第42話

 


 ロイド歴三八八八年五月上旬


 カモンの義父殿より返事が返ってきた。やはり王は炎暦寺についてそれほど気にしていないようだ。寧ろ炎暦寺の傍若無人の行いに良い顔をしていないと言う。

 そもそも王がイシキ家によって京の都を追われた時に炎暦寺に立ち寄ったが炎暦寺の馬鹿どもは京の都を追われた王を蔑み見下した態度を取っていたそうなので、王が炎暦寺の味方になるのは考えにくいと言うわけだ。

 キモナカ・オモテツジが使者として来たと言うのはキモナカ・オモテツジが勝手に王の名を使い炎暦寺に恩を売ろうとしたようだ。王の名を勝手に出すのは良いのかとも思うが、こう言うことは昔からよくあったそうで、だから勅使ではなく使者なのだと言う。


 それからキモナカ・オモテツジと炎暦寺の交渉は決裂している。

 キモナカ・オモテツジとしては銭一千カンもの大金を手に入れたので交渉がどうなろうと構わないと思っているようだが、その金は後々アンタの肩にズッシリと重く圧し掛かると思ってくれよ。

 それから当然のことだがジゴロウ・ガンモの交渉も決裂している。これで大手を振って炎暦寺を攻め滅ぼすことができる。俺はこれだけ譲歩したのに炎暦寺は俺と敵対したのだと王や十仕家、それにワ国の国々を治める有力諸侯に手紙を出しておこう。大義名分は我に有り!ってな感じでね。












 ロイド歴三八八八年六月上旬


 季節は初夏、梅雨の雲が雨を降らしては上がり、上がっては降るを繰り返す。雨上がりの空気が鬱陶しい今日この頃。

 炎暦寺や元坂の町は米などの補給もできずに二ヶ月が過ぎようとしているのでそろそろ米が不足してくる頃だろう。このまま兵糧攻めにしても良い。どうしようかな。


 それから大陸に送っていた艦隊が帰ってきた。金、銀、香辛料、磁器、象牙、鼈甲などを満載しての帰港だ。

 途中で海賊に遭遇したが搭載している大筒で海の藻屑にしてやったそうだ。現在訓練している海賊衆(こっちは俺の部下の海軍)もそろそろ遠洋航海に出せるはずだから次の艦隊は倍の規模にする予定だ。

 今回の交易はマカオまで赴いたが、次回はマラッカ海峡まで足を延ばさせても良いだろう。特に香辛料は有れば有るだけ消費されていくので物資として不足してしまう。

 実を言うと俺のスキルで胡椒やシナモンなどの香辛料は創れるのだが、それをしてしまうと収拾がつかない気がするのだ。

 まぁ、ガラスのワイングラスとか創ってしまっているのであれだが、あれはこの世界に同じ透明度のガラスがないだろうから良いのだと勝手に基準を作っている。勿論、電気製品や自動車などのハイテク製品は創っていない。


 それから北イゼの半国守の許しが王から下りた。

 こうなるとイドの国についても本格的にどうするか考えなければいけないな。現時点でのイドの国の国守は俺だが、俺はイドの国に何の足掛かりもないのだ。

 しかしイドの国を力で従えるのではなく、できれば穏便に俺の部下にしたいと思う。態々兵を動かして攻め滅ぼすほどのうま味のある国ではないし、忍を配下にしたいと言う思いもある。


「殿、炎暦寺は如何いたしますか?」

「そうだな、そろそろ米も尽きるだろうからこのまま包囲網を崩さず維持だな。坊主どもがどれほど我慢できるか見てやろう」

「その分、こちらも膨大な戦費を消費してしまいますが、致し方御座いませんな」


 キザエモンは戦費の全てを捻出する経済方のトップなので頭が痛いのかも知れぬが、大陸から艦隊ももどり莫大な富を齎したのだから良しとしてくれ。











 ロイド歴三八八八年五月上旬

 キンモチ・ホウオウ


 カモンの婿殿が炎暦寺とことを構えたと聞いた時はあの温厚な婿殿がと思ったが、炎暦寺を無理に滅ぼさず真綿で首を締めるが如くジワジワと炎暦寺を苦しめていると聞き大笑いをした。

 炎暦寺は由緒正しい古刹こさつだが、数百年に渡り仏の教えを盾にして好き放題してきたのだ、ここで婿殿が炎暦寺を滅ぼしたとてワシは婿殿を見限ることはないし、寧ろよくやったと褒めてやるだろう。

 されど、炎暦寺はワ国全土に信徒をもつので厄介なことになるやも知れぬ。婿殿もそれを踏まえて行動して居るだろうが、ワシの方でも気を付けておくとしよう。


 今日は王に謁見する為に京の都に来ている。婿殿のお陰で念願であった領地を手に入れ今ではカワウチの国の国守になっておる故、領地経営が忙しく王への御機嫌伺が疎かになっていたのを詫びるとしよう。

 先代のカモン家当主で今は婿殿に家督を譲って御所の警備を担っているフダイ殿と合流し、炎暦寺の仕置きで上京できぬ婿殿の代わりに北イゼの国の半国守の件を王にお礼言上するのが主な目的である。

 そして王との雑談をしていると王が何気に炎暦寺のことをフダイ殿にお聞きになった。


「炎暦寺の僧兵共も今では鳴りを潜めておじゃりまする。前回の戦いで二〇〇〇もの僧兵が討ち死にしたのが相当利いているようでおじゃりまする」

「ソウシン殿も無理に攻めるでなく、ジワジワと炎暦寺が疲弊するのを待っているようですな」

「ふむ、左大将は炎暦寺をどうするつもりなのだ?」

「炎暦寺の武装解除に僧兵の追放、そして荘園の返上が和議の条件でござれば炎暦寺側も簡単には和議に応じないでしょうな」

「左様でおじゃりまする。場合によっては炎暦寺をこの世から消し去る覚悟のようでおじゃりまする」

「相分かった。余は炎暦寺に降伏勧告をすべきか?」

「先王の例も御座りますれば、王に置かれましては一切関わらず静観をされるのが良いかと存じ上げまする」

「内大臣殿の申される通りでおじゃりまする。左大将が勝つとは限りませぬ故、決して王から手を差し伸べるようなことはなさらず静観が宜しいかと麿もそう考えるのでおじゃりまする」

「左大将は勝てぬのか?」

「十中八九は問題ないでしょう。左大将は慎重な男で御座れば勝てぬ戦をするような愚か者では御座りません」









 ロイド歴三八八八年六月下旬


 王の勅使としてホウオウの義父殿がやってきた。


「久しぶりだな、婿殿。元気そうで何よりだ」

「ホウオウの義父殿もお元気そうで何よりで御座います」


 ホウオウの義父殿は王からの勅令を持って来た本物の勅使だ。前回のキモナカ・オモテツジのような偽物ではない。

 王からの勅令は炎暦寺の包囲を解き和解せよ、と言うものだ。キモナカ・オモテツジのような偽物とは違うのでしっかりと玉璽による捺印がされている。

 しかもこの和解は俺の主張がほぼ完全に受け入れられている。


「炎暦寺の武装解除に僧兵の追放、そしてカモン家の領内にある荘園全てをカモン家に返上する。代わりにカモン家は炎暦寺に玄米五千石、銭五千カンを毎年寄進すること」


 俺が前回キモナカ・オモテツジに示した和解案が玄米一万石、金五千カンを毎年寄進すると言うものだから玄米が五千石少なくなっているがこれは最近俺が炎暦寺に和解案を提示した時の内容なので王はそれを踏襲している。

 王の仲介なので無下に断るわけにも行かないから俺はホウオウの義父殿に頭を下げこれを受け入れることにした。

 両義父殿が動いていると聞いていたが、炎暦寺に戦う力がないこのタイミングでの仲介か、最高のタイミングだな。


「勅令、承りそうらえ。内大臣様におかれましては態々ご足労頂きお礼の言葉も御座いません」

「炎暦寺の武装解除と僧兵の追放はこのキンモチが見届け人として責任をもって行う」

「荘園の方は私めの部下を差し向け接収いたしますが、万が一、抵抗する者がおりましたら捕縛もしくは排除いたして宜しいでしょうか?」

「ワシが炎暦寺に入った後であれば構わぬ」

「それと提案が御座います―――――」


 こうして炎暦寺との争いは一様の終結を見ることになったが、炎暦寺のことなので復権を狙って必ず俺に牙を剥くことだろう。だから監視の手は緩めずに体制は維持する。

 これでアワウミも暫く静かになるだろう。

 ホウオウの義父殿にアズ姫とワカタケに会って行くかと聞いたら「公務故」と断ってきた。何時もは飄々としているのに生真面目な人だ。だからこそ信用ができる。


 二日後、ホウオウの義父殿が炎暦寺に入り武装解除を行った。そして二九〇〇人ほどの僧兵を炎暦寺から追放させた。そしてその僧兵の受け入れをカモン家が表明した。

 捕虜にしていた僧兵と合わせて三四〇〇人ほどの僧兵にカモン家に仕えるように声を掛けたのだ。当然のことながら断ってきた者が多くいたが、それでも半数ほどの一六〇〇人がカモン家に仕官をしてきた。

 今回の僧兵は五〇俵プラス職能給で召し抱える事になっている。五〇俵なんてそれほど多くもなく、大体二〇石の扶持なので傭兵とそれほど変わらない。ただ、カモン家では扶持以外に働いた分が職能給として上乗せされるので街道整備や城郭の普請などに出れば扶持以外にも収入はある。

 実はカモン家では職能給が美味しいのだ。


 

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