第114話 決意する俺

 サーリムは剣を落とし痙攣をし始め絶命した。

 その光景を呆然として見ていた兵士達がこちらに詰め寄ってきた。


 ――お前ら死ね!


 俺は後ろ手に縛られたまま祝福を使う。

 ミトコンドリア暴走とビブリオ・バルニフィカス人食いバクテリアを異常繁殖させる。

 近寄ってきた兵士達があるものは燃え上がり、あるものは溶けるように壊死していく。

 隙を見て縄の腐食菌を増殖させ溶かし落とす。


 一人の槍を構えた兵士が勢いに任せて突進してきた。辛うじて避けると悲鳴が聞こえた。

 振り返ると槍がルクサーナの腹を貫通していた。


「貴様! 何するか!」


 俺は兵士の横腹を蹴り飛ばし祭壇から突き落とす。

 俺はルクサーナを抱き起こし、傷の状態を見る。かなり出血をしている。


「くそ!」


 兵士達がどんどんとその数を増やしこちらに近寄ってくる。

 群衆は叫びながら混乱に陥っている。


 ――俺が逃げ出すにはルクサーナを使うしかないか


 俺は近くにあった首を入れるための壺を引き寄せながらルクサーナに兵士が持っていた剣を突き立てる。


「待て! 教皇の命がどうなっても良いのか?」


 動きを止めた兵士達を横目で見ながらアルマを緊縛しているローブを切る。

 俺は兵士の中で一番豪華そうな装備をしている奴に話しかける。


「おい。お前がこの中で最上位の階級か?」


 呼びかけた兵士が辺りを見渡し観念したように俺を見てきた。


「良いか? この壺の中には大量の病原菌が入っている。言わば呪いの壺だ。この壺の中身をぶちまけたら、貴様ら全員苦しみながら死ぬ。俺が街を全滅させたことは聞いてるんだろ?」


 兵士は及び腰になりながら頷く。


「よ〜し。この壺を持った俺が倒れたら全員死ぬんだぞ? だから俺たちを安全にこの教都からだしてくれ。分かったな?」


 兵士は脂汗を流しながら逡巡してる。

 俺はルクサーナに声を掛ける。

 

「おい。ルクサーナ。お前からも命令してくれ。頼む!」


 ルクサーナは荒い息をつきながら弱々しく声をだす。


「あ、貴方達。道、を、空けな、さい」


 兵士達は慌てて祭壇から降り、群衆を割り、道を空けた。

 ルクサーナの傷口を圧迫するように布で応急処置を施す。


「ルクサーナ。少し我慢してくれ」


 ルクサーナは俺の目を見ながら微かに頷いた。

 壺をアルマに持たせ、俺はルクサーナを横抱きにして歩いて行く。

 群集達はシンと静まり返り、固唾を呑んで視線で俺たちを追った。




「ここまでくれば良いだろう」


教都から1kmは離れた丘の上に俺はルクサーナを地面の上に下ろした。


「ルクサーナ。大丈夫か?」

「……あ、まり、大丈、夫では、ないわ」


 視線を彷徨さまよわせている焦点があわないようだ。


「アルマ。こんな傷を治せる祝福持ちはいるのか?」

「……私にはわかりません」

「無駄、よ」


 ルクサーナが俺の手を握り独白し始めた。





 ここまで血を流せば祝福でも治せない。

 もう少しで私が生き残れたのに。本当に細いルートではあったけど貴方を処断すれば生きれたのよ。折り重なった糸をより分けていくのは大変なのよ。

 貴方をこの世界に呼び寄せるようにしたのは私。貴方の祝福がこの世界を変えられる可能性があるって分かってたのよ。だけどここまで。

 ……私は優子ではないわ。貴方の記憶を辿ったのよ。嘘をついていてごめんなさいね。優子は貴方の記憶の中にしかいないの。

 ねえ。苦しいのよ。私苦しいのは嫌いなの。

 さあ。信吾。ひと思いに殺して。





 ルクサーナの顔は青白くなり生気が抜け落ちていく。

 俺は迷う。殺すのか。俺がこの手で殺すのか。


 ――違うな。殺すんじゃない。この瞬間だけ生かしてやるんだ。俺の心の中で。


 俺は決意しルクサーナの胸に剣を突き立てる。


「……さよなら。優子」


 ルクサーナは満足そうな顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る