第13話

 


 ロイド歴三八八一年一一月。


 思っていた様な短期決戦にはなっていない。どうやらオンダはどこからか兵糧を入手しているようだ。

 だからって豊新城の本丸近くに部屋を与えられた俺は日々部下たちと楽しく過ごしているわけではない。


「王手ですぞ、若」

「む、ちょっと待った!」

「待ったは三回までと決めておいたではないですか? 今ので何回目なのですか?」

「む、さ、三回だ」

「いいえ、一三回です」

「キザエモン、主人が待ったと言えば待ったなのだ!」

「ここで強権発動ですか!?」


 遊んでいるわけではない、将棋で戦術の勉強をしているのだ!

 しかしキザエモンめ、俺相手に本気を出しやがって、ここはご主人様を立てるべきだろう! 俺は褒められて育つタイプなんだ。

 そう言えばこいつ【算術士】だったよな、数手先を読むのが得意なんだろうな・・・軍師タイプか?


 翌日もオンダは攻めてこなかった。ここ最近は家臣たちから「打って出るべし」との声が多く上がっている。攻めて来ないならそれで良いじゃんね。その方がオンダ家に経済的なダメージを与える事ができるんだから。戦わずして敵をジワジワ弱らせる事ができるんだから良いじゃん。

 ん、そう考えると後方攪乱とか良いかも。忍者軍団なんて居たら役に立つのに・・・雇おうかな。うん、雇ってしまおう!

 でもどうすれば忍者を雇えるのかな? ・・・あ、サヨに聞いてみようか、本人は俺に隠しているようだけどサヨは忍者、しかも【上忍】の職業に就いているからね。多分だけど忍者には詳しいはずだ。

 でも今はサヨはオノの庄の館で侍女をしているからここには居ない。俺がオノの庄に領地を与えられてより俺に従いオノの庄に移り住んでくれた。乳母のハルもね。だから館の奥向きの事はハルが取り仕切りサヨが補佐をしている。


「殿、オンダの者どもを蹴散らしてやりましょうぞ!」


 家老衆のゼンダユウ・クサカが出撃を主張する。お前だけ突撃して爆散してこい! とは言えないが、脳筋の相手は精神的に疲れる。キシンも辟易しているようだ。

 無駄な戦をするのは愚の骨頂、ジワジワ真綿で首を締めるように弱らせればよいのだ。


「殿、このままでは埒が明かぬのは事実。何かしらの策を打つべきでしょう」


 ブゲン大叔父も交戦派ぽい。でも受け止めようによっては戦いではない策でも良いのか? ふむ、ならば一つ面白い案が浮かんだ。


「父上、宜しいでしょうか?」


 上座で家臣の要求に心を揺らしていたキシンに発言して良いか聞いてみる。勝手に発言して不興を買いたくないしね。


「構わぬ」

「アズマ領もそうだった様にオンダ領も不作でありました。であるならば兵糧が乏しい事は言うまでもありません。恐らく商人より米を購入しているはずです」


 不作だからと言って直ぐに兵糧が不足する事はないだろう。不作でも米は収穫できているので暫くはその米を食いつぶして兵の腹を満たす事になる。


「そのような事は分かっており申す。ですから兵糧不足で撤退するのは望めないと申し上げているので御座る!」


 俺に噛み付いてきたのは奉行衆のサダエモン・クキだ。言わなくても分かると思うけどフジオウ擁立派ね。まぁ、目先の利益にしか目が向かない脳筋君だ。こんなのが奉行なんてアズマ家の損失だ。こいつと言い争っても俺に良い事はない。


「今、豊新城にはミズホ屋とイズミ屋が来ております。彼らに頼みオンダの流通網を攪乱させましょう」

「攪乱だと?」

「米を買い占めます。買い占める事が出来なくオンダが購入しても構いません。米の値が上がればそれだけでオンダの財政は破綻もしくは破綻手前に追い込めるでしょう」


 今すぐ要る米は自領の収穫分で賄えるが、それが何時までも続くわけではない。どこかで限界が訪れる事になるはずだ。


「なるほど、敵が攻撃してこないのであれば攻撃しなければならない状況を作り上げるのですな!」


 ブゲン大叔父が嬉しそうに俺の案に相槌をうつが、それは半分正解でしかない。


「その様なものを待つ必要はないで御座ろう! 我らが打って出ればそれで決着は付きましょう!」


 脳筋の筆頭ブゲン・アズマが馬鹿丸出しの発言で俺に追随したブゲン大叔父を遮る。


「大叔父上の言は半分ほど正解です」


 脳筋は無視するに限る。


「ほう、半分とな? 残りの半分を申してみよ」


 キシンが俺に説明を促す。キシンも脳筋たちは無視って感じだ。


「はい。今回の戦いでオンダ家に戦力的損害を与える必要はありません」

「なっ! そ・・・」


 ブゲン・アズマが俺の消極的な発言に憤り口を開いたが、それを制したのはキシンだ。


「続けよ」

「今回は前哨戦で御座います。ここで財力を疲弊させる事で今後のオンダを制する事ができまする」

『・・・』


 皆が俺の言っている事に理解が出来ないと言う顔をしているが、そこで奉行衆筆頭のヒョウマ・アズミが気付いたようで膝を打ち「なるほど」と呟く。


「本命は来年秋、オンダが経済的に疲弊した処に兵を出しオンダを駆逐し大平城にアズマの旗を掲げるのです!」


 大平城とはオンダ家の本拠地である。オンダ家の本拠地だけあって規模が大きい城だが平城なので比較的攻めやすい城だと俺は勝手に思っている。戦術書をよむより生産をしていた俺がそんな事知るわけないだろう。


「秋ですと!? それでは農民を徴兵できないではないか!?」


 また脳筋ゼンダユウ・クサカだ。こいつ、俺が主家の長子だという事を忘れていないか? その言葉使いは無礼千万であるぞ!


「傭兵だな?」

「はい、傭兵です」

『・・・』


 キシンは気付いたようで俺に確認というよりは自分で自分の考えが正しいか反芻するかんじだ。そして家臣の半数以上も気付いたようだ。

 そう、秋と言えば収穫期なのでオンダだけではなく、どんな家でも農民を徴兵する事はしない。そんな事をすれば収穫の人手が不足してしまうので米の収穫ができなくなり、ひいては税収が減ってしまう。それだけではない、そんな時期に徴兵なんてすれば農民の反感を買い下手をすれば農民が逃げ出したり一揆を引き起こし地盤が揺らぐことになる。勿論、一回ではその様な事にはならい事が多いが、それまでに農民をどの様に扱っているかでも違ってくるだろう。


 アズマ家では戦力の多くに傭兵を採用している。傭兵は田畑を耕す事はなく、何時でも出兵できる兵なのだ。その傭兵をアズマ家では戦力の主力としているので農閑期だろうが農繁期だろうが関係なく出兵が可能なのだ。

 因みに傭兵を雇っているのはアズマ家でありゼンダユウ・クサカのような経済の重要性も分からない脳筋は傭兵ではなく農民兵を徴兵している。

 アズマ家の領地九万石のうち直轄領は凡そ五万石、残りの四万石は家臣たちの知行地である。出兵時には一万石で三〇〇人の兵を出すことが基本であり、九万石のアズマ家の兵力は二七〇〇人になる。ここに災害とか流行り病とか過去の戦いの被害状況が勘案され兵数の増減がある。

 今回は家臣の知行地から一一〇〇人と満額近い出兵があり、ここにアズマ家の傭兵が二〇〇〇人、農民兵が四〇〇人となっている。本来であればアズマ家の直轄地の農民兵は一五〇〇人だが、オノの庄は災害があった事で徴兵はされていないし、敵はオンダ家だけではないのでその防衛の為に傭兵や農民兵を配置しているので今回の対オンダ戦では総勢三五〇〇人となっている。


「来年九月までに時間がありますので、我がアズマ家は傭兵を更に雇い入れる事もできましょう。対してオンダ家はどうでしょうか? 傭兵を雇う金もなく、さりとて農民を徴兵するにも限度があります。しかも我々は更にオンダ家を経済的危機に陥れる事が可能です。今無理に戦い兵を損ね大きな獲物を逃がすか、ここで無理をせずジワジワ敵を弱らせ全てを食らうか、これ以上私が敢えて言う必要はないと存じます」

『・・・』


 ゼンダユウ・クサカを始め脳筋たち、そして俺の作戦に理解を示す柔軟性のある頭の面々がシーンと水を打ったような静けさが広間を支配する。


「ソウシンの案を採用する! 皆の者、守りを固め敵の動きを注視せよっ!」


 バンッと膝を叩き俺の作戦を採用するキシン。キシンの命に従い「ははぁー」と頭を下げる家臣たち。脳筋たちは不承不承といった体ではあるが、ハッキリとキシンが命じた以上、これ以上反論するのは難しい。反論するのであれば俺が提示した作戦の対案を出し皆を説得する必要がある。脳筋にそんな頭はないだろう。


「なるほど、若様も随分とエグイ事をなさりますな」

「まことに、そのお歳でその智謀、将来が末恐ろしいですな」


 ミズホ屋とイズミ屋は俺の要請を受け入れてくれた。

 まぁ、米を買い占めればそれだけミズホ酒の生産量が増えるし、麦を食料にしてミズホ酒用にする必要もなくなるので麦焼酎の生産量も増える。そうすればミズホ屋やイズミ屋へ卸しているミズホ酒と麦焼酎の取扱量が増えるという餌を与えているのだ。

 嫌とは言わないと思っていたが、かなりノリノリで了承してくれた。


「米の価格を高騰させれれば良い。そなたらが無理に前面に出る必要もない。良いか、決して無理をするでないぞ」

「これはまた、有り難きお言葉」

「我ら、ソウシン様の御為、誠心誠意働かせて頂きます」





 ロイド歴三八八一年一二月下旬。


 結局、オンダ家は一二月に入って直ぐに攻撃をしかけてきた。ミズホ屋とイズミ屋が米の買い占めが功を奏して価格が上がってきた頃だったのでそろそろだと思っていたので問題はない。

 豊新城に籠るアズマ家の兵は城の中で寝食しているし飯も鱈腹食べれるのでオンダ家の兵より士気が高かった。

 俺は大手門に鉄砲隊を配置し補佐に家老衆で豊新城を落とすまでオンダ家との領境を守っていた家老衆のゴウキ・クサカが付けられた。

 考えてみれば俺って守役って付けられていなかったな。守役は七・八歳ごろになると付けられ兵法や剣術などを教える者の事だが、俺はその年で既に家に金を落とす生産をしていたのでそのタイミングを逸してしまい一一歳の若さで元服してしまったという感じか? キシンのみぞ知るってやつだな?


「左京殿、宜しなに頼みます」

「は、某の力が及ぶ限り若を補佐させて頂きます!」


 左京と言うのはゴウキ・クサカの官職である左京少進を略している。官位を含めると正七位上左京少進というのだが、長いとこうして略すのだ。勿論、正式な場所では左京少進と略さず使う。


 オンダ家は大手門から凡そ三〇〇メートルまで近付いてきた。破城槌も用意しているのが見える。

 俺の指揮下にある鉄砲隊は一〇〇人。最新式の鉄砲を配備している。勿論、俺が創った鉄砲だ。ミズホ屋から購入した鉄砲にライフリングを施し狙いが付けやすいように改造しているので射程距離と命中精度が上がっているのが特徴だ。

 今までの鉄砲の射程が約一五〇メートル、鎧を貫通させる貫通距離は約五〇メートル、大弓だと最大射程が約四〇〇メートルで貫通距離は約三〇メートル。

 これに対し新型鉄砲は射程が約二五〇メートルで鎧を貫通させる貫通距離は約一二〇メートルになっている。命中精度は銃士の腕にもよるので一二〇メートルだと七割程度だが、一二〇メートルでも百発百中の銃士が二人いるのは僥倖だった。


 敵が声をあげ走りながら前進してくる。もう直ぐ射程に入る。兵は五〇メートルを凡そ一三秒で走り抜ける。多少の誤差はあるが事前に現地の地形で計っているから信用してよいデータだろう。前世のアスリートなら五〇メートルを五、六秒ほどではしるだろうが、今回の対象は防具を着け槍や刀を携えた兵だし平坦な道でもない。それを一三秒で走るのはかなり凄いと俺は思っている。俺なら無理だって自信を持って言える。


「構えぇっ!・・・・・・撃てっ!」


 俺が合図すると鉄砲隊の指揮を執るダンベエが敵に向けて発砲命令を出す。【闘槍士】のダンベエには不本意だろうが、籠城戦では弓や鉄砲が防衛の主軸になる。

 だが、体育会系のダンベエは親分肌で部隊の指揮官としては優秀のようで畑違いの鉄砲隊ではあるが部下の信頼も厚い。


 ダンベエの合図で放たれた鉛玉はライフリングによって回転しながら飛んでいく。空気抵抗が抑えられ通常では失速し殺傷能力が劣る距離を一瞬で駆け抜け、駆け寄ってくる敵兵に命中する。

 今の射撃によって三〇人ほどの兵が倒れたようだが、そもそも敵はその数十倍の数なのでその程度では大した損耗ではない。

 しかし倒れた兵が後ろの兵の障害物になりドミノ倒しのような状況を作り出したのは意外だった。これで敵兵の進軍速度が多少緩まったのは此方としても有り難い。

 因みに鉄砲隊は五〇丁ずつの二隊に分けているので、一隊が発砲後もう一隊が発砲するので的には連射しているように見える事だろう。


 

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