夢なのかっ⁈)



天使の誘惑にすっかり異世界トリップを果たしていたオレは、しかし奇しくもすぐに手厳しい現実に引き戻された。


「喝ーっ」


「ってぇぇぇ」


ゴンッという重量感のある鈍い音が響いたと同時に、何かやたらと硬い物の縁で後頭部を殴られうずくまる。



凶器は英語の参考書、そして犯人はーー


「鼻の下伸ばしてオヤジかよ?ってか、この前から白鳥、あんな調子だぞ。お前全く気づいてなかったけど、ためしに声かけてみりゃいいんじゃねーの?」


ま、せいぜい頑張れよと、寺の住職の如くオレに痛烈な一撃を与えた一樹は、予鈴と共にスタスタ席へと戻って行った。本気混じりだったのか、奴に殴られた頭の痛みはその後もなかなか取れず、ズキズキと痛む頭を抱えながらオレは放課後を迎える事となった。







(…だからって、いきなり今日とかじゃなくても良くね?)


頭の痛みも癒えてきた放課後の帰り道。


今日は一体何なんだ?と、思うほど、またもや奇跡とも言える偶然を前にして、オレは生唾を飲み込んだ。


約3メートルほど先に見える、薄いピンクの傘をさした女の子。少しの畝りもない、しなやかな黒髪の後ろ姿は確かに見覚えがある。

そう、あれは間違いなく、昼の教室でオレを見つめていた超ハイスペック天使女子、白鳥里緒菜だ。


雨の中、駅まで近道になる公園をオレ達は歩いている。大体の人が表通りに流れて行くので、公園には他に誰も居ない。そんなオレ達の目の前にはこれまた何とも都合よく、屋根付きの東屋が登場した。まるでドラマのようなシチュエーション。ここで声をかけなければ、監督(一樹)に大根ダメンズ認定食らうのはバカなオレでも容易に想像が出来た。



しかし、今になってよく考えてみると……


教室で白鳥は確かにオレを見てはいたが、その姿に照れや恋する乙女的な空気は感じられなかったような気がする。彼女には、何故か最初から余裕があった。


逆にオレの方がドキドキして、勝手にそんな状態に陥っていたのではなかろうか?



そう、勝手にだ。この時のオレは白鳥の企てていた「恐ろしい計画」も知らず、彼女の持つハイすぎるスペックに、マヌケな魚ばりに釣られ恋したのだ。口すらロクにきいた事もなかったのに。



最近人気の若手俳優(個性派)に似てるなんてウワサされたりもしたから、調子こいてたのかも知れない。


「し、白鳥…ちょっと、時間ある?」


気づいたら声をかけていた。



しかし、そんなオレの恋の予感は、その後すぐに無惨な形で崩れ去ることになる……って、だったら誰か教えてくれよ、本当に。







6月上旬の雨はまだ冷たい。


夏服に変わった制服は、見た目はそうでなくても地が薄いので、今日のような日は冬のズボンでも良いぐらいだった。デザインは同じなので、他人に分かる筈もない。


白鳥は大丈夫かなと、東屋の下、隣りにちょこんと座る彼女を見やる。チェックのスカートと紺のハイソの間から、少しだけ生足が露出している。その人間離れした白さにまずびっくりして度肝をぬかれた。


(大体、同じクラスでもこんな間近で見たことなかったし…この人)


美人なうえに才女なので、学年はおろか学校中で白鳥里緒菜の名を知らない者は多分いないと思われる。そんな高嶺の花は、クラスメイトとはいえオレにとっては別世界の人間だった。


なのに声をかけてしまった。応えてくれたのはいいけれど、この先の展開をどうしたものか…


考えあぐねていると、白鳥はふぅっと息をついてそのまま話し始めた。


「話って何?市川くん」


高めのトーンの可愛らしい声が東屋に響く。声色さえイメージ通りで、さらに彼女のスペックは上がる。


すげぇ完璧。文句なし。


そんな白鳥に促されて、テンションが上がってきたオレは漸く意を決して話し出す事にした。


「いや、なんか…白鳥がオレに話があるみたいに時々見てるって斎藤が言うからさ」


一樹を引き出してちょっと男らしさに欠けるような気がもしたが、変に繕うより、今までの経緯を素直に辿って正直に話すのが手っ取り早いと思ってそう切りだした。


すると白鳥は微かに頬を赤らめて、「あ…」と呟き、一瞬間を置いてクスリと笑った。


ああ、今日のオレは何回、この白鳥の微笑みに悶絶させられた事だろう。



「私…」


既にテンションmaxになりかけているオレの隣で、白鳥はゆっくりと話し出した。


「市川くんを見てたの。市川くんってぴったりだったから、私の理想の…」



「えっ…?」


あまりにストレートな白鳥の告白に、嬉しいというより驚きすぎたオレは言葉を失いかけた。

さしてイケメンでもなく、何の特技もない自分の一体どこが…と、聞き返そうとしたが、その疑問には頭の良い白鳥さんが勝手に答えをくれた。


「私の小説の主人公に。市川くん」


ハイ、来ました、ベストアンサー決定。


(へっ?)


それは予想外すぎる回答だった。全身から力が抜けそうになる。


「……な、なんだ小説って?2次元かよ」


「やだ、ちょっとねぇ、何だはないでしょう?」


期待ハズレの結末に、思わず本音を漏らしてしまったオレの言葉にカチンときたのか、白鳥はスクッとたちあがり、


次の瞬間、その可愛らしい口から天使のように透き通った声で、核爆弾級の大暴言を発射したのである。


「れっきとした清く正しいBL小説の主人公なんだよ、市川くんは!読者だっていっぱいいるんだからね!」


……ふむ、清く正しいBLか。ファンには悪いがその日本語、オレはおかしいと思うぞ、白鳥さん。



…って、突っ込む所はそこじゃないだろーがぁぁぁ!(汗)



「びっ…」


衝撃的な事実に声が上ずった。こんな事は初めてだ。


「オ、オレがBLの主人公⁈読者がいっぱいって、どう言う事だよ⁉︎」


辺りを気にしながらも、自分よりも20センチは小さい白鳥の肩をむんずと掴んで詰め寄った。


「あー….あのぉ。それはえーと」


その気迫に白鳥は慌てて視線を反らせる。反応からして、多分ここまでオレに暴露するつもりはなかったようだ。


お勘弁してくれよ、オレはれっきとしたNP、ノーマルピープー、それ以外何でもないのに!

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