1-2「瑠璃崎蒼音は祓魔師である」
「よし、これがラスト……っと」
例の如く、監禁部屋……失礼、除霊部屋で破壊の限りを尽くした蒼音から、部屋の片付けを命じられた俺は、ようやくゴミというゴミをまとめる事が出来た。
――それにしても……。
二ダース近くあった空のペットボトル。何に使ったかはあらかた想像出来るが、もしピンとこない人がいたら、安心して下さい。脳内が健康で善良な証拠です。
何が悲しくてペットボトル回収ボックスに毎日通わなくてはいけないのか。もし俺がいなければ、きっとこの高級マンションの一室は一瞬でゴミ屋敷と化していただろう。
「おい。言われた通り部屋の片付け終えたぞ、蒼音……」
「ああん!?」
「あ、蒼音様。部屋の片付けが終わりました」
危ない。蛇に睨まれた蛙、いや獅子に睨まれた生肉の気持ちが分かった。
即座に謝罪したおかげで命拾いはしたが、後数秒遅かったらアウトだっただろう。
「ならとっとと捨ててきなさい。お前ごと」
「何でだよ!?」
「あら、これ以上蒼音様の視界に薄汚いゴミを入れるつもり? 蒼音様ほど崇高で気高い実力派美少女の瞳に映っていいのは、やはり美しいものだけだと思うのよねー。分かったら今すぐゴミ箱に埋もれてきなさい、生ゴミ」
「生ゴミって何だ? 俺か? 俺の事か!?」
「え!?」
「え、ってこっちの台詞だからね!?」
「あ、待って屑入れ。ついでにカラシ買ってきて」
有機物ですらないんかい!
というか、罵倒した挙句にパシリ要求するって……なんなのこの子? 鬼畜なの?
――あれ? でも生ゴミよりは上? これは蒼音なりの鬼畜な譲歩!?
いや、そもそも鬼畜と譲歩って何一つ噛み合わねえよ。譲歩の意味が分からなくなるわ!
「だから、カラシ。ちゃんと業務用買ってきなさいよ。毎度毎度市販の、誰でも使うようなものばかり買ってきて。こんなモブな量じゃ、蒼音様は満足出来ないの」
と、先程俺を突っついた指示棒を手の上で遊ばせながら言うが――かなり危ない絵面だ。
「まったく、まったく。お陰でひと仕事終えた後の一杯が出来ないじゃないの。何度言えば分かるの? この屑入れは。まあ屑入れだから脳はきっと塵しか詰まってないか」
「誰が屑入れだ。俺は……」
と、反論しかけた俺の頬を鋭い衝撃が掠った。おそるおそる後ろを見ると、先程まで蒼音が持っていた指示棒が壁に突き刺さっていた。ついに物理法則無視か。
「下僕風情が、主人に楯突いているんじゃねえよ。発言を許可した覚えはないわ」
「……っ」
本気でそう思っているのかゴミでも見るような蔑んだ視線と、反論を許さない圧倒的な威圧感。この子、本当に女子高生なのか。
実は一万年近く生きている魔王か何かじゃないのだろうか。
「言われる前にやりなさい。何故、蒼音様がお前如きのために、言葉を発さないといけないの? この時間が無駄だって分からない?」
と、蒼音は残り少なくなって細くなったカラシのチューブを振り回しながら言う。
時間の経過を訴えるように、蒼音の手の中でぱこん、と乾いた音が響いた。
当然カラシは近所のスーパーで購入したものであり、業務用ではなく一般用だ。
「わ、分かった。買ってくればいいんだろ、買ってくれば……」
「まったく、素直に業務用を買ってくれば良いものを。本当に躾がなってないわ。ああ、それとも……」
ふいに、蒼音がにんまり、とあくどい笑みを浮かべた。
「蒼音様に、一から躾し直してほしいの? それならそうと言いなさいな。お望み通り、蒼音様好みの道具にお前を作り直してあげ……」
「いいです、結構です! 今すぐ買ってきますんで、それだけは勘弁して下さい!」
あの少年の母をはじめとした今までの依頼人という名の被害者の末路を思い出し、俺は自分よりはるかに年下な筈の女子高生相手に心が折れた。
蒼音は、性格が悪い。
見た目は女子高生とは思えない色気を持った美少女と言えなくもないが、特殊なのは何も祓魔師という職業だけではなく、その性格に大きな問題がある。趣味は他人の嫌がる事で、好きなものは他人の嫌がる顔。あまつさえ、自分の事が嫌いな相手に対して好意的な感情を抱きやすい――といった具合に、性格が根本からぶっ飛んでいる。そんな彼女の起こす騒動に毎度巻き込まれるのが、彼女のアシスタントの俺なのだが。
何故こんな性悪娘のアシスタントをやっているかというと、それにはかなーり深い理由があり――
「ちょっと弘青。床が汚れてしまったわ。タイル一枚一枚に頬擦りして綺麗にしなさい」
残り少なかったカラシが振り回したはずみで床に飛んだようで、蒼音は床を指さした。量は少ないが、確かに高級マンションの床タイルの上に黄色い飛沫が飛び散っていた。
「すみません、雑巾使わせてもらってもいいですか?」
「あらあら。雑巾って、同族で床を掃除するなんて……お前も、非情ね」
お前に言われたくねえよ!
と、怒鳴らなかっただけ、俺は偉い。
ふと蒼音を見ると、彼女の両手には溢れんばかりのタイヤキの数々がしっかり握られている。つい先程俺がパシらされて買ってきたものだ。ちなみに味は小倉、カスタード、チョコレート、さつまいも、抹茶、とバリエーション豊富である。近所のスーパーの前にあるタイヤキの屋台で売っているものであり、このあたりでは学生を中心に人気がある。
さあ、想像してみてくれ。女子高生達がキャッキャ騒ぎながら並んでいる中、数に限りのある屋台で大人買いする男の気持ちを。あまつさえ小うるさい女子高生のグループの前で、全て買い占めて、「はあ!? 何アイツ」、「空気読めよ、クズ」と言われながら購入しなくてはいけない、可哀想な男の気持ちを。
結論。凄い、惨め。視線、刺さる。もうかえりたい。
「ちょっと弘青。糖分が足りないわ。タイヤキ、店ごと追加ね」
と、数分前の精神的拷問を思い出している俺の前に、突然タイヤキのタイの目玉が現れた。味は折り紙付きだが見た目は〝ガチなタイ〟であり可愛さの欠片もないせいで、間近で見るとかなり怖い。そして、そのタイが俺に訴える。『見ろよ。俺、カラシまみれだぜ? タイヤキなのに』、『綺麗だろ? これ食えないんだぜ』――と。
「あの、蒼音様。俺、さっき買い占めて店の人に舌打ちされたばかりなんだけど」
「ふぅん。で?」
死ぬ程どうでもよさそうですね!
言い返してやりたいが、口で敵う気がしない。
――たしか、タイヤキ屋なら近所のスーパーの前だけじゃなかったよな?
記憶が正しければ、少し距離はあるが銀行の前にも別の屋台があった気がする。
「分かった。十五分くらいで戻……」
「今すぐ食べたいから、一分で」
「いや、ここ最上階! エレベーター使っても無理だからね!?」
「え? 窓があるじゃない」
「さも名案風に言ってますけど、ここ最上階!」
「でも、蒼音様の身体じゃないからいいかな、って」
「よくねえよ! 俺が一番よくねえよ!?」
「そんな事をしている間に既に三十秒が経過してしまったわ。懐もおっぱいも大きい蒼音様が、慈悲で往復含めて……三分間だけ待ってやる」
「どこの王族!?」
「蒼音様が逝けって言っているのだから、そこは〝はい喜んで〟と逝くべきだわ」
「漢字! これ誤変換だよね!? 本気で言ってないよね!?」
「つべこべ言わずとっとと行きなさい! 行が勿体無いでしょ!」
「蒼音様。行とか言わないで。悲しくなるから」
「まったく。蒼音様の願いを叶えられないのなら、お前に存在価値はないわ。今すぐ死んで。インクの塊風情が、生意気よ」
そう告げる彼女の手にはタイヤキではなく、今度はカップラーメンカレー味と、何故かそれと何の脈絡もない筈のホイップクリーム(業務用)が握られている。
この後起こるだろう飯的なテロ行為を想像しただけで吐き気が……。
当の蒼音は、既にカップラーメンの包装を破り、蓋を開け始めている。現役女子高生のくせにカロリーとか一切気にしないのか。一度俺が出かける前にもキムチチャーハンに生いちご練乳乗せ(見た瞬間吐いた)やプリンアラモード・ワサビ添え(香りで今週分の食欲がログアウトした)を食していた筈なのだが。
常人からすればただのゲテモノだが、当の蒼音は好物のお菓子を前にした少女のように楽しそうににっこりと笑い――
……っくそ、可愛いじゃねえか。
花が咲くような笑顔は昔と変わらず輝いており、つい目が奪われた。あれだけぞんざいな扱いを受けてもつい従ってしまうのは、きっとこのせいだろう。男ってのは不便な生き物だ。
――くっ! これが最近流行のギャップ萌えというやつか。
正直ここまで威力があるとは思わなかった。ギャップ、恐るべし。
もし持っているものがゲテモノではなくクレープとかだったらもっと可愛いのだが。
「〝悪食〟だな……」
つい口に出た呟きが聞こえてしまったようで、蒼音はにんまりと嫌な笑みを浮かべた。
「当然。蒼音様は、〝悪食〟ですから。分かったら、とっとと行ってきなさい。どうせパシられるくらいの価値しかないんだから」
と、こちらを見ずに蒼音はカレーラーメンに、付属の粉末スープと一緒にホイップクリームを入れてかき混ぜ、お湯を注いだ。部屋の中には地獄かと思う程の異臭が漂い、あまりの刺激臭に耐え切れず俺は外へ飛び出し――
吐いた。
制服は男女共に白のブレザーであり、若手のデザイナーが手がけたものらしく、制服で入学を決めた生徒も多い。そんな学校指定の藍色のネクタイを解き、大胆に第三ボタンまで開いた胸元からは高校生のものとは思えない谷間がくっきり覗く。
双葉と太陽をモチーフにした校章が襟に刻まれたブラウスの上に、ブレザーを着用している。学校指定の靴下や革靴を使わず、黒いニーハイに茶色のブーツを履き、両腕には指先から肘を覆うように独特なデザインの手袋をしている。校則を完全に無視した格好だが、それがとてもよく似合っている。ちなみにブーツの靴先と靴底は鉄製なので踏まれるととても痛い。
これから起こる事を考えると、とても出にくい。
俺――
コンビニで缶のホットココア一本とアンマンと肉マンを一つずつ購入した俺は自動ドアの前で、立ち止まる。
ふいに、彼女に近付く影があった。紺色のブレザーを着た少年が三人。見たところ通りすがりの男子高校生のようだが。
彼らはこれから起こる悲劇を知らず、蒼音を囲むように立つ。
「ねえ、お姉さん。何してんの?」
「彼氏待ち? 君を待たせるような奴なんて放っておいて、俺達と一緒にふけない?」
彼らの視線は蒼音の胸元や足に釘付けであり、話しかけながら相手の目を全く見ていない。彼女でなくても、不快な思いをするだろう。
対する蒼音は、彼らのお決まりの誘い文句を聞くや否や、笑顔を彼らに向けた。俺は獅子が鼠に牙を向けたように見えたのだが、彼らは違う期待をしたようであり、頬を緩ませた。
顔よしスタイルよし、名門校、とくれば確かに声をかけたくなる気持ちは分かる。
白い肌に、スカートからすらりと伸びた長い脚。凹凸のはっきりしたボディライン。そして、ブラウスから覗く胸の谷間――
「……っ」
――違う! 見ていない! 俺は、見ていない!
日々成長していくJKの身体なんて、ぜ、全然、興味……って、いかん、いかん!
俺がそんな事を考えている間に事態は進行しており、周囲に野次馬が集まり始めた。興味本位で集まってきたのだが――次の瞬間、
「あのさー、ボウヤ達。そういう事は見た目も中身もバカっぽそうなビッチちゃんに言ったら? その方が希望あると思うよ。デートのお誘いなら、誘うべき種族を間違えているわ。ほら、そういうのって人間同士がするものじゃない? 蒼音様、家畜と付き合うような趣味は持ち合わせていないの。分かったら飼育小屋へ帰って、人間っていいなー、とでも歌ってな」
その口から出た辛辣な言葉に、周囲の人すら青ざめてその場を立ち去った。
ここで大人しく引けば惨劇は起きずに済むのだが。どうやらそれは避けられそうにない。
少年の一人。蒼音の身体を満遍なくチェックしていた男だ。彼はバカにされて怒ったようで、彼女を上から睨みつけている。まあ、当然の反応だよな。
「あんだと、クソアマ! 人が下手に出ていりゃ調子こきやがって! 犯すぞ!」
「あらあら、吠える声だけは一丁前ね。とんだ駄犬だな。保健所でも呼びましょうか」
大袈裟に彼女は叫ぶ。彼らというよりは、周囲の人に向かって叫んでいるようだ。「ほらほら、イッテミターで拡散するなら今よー」と周囲を煽り始め、横目で見ながら通り過ぎようとしていた通行人達が立ち止まる。そのせいで、美人が絡まれていると錯覚した通行人達が再び集まった。学生服を着ているため、まずいと感じた男子高校生達は少しずつ彼女と距離を置こうとするが――蒼音を侮辱した罪は重い。
舌打ちをして逃げようとする一人の襟を掴むと、彼の身体を力任せに引き寄せた。
まず蒼音が正面から彼の胸ぐらを掴んだ。その時、彼の喉元に親指を入れた。鬼畜だ。続いてそのままの体勢で自分の肘を彼の左脇下に入れ、逆の腕を引っ張る。この時、足を蹴り上げる。鬼畜だ。そして、彼の身体が浮いた直後――、少年の身体は地面に叩きつけられた。鬼畜だ。痛みで顔を歪める少年の頭を鉄製の靴底のブーツで踏む。鬼畜だ。
「モブ風情が! 蒼音様に声かけるなんて! 一万年と二千年早いのよ!」
「ひっ」
「肥溜めに!」
腹に、一撃。
「埋もれて死んで!」
二撃。
「人類に転生してから出直してこい! クソ童貞どもが!」
とどめに、股間に三撃目。女の子の使う言葉ではない。再び集まってきた通行人達は一斉に顔を背けて逃げるように去っていった。
「いっ……!」
蒼音は倒れた少年の顔を踏みつけると、ぐいっと顔を近づけた。そして、品定めするように少年の顔を見ると――
「レベルの低さが顔に滲み出ているわ。実に哀れね。吸う酸素が勿体無いと思わないの?」
「や、やめ……っ」
「だから、喋るな、って。地球に迷惑だろ、クズ」
追い打ちをかけるように、制止の声を上げた少年の顔を二度、三度と連続して踏みつける。鬼畜だ。
「お前如きのために動いている心臓に、申し訳ないとは思わないの? いっその事、臓器バラして、肥料にでもした方が地球のためになるんじゃない?」
鬼畜通り越して、外道だよ!
とどめをさすように、蒼音は少年を蔑んだ視線で見下ろし、不敵に笑んだ。
「そういえば……躾の悪い犬はぁ、去勢すれば途端に大人しくなるらしいけど。それって人間でも当てはまるのかしら」
「あ、あの……」
「試してみる気ない?」
即座に、少年の連れが二人がかりで蒼音の足下から彼の身体を救い出すと、凄い勢いで逃げ去った。
「うわああああああああんっ」「女って怖いっ!」「犬じゃないのにっ!」
「あらあら臆病ね。十分五万でよければ、お茶くらいは付き合ってあげなくもないわよ」
ぼったくりか!
楽しそうに笑い声を上げて、蒼音は俺の存在に気付く。
「まったく、雑魚の分際で蒼音様の許可なく話しかけるからいけないのよ。ねえ、弘青!」
極上の笑顔で、彼女は振り返った。コンビニの前で何て騒動を起こしてくれるのだろう。俺は周囲からの痛い視線を感じながら、彼女に通帳を渡す。蒼音名義の通帳を開くと、彼女は心底安堵した様子で笑った。
「ほらよ。この間の依頼料、しっかり振り込まれているぜ」
「あら、良かった! お陰で闇医者を紹介しなくて済んだわ」
「善良な市民に何させようとしてんだよ」
「払えないっていうなら、手っ取り早くお金を作る方法を教えてあげるべきでしょ。ほら、腎臓ってぇ健康な人ほど価値があるじゃなーい?」
本当にこの女は――
「今、外道だって思ったでしょ?」
「勝手に心を読むなよ」
俺は真意を探るような彼女の視線から目を逸らし、彼女に頼まれていたホットココアとアンマンと肉マンを渡す。途端に彼女は笑顔になる。眩しいくらいの笑顔に一瞬だが可愛いと思ってしまった自分を殴りたい。
「ちょっと弘青。カラシは? アンマンにはカラシつけろっていつも言っているでしょ」
「何で甘いものに辛いもの付けるんだよ」
「その方が美味しいからよ。スイカに塩をかけると甘さが際立つのと一緒よ。ツンがあるからこそデレが引き立つの。分かったら、カラシとバニラエッセンスと生姜汁を買ってきなさい。あ、あと焼きそばパンもね。定番だけど」
「俺はパシリかよ」
「似たようなものじゃない。蒼音様の下僕なんだから」
「アシスタントだ!」
「だから、神父様から蒼音様の下僕になるよう命令されたのでしょう?」
「それはそうだが……って下僕て書いて部下って読むなよ! 頷いちまったじゃねえか」
神父様とは、蒼音がこの世界で唯一信頼し尊敬している人物である。彼女に意見出来るのも彼だけだ。そして、彼女の保護者だった男である。
幼少時に彼女がいた教会。そこの神父だった男――
蒼音の
――筈だった。
十年前に起きた事件をきっかけに、彼はいなくなった。自分が戻ってくるまでの間、自分の代わりに、俺という保護者を残して。
あれから十年近く過ごしているが、ぶっちゃけ可愛さの欠片もない。幼少時は素直で愛らしい女の子だったが、こいつ絶対に一弘の前で猫かぶっていたな。
初めて会った時も、「一弘の部下の一色弘青だ。彼が戻るまでの間、君の事を頼まれた」と話しかけた直後、「気安く話しかけるな、変質者が」「ゴミは、屑入れにでも埋まっていろ」「ねえ、死んでくれない?」と顔面を蹴り上げられた。どうにか彼の自筆の文章と彼と彼女しか知らない事を俺が知っている事で信じてもらえたが、あの頃から扱いが酷かった。最近はまだマシな方だ。
「さあ、行くわよ」
突然蒼音が俺を振り返った。過去を思い出していた俺はハッと我に返る。俺が話を聞いていなかった事に呆れた蒼音は大袈裟に溜息を吐く。
「だから、次の依頼人よ。昨日言ったでしょ、まったく。これだから底辺を生きるしか脳のないモブは」
「悪かったって。ていうか、今からか?」
時刻は朝の九時。学生ならば学校へ着いている時刻だ。そう、制服を着ている我が上司様も学生であり、本来なら学校へ行かなければならないのだが。
彼女は職業が職業のため、何か依頼があれば特別扱いで欠席も許可されている。
祓魔師は国に認められた公的な職業の一種だ。そのため然るべき手段を取れば特別欠席として、単位にも響かない。
――少し前までは悪魔だ幽霊だなんて言っても誰も信じなかっただろうが……。
時代が変われば、人々の認識もまた変わるものだ。
現在、超常現象は認知されている。
およそ十数年前。アメリカの学会(詳細な名前は忘れたが、たしかNASA関連だった気がする)が超常現象を立証して以来、幽霊や悪魔、妖怪といった少し前では空想の産物とされていた生物の存在が認知されるようになった。西洋では法的に認められ、呪術による犯罪を裁く法律もあるらしい。といっても、そういった現象や存在に遭遇する例は希少であり、法的な影響力を得た今でも信じない人は信じない。
また、国によってもオカルト的存在に対する認知度は異なっている。日本では幽霊による呪いは認知されており、巫女や陰陽師の持つ政治的な影響力は大きい。実際、少し前までは呪術による殺人は罪に問われなかったが、現在は専門家が呪術による犯行と認めれば、それを行使した際に明確な殺意を抱いていた人物――つまり相手を恨んで自ら呪いをかけた人物か、或いは呪術者に呪いの代行を依頼した人物が、罪に問われる。逆に殺意はなく依頼を実行しただけの呪術代行者は裁かれない。何故依頼とはいえ呪いをかけた張本人が裁かれないかというと――殺傷事件において、ナイフで刺した人物は裁かれるが、ナイフを製造した業者は裁かれないのと同じである。つまり、「呪い」はあくまで道具としてみなされる。そのため、呪いを見抜く陰陽師や巫女が大きな影響力を持つ、というわけだ。
――呪い関連なら、悪魔が関与している場合を除いて、対抗出来るのは陰陽師や巫女くらいだからな。
――あ、でも、陰陽師や巫女は平安時代でもそれなりの影響力はあったな。
それ程ありふれた事でもなかったが。
そんなわけで、現在超常現象は認知され、蒼音のような特殊な職業に就く人も多い。といっても、日本では悪魔や祓魔師に対する認知度は、幽霊や巫女に比べると低い。
――陰陽師達と違って、こっちは西洋から流れてきたからな。
大抵の人がそういったオカルト的事件に遭遇すれば幽霊のせいだと思っているのが現状である。そのせいかは分からないが、日本の祓魔師は大抵が副業である。祓魔師で警察官、教師で祓魔師、公務員で祓魔師なんて珍しくない。ちなみに、残念ながら霊能力者で教師だからといって鬼の手を持っているという報告はない。俺が知る限りは、だが。
特に、日本の祓魔師は警官が多い。悪魔が絡む事件に関与しやすく、公的には発表されていないが祓魔師を中心とした部隊もあるらしい。しかし――
「お前。今月で何回目だよ? 授業はちゃんと出ろよ」
「嫌よ。どうして蒼音様が豚どもと肩を並べなくちゃいけないの?」
「クラスメイトだよね!?」
「だって食べたい時に食べて寝たい時に寝て、〈自主規制〉の時に〈自主規制〉するなんて、飼育された家畜以下ね。学校は勉学に励む場所よ。豚が来る所じゃないわ」
クラスメイトの授業態度を言っているのか。もしそうなら、言い方は悪いがそれなりに普通の学生をやっている事になるのだが――
「ご飯を待っているのは家畜と一緒。人間を名乗るなら、少しは働きなさい。蒼音様は学校はちゃんと通うけど、家畜の世話は遠慮するわ。あ、でも……あの子達、イイ声で鳴くのよねぇ。そう考えると、遊び場としては素敵な場所よね。蒼音様、またビッチちゃん達と遊んでみたくなっちゃった」
「今度は何した!? これ以上学校からクレームあると、また呼び出されるんだけど!」
「まあ、蒼音様は飼育小屋育ちのビッチちゃんや温室育ちのボウヤ達と違って忙しいから学校へ通えないのは仕方ない事よね。それに、テストの点数さえ良ければ文句はないでしょう。欠席しても単位は取れるんだから。ていうか、もし蒼音様の完璧な成績に傷をつけたら、その時は……ぐふふっ」
「笑い方! 笑い方、怖いから!」
酷い言われようだ。まあ――本心は別にあるだろうが。
きっと本当は――、祓魔師として活躍していれば、いつか消息を絶った一弘が噂を聞きつけて来てくれる、と。そう思っているのだろう。現に、彼が学校へ行けと言ったから、彼女は休みがちではあるが学校に通い続けている。健気な娘だ。
「ちょっと弘青。タイヤキが食べたい。店ごと買ってきなさい」
健気な――筈だ。
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