第58話
ロイド歴三八八九年四月下旬
ヒノコウジとツキノコウジ連合軍との和議を締結した俺はエイベエに後の仕置きを任せアワウミへ帰還する。
今回のことでニバの国の半国の一四万石を得、セツの国の五分の三の二四万石を得た。
ツキノコウジは既に所領をカモン家が占領しており停戦時の城地の返上は行わない、と言う条件によってまた領地のない貴族に戻ってしまった。
しかもニバの国に領地を与えた時に王家からの扶持も解除されているので王から再び扶持を貰えるのだろうか?てか、その扶持の元はほぼ俺だよな?何か気に入らんな。
ヒノコウジは四六万石もあった領地が一五万石ほどに減ってしまったし、暫くは昇殿を控えるようにと王からのお達しがあった。
さて、俺は兵に多少の休息を与えてからアサクマ討伐に向かう。
報告ではキシン率いるアズマ家とアサクマ家が何度か矛を交えたが決着がついていないそうだ。
う~ん、どうもアズマ勢の動きが悪かったような。いや、終始押していたのはアズマ勢だけど何だろうこの違和感は。
ロイド歴三八八九年五月上旬
アサクマと対峙しているキシンたちに合流した。
……空気が重い。皆の顔にまるで縦線が入っているような感じだ。
一体何なんだ?
「シュテン、どうしたのだ?」
「……兄上……それが……」
「父上?」
「……」
え~い、一体何があったのだっ!
「フジカネ殿が……」
ん?フジカネがどうしたのだ?
「お亡くなりになりました」
「はっ?」
ブゲン大叔父殿、今何と言ったのだ?
「三度目にアサクマと衝突した時にフジカネ殿率いる部隊が突出し敵に半包囲されまして……」
ちっ、何やってるのだ!アズマ家の次期当主が何で最前線で功を焦るんだよ!
まるでゼンダユウのような脳筋猪武者ではないか!
そう言えばゼンダユウは何処に居るのだ?
「ゼンダユウは何処に?」
「フジカネ殿の補佐をしており同様に突出し手傷を負っておりまして……」
「あの老害がっ!死ぬのであれば自分一人で死ねば良い物を自分は命を長らえフジカネを犠牲にするとは何事ぞっ!」
俺は思わず叫んでしまった。
俺は決してあのクソ爺を許さんぞっ!
「そ、ソウシン様、ゼンダユウ殿も」
「黙れっ!アズマ家の嫡男を討ち取られたのにおめおめと生き残ったゼンダユウに弁解の余地などあるものか!」
「た、たしかに……」
気が立っていたのでブゲン大叔父に乱暴な言葉を吐いてしまったが、これは後から謝っておこう。しかし決してゼンダユウは許さん!
そう、ゼンダユウだ。全てはあのクソジジイのせいだ。
死にたいなら俺が三途の川を渡してやる。
フジカネの後を追いフジカネに詫びてこい!
「父上!何を呆けているのです!」
「……」
「アズマ家は武門の家!このままフジカネの死を無駄にするのですか!」
「……」
「父上がフジカネの仇を討たぬと言うのであれば、このソウシンが全軍の指揮を致しますぞ!」
「っ!」
キシンが目をカッと開け、スクッと立ち上がる。
そして二度大きく呼吸をする。
「ソウシン、軍議じゃ!」
「大叔父殿、皆を集めなされ!」
「はっ!」
キシンが復活したのでブゲン大叔父が主だった者を集める。
フジカネを殺したのはアサクマだが、俺がアサクマを恨むことはない。
いや、少しは腹も立つがこれは生きるか死ぬかの戦争なのでアサクマが生きる為にアズマ家と戦い、その結果としてフジカネが死んだだけだ。
悪いのは油断したフジカネであり、そのフジカネを諫めることもしなかった老害のゼンダユウだ。
だからアサクマを恨んだりはしない。
しかし、こう言う場合は演技も必要だ。
俺が怒りアサクマを亡ぼすと豪語しているという演技が必要だ。
それによりカモン兵やアズマ兵の士気が上がるのならそれでよい。
フジカネの死を悲しむのはアサクマとの戦いが終わってからだ。
そして老害ゼンダユウのこともだ。
翌日、早朝より軍を動かす。
アズマ勢が中央を、カモン勢が左翼(ダンベエ指揮)と右翼(シュテン指揮)を担当する。俺は後詰として中央のやや後方に陣を構える。
先ずは右翼のシュテン勢が動く。
これは予め軍議で決まった行動なので焦ることはない。
「殿、ご舎弟様の手勢が動きまして御座います」
「うむ、ではこちらも手はず通りに」
「は、畏まりました」
これまでもそうだったが、これからはアズマの戦いだ。
今までと違うのはアサクマが頭を下げようと簡単には許さないと言うことだ。
フジカネを殺されたその恨みがあると内外にしっかりと植え付ける。
シュテンの軍が大量の鉄砲と複合弓の弾幕を張る。
複合弓の射程は凡そ五〇〇メートルで鉄砲の射程は三五〇メートル。
複合弓の射程五〇〇メートルはあくまでも矢が届く距離なので確実に殺傷できる射程は凡そ三〇〇メートルとなる。そして鉄砲も殺傷距離は二五〇メートルなので共にやや短くなる。
弓隊一万、鉄砲隊五千で間断なく弾幕を張っているので敵は矢盾を使ってそれを防いではいるが、弾幕の数に対して矢盾の数が少ない。
上空からは矢が円を描いて雨のように降り注ぎ、前方よりは銃弾が嵐の様に襲う。
矢は矢盾を持っていない兵にまで届く、更に銃弾は二五〇メートル以内であれば木や竹の盾など軽く貫くので意味がない。
つまりシュテンの軍によってアサクマ勢は近寄ることもできずに倒れて行くのだ。
そして矢盾を持った兵が倒れればあとは矢と銃弾による蹂躙撃となる。
敵左翼の先方が瓦解した。たった三〇分ほどの出来事だ。
これを見たシュテンは兵を進めるように命令を出したようだ。シュテンは上手く兵を纏めているように見える。
敵左翼が崩れたと見たキシンとダンベエも動いたようだ。
敵は左翼があっと言う間に収拾のつかない状況になっているのを見て左翼の支援に後詰を向かわせたようだ。
俺はまだ動かない。今のところは動く必要がないのだ。ただでさえこちらは一〇万を超える兵を展開しているので、あまり兵を動かすとこちらも収拾がつかなくなるのだ。
「殿、ダンベエ殿の部隊が敵と接触します」
やや高台になっている処に陣を張っているので戦場が手に取る様に見て取れる。しかも望遠鏡を使っているので多くの情報が手に入る。
ダンベエは敵右翼の槍隊よりも長い槍によって
「アズマ勢も接触します」
望遠鏡を渡しているので事細かく戦場が見られるシゲアキが実況中継ではないが戦場の動向を俺に伝えるが、俺も望遠鏡を覗いているので分かっていることだ。
アズマ勢は最初に鉄砲による連射を行ったが数自体は多くないので敵兵を浮足立たせるまでには至らなかった。
足軽が敵の攻撃を受けている隙をついて自慢の騎馬隊を繰り出し敵に横槍を突き付ける。
アズマ勢はキシンが手塩にかけて育てた騎馬隊が強力なので、その機動力を生かした戦いが始まった。
流石はキシンの虎の子とも言うべき騎馬隊だ。三千騎の騎馬隊が敵中央の部隊に突撃を掛けると前後に敵が分かれた。モーゼが海を割って人々を率いて渡ったかのように騎馬隊もアサクマの兵を割って進んだ。
そして分断された兵は混乱する。
昼前になるとアサクマ勢を半包囲したアズマ・カモン連合軍。
そこでアサクマ勢は後退を開始するが、時既に遅しで昨夜の軍議の後に動かしておいた別動隊がアサクマ勢の退路に十字砲火を開始する。
別動隊にはカモン家のほぼ全ての騎馬を与えており、その獲物は鉄砲だ。
本来であれば騎馬鉄砲隊としようと組織したのだが、残念ながら今回の戦いでは馬上での発砲をできるだけのスキルは身についていないし、馬の訓練もまだだ。
だから移動手段としての騎馬となっている。
それでも馬から下馬すればワ国一のカモン家の鉄砲隊だ。その鉄砲隊五千がアサクマ勢の退路で大打撃を与えるように布陣して逃げるアサクマ勢を徹底的に討つ。
アズマ・カモン連合軍の大勝利に終わった戦いの余韻に浸る間もなく軍を進める。
翌朝にはオチゼンの国最大の港町である鶴賀港を抑えるために布陣させる。
そして一戦もせずに鶴賀港を手に入れ更に北進する。
アサクマは本拠地であるオチゼンをほぼ放棄してカナの国の小松城に兵を集めているそうだが、オチゼンから退去を拒否した国人衆も多く居たようだ。
俺たちは急がずオチゼンの国を確実に手中にするためにオチゼンの国人衆を参加に収める。
その後オチゼンとカナの国境を越え
この加那城を落とせば小松城までは目と鼻の先だ。
加那城を守るのはアサクマの一門衆なので抵抗は激しかったが、攻城戦はカモン家の得意とするところなのでキシンに断り加那城もろとも城兵を爆破大弩で破壊した。
ここで城兵を逃がしても小松城に入られるだけなので徹底的にやってやった。
そして小松城を包囲する。
こうなるとカナの国の国人衆はこぞってキシンの下に馳せ参じた。
しかしここで別の勢力が動き出した。
新綜門願寺の宗主であるケンジョ・モンガンジがカナの国を手に入れる為にアサクマとアズマ・カモン連合軍の戦いに割って入って来たのだ。
しかも一揆衆はアサクマもアズマ・カモン連合軍もどちらも攻撃対象としており見境が無い。
そしてカナの国の一揆衆が動いたと言うことは周辺国のノウトの国、オッチュウの国の一揆衆も動いたし、何より俺の領国であるセツの国、キエの国、イゼの国、アワウミの国でも一揆衆が蜂起したと報告があった。
しかしこの一揆衆のことは今回だけではなく常に警戒している。
一揆衆だけではない、全ての宗教について警戒をしているので僧兵が増えたり武器を買いあさったり兵糧をため込んでいたりと怪しい時には警戒を一段上げている。
そして今回は一揆衆の総本山があるカナの国を治めているアサクマとの戦いなのだ、警戒を最上にしていて当然だ。
つまり一揆衆に対応できるだけの戦力は国元に置いてあるし、一揆衆がそれに類する者たちが蜂起した場合にはこれを殲滅しろと発令してある。
勿論、残してきた兵では殲滅できない場合もあるので、そうなった場合は無理に殲滅に動かず俺が到着するまで抑え込んでおけば良いのだ。
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