【連載凍結中】リビングデッド・ユースカルチャー
黒岡衛星
1.あたしはゆうれい
ねえ、きみ。
いや、何も「桜三月散歩道」を歌おうってんじゃなくてさ。って、知らないか。知ってる? どっちでもいいや、とにかくね。
そこの、きみ。
わたしは、きみに話しかけてるんだ。
きみがどういう人間、なんなら人間じゃなくてもいいけど、ほら、もしかしたら未来ではロボットやイタチが読書しているかもしれないのだし、いやそれはいいんだけどさ。どうしてこの物語を、どうやって読んでいるか、わたしは知らないし、知ることができないし、たぶん、それで問題ない。でも。
お互いに、そう、お互い。少しでいいから、愛着を持ってこの物語を終えられたらいいな、って思う。
そのときには、成仏できてると、いいな。
成仏。
ほら、そこ。男女。いるじゃない? カップルかどうか……は微妙なところだけれど、とにかくあの二人が埋めてるのが、わたし。
もう、死んでるんだ。――この物語が始まる、少し前に。
物語と現実のはざまで幽霊になってしまったわたしが目をつけたのがきみ、ってわけ。
自己紹介、いる?
たぶん、わたしよりもさっきのふたりのこと、ふれておいたほうがいいかな。
まず、女の子のほうが、わたしの妹。『目下木曜』。
そして、男の子が、幼なじみで、わたしの恋人だったひと。『道標確太』。
このふたりに殺されたんだ。今まさにそこで埋められてる。
でも、それはこの物語とは関係がない、っていうか、本編じゃないっていうか、とにかく。
これは、わたしがきみに語って聞かせる話。たとえば。
わたしがあのふたりに割って入ること、だってできる。わたしは『幽霊』の『語り部』として、きみとあのふたりをつなぐ。
だけど、それはもう少しだけ待ってあげてから。いま、まさにわたしを埋めているいま、ふたりの前に出ていってしまったら驚かせてしまうでしょう? いや、どんなタイミングで出たとしても、ってのはわかるけど。でも、やっぱりいま埋めているものが目の前にいる、ってのは怖いだろうし、自分達はなんのためにいまこの作業を? って思うんじゃないかな。
でも、もっと怖いのはそのあと。
ふたりはずっと、怯えながら暮らさなきゃいけない。わたし、の影に。警察に。己れの罪、に。
だから、安心させてあげるの。確かに、埋めたはずなのに、って驚くかもしれないけれど、でも、自分達のしでかしたことがある種の未遂で終わったことに、きっと安堵する。
あっ、ほら。終わったみたい。一見、不自然なこともないし、このまま見つからないで済む、かな?
確太くんの車にふたりで乗り込んで、ドライブ。事故に遭わないか心配。でも、そうしたらこっちに来て会える、かも?
わたしはふたりが好き。木曜も、確太くんも。わたしを殺そうとした、殺したその気持ちまで含めて。だからふたりには幸せになってほしい。でも、同時に、なんていうのかな、意地悪? 悪戯心? ただでそうはさせないみたいな、いや何もしなくてもふたりの未来は暗かったんだろうけど、そこに油をまいて火をつけてみるようなことがしたかった、なんて危険な思想かな? まあでも、喩えるのは自由。ただの幽霊に、この手にすくえるものなんて何にもない。現れてみせるだけ。
帰ってきた。確太くんの家。お姉さん、外泊は感心しないな、ってもちろん冗談だけど。恐怖でくくってしまっていいのかな、とにかく青ざめた感情で真っ白な木曜と、落ち着けようとして必死な、やっぱりちょっと青い確太くん。一杯だけ水を飲んで、ベッドに入り込む。
こういうところを覗くのって趣味悪いかな? じゃあ、そろそろ退散するとして。
さ、いつ頃に顔を見せたらいいものかな。
こういうのってほんと、気をつかうよね。明るくなっていきなり『きのうはおたのしみでしたね』ってわけにもいかないし。いや、さっきあんなこと言ってたけど、流石にね、わたしそんなに性格悪くないよ、って自分で言うと信ぴょう性ないかな。
ま、いいや。
「よっ」
片手を上げて、なんか、寅さんとかああいう? さも長旅から帰ってきましたよみたいな、気さくな感じでふたりの前に現れてみる。
わたしの姿は背後まで透けていて、もちろん足はない。
大声をあげて漫画みたいな騒ぎにするかと思ったけど、案外と冷静なふたり。けれど、やっぱりザ・恐怖って感じの顔で、おお、ホラー映画の主演いけるじゃん、なんて思いながら、というか口に出してけらけらと笑っていたら、木曜が気を失った。緊張の糸をばっさりやってしまったというか、理解を超えてしまったというか。確太くんはけげんな目でこっちを見てる。
「彼女相手にその目はどうなの?」
彼も、処理が追いついていないみたいだ。書きかけの文章をバックスペースで消すみたいな、何かを言いかけてはやめるのが続く。
「とりあえず、木曜を運んだげてよ」
ああとかなんとか小さくつぶやいてそうする様子を、ただぼんやりと眺めている。
「本当に、本当に閏?」
「もちろん」
あ、閏、ってのはわたしの名前。うるう年、の閏。
「証拠は、とか言わないでね」
「認めたくない、けど」わかる、なんとなく。話し方、雰囲気。「あの頃のまま、だ」
「ふふ。もう一回、殺す?」
「勘弁してくれ。……それで、閏は僕らをどうする気なんだ?」
「特に何も、って言ったら信じてくれる?」
「いや」
「でもね、けっこう本心からそうなんだ。ふたりを放っておけなかったっていうかさ殺されてもなお、ふたりのその後が気になったっていうか、いや別に、末代まで祟ってやるとか、そういうのじゃなくてね?」片方、ウチの家系だし。
でもやっぱ、こういうの、難しいよね。
きみは、ある? 何もしないから、って言って、それを証明しなきゃいけない、なんてこと。けっこうありそうな気がするけど。
ま、口だけのことだってそりゃあるだろうし、自分が逆の立場だったら、とか思っちゃうけどね。確かに。
どのみちきみはわたしになんにもできないし、逆もそうだし。ってこれは確太くんに言ってあげるべきだったか。
「安心していいよ。わたし、なにもできないから」
「じゃあ、なんで出てきたんだよ」
ちゃんと、説明してあげなきゃ。さっききみに言ったことを、オブラートに包んで伝える。良薬口に苦し、でもいくらか呑みやすいでしょ。
「正直に言ってね。……安心したんじゃない?」
「どうして」
「だってわたしがいるから。あなたが、あなた達が殺したはずの人間は、ちゃんと生きているから。――殺さずに済んだから」
「それは……」
自分の彼氏を褒める、ってのもなんか恥ずかしいけど、あ、わたし死んでるから元彼? もう木曜と付き合ってる? とりあえず黙ってる姿はそこそこいけてるかなー、なんてことをぼんやりと思う。別に、顔がいいから選んだわけじゃなくて、なんかね、少女漫画みたいだけどね、選ぶっていうかそのままだったんだよね。ずっと一緒に居たから。だから。
「わたしを取り除きたい、殺してしまいたかった気持ちだって、わかるよ」
「閏に」
それだけ言って、確太くんはまた口をつぐむ。きっと、自分には言う資格がない、とかそんなことを思っているんだろうけど。
「なにがわかるって? わかるよ。誰よりも一緒にいたんだもの」三人で、ね。
自分も同じ立場だったら、なんてこと、確かに慰めの定番かもしれないけど、言わない。実際、やらないかもしれないし。
「ほら、触ってごらんよ。昔みたいに」
すかっ、といい音がしそうなぐらいに空振る。
「じゃ、今度はこっちの番ね」
同じようにすり抜けてみせる。
「わたしにできるのは、こうやって語りかけることだけ。喋ること、だけ。これが、あなた達がしたこと。でも、それはとっても都合が良かった。お互いにとって」
こうして、きみに話しかけることができるのも、ふたりのおかげだし。
「だから、気にしなくていいよ、って言ってもね、流石にね、感触の生々しさとか、忘れられないとは思うけど。とにかくわたしはわたしで、これまで通り、かはわからないけど、あなた達に付きまとったりまとわなかったり、する」から。
つまり。
「これから始まる新しい生活は、変わらないってこと。でも、罪の意識は少しだけ軽くなったってこと」
木曜にも伝えておいてね、と、それだけ言って、消えた。目が覚めるまで待っているか迷ったんだけど、きみを退屈させてしまいそう、だったし。
ねえ、きみ。
少しは、興味持ってくれたかな? これが、わたしがこれから話す物語の、ハジマリ。できるかどうかもわからない成仏を目指しながら、ふたりの幸せを願いながら、きみに向かって喋り続ける。
どう、かな。
よかったら、よろしく、ね。
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