『短編』クーゲルシュライバー

茶熊みさお

『クーゲルシュライバー』



「あ、クーゲルシュライバーが切れた……」

「はい?」


 私は不意に後ろの席から聞こえてきたその聞き覚えのない単語に、思わず後ろを振り返りそうになった。……だが、振り向く訳にはいかない。今は授業の真っただ中。それも小テストの真っ最中だった。


 ……危なかった。もし今後ろを振り返っていたら、大歩危おおぼけ先生にカンニングと間違えられていたことだろう。あの先生に眼を付けられてしまうと色々と面倒なことになってしまう。出来ることならそれは避けておきたい。


 しかし、クーゲルシュライバーとは何なんだろうか。

 ……気になる。テスト終わったら訊いてみ――


「……ねえねえねえ、我孫子あびこさん。その、……クーゲルシュライバーって、何なのかな?」

「…………」


 思わずズッコケそうになった。


 私の二つ後ろの席。

 好奇心の塊というか、まさに好奇心そのもののような都祁つげの馬鹿が、空気を読まずに堂々と質問しやがった。……いつも馬鹿だ馬鹿だとは思ってはいたけど、お前はやっぱり正真正銘本物の馬鹿だったのか!


「ねぇ、我孫子さんってば。聞いてる?」


 ……だからなぜ話しかけるんだ。今はテスト中だぞ。


「もう、無視しないでよ。酷いなぁ……」


 だから、酷いのはお前のその頭だ。

 その頭の中にはスポンジでも詰まってるのか。

 少しは周りの迷惑っていうのを少しは考えろよ。……それから、大歩危先生がさっきからお前の方を凄い目で睨んでるから、いい加減静かにしないと怒られるぞ。


「ちょっと無視しないでって、言ってるじゃんかー……。我孫子さんってばぁ」


 ついにガタガタと机まで揺らし始めてしまった。

 おいおい、だからさすがにそろそろ止めないと――


「……おい、都祁」


 ……残念、もう時間切れのようだ。


 私の斜め右後方。

 警戒心がなくニコニコと能天気に笑う馬鹿の隣には、額に青筋を立て冷やかに笑う大歩危先生が立っていた。……同じ笑いでもベクトルが真逆だ。


「はい?」

「私からお前に、――小テスト中だというのにいつまでも堂々と楽しそうに騒いでいる非常識なお前に対して、いくつか質問があるんだが、いいか?」

「はい、何でしょうか?」


 ……呑気に返事なんかしやがって。

 どうもこの馬鹿は、自分が今どんな状況に立たされているのか、まだ理解していないらしい。おお、ジーザス、アーメン、南無阿弥陀仏……、この哀れな迷える馬鹿にどうか救い在れだよ。


「いい返事だな。……解答は全部終わったのか?」

「はい、とっくに終わりました!」


 びしりと頭に右手を当てて敬礼をする馬鹿。


「うむ、よろしい。……では、私が解答の終わった者はどうしていろと言ったか、当然覚えているな?」

「解答の終わった人は、ですか?」


 こめかみに指を当て、記憶を辿っているようだ。


「……えーっと、確かですね。解答時間が終わるまで、……静かに待っている、ように……だった、かな?」


 今更ながら、本当に今更ながらこの馬鹿は自分が危機的状況に立たされているということに気付いたらしい。だが、今更気付いても遅い。遅すぎる。


「ああ、その通りだ。……では、最後の質問だ。お前は点数欄に赤丸を一つ付けられるのと顔に青丸を一つ付けられるの、……どちらがいい?」

「……ははは、できればどちらも勘弁して欲しいなって、思うんですけど……」

「……そうか。では、こぶひとつだな」


 ――ガッ


「いっ……たあぁ!」


 この馬鹿……と、そろそろ名前で呼んであげよう。

 都祁の軽量化が進んでいそうなコンパクトな頭部に、大歩危先生が何故か普段から教材として持ち歩いている、ロゼッタストーンの模型(1/1スケール)が勢いよく振り下ろされた。


「うわ、痛ったぁ……。ちょっ、ちょっと、ボケちゃん。それで殴るのって、なんか反則じゃないですか? 冗談抜きでメチャクチャ痛かったんですけど!」


 机に突っ伏して一通りバタバタと悶絶してから都祁は立ち上がり、大歩危先生の正面に向き合った。


「はんっ、テストの最中に机をガタガタと揺らして大声で騒ぐような大馬鹿者が反則を訴えるとは、笑わせるわ。…………というかな、」


 と、ここまで言ってから一旦言葉を区切ると、先生の目つきがより剣呑なものへと変わった。……あー、またやっちゃったよ。


「……お前ぇは教科担任を『ボケちゃん』なんて気安く呼んでんじゃねぇぞ。ケンカ売ってんのか! つうか、ボケってえのはお前ぇの方だろうが!」

「だって先生の名字って『オオボケ』じゃないですか。だから、オオボケのことを可愛らしく『ボケちゃん』と言って何が悪――」

「……だからよ、お前ぇは私のことをその名字で呼ぶんじゃねぇ。……私のことは『あかね先生』と呼ぶようにと、常日頃から何回も何回も言ってんだろうがぁ! 一体何回言わせれば気が済むんだ、お前ぇはよ!」


 ――ガッ


「痛っ……あああぁあ!」


 そして、再び振り下ろされるロゼッタストーン。

 今度は相当痛かったのか、椅子から転がり落ちて頭を机や椅子にぶつけながら、床の上をゴロゴロと転がって痛そうに悶絶していた。


「くおおおおおぉ……」

「ふんっ……」


 そんな都祁の姿を横目で一瞥し、ロゼッタストーンを軽々と片手で肩に担いで教卓の席へ戻る大歩危先生……、じゃなくて茜先生。


「……まったく、懲りないやつだな」


 そんな二人を見ながら、私もぽつりと呟く。


 この先生の本名は大歩危茜。

 社会科の講師で、私達は主に世界史を教えてもらっている。先生は少し昔のドラマの設定とかによくあった、元ヤンの不良先生というやつだ。あと、先生は自分の『オオボケ』という変な名字が大嫌いで、元ヤンなのに将来の夢がお嫁さんという萌える設定の持ち主である。


 実際に萌えるかは別として、萌えそうではある。

 この大歩危先生こと茜先生は若い頃、……と言っても今も十分若いのだが、真っ赤に染めた特攻服を着て『鮮血スカーレッド悪魔デビル』と呼ばれる、近隣でかなり恐れられる硬派なレディースグループのヘッドを務めていたらしい。今現在でもその影響力は絶大らしく、電話一本で数百人の舎弟を集められるとか何とか……。


 そんな特A級の危険人物がなぜこんな高校の教員になったのか、その経緯はよく知らないけれど、……まあ、人生色々とあるのだろう。

 それに茜先生は、この都祁のように余程の馬鹿騒ぎをしない限りは少々厳しいところはあるが、多くの生徒に慕われているとても人気の良い先生である。……そう、余程の馬鹿騒ぎをしない限りは。


 ……あと、そう言えば。さっきは軽々と担いでましたけど、その模型って7,8キロくらいありましたよね。その大きさにしては軽い方ですけど、片手で掴んで頭に振り降ろすのはちょっと不味かったんじゃないですかね。

相手が都祁だから良かったですけど。



     ◆     ◆



「いてて、まだたんこぶ残ってるよ。……ねぇ、テスト中に騒いでいたからって、あの凶悪な模型で二回もぶつってのは、いくらなんでも酷いと思わない?」

「まあ、……酷いとは思わないですね」

「むしろ甘い。もっと叱ってやるべきだな」

「そんなぁ……」


 テストも終わって昼休み。

 教室の中は机を向かい合わせて友達同士で何かと雑談をしている集団もいれば、真面目にさっきの問題の答え合わせをしている集団。それから他の教室から遊びに来ている生徒もいて、結構騒がしかった。


 そんな教室の後ろの方の一画。

 頭に大きなこぶを二つ作ったお調子者の都祁の大馬鹿と、テストの残り時間はぐっすりお休みモードだったらしい我孫子さん。それから私の三人で机を向かい合って、いつも通り適当な雑談をしながら弁当を食べていた。


「おほん。……えーっと、それで我孫子さん」

「んー、……なんでしょうか?」


 手作りらしい一口サイズのサンドイッチを、眠そうな顔でもぐもぐと食べる我孫子さん。その食事をする姿はどことなくハムスターを連想させる。


 この低血圧でいつもぼーっとしている女生徒の名前は、我孫子千恵ちえ。どちらが名前なのかよくわからない並びだけれど、千恵の方が名前だ。授業中やテスト中にいつも寝てばかりいるというのに、何故か学年でトップクラスの成績を持つ秀才だ。

 ただし、ちょっと……かなりの変わり者。


「もう、だからテスト中にしてた質問のことだよ。……ほら、あれって結局何だったのさ?」

 そして騒がしい馬鹿、こいつの名前は都祁ひじり。あだ名は自称ひじりんだが、誰もこの馬鹿のことをそのあだ名で呼んではいない。大体は『あの馬鹿』で通じる。


 わかる通りクラス一のお調子者で、『こいつ、ひょっとして馬鹿なんじゃないか?』とほぼ全員に思われているのだが、これだけ巫山戯ふざけているというのに何故かテストでは満点を取る学年トップの成績の持ち主である。

 ……だがテストの成績が良いといっても、見ての通りこいつは間違いなく正真正銘の馬鹿だった。

 ちなみに都祁が食べているのは購買で買ったパンだ。


 あと、話にまったく関係はないが一応説明をすると。

 購買と言ってもそんなに規模の大きいものではなく、昼頃になると学校の特別棟近くまで地元のパン屋が売りに来てくれるのだ。値段の方も自営業ならではのお手頃価格。安い割に大きいので、小遣いの少ない生徒のお腹にも懐にも優しい人気の購買だ。


「そう言えば、私もそれは気になってたな」


 テスト中に聞こうとは、さすがに思わなかったがな。


「………はて?」


しかし、その質問に首をかしげる我孫子さん。


「私、……質問なんて何かされましたっけ?」

「…………?」

「えー、したじゃん。何度もしたじゃんかぁ」

「うーん、……そうでしたっけ?」


 どうやら覚えていないようだ。ということは……。


「えーっと、我孫子さん。……その時、寝てた?」

「ああ、……たぶんそうだと思います」


 どこでもすぐに寝付く才能。

 それが我孫子さんの特技というかなんというのか、少々変わっているところだ。気が付くと、いつの間にか寝ているというか、目を離した隙に寝ているというのか、常に半分ほど寝ているような人だ。しかし、そんな半覚醒状態でねぼけているというのに、何故かこうして日常生活が成立しているということが何とも不思議だ。


「そんなぁ、それじゃあ私の怒られ損じゃん……」

「関係ないだろ、人のせいにするな」

「あてっ……」


 私は弁当箱の蓋で都祁の頭を軽く叩く。

 ちなみに、先程からそんなお馬鹿な二人の突っ込み役をしている私の名前は、安心院あじむ蓮華れんげ

 教室ではあまり目立たず成績は中の上と、特に良くも悪くもない。二人と違って面白味もなく、趣味もなく、味気もなく、普通街道をただ突き進んでいる平々凡々な一般人である。それからこれも別に関係はないが、私の今日の弁当はオムそばだ。


「たんこぶの所を叩かないでよ。……これ地味に痛いんだからね。脳になんか響くんだよ、ごわーんって」

「おお、ごめんごめん。次から気を付ける」


 次もしっかりたんこぶを狙うことにしよう。


「……んぐ、ごちそうさまでした」


 そんなことをしてる間に、我孫子さんがサンドイッチを食べ終えてしまった。バスケットいっぱいに入っていたはずなのに、いつの間に食べ終えたのだろうか。

 あと、飲み物なしでよくあの量のパンを食べられたな。


「んー、……わからないけど。ごめんね、都祁ちゃん」

「うん、許す。超許す」

「そこの馬鹿、調子に乗るな」

「あてっ……」


 そして再び、弁当箱の蓋で都祁に突っ込みを入れる。当然ながらたんこぶをしっかりと狙って。


「それで、……私はどんな質問をされたのですか?」

「そうだった。寝言だったのかもしれないけど――」


 ――ガタッ


「クー……ゲル、シュライバーッ!」

「…………」

「…………?」


 突然食べかけのパンを掴んだ右手を上へと突き出して立ち上がり、まるで必殺技でも決めたかのように大声でその名前を叫ぶ都祁。さっきまでガヤガヤ騒がしかった教室が、しんと静まり返ってしまった。


 ……なぜ大声で叫ぶんだ、この馬鹿は。

 どうしてくれる。教室のみんなどころか、廊下にいた人からも変な注目を集めてるじゃないか。


 ……見せ付けたいのはわかるけど、頼むからこれ以上その自慢の馬鹿姿をあまり周囲に晒さないでくれ。一緒にいる私たちまで同じ馬鹿だと思われるじゃないか。


「……って、何?」

「…………叫ぶ必要は、あったのですか?」

「いや、何となくだけど?」

「……この、馬鹿っ!」

「痛っ!」


 この馬鹿のたんこぶを蓋で思い切り叩いてやった。

 もっと普通に質問はできないのか、この馬鹿は。


「あー……、クーゲルシュライバーですか……」


 思いあたるところがあるのか、少し思案顔になる。


「ええっと、それでしたら。……テスト中、スティロ・ディアルキアスの代用として使用していたんですよ」

「す、すて……、えっとなんだって?」

「……スティロ・ディアルキアス?」

「はい、……そうです」


 ……おいおい。また私の知らない単語が出てきたぞ。


「あと、……それも先程テスト中に使用できなくなってしまったのです。……すでに解答は終わってましたので、問題はありませんでしたけど」

「使用できなく……って、クーゲルシュライバーが?」

「そうですよ。……ストックから補充すれば、また使用できるようになるとは思いますけど。……残念です」


 そう言うと我孫子さんは、処理能力が追いつかずに固まってフリーズしている私達二人を後目に、さっさとバスケットを自分のロッカーへ片付けに行ってしまった。


 えっと、……なんだ、そのゲームや小説の世界で聞きそうな単語は。夢の話? それとも最近やったゲームや読んだ本の話とかなのか? とりあえず日常生活を送る中ではまず聞かない言葉であることには違いない。


「……うん?」


 ふと隣を見ると、机から身を乗り出している都祁の目が、通常時の約三倍ほど輝きを増している、……ような気がした。どうやら安孫子さんの言った不思議な単語は、この探究する馬鹿フール・シーカーの琴線に見事に触れてしまったらしい。


「……か、カッコイイ!」

「…………うわ」


 あーあ、変なスイッチ入っちゃったよ。


「あれ……? まだ食べ終えてないのですか?」

「我孫子、さんッ!」


 ――ガバッ!


 ロッカーから戻ってきた安孫子さんは、ゆっくり椅子に腰掛ける前に、机を軽々と飛び越して抱きついてきた都祁にがっしりと捕らえられてしまった。


「えっと、……なんですか?」


「ねえねえ、そのクーゲルシュライバーとかスティロ・ディアルキアスって一体なんなの? 魔法具とかの名前、それとも呪文とかかな? それって発動するとMPマジックポイントはどのくらい消費するのかな? それからもしかして、我孫子さんって実は魔女とか魔法使いとか魔法少女とかだったりとかするのかな? 変なマスコットと契約して魔法少女になっちゃったのかな? もしそうだったら、魔法の使い方とか他にも色々私に教えてくれないかな? ……って、言うかお願いします。教えて下さい!」


「…………はい?」

「あっちゃー……、またかよ」


 机の上で華麗に土下座をする都祁を前に、きょとんとしている我孫子さん。予想はしてたんだけど、やっぱり始まっちゃったよ。都祁のオカルト好きが……。


 これが探究する馬鹿、都祁の悪い癖だ。

 この馬鹿はいわゆる胡散臭いオカルト話が大好きなのだ。魔法使いに始まり、宇宙人、超能力者、人造人間、UMA、妖怪、妖精……何でもアリだ。それに加えてどうも最近はゲームとアニメの二次元ヲタク文化にのめり込んでいるようなので、魔法関連について特に色々知りたいのだろう。


 ……しかし、机の上で土下座をするな。


「…………?」

「はーい、どうどう……。お前さんのその逸る気持ちは分からなくもないが、少し落ち着こうな? 我孫子さんも困惑……はあまりしてないみたいけど、いまいち話を飲み込めてないみたいだから」

「はっ、……ごめん」


 興奮する都祁を机から引き摺り下ろした。

 ……そもそも話を飲み込めていないとは言ったけど、しっかり飲み込めたところで、はなから荒唐無稽な話であることには違いないよな……。

 だって、『魔法を使えるか?』だもの。


 ……それより、ようやく教室内も元の騒がしさに戻りかけていたというのに、お前のせいで再び静まり返ってしまったじゃないか。お前は何だ、楽しい周囲の空気を一瞬で凍らせるのが密かな趣味なのか。

 それとも何か。魔法少女になるまでもなく、こいつはすでに氷属性の魔法ブリザドでも覚えているっていうのか。


「うーん、そんな魔法のこととか私に訊かれても……」

「そこを何とかっ……!」


 机に両手をつき、頭を下げる都祁。


「えーっと、……だから――」


 足元に縋り付いてしつこく迫る都祁の馬鹿に、さすがの我孫子さんも少々困り始めた頃。


――コンコンッ……


 と、ノックの音。


「おーい、我孫子さん。茜先生が呼んでるッスよ?」


 どうも『おい、ちょっと面貸せや』と大歩危先生から呼び出しをされてしまったらしい我孫子さん。


「あら、……何か急な用事ですか?」

「さあ? 愛の告白って感じじゃなかったッスよ」

「そりゃそうだろ……」


 やって来たのはうちの学級長、鳥栖とす汎子なみこさん。

 こうして学級長を務めている訳だけれど、汎子さんは特に成績優秀という訳じゃない。はっきり言ってあまり目立ったところはなく、私と同じくらいに普通な人だ。だが、人に指示を出したり人をまとめることが得意で、根っからのリーダー気質を持っているのだ。


 ちなみに、いつも縁なしの眼鏡をしているけれど本人曰く、どうもそれは度の入っていない伊達眼鏡らしい。


「今は生徒指導室にいるッスよ」

「ほお、我孫子さんが生徒指導室に呼び出しねぇ……。なるほど、授業中の居眠り常習犯がついにその罪を償う日がやって来たってことなんですかねぇ?」

「えー、茜先生の担当授業の時は、居眠りしないように頑張ってますよ……」

「もしかしたら、他の先生からの依頼なんじゃないか? ……というか、お前がそれを言うな」

「あてっ……」


 お前は居眠りどころか、授業妨害の常習犯じゃないか。この馬鹿の日頃からの喧しさに比べたら、安孫子さんの居眠りなんてまったく迷惑にはなっていない。


「では、……行ってきます」

「あっと、行ってらっしゃいッス」

「しっかりと罪を懺悔してきな――……って、ちょっと首首ッ! 首は止めて!」

「……お前は少し、静かにしていろ!」


 馬鹿の首をじわじわと締め上げながら、教室から出る安孫子さんを見送った。



     ◆     ◆



「し、死ぬかと思った……」

「あれくらいじゃ人は死なん。せいぜい堕ちる程度だ」

「と言うか、堕ちる時点でかなり危ないッスよ」


 この程度でこの馬鹿が懲りたとは思えないが、適当に締め上げたところで都祁を解放してやった。……堕とすつもりで絞めたのに、しぶとい奴だ。


 教室に残された私たち二人は、安孫子さんの代わりに鳥栖さんを加えて、また下らない雑談を再開していた。とは言え、先程の雑談の中心にいた安孫子さんがいなくなってしまったので、自然と安孫子さんの話となった。


「授業中ずっと居眠りしてるのに常にテストで成績上位にいるのって、よくよく考えると不思議ッスよね。本当にどうやってるッスかね」

「あー、それ私も不思議に思ってた」

「お前がそれを言うな、何故か常に成績トップの馬鹿」


 いつもいつも巫山戯てばかりいるくせに、テストではなぜか毎回決まって学年トップを独占。

 この馬鹿の普段の様子を知っている教師達は、いったいどんな気持ちでこいつの解答を採点しているのか……。その心中を察すると申し訳ない限りだ。


「いやぁ、それ程でもあるかな?」

「褒めてないッスし、結構ウザいッスよ」

「……私はお前が成績トップにいるのが不思議だよ」


 それが天才ってやつなんだろうけど。


「たぶん運と勘と、一%の閃きってやつ?」

「うるせえ、黙れ。九十九%の努力をしていないやつに、一%の閃きがどうとか言われたくない」


 エジソンだってそこまで傲慢じゃないぞ。


「九十九%の運と勘ッスね」

「でも、安孫子さんも似たような感じなんじゃない?」


 安孫子さんもこいつと似たような天才タイプなのか? それはどうなのだろうか。……いや、


「たぶん違うだろ。前に安孫子さんの解答を見たけど、お前みたいに素っ頓狂な間違いは書いていなかったし。考えた上での間違いって感じだったぞ」


 そんなに天才がいてたまるか。


「そう言えば都祁ちん、この前のテストで大阪城を築城したのは誰かって問いに『大工』って答えてたッスね。この問題はなぞなぞじゃないッスよ?」

「でも、合ってるでしょ?」


 合っているかもしれないが、問題として間違ってる。

 たとえ合ってたとしても、お前のその考えは間違っていると声を大にして言いたい。


「合ってない。返却の時、茜先生に殴られただろ。……とにかく、安孫子さんはお前と違って勉強は一応してるってことだよ。どうやってるのかは知らんけどな」

「やっぱり、よく言う睡眠学習ってやつッスかね」

「そのまんま過ぎるだろ……」


 確かひと昔前にそんなのがあったような気がするな、枕にスピーカーの付いた奇妙な形の睡眠学習器。

 寝る間に英単語とか歴史の年表とかを聞いていたら、いつの間にかそれを覚えてる……とかいう明らかに胡散臭い感じのものに効果があるとは思えないけど。


 まあ、それはともかく。


「今度、安孫子さんに勉強方法でも訊いてみるか」


 何かいい勉強法があるなら、ぜひ教えてもらいたい。


「じゃあ居眠りの説教から帰ってきたら、さっそく訊いてみよっか。……授業中ばれずに居眠りをするコツとか、早食いのコツとか他にも色々と」

「……お前は授業中静かにするコツを教えてもらえ」


 この馬鹿の場合はたとえ寝ていたとしても、十中八九騒がしいことになるような気がするが……。


「だから、居眠りの説教じゃないと思うッスよ」

「……でも居眠りのことじゃないなら、他に安孫子さんがあのボケちゃんに呼び出される理由なんてあるかな? ……特に思いつかないけど」

「安孫子さん、授業中の居眠り以外は基本的にまじめな生徒ッスからね。……まあ、そもそもその居眠りしてるのが駄目な気はするッスけど」

「それには激しく同意するけど、……確かに妙だな」


 ……なにより、テストの終わったこのタイミングでの呼び出しだと言うことも少し気になる。


「ああ、そう言えば。伝言頼まれた時、茜先生がテストのことでなんとやら……って言ってた気がするッスね。……まさか、安孫子さん。不正でもしたッスかね」

「いやいや、まさか。安孫子さんに限ってそんな――」

「……あー、成程ね」


 反論しようとした私の言葉を遮り、都祁が頷いた。


「おい、都祁。何を言って……」

 都祁はやけにゆっくりとした動作で椅子に座り、その足を大袈裟に組むと、意味ありげに話をし始めた。


「んー……いや、わかんないよ。でも、もし何か不正をしていたのなら、居眠りをしているのにテストでは常に成績上位にいるってことにも一応説明がつくよね。……うんうん、つまりそういうことだったのか」

「じゃあ、カンニングでもしてたってことッスか?」

「んー……いや、それはきっと違うだろうね」

「それこそ、当たり前だ。茜先生がいるんだ、……もしカンニングなんてしたら、テスト中に確実にバレるさ」


 そしてその瞬間に指導室行きは決定するだろう。


「そもそも、あの茜先生の前で不正できる訳ないだろ」

「彼女には絶対にバレない不正の方法があったのさ」


 絶対にバレないだって? あのネズミ一匹の動きさえ見逃さない茜先生の監視を逃れる方法なんてあるのか?


「じゃあ、都祁ちんはなんだと思うッスか?」


 無意味に自信満々な顔で一旦間を開けると、


「ふふふ、答えは、……魔法さっ!」


 と、アホなことを自信満々に言った。


「…………………はい?」


 ――ガタンッ


 思わずズッコケた。

 近くの机と椅子を巻き込んでズッコケてしまった。


「…………魔法、ッスか?」

「そう、魔法だよ。その名もクーゲルシュライ……って、なんで蓮ちゃんは床に寝ているのさ。まだ掃除前だから服とかたぶん汚れるよ?」

「ああ、……なんて言うか。予想外なようで予想通りのその答えに、突っ込みどころが色々ありすぎてどこから突っ込むべきか悩むところなんだけど、とりあえず……どさくさに紛れて私のことを蓮ちゃんって呼ぶな!」

「え、何……って、あぶしっ!」


 頭にできたたんこぶを狙い、全力で拳を振り降ろした。


「おっと、突っ込むところが違くないッスかね」

「はー、ふぅ、はー……。いや、つい」


 この様子を見ても相変わらず平然としている鳥栖さん。

 学級長ともなれば、そんな程度のことで狼狽うろたえないということだろうか。学級長になる予定はないが、その姿勢は参考にしておこう。


「そんなことより……大丈夫ッスか、あれ?」

「…………うん?」

「……っ~~!」


 私の本気の拳骨を喰らった都祁は、つむじのあたりにジャストミートしたのか、床に倒れて声も出せずに悶えている。そしてたぶん頭には、本日三つ目のたんこぶができているはずだ。私はそんな都祁の様子を見て、


「……あ、その……。ごめん」


 少しやり過ぎたと思い、素直に謝った。



     ◆     ◆



「あそこでうだうだ言うなら、直接聞けばいいッスよ」


 訳の分からないまま教室でうだうだとしていても埒が明かないと、鳥栖さんに連れられて私達は生徒指導室の扉の前へと来ていた。


 ……正確には鳥栖さんに首根っこを掴まれてここまで引きずられてきたので、連れられ、と言うか連れ『去』られの方が正しかったかもしれない。本当に抵抗する間もなく、本当にあっという間に拉致されてしまった。


 思い立ったら即実行。……そう言えば鳥栖さんって、普段からそういう人だった。


「……それはそうなんだけど。でもこういう場所って、テスト期間中に生徒が入ってもいいんだっけ?」


 ここは見たところ張られてないみたいだけどこの時期って、職員室や研究室の扉とかに『生徒立ち入り禁止』とかいう貼り紙がされてたりするよな。


「職員室や研究室は駄目ッスね。作った解答例を盗まれないようにする為とか、採点時のプライバシー保護の為とか、色々と面倒なことがあるッスからね。……でも、生徒指導室はテスト期間中も変わらず通常運営ッスよ。今日も変わらず生徒をビシバシ指導してるッス」

「まあ、それは当然か。……そうじゃなきゃ、そもそも茜先生に呼ばれたりとかしないよな」


 生徒指導室前の廊下はとてもがらんと空いていた。

 ……こういう場所って、すごく入り辛い。


「じゃあ早速入るッスよ」

「あ、ちょっと……」


――コンッ、コンッ


「はいよ、どうぞ」


 中から茜先生の声がした。


 ――ガラッ……


「……二年Eクラス、鳥栖汎子。大歩危茜先生、並びにそこに同室している安孫子千恵さんにお聞きしたいことがあります。入室してもよろしいでしょうか」


 そう言って生徒指導室の扉を開けると背筋を伸ばし、鳥栖さんは先程までの砕けた喋りでなく、教師に対するきちんとした形式に則った喋り方へと変わった。


「うむ、……入室を許可する。入りなさい」

「……失礼します」


 そして一礼してから中へと入った。


「……へぇ」

「……まあ、そんなに構えなくていいッスよ」


 そう、入る時に軽くこちらに言う汎子さんであった。

 委員長ともなるとこうなるものなのか、まるで会社員と言うか、軍人のような会話だ。さすがにここまで固くは言えないな。いつも通り普通に言うことにしよう。

 まあ、とりあえずはノックから、


――コンッ、コンッ


「えっと、……同じく二年のEクラス、安心院蓮華です。用件は先程と同じで、先生と安孫子さんに用があります。入室してもよろしいでしょうか」

「よし、入りなさい」

「失礼します」


 私も軽く頭を下げてから中に入る。

 そして、最後に残った都祁はと言うと……、


 ――コンッ、コンッ、コッコッコッ……コンッ


 リズミカルに扉を叩き、


「はぁ~い☆ みんなのアイドル、みらくる☆ひじりん改め、都祁聖ちゃんだよ☆ 愛しの茜ちゃんに会いたくなって、思わずここまで急いでやって来ちゃいました。みらくる華麗に入室しちゃてもいいですかぁ?」

「帰れ」


 ――バンッ!


 扉を閉められ、文字通り廊下に閉め出された。


「失礼しました、ごめんなさい! 私もさっきの二人と用事は一緒なんですよ。だから一人だけ廊下に閉め出さないで下さい。私も中に入れて下さいよぉ!」


 ドンドンと扉を叩いて縋り付く都祁。


「この、馬鹿……」

「都祁っちはぶれないッスね」


 ……茜先生にそういった冗談が通じないのはわかっていたはずだろうに、どうしてそんな馬鹿なことをしようと思ったのか。……それとも正真正銘の馬鹿なだけに、そこに理由などありはしないのだろうか。


「入れて下さいよぉ……」


 都祁の情けない声がこちらに聞こえてくる。


「…………はあ、仕方ない。入れ」


 ――ガラッ


「あ、ありがとうございます……」


 溜め息混じりの茜先生に扉を開けてもらい、ようやく都祁も生徒指導室に入ることができた。


「……それで、三人とも何の用だ?」


 腕を組み、胡乱げな視線をこちらに向ける茜先生。


「えっと、そのことですが――」

「ぶっちゃけ、どうして安孫子さんが生徒指導室なんかに呼び出されたんですか? って話ですよ」


 またしても人の話の途中に割り込んでくるこの馬鹿。


「……まあ、そういうことです」

「はぁ、……言いたいことはわかった。出てけ」


 親指でビシッと出口を指さす茜先生。


「そんな……」

「理由は言わなくともわかるだろ。こうして生徒指導室に呼ばれたという時点で、どういう話なのかある程度は予想がついていたはずなんじゃないのか?」


 扉の前にかたまる私達三人の前に立ち、諭すような声でゆっくりと静かに話しかける。


「そりゃ、……そうですけど」

「どうしても聞きたきゃ、後で本人に聞けばいいだろ。私がここで話すような内容じゃない」

「…………はい、わかりました」


 考えればわかることだった。

 よく考えなくても、生徒指導室に呼び出されるような内容をおいそれと話してもらえるはずがないってことはすぐにわかることだった。


「え、帰るの? 強引に話を聞いたりとかしないの?」

「駄目ッス。ここは大人しく帰るものッスよ」

「少しは場の空気を読んでくれよ。ほら、帰るぞ」

「来たばっかりなのに……」


 ぶつぶつと不満を言う都祁を押し出し、廊下へと出る。

 でも、晴れると思っていた胸のもやもやは消化不良で一層濃くなったような気がする。


「……安心しな。本当に、下らない話だよ」


 部屋を出た背中に向かって、ぽつりと小さく茜先生のつまらなそうな声が掛けられた。


「それって――」

「茜先生、……終わりました」

「おう、終わったか」


 中から安孫子さんのいつもの気怠そうな声が聞こえた。


「安孫子さんっ!」

「あれ、……安心院ちゃんと都祁ちゃん? あと、それから鳥栖さんまで、……どうしたの?」


 突然の登場にきょとんとする安孫子さん。


「もう、どうしたのじゃないよ。……やっぱりさっきのことがどうしても気になってさ、…………それで結局、クーゲルシュライバーってなんなのさ!」

「おい、そっちかよ! それも確かに気にはなるけど、今したいのはその話じゃないだろ」

「どうして安孫子さんはここに呼び出されたッスか?」


 話が脱線気味になっていたところを鳥栖さんが冷静に本筋へ戻してくれた。ありがとう、さすがは委員長。


「そう、それだよ。……言いたくないのならいいけど、でも私はその理由を知っておきたいの」


 そう言って私は、安孫子さんに詰め寄った。

 すると、安孫子さんは珍しく困ったような、恥ずかしそうな顔をして視線をきょろきょろと動かしている。


「えーっと、ですね。……理由は、これです」


 そう言って安孫子さんが見せたのは、一枚の解答用紙。たぶん先ほどやったテストの解答用紙だ。


「まさか、……本当にカンニング?」


 それじゃあさっき中から聞こえてきた言葉は、反省文を書き終えたということだったのだろうか。

 ……茜先生は安心しろって言ってくれたのに。


「なんで、……カンニング?」


 しかし、安孫子さんはそんな心配とは裏腹に、まるで見当違いな言葉を訊いたかのように首を傾げていた。


「あー……、とりあえず不正はしてないぞ。不正は」


 と、後ろから聞こえる先生の呆れ声。……良かった。どうやら、テストでカンニングをしていたという訳ではなかったみたいだ。


 とりあえず、胸のもやもやは晴れた。

 ……ただその代わりに、なんとも変な疑問が浮かんでしまった訳だけれど。どうしたものだろうか。


「それじゃあ、何があったッスか?」

「その解答をよく見てみろ。……呆れるぞ?」


 茜先生はそう言って解答用紙を指さす。


「呆れる?」


 呆れるとはどういうことだ。

 おかしな解答をしていたところで、呼び出しを喰らう程ではないと思うし。解答用紙をじっくり見たところで、何か変なところはないように思うけど――


「あれ? この解答……」


 そして気付いた。


「あ、これボールペンで書かれてるじゃん」


 文字がすべて黒いボールペンで書かれていた。


「……これって、どういうこと?」

「…………」

「こいつの癖って言うか、勉強法だよ」

「勉強法、……ですか?」


 恥ずかしそうにうつむく安孫子さんの頭に手を置き、茜先生は代わりに面倒そうに事の仔細を説明した。


「ノートなんか見せてもらえばすぐわかるけど。こいつ、授業内容を全部ボールペンで書き込んでるんだよ。そうすれば書き間違えても下手には消せないから、書き込むたびに自然と集中して頭に入るっていう訳さ」

「変わった勉強法ッスね」


 だけど中々効果がありそうな勉強法だ。


「ああ、私がよくやってた勉強法だ」


 そういえば若い頃に随分とやんちゃをして勉強なんてろくにやってなさそうなレディースグループの茜先生ヘッドがこうして教師をやっている訳だけれど、もしかしてそれもこの勉強法のおかげなのだろうか。


「ということは……もしかして、この勉強法って先生が安孫子さんに教えたんですか?」

「まあな、いい勉強はないかとこいつに聞かれたから、適当に教えてやったんだよ。……テストまでボールペンで書けとは教えてなかったはずだけどな」

「えっと、……すみません」


 居眠り常習犯の安孫子さんは体質的に長時間起き続けることが苦手らしく、起きている間に少しでも効率よく勉強できるよう、この勉強法を教えてもらったらしい。


「ごめんね、……なんだか心配させちゃったみたいで」

「私達が早合点して勝手に心配してただけだしね。……まあ、なんでもなくてよかったよ」


 何はともあれ、これで一件落着だ。


「いいや、話はまだ残ってるんだってのさ」


 これでようやく話が終わると思ったところに、都祁が不満そうに言った。……もうこれで終わりで良いだろ、話をこれ以上ややこしくしないでくれ。


「他に何かあったッスかね?」

「だ・か・ら・さぁ。クーゲルシュライバー……、結局の所なんなのさ、それは? 場の流れにまかせて勝手に有耶無耶にしないで欲しいんだけどさ」

「ああ、そう言えば……そんなのもあったな」


 確かに気になるにはなるんだけど色々とあった訳だし、別に今聞かなくてもいいかなと思ってたんだけど。


「何ッスか、それ?」

「事の発端かな、……間接的にだけど」


 思えば安孫子さんのあの一言からこうして変なことになった訳だから、強ち間違ってはいないと思う。


「さあさあさあ、誤魔化したって無駄だぜぇ……。ほら、さっさと吐いて楽になっちゃいなよ」

「何って、……これだけど?」


 そう言って安孫子さんが私達の前に出したのは――


「……ボールペン?」

「うん、……ボールペンクーゲルシュライバーだけど?」


 何の変哲もない筆記用具ボールペンだった。


「……じゃあさ、スティロ・ディアルキアスは?」

「……ボールペンスティロ・ディアルキアスだよ?」

「スティロ・ディアルキアス?」

「だから、……ボールペンスティロ・ディアルキアスだよ?」

「…………うん?」

「…………はい?」


 つまり、……どういうこと?


「……疑問符をふわふわと頭の上に浮かべてるお前らに、茜先生がひとついいことを教えてやろう」


 お互いに疑問符を浮かべたまま固まってフリーズしていた私達四人を見かねてなのか、茜先生が助け舟を出してくれた。


「ボールペンのドイツ語訳が『クーゲルシュライバー』、それからついでに言うと『スティロ・ディアルキアス』っていうのはギリシャ語訳の言い方だな」

「…………」

「…………?」

「えーっと、それって?」


 ……なんだか変な予感がする。


「つまり、……こいつの持ってるボールペンの名前だ」


 散々引っ張っておいて、こんな答えでしたか……。


「……オチは?」

「オチ? そんなものある訳ないだろ」


 まあ、そうでしょうけどね。


「うんうん、そりゃそうだろうね。……なんてたって、ここには天才美少女の私がいるんだから!」


 と言うところで、いつも通りに余計なことを言う都祁。

 ……さて、何を言うつもりだ?


「どういうことッスか?」

「だって私は、落ちオチ着かないから」

「…………………へぇ」


 ……こんな下らないオチで良かったんだろうか。

 そして上手いことを言ったという感じのドヤ顔でいた都祁の肩に、……ポンと置かれた茜先生の手。


「……ほう、自覚はあったということか。都祁」

「え、あ、……いや、そういう訳じゃなくてですね?」

「折角こうして生徒指導室に来たんだ。いい機会だから落ち着きのないお前を徹底的に指導してやるよ」

「それはまたの機会にして欲しいかなぁ、……なんて」

「そういう訳にはいかないな。こういう落ち着きのない生徒がいる時は……」


 そう言って意地悪そうに笑い、一言。


「教師が落ちオチつかせなきゃいけないだろ?」





Fin

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『短編』クーゲルシュライバー 茶熊みさお @chakuma

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