9-完.やったね すごい包丁を手に入れた!


 モンスターのウルトを引き出す。

 それは倒すよりも厄介なことだ。


 やつらにとってウルトは命綱に等しい。

 これを見切られることは、すなわち死を意味する。


 だから初撃を外せば、キメの瞬間まで温存する。

 それを引き出すためには、こちらから隙を見せる必要がある。


 それでも美雪ちゃんの盾がある以上、なかなか撃ってはくれないだろう。


 ――なら、使わざるを得ない状況に追い込む。


 おれは盾を前に突き出し、剣を持つ右手をぐっとうしろに引く。

 突きの構えのまま、カマイタチの攻撃を迎え撃った。


 斬属性のスキルは強力だが、その性質上、どうしても軌道を読まれやすい。

 右腕の鎌で仕掛けられた攻撃は、おれの予測通りの動きで盾の表面をかすめた。


 その瞬間、おれは盾でその鎌の軌道を弾く。

 予想外の衝撃にやつはバランスを崩した。


 その脇腹が、剥き出しだった。

 表面を削るような軌道で、剣を突き出す。



『――――ッ!?』



 カマイタチの悲鳴とともに、鮮血が散る。


 捉えた。


 あとは――徹底的にやる。


 おれは息をつく間もなく身体を反転させた。

 やつの背中に向かって、同じように刺突の連撃を浴びせる。


 それはやつの身体の表面を削りながら、確実に体力を奪っていった。


「――マキ兄! ウルト来るよ!」


 美雪ちゃんの声とともに、おれは彼女の防御エリアへと飛び込んだ。


 その瞬間、カマイタチが無我夢中で大鎌を振り回した。

 それは無差別に風の刃の生み出し、壁や地面に痛ましい爪痕を残していく。


 ――が。


『ぐ、グルルル!』


 ウルトの乱発により、やつの身体に反動が襲い掛かる。

 痙攣しながら硬直し、やつはおれへと憎しみの目を向けた。


「主任、いまです!」


「待ってましたあああああああああああああああ」


 美雪ちゃんのブーストで強化された主任の一撃が、その脳天を切り裂く。

 カマイタチは断末魔を上げることもなく、その場に倒れ伏した。


「……ふう。やったねえ」


 やつのハント完了を確認し、美雪ちゃんが拡張を解除する。


「素材はどうする? うちで換金してもいいよ」


「そうだな。モンスター核と、この両腕の鎌だけいただこう」


「風属性の鎌かあ。加工屋に出せば面白い装備になりそうだね」


 おれたちが話していると、主任が吠えた。


「それよりも!」


 主任がわくわくしながら走っていく。

 その先にあるのは、当然ながら宝箱だ。


「いったい、どんなお宝かしら!」


「あー。あんまり期待しないほうがいいと思いますけど……」


 とはいっても、主任は初めての宝箱だからな。

 期待するなっていうほうが無理か。


「開けていい? ねえ、開けていい?」


「ちょっと待ってください。まずエコーで中を確認します」


 おれは宝箱の内部へ探知スキルを放つ。


 この形状は、まさか……。


「……モンスターではなさそうです」


「よーし!」


 主任は意気揚々とそれを開けた。


「ねえ、マキ兄。浮かない顔だけど、なにが入ってたの?」


「いや、それが……」


 視線を向けると、主任が固まっている。

 恐る恐る、それを取り出してみた。


 それは多少、向こうとは形状こそ違うが――。


「お、お鍋?」


「…………」


 美雪ちゃんも覗き込んだ。


「うわ、すご! キッチン用品が一式そろってる!」


 包丁らしきナイフを取り上げる。


「軽っ! でも錆びてて切れなさそう」


 あとはフライパンにお玉に、とにかくいろんなものが詰まっていた。


「…………」


「あの、主任?」


 返事はない。

 彼女は呆然とお鍋を取り落とした。


「牧野!」


 振り返った彼女の目には、大粒の涙が溜まっている。


「宝石は!? すごい武器は!?」


「ありません」


「誰もが驚くレアアイテムは!?」


「ありません」


「なんでこんなもんが入ってるのよー!」


「むしろよくあります。みんなの夢見る金銀財宝なんて、全体のほんの1%くらいのものです」


 だいたいはまあ、謎のガラクタとか腐った薬草とか。

 下手をすれば生物の死体が入っていたりもする。

 むしろ、ここまで用途のはっきりしたものなんて運がいいくらいだ。


「まあ、よかったじゃないですか。主任、料理するんでしょ? 向こうできれいにすれば使えますよ。ハハハ……」


 主任がキッと目を吊り上げた。


「次のフロアに行くわよ!」


「行きませんよ! 帰ります!」


 だいたいビルが閉まるまでに出なきゃ、オフィスで夜を明かすことになってしまうじゃないか。


「ほら、素材と宝箱の中身を持って!」


 おれはエスケープを発動し、青い魔方陣に主任を放り込んだ。


「こんなのいやあ――――!」


 主任の嘆きが、この風の谷に響き渡った。



 …………

 ……

 …



 静岡、某所。


「それじゃあ、行ってくる」


 わたしは荷物を抱えると、タクシーに乗り込んだ。


「女将さま、お気をつけて」


「あぁ、宿はよろしくな。なにかあればすぐ戻るから」


「お任せください」


 タクシーがゆっくりと走り出す。

 ほんの気まぐれで始めたものだが、この本拠地ホームにもずいぶん愛着が湧いていた。


 少なくとも、こうやって離れるのを寂しいと思うくらいには。


「……ん?」


 すると、わらわらと仲居たちが出てきた。


 見送りか?

 そう思っていると、やつらは一斉に叫んだ。


『じゃあ、お婿さん期待していまーす!』


「…………」


 タクシーの窓を開けた。


「そういうんじゃねえって言ってるだろ!」


 きゃーっとやつらが騒ぎながら仕事に戻っていった。


「まったく……」


 わたしはポケットに手を入れる。

 取り出したのは、先日、海外から届いたエアメールだ。


 それを読み返しながら、ため息をついた。


「……なんで今更、あいつが来るんだよ」

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