俺色に染めるぼっちエリートのしつけ方 著:あまさきみりと

角川スニーカー文庫

プロローグ①

「入学したときから、東雲しののめくんのことが好きでした! 付き合ってください!」


 俺は放課後の教室で告白されて──快くOKした。俺こと、東雲甲しののめこうは同じクラスの七海ななみさんと恋愛関係に発展。つまり、恋人同士になったんだ。

 色恋沙汰は広まるのが早い。翌週には俺と七海さんが通う上井草高校中に話が知れ渡り、


「マジかよ⁉ 七海ちゃんは俺が狙ってたのに……」

「ワタシたちの東雲くんがぁ……」


 東雲ロスと七海ロスが同時に発生。

 大量の恋愛難民による阿鼻叫喚のユニークな光景となったのだが、誰もが「太刀打ちできない」と話す。それだけ、二人は理想的すぎる恋仲ということなのだろう。


 俺から見ても、七海さんは群を抜く可愛さを持っていると思う。ロングヘアーの毛先を遊ばせて、オシャレにも敏感な今どきの女子高生。

 常に振り撒く天使な笑顔は、男子連中を「ああ〜、生きててよかったぁ〜」と恋に堕とす堕落魔法らしい。

 昼休みに至っては、七海さんが女子友達から「これからイチャイチャしまくりじゃん! 爆発してしまえーっ!」などと、祝福を込めたイジリの洗礼を受ける。

 噂によると、七海さんは男子が実施した『付き合いたい女の子ランキング』堂々の一位とか。まだ入学して数ヵ月しか経っていないにも拘わらず、だ。


「わたしたち、注目浴びちゃってるね。恥ずかしいなぁ……」

「そんなに気にすることないって。それより、昼飯はまだでしょ? 一緒に食べようか」

「うん!」


 まだ遠慮がちな七海さんの手を取ると、彼女も頬を赤く染めながら、俺の手を握り返してくる。学食に移動した俺たちは、お互いに向かい合って着席。

 七海さんが作ってきてくれた手作り弁当を広げた。

 卵焼きやハンバーグが添えられたオーソドックスな弁当は、彩り豊かで食欲をそそる。


「うん、美味しい。七海さんは良いお嫁さんになれるよ」

「ほ、ほんと? よかったぁ。男の人にお弁当を作るなんて初めてだったから、ドキドキだったんだよ」


 俺が食べ始めたことに安心したのか、七海さんも自分の弁当へ箸を付けた。相変わらず緊張しているらしく、唇の縁にご飯粒が付いていることにも気付いていない。


「──って、お嫁さんはまだ早いよね⁉」


 ツッコミがワンテンポ遅いのがイイね!

 僅かに隙を見せる無防備さも、男心を擽るんだろうなぁ、と微笑ましくなった。


「七海さん」

「え、なに──」


 俺は顔を近づけながら、七海さんのご飯粒を人差し指で優しく拭い、自分の口へと運んだ。彼女の愛らしい顔が、みるみるうちに完熟していくのが分かる。

 パスタと絡めたら、ナポリタンを作れてしまいそうなほどだ。


「──あ、ありがとう。でも、恥ずかしいとこを見られちゃったね……」

「そういうところを含めた七海さんが好きなんだけどな」


 あまーーーーーーーーーーーーーーーーーい! という声が、学食のどこかで響いた。

 周囲の視線が集まりすぎて、もはや公開処刑に等しい。


「コウくんってさ、かっこいいし優しいし……他の女の子に取られないか心配だよ」

「うーん、普通だと思うけど」

「そんなことないよぉ。わたしの知り合いにもコウくんのことが好きな人が結構いてさ、申し訳ないなって」


 赤面しながら、苦笑いする七海さん。モテそうな外見とは裏腹に、あまり交際経験はないみたいだ。全てが初々しくて、まさに俺好みの逸材とも言える。

 付き合い始めてから一週間。そろそろ、行動を開始してもいいだろう。


 ──今日、キミの家に行ってもいい?


 意味を悟った七海さんが、少しだけ頷く。これで、準備は整った。


「東雲くーん、悪いんだけど七海を貸して。ウチらだって、惚気話とか聞きたいし〜」


 食べ終えるタイミングを見計らっていたのか、七海さんの女友達数人が話しかけてきた。

 最近は俺と一緒にいる時間が増えたため、たまには七海さんとお喋りしたいらしい。


「俺は先に戻ってるから、ゆっくりしていきなよ」


 俺は笑顔で促すと、彼女の頭をなでなで。恥じらう瞳を堪能しながら席を立つ。


「ごめん、コウくん! それじゃあ、また放課後ね」


 お互いに手を振り合ったところで、俺は彼女に背を向けながら学食から立ち去る。


「見てたよ〜。エスコートされながら学食に来て、仲良く昼食中にご飯粒取ってもらったり、去り際には頭を撫でてもらったりさ〜。さすが『SADSサッズ』の異名を持つ東雲甲だよね! 他の男子どもは見習えっつーの」

「紳士and刺激的の略だっけ? あんなこと自然にされたら、女子はイチコロでしょ」

「なんていうか、そのぉ……自慢の彼氏ですっ」


 七海さんが女子に茶化されている声が遠ざかり、次第に学食の雑音に紛れて消える。

 学食から一歩出た俺は、普段とは意図が違う微笑みを……無意識に垣間見せていたんだ。


「紳士and刺激的……だと? 違う。東雲甲の本性は──」


 同時刻──学食にて、七海さんたちを見つめていた謎の女子チーム。人数は少ないが賑やかしの視線とは明らかに異なる訳ありな睨みに、そのときの俺は無警戒だった。

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