第101話 政争の具の俺

 翌日、特に拘束される訳でもなく山を降りた。

 降りたがジャッバール率いる軍が駐留しているだろう麓の家には寄らなかった。

 それどころか避けるように移動していく。ガルが先頭になり俺の横にサーリム、後ろにアルマの布陣で歩いている。


 そうそう山を降りている時にサーリムからは警告だか忠告だかは言われた。


「逃げるのは勝手だが俺からは逃げられんし、逃げられたとしてももっと酷い扱いになるぞ。今やお前さんは一躍、時の人だ。様々な勢力が狙っている。かくまえるのは教皇のところだけだ。信じるかどうかは任せるが」

「時の人?」

「お前さんの祝福のことだ。力を得たい。誰かの力を削ぎたいと考えている権力者がお前さんの力を欲してるってこった。」


 家を避けてアルマが居た村に行く際に掛けた橋の跡地に連れられた。

 不思議に思ってサーリムに聞く。


「ジャッバールの所に合流しないのか? 仲間なんだろ?」

「まあ、色々とあってな。あの猪にお前さんを渡すとその先が保障できないからな」

「保障って……」

「教皇にお届けする前に何処かに連れて行かれる可能性が高いってことさ。タカ派だからな。教皇は穏健派で政敵ってこと」


穏健派と強硬派で争ってるのか? それとも教会と誰かが争ってるのか?

宗教の話はよく分からん。


「そのタカ派は俺の力を誰に向けようとしてるんだ?」

「……さてね。脳筋のやることは色々極端だからな。想像の斜め上を行くことがあるしな。ただ多くの人が死ぬことになる」


 サーリムからの言葉だけだと都合の良いことだけを教えられそうだし、全体の絵が見えないので俺にとって何が正しいのか分からない。



 前に川に橋を架けた場所にでた。


 なぜこいつらが知っているのかと思ったら前にアルマ達と一緒に渡ったか。でも良く場所を覚えてたな。


 川に架けた橋は壊してしまったのでロープしか残っていない。

 一人ずつしか通れないので命綱をつけ、レスキュー隊の様に綱渡りをする。ガル、サーリムが先に渡る。渡る前にナイフを取り上げられる。


「渡ってる最中にロープを切られたら敵わんからな」


 更に縄を打たれて逃げ出さないようにされた。

 サーリムが渡りきり、続いて俺も渡るように言われる。


「アルマ。俺と一緒に逃げよう。縄を解いてくれ」


 アルマは首を横に振る。


「シンゴ様を救えるのは教皇しかおられません。その上でどうしてもシンゴ様が納得されないようであれば……その時は私が命に変えても逃げだすお力になります」


 じっとアルマが見つめてくる。


――どうするか。


 女の視線に弱いし、色々あって考えるのが億劫になってきた。

 言いなりになるのも癪に障るし。


 焦れたサーリムが腰に打った縄を引っ張ってくる。


 俺は仕方なしに川を渡ることにした。




 「ここで待て」


 川を渡り道にもならないような道を幾日も歩き、突然止まった。

 辺りを見渡しても何もないただの草原だ。


 ここに来るまではサーリムと少しずつ喋った。ガルは寡黙に先頭を歩き、アルマもガルやサーリムが側にいると喋らない。

 俺が騙されやすいのか、サーリムもそれほど嫌なやつでもない気がしてきた。


 そもそもサーリムを何度も倒そうとしたがムダだった。


 サーリムが近くにいると祝福が発動しないし、離れている時に水や料理に危険な菌を仕込んでやっても口にしない。食べる前に俺の顔をチラッと見て察しているようだ。俺の顔に書いてあるかのようだ。ただ、食い物に仕込むと非常に嫌そうな顔をするのはちょっとだけ胸がスッとする。


 身のこなしもよい。打ちかかっても軽くいなされるので強いのだろう。もっとも俺を基準にしてだから、この世界でどれだけ強いのかは分からない。なにせ他人との交わりが殆どなかったからな。


 それに引き換え、サーリムは俺の安全を優先している。何度か敵対勢力らしき人物に狙われた時には身を挺して逃してくれた。それが芝居でないことが確かならば。俺とアルマを真っ先に逃がすためサーリムが戦っているところは見ていない。


 草原で飯を食いながらボケっと待っていると東の地平線に人が湧いてきた。

 サーリムが立ち上がりその方向を見ている。なんだか緊張しているようにも見える。 


――ここで誰かと待ち合わせしてるんじゃないのかね。


「あれは? 仲間なんだろ?」

「……」


 サーリムは何も言わない。

 地平線の人々が近寄ってくる。足並みを揃えて行進してくる様子が見える。


――ありゃ軍隊っぽいね。サーリムはあの軍隊を待ってた?


「マズイな」


 サーリムがポツリと零す。


「片付けろ。逃げるぞ」


 サーリムが言うと、ガルとアルマが急いで撤収の準備を始める。


「どうした。待ち合わせしてたんだろ?」

「……彼奴等、ウルク国軍だ。しかも隣国のハトラの旗もおまけに掲げてる。ハトラ軍も従軍してるってこった」

「つまり、どんな状況?」

「早く逃げないと蹂躙される」


 情勢は分からないが状況は理解したので軍から遠ざかるように西に逃げる。

 あまり軍隊は機動性が良くないようで小走りでも少しずつ離れていく。

 30分は走ったところで、また向かいの西から馬に乗った集団が近づいてくる。


「おい! あれが待ち人か?」


 息を切らせながらサーリムに聞くと残念な答えが返ってくる。


「いや、彼奴等も違う。強硬派の司教枢機卿の配下の騎兵隊達だな。南に逃げるぞ」


 方向転換して草原の背の高い草に紛れて太陽に向かって走る。

 視線の先の2km前方には荒れ地の丘が見える。あの場所だと丸見えだな。


「あそこに逃げるのか?」

「もう少し我慢してくれ。状況が変わる」


 後ろを気にしながら走る。荒れ地にさしかかり、ガレ場を登り始める。


 サーリムが後ろを指差し嬉しそうな声をだす。


「やっぱり彼奴等やり合い始めたぞ」


 足を止めて後ろを振り返るとウルク軍と騎兵隊達が戦い始めた。


 この状況、よく分からん。知らない固有名詞も色々出てくるし誰が敵で味方か。敵同士いがみ合ってる感じもするし。

 俺が厄災を産んでいるのか?

 しかし、俺はぼっち生活を満喫してただけだ。望んでぼっちになっていたわけではないが……。


 一隊はこちらに向かってきているので慌てて走りだすが、俺達の追って同士で牽制しあっているのでそれほど速くはない。


「この隙に逃げるぞ」


 俺達が丘を超えると戦場音楽も聞こえなくなった。

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