第66話 苛立つ俺

 人間の雄叫びが聞こえた。それも複数。


 飛び起きると座敷牢の隙間から外の様子を覗おうとする。朝日が眩しい。払暁のようだ。

 金属が打ち合うような音や木を打ち付ける様な音が聞こえ始めた。

 この場所から動けなく、隙間からしか様子が覗えないのでもどかしい。


 走る足音が近づいてきた。

 座敷牢の小屋にアルマが走りこんできた。

 汗をかいて息が荒いが、昨日よりはだいぶ血色がよく見えた。

 アルマの息が落ち着くのを見計らいながら聞いた。


「何の騒ぎだ?」

「ラタール教兵が襲ってきました。村人は病人ばかりで抵抗できません。ここにもすぐにやってくるでしょう。鍵を開けますから早く逃げて下さい」

「……良く分からんが、逃してくれるのは分かった」


 座敷牢の小屋から出ると、点在している家が燃え煙が天高く昇っている。逃げ惑っている人達も散見される。


「俺の人形達は?」

「人形? ……貴方が連れてきた物はこの建物の裏手の倉庫に入れられてます。早く逃げて下さい」

「アルマは? この村の人達はどうなる?」

「家にお爺ちゃんがいます。戻って一緒に逃げます」

「わかった。先に行け」


 その場は別れ、俺はエバとドナドナを救出に。倉庫の扉を空けるとロープでグルグル巻にされていた。ドナドナの荷室をみたら空っぽになっていたが倉庫の片隅に鉈があったのでそれでロープを叩き切る。

 エバ達を連れて倉庫の外に出てアルマの家に急行する。見捨てると夢見が悪そうなのでアルマだけは助けたい。


 アルマはガルを引きずりながら家から出てきた。ノロウイルスからの病み上がりに成人男性を背負うのは厳しかったみたいだ。


「アルマ! ガルはドナドナの荷室に放り込め。逃げるぞ!」

「ドナドナ? 」


 アルマは戸惑っていたが、俺がガルを担ぎドナドナに放り込む。ガルは意外なほど軽かった。

 俺達に残されてた武器は鉈だけだがないよりましだろう。探す暇はない。

 アルマの足取りがよたよたしていて速くは走れなさそうだ。アルマの手を引き、森に駆け込む。後ろを振り向くと一人だけ見覚えのあるジジイがついて来ていた。俺を囲んで捕らえた村人の内の一人だ。


「何しに来た!」


 俺が立ち止まりジジイの前に立ち塞がるように立つ。


「い、一緒に連れてってくれ。このままじゃ儂も捕まっちまう」

「俺に助ける義理も余裕も無い」


 鉈を構えて威嚇する。


「後生じゃ。頼む」


 男は膝をつけ、俺を拝むように見上げてくる。アルマはこちらを見つめている。

 森影から村を見るとこちら側に教兵とやらが向かってきそうだ。

 グズグズと言い合って暇はない。男を無視して先に進む。


 俺が架けた橋に向かって大回りで辿り着く。村から脱出して9時間。

 この先、あの村に行くことは無いだろう。

 ロープのみ残し、橋は落とすことにする。


 飲まず食わずでここまで来て、体力の限界が近い。アルマも病み上がりで途中で歩けなくなりドナドナの中でダウンしている。ガルはノロウイルスにやられているのか、ドナドナ酔いしているのか分からないが吐いて瀕死の様相を見せている。勝手についてきたジジイも疲労困憊している。


――限界だ。ここで休憩しないと家まで辿りつけないな。


 俺が持っていた物は全て没収されたので鉈以外の持ち物はない。アルマも荷物を持つ余裕がなかったので何もない。ジジイも同様だ。


 これでは水も汲めない。エバに命令して家まで鍋や食料を取ってきてもらうことにした。ここから家までは道もしっかりとしているので走っていけば往復で3時間で戻ってこられるだろう。

 しかし、没収された食料はともかく道具類は痛い。鍋やナイフなどの生活必需品は作るのが大変だ。


 エバが取りに行っている間に脱水症になりそうだ。近くに生えている竹藪に行き、竹を叩き切る。竹の節を片方だけ残し、コップ状にしたものを何本か用意する。そこらの蔦と竹で川から水を汲む。本来なら煮沸消毒しなくてはいけないが、俺の祝福で殺菌する。


「これでも飲んでろ」


 俺は皆に水を配り、腰を下ろし休憩する。

 ジジイは喉を鳴らしながら水を飲んでいる。なんだか無性に腹が立ってきた。


「おいジジイ」

「呼んだか? それと儂はジジイじゃない。フサインと言う立派な名前がある」

「じゃあそのフサインさんよ。何故ついてきた?」

「だってお前。彼奴等、頭おかしい奴らだぜ。付き合ってらんねえだろ」

「俺からしてみるとお前も相当頭おかしいぜ。何もしてない俺を捕まえて荷物没収しておいて、その俺についてくるんだからな」

「ははっ。お前さんの方がまだましってことよ」


 この言い草。イラッとしちゃうよね。



 フサインは無視してアルマの様子を見に行く。ドナドナの荷室でぐったりとしている。

「調子はどうだ」

「……良くはないです」


 アルマは薄めを開けながら力なく答える。


「お爺ちゃんはどう?」


 ガルを見ると上からも下からも調子よく噴き出している。ドナドナの荷室が酷いことになって非常に臭い。


「良くなさそうだ。アルマは荷室ここから出な」


 アルマを担ぎ出し地面に寝かす。ガルに触りたくは無いが仕方のないので引っ張りだしてその辺に転がしておく。


「おい。フサインのジジイ。荷台の掃除とガルを清めておけ」


 フサインがあさっての方向を見ている。


「なぜ儂がやらんとならんのじゃ。そいつはもうダメだろう。放っておけ」

「ジジイの仲間だろ? なぜ手当してやらん」

「仲間じゃねえ。そいつはあの村では逃げ出してきた新参者だ。儂には関係ない」

「お前こそ俺の関係者でも仲間でもない。役に立たないんだったらどっか行け」


 犬を追い払うように手を振るとフサインがいやらしい笑みを浮かべる。


「旦那。ここは持ちつ持たれつってやつでさ。……あの娘を気に入ってるんだろう? 儂に任せろ。良いようにしてやるからの」


「下衆が。持ちつ持たれつって意味分かって言ってるのか? 手伝う気が無ければ今直ぐ何処かに消えろ」


 俺はフサインに鉈を突きつける。


「分かった。分かったよ。ガルを綺麗にすんだな。分かった」


 フサインはブツブツ言いながら、川から水を汲みガルにぶちまけていく。


 俺はガルの体が冷えないように火を起こし、アルマの様子を見る。恐らく軽い栄養失調のようだ。ノロに罹患してからあまり食い物を体内に摂取できていないようだ。元々、食糧事情が良くないようだったからな。



 走ってくる足音が近づいてきた。辺りは既に暗くなり視界が効かない。

 音がする方は俺の家の方向なのでエバだと思うが万一があるので気は抜けない。


 焚火に木をくべて火勢を強くする。遠くからエバが近づいてくるのが見えた。


 ――初めてエバがいて助かったと思ったかも。


 エバが持ってきた荷物を広げ、簡単なシチューを作る。

 フサインが勝手に荷物をあさり、鹿の干物を口にする。


「おい、ジジイ!勝手なことしてんじゃねえ」

「えへ。この肉旨いな」

「えへじゃねえ。やっぱりジジイどっか行けよ」

「若造。助け合いって大事じゃぞ。年寄りは大事にしないといかん」


 頭にきた。もう止まらん。

 無言で鉈を持ち立ち上がるとフサインに近づく。

 フサインは慌てた様子で手を上げる。


「なんじゃ冗談じゃ冗談。人間腹が減ってると怒りっぽくなるからのう」


 俺は胸倉を掴み鉈を首筋に当てる。


「次に勝手なことをしたら捨てるからな」


 俺がいくら温厚で平和ボケした元日本人でも限度がある。

 フサインを突き飛ばすとシチュー作りに戻る。

 フサインはゲホゲホしながら座り込んでいたが、落ちた鹿の干物をまた貪り食うっていた。卑しいってのはこの事だな。



 シチューをアルマに食べさせ、ガルに塩と砂糖を水に溶いた簡易経口補水液を口に含ませながら飲ます。まあ、これで暫く大丈夫だろう。


 あのフサインのジジイにはノロが伝染らなかったのか。


「フサインさんよ。あんたは腹は壊さなかったのか?」

「ふん。村の皆は壊していたようだが儂は問題ない。昔から腹を壊したことはないんじゃ」


 なぜだか得意そうに胸を張っている。


「村人はどれぐらいの人間が腹を壊していたんだ?」

「知らん」


 フサインは食うことに忙しいようで俺には答えない。


 俺は諦め、シチューを食べているアルマに向き直す。


「アルマ。教兵が襲ってきたのはなんでだ?」

「……貴方の家を探している時に廃村に出てしまった人がいたの。悪いことに廃村にラタール教の司祭と随員兵がちょうど逗留していて見つかってしまったみたい。上手く撒いたといってたけど泳がされてたみたいね」

「見つかった間抜けなヤツのせいか」

「……そうね」


 アルマが呟くと視線はフサインに向いていた。


「その間抜けってアイツの事?」


 アルマが頷いてシチューを口に運んだ。

 俺はため息をついて首を振る。


「何故見つかっただけで村がやられるんだ?」

「教会関係者にあったら赦しが得られるまで膝をついて待たなければいけないの。それを逃げたから怪しいやつって思われたんじゃない? そして追っていったら届け出がない村があった。そしたら教兵が襲ってきた」

「随分詳しいな」

「長老の看病している時に聞こえてきたの」

「そうか……」


 食べたものを片付け。ガルとアルマをドナドナに乗せる。

 ここで一泊するのは危ない。火を焚いていると見つかる可能性があるし、火を焚かないと動物に襲われるかもしれない。

 ただ、このジジイと一緒に家に行くのも危ない気もするが。

 さすがに気に食わないからと言ってSATSUGAIするほど俺もアバンギャルドな考えを持っていない。


――取り敢えず家に帰るか。


 夜道を行くことになるがドクダミの道を行けば時間はかかるが帰れるだろう。

 俺が先頭に立ち、手には即席で作った松明を片手に歩き出した。フサインは勝手についてきた。

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