祓魔師は人妖の間にて揺れる。

悠夕

第1章 『プロローグ』

第1話 『男の暴走と楓町』

 蝉の声をバックに、赤々と色をつけた楓の木が風に揺れていた。

 その木はかなりの大きさを誇り、下から見上げてしまえば見上げすぎてひっくり返ってしまうほど。天を衝く、というのはまさしくこの事だろう。

 それほど大きな木が町を囲うように4本。どっしりと根を下ろし、佇んでいる。

 街中を行く人のひとりがその木を見上げ、『どこにいても見えるな……』と呟く。

 またある人はその木を横目で見やり、すっかり見慣れたものだとどうでも良さそうに欠伸をひとつ。

 またある人は電話相手に謝るので精一杯で気にする暇もなく、またある人は頭部に生える猫耳であたりの音を探るので精一杯だった。


 そう、頭部に生える猫耳で。


 周りの〝人間〟とは一風変わったソレを、気にする者は居ない。

 なんて言ったってこの街、楓町では当たり前のことなのだから。


 一度異分子に気づけば最後。他にも街中を歩き回る異分子の数々に目を惹かれ、そして慣れていく。

 雪女、座敷わらし、子泣き爺に猫娘にぬらりひょんエトセトラエトセトラ。数々の妖怪と人間が共に暮らす街だ。

 そんな街に、またひとつ異分子の影が。


「……えっ、何故ですか。相手は交戦状態……しかも、手に持ってるのは例の薬です。祓魔師育成学校校則、第四条『退魔刀の所持、利用について』に違反するわけでは……」


 ビルとビルの間。路地裏にて、何やら太いパイプの陰に隠れる2つの影。

 ひとつは制服を身に纏った男であり、もうひとつは同じく制服を身に纏った女だ。

 女は何やら新型のスマートフォンに向かって焦ったような声を上げ、対して隣の男は何やらウズウズと手を開閉させている。


「ああ、もうめんどくさい。退魔刀使わにゃいいんだろ? わかった、別にあんなのなくても構わねえ」

「待ってください澄人すみとくん。貴方、また余計なことを────」


 澄人、と呼ばれた男がパイプの陰から駆け出す。

 女は澄人を呼びながら手を伸ばすも空を掴み、止めることは叶わない。

 とうとう澄人は、視線の先にいる男────何やら挙動不審のソイツへと駆け寄りながら、背中に言葉を投げつけた。


「祓魔師育成学校極東第二支部、二年第六班の化音かのん 澄人すみとだ! 校則第二条……あれ、第三条だっけ? まあいいや。校則に則って、おまえを拘束させてもらう!!」


 言い終えて、得意げに胸を張りながら右の人差し指を男の背中にビシッと向ける澄人。視界の隅でツレの女────天野あまの 天音あまねが項垂れた気配を感じたが知ったこっちゃない。

 天音が項垂れたのと同時に、視界の先にいた男が澄人の方へと振り返る。男は何やら目を見開くと、手に持っていた錠剤のような何か……それが無数に入った瓶を強く握りしめた。

「くそッ、クソ! 育学の生徒に見つかったか……この薬があれば、俺だって妖怪の連中に……!!」

「やっぱそれは例の薬だったか、オマエ。ささ、いいからさっさと観念して大人しく連行されとけ。じゃないと────」

 相手が何か行動を起こす前に、と。澄人が屈み、右手を大きく振り上げる。そして、


「────加減、できねぇぞ!!」


 高らかに声を上げたのと同時。振り上げた澄人の右腕が弾けた。

 正確に言えば弾けたのは右腕の袖だ。原因は澄人の右腕の質量が変化したことにある。

 ふたまわり程膨れ上がった右腕には見違えるほどの筋肉が蓄えられ、長さも腕一本ほど増加している。そして何より特徴的なのは真っ白な体毛だろうか。

 人間ではありえないほどの量の毛が、まさしく犬や猫────人間以外の獣のように、妖力を纏った風に揺れている。

「……ら、ぁ!!」

 そしてその腕を振りかぶったまま、強く地面を蹴り飛ばす。


 それからは一瞬の出来事だった。


 人間離れした脚力で一気に男との距離を詰め、振り下ろされた澄人の拳は男の胴体とそれを庇った右腕にクリーンヒット。

 鈍い音を立てて吹き飛んだ男は地面を三度ほどスーパーボールよろしく跳ねて行き、遥か先の地面で動かなくなってしまった。

 そんな男を眺めつつ、長く鼻から息を吐き出すとドヤ顔で天音を見つめる澄人だが、


「よし、いっちょあがり。この前より加減はしたはず────」

「はい、聞いての通りです。どっかの糞虫が勝手に行動をとり、勝手に解決したので。迎えの車をよろしくお願いします」

「誰が糞虫か!? ヤク持ち捕まえたんだからもっと褒めてくれてもいいじゃんかよ!!」


 天音の冷たい言葉に、ぴしゃっと言葉を遮られてしまった。

 スマートフォン片手に、天音がどこか遠い場所を見つめる。

 憂鬱気な天音の隣で頭をボリボリと掻き毟る澄人は、この後ちょっとした地獄が待ち受けているとは────まだ、知る由もない。

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