第21話「天使狩りの調査を開始した男の娘探偵」

 

  

 4

 

 

「特に」「別に」

「知らないわからない」

「こえーよその話マジ勘弁」

「天使狩り?羽根を残して消える?」

「ぼったくり過ぎたツケじゃないの?」

「ああそれ知ってる。でも私は大丈夫だから」

「最新の注意を払っているから。ヘーキヘーキ」

「え。なんで……そんな話を聞きたいんですか?」

「知ってるよー羽根とケータイ残して消えるんでしょ?」

 天使を売る少女の言葉をまとめると、ざっと、こんなものになる。

 天使狩り。天使を売る少女が狩られる、一連の失踪事件。

 天使狩りにかかわった少女が神隠しに合うという、都市伝説。

 だが、そんな噂に関わった者は、直接的にも、間接的にも、存在しなない。

 まるで少女の気分のようだ、と思う。

 ひどくふわふわしていて、掴みどころがなく、実体がない。

 ただ、それでも噂に関して、少女たちの間で話されている"証拠"の、まとめくらいはできる。

「天使狩りは神のしわざ」

 ある少女は言う。

「鞄から切り取られた天使の羽根が、遺骨みたいに置いてある」

 別の少女は言う。

「現場には、ベタベタのケータイ電話が残されている」

 第三の少女が呟く。

「渇いた血痕みたいなものが付着している」

 第四の少女が言い終える。

 

 総括すると、このたった四つの証拠が、天使狩りについて、だいたい共有されている見識だった。

 それらは、現場に必ず残される『謎』として、天使狩りの失踪事件に、ミステリアスな雰囲気を与えている。

 

 ある少女(高二)の推理はこうだ。

『死と変態プレイ説』

 ベタベタの体液は、過剰な性行為の副産物である、と。

 さらに、汚れが――羽根の四番目の「間接部」につけられていることから、「4」つまり死の暗示だと推理する。

 

 さらに別の少女(文芸部員)の推理は少し異なる。

 証拠を、別々にではなく、二つセットにして考えるのだ。

「羽根を抱いた、という意味。ケータイの体液が、性交渉の暗示ね。え。なぜかって? ふふふ。それはね……つまり、天使すら貶めたという――地獄の悪魔を意味するメッセージよ。黙示録なのよ!」

 

 三番目の少女(ミステリオタク)の解釈は、逆の発想から成る。

「それは犯人によるものではなくて、少女によるもの。つまり、ダイイグ・メッセージなのよ。もっとも、それが何なのかは、わからないけれど」

 

 と。まあこんな具合に、まるでバラバラの意見になる。

 疑問点は山積みだ。

 

 なぜ、よりにもよってケータイという、

 事件の証拠に繋がりかねないものを残すのか。

 ケータイをみられたところで、何も問題がない――つまり履歴を遡ったところで何も有効な情報は出ない、という自信の裏返しだろうか。

 それとも、本当に、『神隠し』なのだろうか。

 普通なら、ありえない。だが、この現実は普通、ではない。

 

 ぐるぐると頭上を旋回する存在するはずのないギアの鳥。

 少女だけが次々に失踪する天使狩りの神隠し。

 

 その二つは、ともに僕たちの「リアルを超えた一対の羽根」

 ――超常現象の、あらわれなのではないだろうか。

 

 グラスに口をつけて、思考する。

 状況証拠で、やはり不自然なのはケータイだろう。

 羽根は、天使狩りの失踪事件としてみれば、それほど違和感はない気がする。

 どのような意図で切り取られていたのかはわからないが、そこに何らかの意図がこめられていたとしても、しっくりくる気がするのも事実だ。

 

 だが、この神秘的な事件にケータイが入ってくるのは完全に異物なのだ。

 少女たちの話によると、ケータイは、非常に、独特な匂いを発するらしい。

 激烈な悪臭を放っているともっぱらの噂だ。

 

 そうした匂いと、粘り気のある体液が、現場に残されたケータイには、付着しているらしい。

 

 だから、先にあげた少女の回答例のように、

 その端末が、一度少女のからだの中に入れられた、と考えるのは、

 少し恐ろしいが、実に自然だ 。

 

 また、ミステリ好きの少女の回答のように、そのケータイ自体、さらわれた少女のメッセージなのだという考えは、確かに面白くはある。

 しかし、はたして少女の側にそんな余裕があるだろうか、と考えると大いに疑問だ。失踪して、誘拐されて、おそらくは死を前にして、自分の羽根を切り落とす。だが、何のために?

 そんなことをする意味も、必然性も、わからなない。

 そしてそれは、調査をした少女たちも同様だ。

 異口同音に、こう言うのだ。

『わかんない』

 暗礁に乗り上げる。

 と。そこで呼び鈴が鳴って、扉から冷たい空気がなだれこむ。

 

「……こんちわ」

 

 黒のカーディガン×濃紺のスカート。

 そう言って、少女はピンク・ゴールドの装飾の付いたケータイを口元にあてて、立っている。

 奇妙な静寂に、包まれる。

 とても雰囲気のある……少女だった。

 最後の「調査対象」だと、わかった。

 黒い髪を小振りな顔の左右で、くるくるとカールさせ垂らしている。

 少しだけ目元のラインが濃い。

「髪まいてておくれた」

 言い終わると、こちらを見たまま、ゆっくりと小首を傾けた。

 


   5

 

  

 天使を売る場所には、どんなところがあるだろう?

 自宅? ホテル? カラオケ? ネットカフェ。

 これだけ情報の少ない犯人のことだ。おそらく、足のつく行為は絶対にしないはずだ。人目につきにくい場所を選ぶはずだ。

 だから、それらをすべてはずしてみる。

 

「これ以外の場所で、したことある?」

 

 そう問いかけた。

 

 監視社会。

 現代は、カメラが溢れている。

 検索と、ほとんど同時に該当者をヒットさせる顔認識システム。歩容解析。

 技術は飛躍的に進歩している。

 カメラだけではない。

 クレジットカードを使えば、履歴が残る。スイカでも、履歴が残る。コンビニと連携したレンタルビデオ店などでも、同様だ。

 つまり「足がつく」

 あらゆることに履歴が残るいまの時代に、

「神隠し」を起こすなんていうことは、不可能に近いのだ。

 いわば現代という名の密室、清錠という名のクローズド・サークルなのだ。

 完全犯罪なのだ、都市における。

 だから、十二番目の少女――、

 九条マキの回答をきいたとき、僕は思わず手をたたいた。

 

「洞窟でヤった」

 

 

 

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