第7話 2年後
「只今よりローランド・セキサン・タローの授賞式を始める」
王冠をかぶり真っ赤なマントを身に纏った男の前に筋骨隆々のイケメンが傅いている。
「貴殿はあのようなカッチカチの土地をもうすごいことしてこんなにも美味い野菜を作れるようにした。よってここに新たなる土地と爵位を与える。」
王冠をかぶった男…この国の王様から賞状をもらう筋骨隆々の男。
「ありがたき幸せです!このタローより一層努力していきたいと思います!」
筋骨隆々の男…タローが王様に誓いを立てる。そんなタローに一人の女性が走り寄る。
「こんなになるなんてタローさん素敵!結婚して!」
「はっはっは。サチ。今は授賞式の最中だぞ。困ったやつめ」
会場にいるイチ、ウッド、ジェイク、リカルド全員で笑っている。まるで夢のような光景である。夢のような…
「んが!………ゆ、夢か…」
布団から飛び起きたタロー。その体は夢のような筋骨隆々の男ではなく、まともに栄養も取れずにがさついてしまった肌。かろうじて残っているような筋肉に骨があるだけのなんとも悲しい体つきである。
日光を浴びに家の外に出る。ちょうど日が昇ってきたところである。家にあった照明用の魔具が壊れてからというもの日が昇ったら起き、日が沈むとともに寝る生活になっている。
「今日も行くか…」
タローは日課の水汲みに行く。現在タローの使える農地は1a(1a=10m×10m)しかない。のこりの農地は一切手付かずだ。
農地を耕したのは最初のひと月だけである。土があまりにも固く40cmほどの深さで掘ったのだが掘り起こされた土はどこも固く耕されている畑も土と石の塊がゴロゴロしているだけである。
そんな畑でも作物を何度も育てた。結果はどれも失敗。痩せた土地でも育つ作物を選んだのだがこの痩せすぎた土地では持ってきた肥料を使ってもまともに育たなかった。
そもそも肥料も良くなかった。本当は有機肥料を大量に持って行きたかったのだがかさばるため場所をとらない液体肥料…液肥を大量に持ってきたのだ。
液肥は即効性があるものの有機肥料のように長持ちせず水で流れていってしまう。
タローは枯れているのかも良く分からない今育てている作物を横目に森に向かって歩いていく。
タローはこの2年間毎日水汲みに行っている。はじめのうちは水を引こうと水路を掘っていたのだが小川では水量が足らず途中で水が全て地中に染み込んでしまった。小川までは片道10数分かかる。バケツに水を汲めば往復30分以上はかかるその道を日に何十往復する。
1aの畑全てに水を撒くとなると10回やそこらの水汲みでは足りないのだ。その上タローの畑は日当たりも良く気温もそれなりにあるのであっという間に乾いてしまう。
その日の時間のほとんどを水汲みに使う。空いた時間はその日の自分の食料探しである。
小川に着き今日も水汲みの第一回が始まる。バケツに水を汲んだところで運ぼうと取っ手を手に持った瞬間バケツの水に自分の顔が反射して映る。
その顔は2年前のようにふっくらとしたものではなくガリガリにやせ細って街の片隅にいる浮浪児と何一つ変わらない。
百姓貴族になると夢見たあの頃を思い出す。自然と涙が溢れてくる。今まで我慢していたものが決壊して全て溢れ出した。久しぶりに声を出して泣いた。
ひとしきり泣いたところで自分の中で答えを出す。もう街に帰ろうと。自分には大きすぎた夢だったのだと思い諦めようと。
大きなため息をついた時背後の草むらから音がした。何かと思い振り返るとそこには緑色の皮膚をした…一度殺されかけた相手、ゴブリンがいた。
「ギャギャギャ!」
背後から現れたゴブリンは3体。万全の状態でも勝てないのに今はこんなにもガリガリにやせ細っている。恐怖で体が動かない。
ゴブリンと目があう。するとニタァっと凶悪な笑みを浮かべる。それを見た瞬間手に持ったバケツを放り出し畑とは反対の方向へ走り出す。
「はっ…はっ…はっ……!」
タローは一度も振り返らずただ走り続ける。恐怖で体の動きがまだぎこちないがそれでもただひたすらに走り続ける。
いったいどのくらい走ったのか分からない。まだ追ってきているのかも何も分からない。それでも走り続ける。
もう足が動かないがそれでも移動していた。その時何かに足が引っ掛かり転ぶ。受身も取らなかったので顔面から勢い良く倒れたがそれでも自分の走ってきた方角を確認する。
そこにはゴブリンも何もいなかった。
自分の安全が確認できるとその場に倒れ込み息を整える。そういえば久しぶりにこんなに走ったなと思ったら訳も分からず笑ってしまいそうになる。が、笑いをなんとか堪える。おそらく先ほどのゴブリンは自分の泣き声で集まってしまったのだと考えたらここで笑い声を出すのは危険すぎるからだ。
倒れこんでからなん分経ったのか全くわからないが息も整ったし来た道を戻ろうとする。ただその前に足を引っ掛けた原因を探すことにした。別に気にすることでもないのだがなんとなく腹が立ったというのが理由だろう。
タローが倒れこんでいた場所から数歩手前の位置を探しているとそれらしき段差を見つけた。
お前が転ばせた原因かと何度か蹴飛ばしてやる。そんなことをしてもなんの意味もないのだがただの気分的な問題だ。蹴飛ばしていると若干動いたように感じた。なんとなく気になってしまった。本当になんとなくだ。蹴飛ばしたところを触ってみる。
蹴飛ばしていたのは石のようだった。しかしそれは森の中にあるには不自然のようなとこか人工的に作られたような平たい形をしていた。
タローは蹴飛ばしていたものを掘り出してみる。指先が若干痛いが気にしない。なぜだかわからないがそれをどうしても掘り起こしたくなったのだ。
なん分経ったかわからないが掘り出すことに成功した。それは30cm四方ほどの四角い石板だった。思わず唾を飲み込む。もしかしたらこれは過去の遺産でとんでもないほど価値のあるものがあるかもしれないと思ったのだ。
金銀財宝を期待しながら石版を持ち上げる。タローのドキドキは止まらない。
石版を持ち上げるとその下には薄汚れた何かの皮の袋が入っていた。それを恐る恐る取り出しいざ開けてみるとそこには何かの魔法陣が描かれた丸い結晶と種が入っていた。
金銀財宝ではないことに若干の落胆はあるがこの何かの魔法陣の描かれた結晶が気になってジロジロ見て触ってみるが何の変化もない。
「何だよこれ…ただの石ころじゃないだろ?まあいいや種の方見てみるか」
手に持っていた結晶を地面に放り投げ種を見ようとする。結晶はコロコロ転がった後止まると魔法陣が光り出し映像を投影した。
『あ、あー…ゴホン。それでは始めるぞ記録はちゃんとできておるな?それでは第3回農業講座を始めるかのぉ。』
投影されているのは一人の老人である。頭はハゲており皺だらけのどこか優しそうな老人である。
だがタローはその老人を見た瞬間ものすごい量の汗が出てきた。先ほどまで走っていた時よりも多いくらいの汗である。
タローはその老人を知っていた。嫌という程知っている。と言うよりタローでなくてもこの老人を知らない人間などいないだろう。
緊張のあまり声が出てこない。その上涙まで出てきた。感動のあまり何をしていいのかわからないのだ。
やっとの思いで声を出す。それは今が夢ではないという確認を込めて、これが現実ということを理解するために。
「タナカ…イチロー…」
タローがやっとの思いで声に出したのは投影されている老人の名前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます