随時編集中(タイトル)

月山

第1話 私の罪

 ある日私は彼氏の首を切りました。

 いや待って言い訳させてください。アレです。切り取り線に見えたんです。

 なんか寒いなあ、と思って起きたら隣で寝ていた筈の彼がいなくって。で、どうしたのかなあって。その日は休日で、まだ朝も早かったのに。まあトイレかキッチンかどっちかだろうと。で、探しに行ったんです。ほっといて二度寝するのでも別に良かったんですけど。寒くて、そういえばインスタントのココアあったなあって。探すついでにココア飲もうと、キッチンに行ってみたんです。

 彼はそこにいて、水を飲んでいました。

 ……私、その時きっと寝ぼけていたんですね。

 あれ? あの人首に切り取り線なんてつけてる…。

 そんなことを私思って。

 あの、ほら。

 線が入っているのだから当然そこで切るじゃないですか。だって切り取り線なんだから。しかもキッチンだから包丁が、刃物がすぐ傍にある訳でしょう? あっ、切ろう。って。道具もあるしって。

 だから、こう、勢いよく、スパッと。

 そしたら彼の首が落ちて。

 胴体も後からゆっくり倒れて。

 で、私。

 あ、殺しちゃったって。

 今まで何も私悪い事ひとつしてこなかったのに、そりゃもう、女性に石を投げたってキリストに怒られないレベルで良い人間であり続けたのに…。

 こんなうっかり、殺人なんて。

 恋人の命を奪ってしまうなんて。

 そうそう。

 切り取り線、彼の首についてるみたいに見えた線ね。それ。ネックレスだったんです。それも私が彼にプレゼントした。ネックレスを私、寝ぼけてて、首についた点線に錯覚して、だから包丁で。

 スパッと。


 …でも。

 でもね、気付いたんですよ私。人の首って、こんなあっさり切れるもんかなって。

 だって骨とかあるわけでしょう? それが何にひっかかることもなくスムーズに切れちゃった訳だから、おかしいな…と。

 それでよく見たらね。

 床に血なんて流れてない訳ですよ。

 彼の生首はやっぱりそこに転がっているのに。

 血の代わりに彼の首の切断面からは、カラフルな…綿みたいなのが、こぼれていたんです。これくらいの……大きめの飴玉くらいかな、そんな大きさの丸い綿の塊、それが幾つも、幾つも。ぽろぽろと。

 それでようやく私思い出したんです。

 この人は私の妄想の産物だったって。

 親にね。うちの親に私、早く彼氏のひとつでもつくりなさい、なんて。言われてたんですよ。よくある話ですけどね。彼氏をつくれ彼女をつくれ。どこの親もきっとそんな話するんでしょうね。

 で、まあ、だから。しかたない、よし、彼氏創るかー。と思って。

 妄想をね、したんですよ。

 恋人の妄想。

 子供の頃から、まあ何て言うか私、一人だったんですよ。いじめられてたとかじゃなくて。どうにも、人と仲良くするのが…苦手で。でも私、一人でいるの嫌ではなかったんですよ。一人で、本を読んだり、それから、妄想をしたり。昔から妄想は得意だったんです。得意…って言っていいのか分かりませんけど。でもしょっちゅうやってたから。空想の友達ならいっぱいいました。ああたとえばそう、てのひらサイズのピエロとか、部屋の隅っこにうずくまるおじいさんとか、首の長い猫とか。

 それでまあ、ね、妄想なら得意だからと思って。彼氏の一人くらいなら妄想でなんとかなるだろーと思って。

 創っちゃったんですよ。

 結構大変でしたね。っていうのは、ただ自分が見るだけなら適当な妄想でいいんですよ。自分さえ「それが居る」と思えれば。でも、そもそも親がしつこくてっていうのがきっかけだった訳ですからね。

 親に見せる必要があるんです。

 そうなると親に私と同じものを見てもらわなくちゃなので、いろいろ考えるんですよ。情報をね、小出しにしていくんですよ。さりげなく、会話に混ぜ込みながら、親に架空の彼氏の情報を植え付けていくんです。思い出したように付け足したり。そうたとえば親戚の子がちょっとヤンチャ盛りで髪の毛染めたりしてるらしいんですね? そんな話を聞いたら、

「ああそういえばあの人もよく頭髪検査ひっかかったって話しててね、ううん染めてないんだけど地毛が結構明るいっていうか、茶色っぽいから」

 とか言ってみるんです。

 すると親の頭の中で「娘の彼氏の髪は茶色」って情報が上書きされるんです。それを繰り返すんです。延々と繰り返していくんです。一気にべらべら「私の彼はこうでああでそうでどうでそれから云々」なんて言ったら不自然になりますから、少しずつ情報を与えるのが大事なんですよ。本当に、ふと思い出したように。

 そうそう、彼ったら忘れっぽいくせに変なタイミングでいつも思い出してて。この間のデートの時なんか、「あっそうだカフェオレ忘れてた」って急に言うから何かと思えば、一週間前に私が頼んだやつの事だったりとか。――っていう風に。

 忘れっぽい茶髪の彼氏のタイミングのおかしさを、こうして親と話すんです。

 そうそれで……だからそう、だからその彼氏の、首を切ったらって話でしたよね。それだけ苦労して創った彼を私切りつけちゃったんですよね。

 綿の事までは話しましたよね?

 で、冷たい風が吹いてきて。風です。キッチンに。窓が開いてたんです。彼が開けたんでしょうね。寒い日だったのに。なんでわざわざ余計に寒くなることをしたのか、本人は床に倒れていますから、まあそれは私が切ったせいですけどね、とにかくだから理由も聞けずに。でもきっと。

 外に出たかったんだと思います。

 だって彼の中にいた綿達がその窓から脱走してしまったんです。急にぶわっと、浮き上がったと思ったら、窓から外へ。飛んでいってしまったんです。

 そう。それで。そのせいで。

 私のせいでこの街は、おかしくなってしまったんです。

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