NEW PROJECT 『DW』 TEASER

玉屋ボールショップ

Prologue1『魂の記憶』

それは不気味なくらい無機質で、何も知らない人が見たら海月くらげを模した機械に見えるかもしれない。

 平べったいいくつもの穴が空いたプレートの下に何本もの導線が伸びている。


 しかしこれは動くわけでも、食べるわけでももちろんない。

 この端末は世間一般ではブレインBマシーンMインターフェースIと称され、脳信号を読み取りコンピュータなどの精密機器と人体の五感から来る情報を共有することのできる恐るべき機械だ。

 しかしこの『スピリットSデータDインターフェースI』は、コンピュータと情報を交換するわけでもなかった。いやむしろ外部からの干渉は全くと言っていいほど受けない。

 SDIは遺伝子データを使い、被験者にその遺伝子を継がせることのできる技術だった。


 ○


 ウォルター・トレノ博士は機械クラゲのように見えるそれの導線をまるで愛しい女の髪を扱うかのように撫でていた。

 これからSDIを使う人体実験を行う前で、他の助手は準備をしている。


 トレノがSDIの技術を発見したのは数年前だ。首席でアメリカの名門大学を出て、研究所で何も飲まず食わずで研究に明け暮れる日々を送っている最中で見つけた。

 まずは白ネズミの遺伝子を採取し、それからデータを抽出しもう一方の黒ネズミに機械として埋め込んだ。


 黒ネズミは白ネズミと同じ時間に起き、同じ時間に餌を食べ、同じ時間に寝ることがわかった。


 その後、黒ネズミは泡を吹いて死亡した。


 しかしトレノはそのデータを見た時、興奮を隠せなかった。


 もしこの技術を改良し、人体に埋め込むことができたら。


 もしそれが成功して、既に亡き者とされる人物の才能を蘇らせることが可能なら。


 そんな非人道的な野望に支配される自分にも驚いたものだが、彼は局員である友人の伝手で中央情報局にこの技術の話を持ち込んだ。

 恐ろしい技術だが、こいつの進化が見たい。その為には研究資金と世間から隔離された施設が必要だ。

 そう考えたのだ。


 CIA局長へのコンタクトを経て、そしてトレノはカルフォルニア州にある小さな研究所に移った。


 そこで色々な動物に同じような実験を施した。

 

 被験体のモルモットは自分の腕を食い千切り死亡。


 被験体のカラスは錯乱状態となった末、死亡。


 被験体のウサギは生存。


 被験体のイヌは生存。


 要するに研究結果がまばらで、これだけで人体実験を行うことはできなかった。


 その後、様々な試行錯誤を経て、遂に全ての実験動物を生存させることができた。


 そして今、念願のSDIを人体に埋め込む手術を行おうとしている。


「ドクター・トレノ。準備が完了いたしました」


 背後の助手に呼びかけられ、トレノは振り返る。


 ついにこの日がきたか。


 よろしい、と返事をして実験室に赴く。


 「自分はこれから恐ろしいことをしようとしている」という初期の頃に持っていた感情は一切なかった。


 ただあるのは胸の高鳴りと失敗への不安だけだ。


 実験室に入り、手術用のベッドに寝かされている被験者に向き直る。


 この男性は元米軍の兵士で、戦場で頭を撃たれ哀れにも廃人同然となってしまったそうだ。


 そんな人間を自分は今から有効利用しようとしている。


 そして上手く行けば、自分は数多くの人類の研究史に名を刻むことだろう。


 手元のSDI端末を見る。


「そのSDI……一体何の遺伝子データが入ってるのでしょう?」


 助手が聞く。


「昔存在した犯罪者のデータらしい。どんな人でどんな犯罪を犯したかは私は知らないな」


 トレノは正直に答えた。


「案外、貴重なデータだったりしてね……」


「そんなもの初の手術で使うかね?」


 トレノは笑いながら言い、気を引き締めた。


「では、埋め込み手術を行う」



 ○


 結局のところ、手術は失敗した。

 被験者は舌を噛み切って自害し、実験室を血で染めた。

 しかしトレノはこれくらいのことでは諦めきれなかった。

 最初から成功するものなどない。失敗を分析し、改善することが次なる一歩だ。

 そう思っていたのである。


 しかし熱に浮かされた彼はその後のことについてはまったく考えてなかった。


 この計画が成功し、後に軍事利用されることに。


 そして、その技術が世界を揺るがす重大な要素となることに。

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