大冒険はボタンから(仮題)

スサノワ

1:Starting from a button of the mistake.

1:ボタン

 カツン、コツン、コロコロロ。


 彼が、部屋の掃除を7割方終えた頃、ソレ・・は、室内に転がり出た。


 書類の束がうずたかく積まれた上。壁面の高い所に取り付けられている大きくて丸い時計は、11時5分を指している。


 コロロロロォ……カツン、ココンッ、ガキンッ―――!

 机の上から、フローリングの床へダイブしたモノは、室内を縦横無尽に跳ね回り続けている・・・・・・・・・


「これは、いけませんねえ。面倒なモノを……見つけてしまったかもしれません」

 額ににじむ冷たい汗を、手の甲で拭う、年の頃は20代半ばと思われる青年。


 ボソン! ……コッーン! コカカカカカカーン!

 紙束などに当たったときは、一瞬勢いが弱まるが、堅いフローリングに落ちたところで、勢いが復活してしまう。


 コココッ、カキン! コロコロロロッ!


 ゴロロロロロロロロッ……ゴチン!

 ソレは、部屋の隅、冷蔵庫が有るあたりへ転がっていった。


「やっと止まってくれましたか。あまりうるさくすると、また怒鳴り込まれてしまうトコでした……」

 彼は、溜息を付き、手にしていたファイルと、ミストパイプを作業机の上に放り出した。高級そうなオフィスチェアごと、部屋の対角線へ振り返る。

 彼の服装は、仕立ての良さそうなスラックスに、ノータイの薄ピンク色のYシャツ。年齢からすると、やや、堅い部屋着と言える。


 ゆったりとした広さの、書斎のような空間。長い足を延ばして、ダンサーのごとき跳躍をみせ、書斎の床の中央付近を華麗に飛び越えた。


 すとん。その細身ながらも筋肉質な長身を、最大限に縮めて、着地の衝撃を吸収する。

 ぺたり。着地した姿勢から、そのまま床にへたり込んだ青年は、1ドア、レトロな冷蔵庫の下へ手を伸ばした。


「んぎぎぎぎっ……」

 顔面を冷蔵庫に押しつけるほど、伸ばした指先がコツリ。冷蔵庫の脚に踏ませてあった、耐震シートにくっついてたソレ・・に触れた。


 コッコッガツン! コロコロコローーーーーーーッ!

 再び、転がり逃げる小さくて丸いもの。


 彼は慌てて立ち上がるが、振り向いたときには、既に遅かった。

 コンッ、コココココココココンッ!

 サイドチェストと床壁面で囲まれたコーナースペースへ飛び込んだ丸くて平たいモノが、乱反射する度に加速していく。


 ゴガカカカッ―――!

 それは既に、危険な速度に達していた。

「くっ!」

 飛翔物体・・・・は、青年に向かって、一直線に飛来する。


「―――それで、その跳ね回る物体を、どうやって捕まえたの?」


「それがですね、ちょうど冷蔵庫の方に向かって飛んできてくれたので、冷蔵庫のドアを開けて、―――」


「冷蔵庫に閉じ込めたというわけか」

 鈴の音のような、聴き心地の良いソプラノ。


「はい。そのまま放置して……3時間は経過したので、流石にもう大人しくなってくれているとは思うのですが……」

 彼が確認した店内の時計は、2時30分を指し示している。

 24時間営業のファミレスの窓の外は、真っ暗で、何も見えない。


「あれ? 君、愛用の時計はどうした?」


「それが、……なにぶんアンティークなもので、とうとう壊れてしまいました」


「ふーん。良く似合っていたのに……残念だな」

 見方によっては愛嬌のある大げさな仕草で、ナイフとフォークをガシャンと放り出す。


「まあ、本当に古いモノだったから、仕方がないですよ。ただ、時間が判らないと不便ですけどね」

 彼は手首を指し示す。


「ふむ。相変わらず、デジタル嫌いは直らないのか?」


「僕的には、デジタル時計も、スマホもノートPCも嫌いではないのですけどね……」


「そうだったね、デジタル機器の方が、君を嫌っているんだったね……初めて聞いたときは、とても信じられなかったけど」


「……はははは」

 力なく笑う青年の横へ立つ、年の頃は17、8歳の少女。ヨレヨレの白衣、大きな洗濯クリップでまとめただけの、ボサボサの髪。赤みがかった金髪が揺れている。


「どうしました? もう研究所へお戻りですか?」

 青年は、仕立ての良さそうなスラックスに、薄手のパーカーを合わせている。

 パーカーの首元から覗いているのは、薄ピンク色の部屋着シャツと思われる。


「何を言っている? 君の家に行くよ」

 そう言って、置かれた伝票をひったくって、走り出した少女。

 目の下の真っ青な隈、草地を蹴飛ばして歩いていることが伺える緑色に汚れたハイカットスニーカー。あまり見目良いとはいえない印象。


「え!? ウチ来るんですか? 待ってください!」

 慌ててストライプのジャケットを羽織り、荷物を抱え、後を追う青年。

 磨き込まれた革靴に、ジキトーチカ社製の高級メッセンジャーバッグ。


「僕が誘ったんですから僕が……」

「いーえ、上司が部下に奢るのは当然でしょう?」

 そう言って、レジへ提示したのは、首から下げていた、顔写真入りの所員IDパス。『Kanon,Riina Lucie』と書かれている。


「部下といっても、僕は研究所出入りの、ただの文書屋ですから~」


「ふむ。私としては君をただの文書屋だなんて・・・・・・・・・・思ったことは一度もないが、そう言うならなおさらだ・・・・・、素直に奢られなさいよ」

 ニタリとした笑みを浮かべ、青年を振り返る少女。

 やや、不気味だったが、白衣の下のブラウンのワンピースだけは、ちゃんとしてくれていたため、辛うじて、ティーンエイジャーとしての面目めんもくが保てている。


「あんた達、いちゃつくなら外でやっとくれ。ほかのお客に迷惑だろ」

 レジに立つ、オールドスタイルなメイド装束の美女が、憮然とした顔で少女の首ごと引っ張って、IDパスをレジスタに通す。


 ジージジジジッ、ガチーン♪


「アタシたちのほかに、お客なんて居ないじゃないさ」

 フンッ! と首を持ち上げ、ネックストラップに取り付けられたIDパスを取り返す少女。


 とっとと出ていってしまう少女を、眼で追いかける青年。

 レシートを受け取り、少女の非礼をウエイトレスに会釈して詫びる。

 少女のモノであるらしい、小さなジュラルミンケースを小脇に抱えるその姿は、まるで付き人である。


 長身で引き締まった身体。柔らかい物腰。彫りが深く高い鼻、どこの映画スターかと問いただしたくなるほどの、眉目秀麗さ。

「まったく、あんなにイイ男なのに、勿体ないったらありゃしない」

 ウエイトレスは、青年と少女の座っていたテーブルに向かい、食器を片づけ始めた。


「待ってくだっ―――さい?」

 ファミレスダイナーを飛び出し、家路へ向かうルートへダッシュした青年は、10歩も進まないウチに、少女を追い越した。


「ふー、今度一緒にジョギングでもしませんか? 運動不足では研究に差し障りますよ?」

 歩道へヘタリ込んでいた彼女へ、手を差し伸べる彼。


「う、うるさいわね。ちょっと食べ過ぎで苦しくなっただけよ」

 年相応な、辿々たどたどしい返事が返ってくる。

 普段の老人のような落ち着いた物言いは、彼女の地では無いらしい。


 カカカッ。


「何よ、この音?」

 と不意に顔を上げた少女と、眼が合う青年。

「何か聞こえましたか?」

 青年には聞こえなかったようだ、あたりを見回している。


 少女が向いている方向は、青年の住まいが佇む方角だった。

 彼は振り向いたが、そこには暗闇と歩道しか無い。


 ヴォムン!

 爆発音と共に、小さな炎が飛び上がった。

 漆黒の空を見上げる2人。


 カカッ―――――――――!


 突如、あたりはまばゆい光で包まれた。

 白昼のように、いや、それよりも鮮明にあらゆるモノを照らし出した。

 抱えていた荷物を放り出した青年は、光から顔を背けながらも、少女をかばう様に覆い被さる。


 眼をキツく閉じた少女のまぶたの裏には、上空へ飛び上がった物体の姿が焼き付いたようだった。


「あれ、君ん家の冷蔵庫・・・・・・・じゃなかった!?」


 凄まじい強さの光はやがて収まり、闇夜は一瞬にして漆黒を取り戻した。

 ゴチャッ!

 遠くの方で何か(おそらくは冷蔵庫)が、地面へ落ちた衝撃音。


「まあ、我が家ウチなら、……周りに人家じんかも有りませんし、……だ、大丈夫ですよ、よ」

 僅かに眼が泳いではいるが、気丈に振る舞う青年。


 ヒュルルルルッーーーーカァーーン!

 上空を見上げていた2人の目の前。

 歩道へ落ちてきた赤く光るもの。

 その尾を引く赤光は地を跳ね、2人を大きく飛び越した。


 歩道脇の芝生へ飛び込んだ、燃えるような、……実際に燃えているソレは、プスプスと芝生を焦がし始める。


砥~述~ト~ノベ~! ―――水ーっ!」

 少女は振り向きざまに、良く通る声で号令を出した。


「つぁーーー!」

 彼、―――砥述トノベと呼ばれた青年は、さっきまでの物静かな口調とはまるで違う、奇声を発する。

 腰を落とした直後、その姿が夜闇にかき消えるが如く、彼は姿を隠す。

 袈裟懸けにされていたメッセンジャーバッグが、空中に取り残される。

 ビキッ!

 歩道に亀裂が入り、その上にメッセンジャーバッグが落ちた。


 バッグの横に、取り付けられていたはずのミネラルウォーターは、煙を立てる芝生の直上にあった。

 ボトルのキャップと底を、手のひらで押さえる青年も一緒に・・・・・・だ。

 空中に出現した彼は、上下逆の上に、斜めになっていたが、その――リムジンで言ったら約2台分の――距離を一瞬で跳躍した事になる。


「っつぁあ゛ーーーーっ!!」

 そして再び、空気を一気に、吐き出すような呼吸法奇声

 その気合いと共に、ペットボトルが両の手のひらに収まり、パコンと閉じられた。

 スプリンクラーみたいに水が満遍まんべんなく掛けられ、くすぶっていた芝生が鎮火ちんかする。


 ジュウウウウウウウッ!

 赤く燃えて発光していた、コイン程度の大きさのモノ・・は、冷却され水蒸気を発生させた。


 ドタン!

 身体をクルリと半回転ひねって、ギリギリで、芝生の上へ着地した砥述トノベ青年。


砥述トノベー! 大丈夫かっ―――!?」

 慌てて駆け寄って来た白衣の少女が、芝生に足を取られて、―――転んだ。

 下は芝生だから、少しくらい転んでも安全だが、さっきまで燃えていた物体に、触れれば火傷やけどをしてしまうだろう。


 青年は、一瞬の躊躇ちゅうちょもなく、目の前の、まだ水蒸気を発している物体モノを、素手で掴んだ。


「あっち、あっちちっ!」

 鎮火したとは言え、まだ、熱かったようで、手のひらの上をポンポンと、飛び跳ねさせている。赤く焼けていた金属に水を掛けた所で、直後に触れれば火傷するに決まっている。だが、彼は手の上で跳ねさせている。その様子から、特殊な材質で出来ていることがうかがえる。


「君は、そんなにも熱いモノを素手で掴んだりして、バカだなあっ、……あははははっ!」

 そう笑う彼女は、焦げた芝生やかれた水で、全身ぐっしょりだ。ほほすすだらけと、散々な状態だが、瞳をきらきらと輝かせている。青年をあざ笑うことに、全身全霊をささげているのだ。


「……佳音カノンさん、笑ってる場合じゃありませんよ。これがさっきお話しした、例の”跳ね続ける物体・・・・・・・”ですよ」


 彼の手のひらを、飛び跳ねているすすだらけの灰色の物体は、大きさは5セント硬貨くらい(直径2センチ、厚さ2ミリ程度)。直径沿いに2個の小さな丸穴が開いている。


「……確かに、飛び跳ねているな」

 彼女、―――佳音カノンと呼ばれた少女は、跳ねる動きに合わせて顔を上下させている。

「これは、火傷やけどしないように、手で跳ねさせてるだけ・・・・・・・・・・ですよ。硬い物じゃなければ反発は起きないようです、あちちっ!」

 やはり、熱かったのか、砥述トノベはソレを放り出した。

 ぼそり。

 再び芝生の上に落ちたソレを、佳音カノンがハンカチで、つかみ上げる。


「君、コレ、シャツのボタン・・・・・・・にしか見えないのだが?」

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