京子がランウェイをゆるゆると歩いていく。

 人々が次第に静かになっていく。

 沈黙の中心は京子。

 京子を中心に驚きのあまり口がきけない人々の輪が会場全体に広がった。

 レーシーとトムがプログラミングしたウェディングドレスは見事な動きを見せていた。まるで本物のシルクのドレスであるかのように、京子の動きに合わせて裾が揺れた。

 そして何よりも京子の周りを取り巻く薄い透けたマントが人々の目を奪った。マントはシンプルなドレスを華やかに仕上げていた。ベールは作れなかったがマントは作れたのだ。

 会場の至る所にモニターが設置され京子の姿が映し出されている。京子は自身の姿を目にしたのだろう、ブーケを片手に持ち替え両手を大きく広げた。

 マントが一杯に広がる。

 薄く透けたマントは京子の肩から後ろへたなびき、はためいた。

 風が吹いていた。

 風が京子のマントをふわりと持ち上げていた。

 地下世界では自然な風は吹かない。常に人工的に調整された空調の風が吹くだけなのだ。だが、今、京子の周りに風が吹いたように見えた。マントのはためきはそれほど自然だったのである。

 京子は音楽にのって優雅に歩いた。正面中央で緩やかに回ってみせる。ドレスもマントも京子の動きに合わせて自然に回転して行く。今までのDモデでは決して出来なかった動きだ。

 誰かが拍手をした。

 途端に客席が総立ちになった。割れんばかりの拍手である。喝采であった。

 戻って来た京子をトムとレーシーも拍手で迎えた。トムに走りよる京子。


「トム、やっとお母さんって呼んでくれたのね」

「うん、だって、今こそ呼ぶ時かなって。だって、京子さん、びびってたしさ」

「まあ、この子ったら!」


 シノヅカ家が家族の絆を深めている間にもDモデコンテストは続き、結果発表の時がやってきた。

 しかし、なかなか審査結果が出ない。もめているようだ。

 とうとう審査員から司会者に封筒が手渡された。

 司会者が封筒を高く上げる。


「さて、みなさん、審査が終わりました。栄えあるDモデコンテストの第三位は!」


 ドラムが鳴り三位入賞者の名前が発表される。


「チーム・電劇! チーム・電劇が三位に入りました」


 レーシーは結果が発表されるのをジリジリしながら待っていた。


「第二位はチーム・マンハッタン!」


 レーシーは自分達かケイ・息吹の作品が一位か二位だろうと思っていた。しかし、二位は自分達でもケイ・息吹でもなかった。

 レーシーが不安に思う中、司会者の声が響いた。


「今年のDモデリング大会の優勝者は、チーム・シノヅカ!」

「やったー!」


 トムが大声を上げる。レーシー達は手を取り合って喜んだ。

 しかし会場から「バラのドレスはどうなったんだ?」と声が響く。会場全体がざわめく中、審査員長が立ち上がり司会者からマイクを受け取った。会場がシンとなる。


「みなさん、我々はケイ・息吹氏が発表したバラのドレスとチーム・シノヅカのウェディングドレスのどちらを優勝者とするか迷いました。チーム・シノヅカの作品はまるで本物の衣服のように体の動きに合わせて動いただけでなく、二つのバックルを使うという極めて困難な状況をクリアしていました。通常バックルを二つ使うと互いに干渉しあい思ったような造形を得る事が出来ません。しかしながら、チーム・シノヅカの作品は二つのバックルを見事にコントロールしていました。素晴らしい作品でした。さて、ケイ・息吹氏のバラのドレスですが、こちらも素晴らしい作品でした。しかしながら、この大会はDモデによっていかに自然な衣服を作るかを競っています。ケイ・息吹氏のバラのドレスは衣服とはいえません。しかしながら、息吹氏は我々に新しい可能性を示唆しました。バラのドレスはDモデの未来を見せてくれたのです。そこで、我々はケイ・息吹氏のバラのドレスに審査員特別大賞を贈りたいと思います」


 どっと拍手が沸き起こる。

 司会者が審査員長からマイクを受取り、ケイ・息吹にマイクを向ける。ケイ・息吹は謝辞を述べた後に続けた。


「Dモデは新しい衣服です。過去の衣服の真似をする必要はないと僕は考えました。過去の衣服を再現するのではなく、新しい衣服の可能性を追求したのが今回のバラのドレスでした。審査員特別大賞という形で認められてとても嬉しく思います」


 レーシーは舞台の上で優勝カップを手にしていながら心に沸き起こる敗北感を噛み締めた。


「ふう、勝った気がしないな。あの発想力には負けたよ」

「そうだね、でも、僕ならあのバラを散らしてみせるよ。花びらがドレスの周りに舞い落ちるなんて最高だろ」


 トムが茶目っ気たっぷりにレーシーと京子を見上げる。

 ケイ・息吹が発想力で勝負をかけてくるなら、こちらは深く掘り下げた技術力で対抗するまでだとレーシーは思った。




 フェスティバルのクライマックスはパレードだ。数十台の山車が繰り出され、アリーナを行進して行く。レーシー達はDモデコンテスト優勝者ということで、山車に乗ってアリーナを一周した。山車の中央に立つ京子。トムの作ったマントは、ヒラヒラとたなびき、ここでも拍手喝采を浴びた。

 最後に市長の挨拶があった。


「みなさん、今年のフェスティバルも素晴らしいものでした。特にDモデ優勝者、審査員特別賞の作品は見事でした。さて、みなさんに嬉しいお知らせがあります。ついに放射性物質を効率よく取り除く方法が開発されました。まだまだ、先の話になりますが、我々が地表に戻る日は近いのです!」


 スタジアム全体からおおーっと歓喜の声があがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る