使いっ走りの勇者様

しんや

第1話 突然の死

 星空が一面に広がっているような気持ちのよい夜のことだった。

 そんな雲ひとつない澄み渡った夜空を眺めながら、僕は歩いていた。

 ――それが起きたのは、日付が丁度変わろうかという時間帯で、近所のコンビニから家への帰路に就いていた時のことだった。

 僕は田舎から都会に引っ越してきたばかりで、コンビニというものが文字通り便利なものであるということを実感しながら歩いていた。

 夜も深くなっていたため、都会と言えど、この時間帯になると大きな通りから外れれば、人の気配はほとんどなくなってしまう。

 僕は田舎者丸出しの様子で、鼻歌交じりで緩やかな坂を登っていた。

 その時、突然前方に人の気配を感じ、電柱の方に目を向けると、そこには黒いフード付きのウインドブレーカーを着用している男が、フードをかぶったまま電柱に寄りかかっていた。男は何をするでもなく、ただ虚空を眺めていた。

 一目見て僕は直感した。あの男は普通のその辺に歩いている人間とは何かが違っている。

 ――嫌な予感が脳髄を駆け巡った。

 電柱の上の電灯が男を照らし、周囲の暗さも相まって、スポットライトで照らされているような演出を施されていた。口元には無情ひげが生えており、虚空を見つめる瞳は何も映していないかのように虚ろなものだった。

 舞台上では映えるかもしれないその演出も、実際に目の当たりにすれば不気味だとか薄気味悪い、という感想以外には思い浮かばなかった。

 それは単純に男の纏っている負のオーラそういう感想を抱かせるだけで、そこに立っているのが美少女だったりでもしたらまた印象が変わってくるのかもしれない。

 周囲にそのほかの人の気配はなく、この空間でその男に対して不信感を抱くのは僕以外に存在しない。

 男に近づくにつれ恐怖感が増していき、それを誤魔化すかのように僕はその横を足早に通り過ぎた。

 通り過ぎた瞬間、僕の視線は僕の意識とは無関係に男の方に向いていた。きっと防衛本能とかそういうものが働いたのだと思う。

 男は虚空を見つめたまま、しかしその口元が、ニヤリと怪しげに歪んだ。

 その次の瞬間、男は虚空を見つめていた視線を下げてその瞳を僕の方に向けてきた。

 ――全身がぞくりと震えた。

 いつの間にか立ち止まっていた僕は、身体から沸き上がってくる寒気を振り払って男から距離を取ろうと駆けだしていた。

 僕が駆けだした瞬間、男も僕を追うように電灯のスポットライトから逸れて追いかけてきた。

 背後から感じる不気味な気配に僕は走りながら大声を上げていた。

「うあああああああっ!」

 近所迷惑もなんのそのといった声量だったが、僕の悲鳴を聞きつけて誰かがやってくるなんてこともなく、状況は何も変わらなかった。それどころか背後の足音がどんどん大きくなっていて、男が近づいてきているのがわかる。

「ひっひひひひひひ」

 男が不気味に笑い声を上げた。必死に走りながらも背後を振り返ると、男との距離は手を伸ばせば届きそうなところまで迫られていた。

 そして、男に肩を掴まれた瞬間。

「ひっ――」

 ――ぐじゅっ。

 僕の心臓のあたりに衝撃が走った。咄嗟に目を向けると銀色に光る何かが貫いていた。

「……っ!」

 僕は声にならないうめき声を上げて、二つの足で自分の体重を支えきれなくなり、その場に倒れ込んだ。

「ヒャハハハハハ!」

 遙か上空から黒ずくめの耳障りな笑いが聞こえた。耳がキンキンするが、文句を言えるような余裕もない。

 熱い熱い熱い熱い。

 心臓を中心に、全身が灼熱で焼かれたような熱さが支配する。

 僕の身体から溢れた液体が、周囲のアスファルトを濡らしていた。

 薄れゆく視界の中で、男の背中が遠ざかっていく。堂々とした足取りで男の背中はすぐさま闇に紛れて見えなくなってしまった。

 そんな視界とは裏腹に思考が妙にクリアになっていった。

 全身を支配していた熱気は消え去り、身体の芯から凍り付いていくかのように寒気がひどくなってくる。

 僕はこの時、今日の昼間、友人が言っていたことを思い出していた。

「最近、この辺に通り魔が出るらしいから気をつけて」

 ああ、さっきのやつがアイツの言っていた通り魔だったのか。僕はその時あいつになんて言い返したっけ。もう思い出せないや。

 だんだんと意識が薄れていく。もう目を開けていられなかった。直感的に世界の終わりというものを感じるようになっていた。

 これが死。なんともあっけないものだ……。

 すべてを許容し、受け入れる体制に入っていた。だって、今さらあがいても仕方ないことはわかっていたから。

 きっとアイツは悲しむだろうな。もしかしたら滅茶苦茶怒るかもしれない。あいつに謝れないのが僕の唯一の心残り。

 そうして僕の意識はそこで途切れ、その瞬間この世界から僕という存在は消え失せたのだった。

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