だいさんわ
テスト終了の合図と共に、溜息があちこちで零れた。
クラスメイトたちは、自分の席に戻っていく。
名前の順が崩れ、同じ制服を着た似たような人たちが動いていた。死んだーとか、ムリーとか聞こえるけど、いや筆箱忘れた俺よりはいいだろ……。
まぁ、テストなんて終わってしまえばこっちのもんだ。
お腹が空く4時間目のテストまで、終了だ。世の中の学生にとって、今この瞬間は素晴らしい。
だから、俺は行くぞ。
まだ隣の席にいる。シャーペンと消しゴムを貸してくれた彼女に、声をかけるんだ……!
「よっ、よしおかさん!」
はっ! 言えたぞ…!
おおおおお!!!! 俺すげえ。
テストも一応解けたし、あとは吉岡さんに声をかけて、全力でお礼を言うだけだ。
ああ、なんて俺はついているんだ。今日は素晴らしい一日だな。神さま仏さまありがとうございます。俺を支えてくださりありがとうございます。心から。
よし、ここまで来たんだ。イケメンにシャーペンを返すぞ。
「私ですか?」
「はい?」
「私、ですよね……」
吉岡さんはそう言って、俺を見つめて、すぐに目を逸らした。言いにくそうに俯きがけで、小さな口を開く。
「吉田、ですけど」
……ヨシダ???? え、誰やねん。
人違い? もしや、違う人に声をかけてしまったのか?
そんなバカなことあるかよ。だって同クラだぞ。
……いや、俺はまだクラスメイトの名前も覚えていないから、そうかもしれない。そうだ、人違いだ。
やばいやばいやばい、俺の失敗がバレてしまう。今のところ気づかれたのは吉岡さんにだけなのに、これ以上広まるとクラス中に知られてしまう。
そうするとアレだ、凶悪な越前にもバレてしまう!
困った。これはダメだ。
「ああ、いや、黙っててくれ!!!」
お願いだ。このことは誰にも言わないでくれ。学校に来れなくなってしまう。首を吊ってしまうぞ。
手を合わせて腰を折って、俺は今ひどく不格好な状態だ。クラスメートの視界にも思いっきり入るだろう。いやでもそういうことを言っている場合じゃない。
「……なんですか? シャーペン貸してあげたのに、黙れとかって」
「え、」
「返してください」
彼女はそう言って、手からシャーペンと消しゴムをとっていった。
温厚そうな彼女のイメージはひっくり返った。女子らしい高めの声で言葉を吐いて、俺に背を向けた。
少しぽかんと考えて、いや、しばらく経った。給食の準備をしている教室の中、俺はずっと突っ立っていたんだろう。
テスト中、シャーペンを受け取るとき、ちらっと彼女の横顔が見た。一瞬だったけれど、間違いなくさっきのヨシダさんだったと思う。
長めの黒髪、目元の泣きぼくろ。
分かったような気がする。回路が出来て豆電球がぱっとついたような感じだ。繋ぐのは、難しい。
貸してくれたのは、『吉岡さん』じゃなくて『吉田さん』なんじゃないか?
俺があんまりバカだから、名前を覚え間違えていたのかもしれない。
いや、そうだ。有り得る。有り得るぞ。
そうだとすると、なんだ。俺は、シャーペンを貸してくれた人に対して、なんて言ったんだ。えっと、黙れと言ってしまったことになるのか、そうか……。
え、待て。おい。それって……最悪じゃないか?
だって、だってだぞ。先生に見つかるリスクを犯してまで俺に貸してくれたんだぞよしおk、いや、ヨシダさんは。
なのに俺は勘違いをして、……
……あああどうしよう!!? はやく誤解を解かなければ。今は? だめだ給食だ。昼休みか? 授業前にでも少しだけ…。
「おい菱田、何してんだ」
「え?」
給食隊長に言われるまで、俺はどうやらずっと立ちっぱだったようだ。我に返って、席へ戻った。汁物から湯気が見える。
バカみたいだ。
クラス中から、視線が刺さる。
俺が変なやつなのは、別に今に始まったことじゃない。もう慣れているはずだ。
いっただきまーす。周りの声が聞こえないようで聞こえて、今日も今日とでおかわりジャンケンが始まった。
湯気……キミはどう思う。俺はどうすればいい。
——謝んなよ? ( 脳内再生湯気の声 )
ああ、そうか、キミもそう思うかい。
そうだね、俺も同じ意見さ。
でも、なんだ? なんて言うんだ。ヨシダさんにどう言えばいいんだよ。貴女のお名前を間違って覚えていたとでも言うのか。
そんな失礼なこと、言えるわけねぇだろ……。
でも、このまま嫌な気持ちを引きずるのは良くない。俺以上に、彼女の方が不快なはずだ。
傷ついて、ないかな……。
給食のカニクリームコロッケが美味しいから、なんだかやる気が出てきた。
やる気は湧くのに、言葉は出ないし足は動かない。
今だけでいい。神さま仏さまご先祖様。
俺に、コミュ力というものを……
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