快刀乱麻な恋人

若狭屋 真夏(九代目)

 恋人は超ドS

雑貨屋でアルバイトをしている大学生の川島麗奈の恋人はこの雑貨店の店長高島慶である。慶はメガネをかけた線の細い美男子であるが、麗奈いわく、性格は超ドSである。

いつもパソコンで入力等を行っており、販売はアルバイト2人と社員の真壁さんという男性が行っている。真壁さんは40代の妻子持ちで再就職でこの店に配属されたが、慶は新入社員として配属された。慶の年は26歳。某一流大学を卒業したエリートらしい。バイトの子は店の雰囲気から大学生や高校生の女の子が多く入っている。

「私がこの店の店長の高島と申します。」慶はアルバイトで雇われた女の子たちに深々と頭を下げる。

ハンサムな店長だけで内心女の子たちはドキドキものであるが、ここからが慶の真骨頂とも言える行為なのだ。

「皆さまはわたくしどもの会社と雇用契約をしていただいております、いわば労働者になります。」と慶は話し始める。

「え」っとあっという間にしらける。

「労働者にはさまざまな権利というものがありまして、たとえば半年以上働けば10日の有給休暇を得ることが出来ます」

から始まって「労働組合」などの専門的な言葉が慶の口から飛び出てくる。

女子大生や、ましてや今まで働いたことのない女子高生に「労働者の権利」を教えても興味がない。しかし慶の口は止まらない。

最初は興味がなかった女子大生も終わりころにはメモを取り出している。

30分ほど経って

「以上が皆様方の権利でございます。」と頭を下げた。

不思議と拍手が起こっている。


「またやつめ。何考えてんだ?」と一人拳を握りしめているのが麗奈である。

バイトのリーダー格の麗奈はこの挨拶のせいで、後輩を指導するのに「パワハラ」だ、「長時間勤務」だのにおびえて指導しなければいけない。

「トン」と麗奈の頭を慶が手帳でたたいた。

「具体的な指導は「川島」よろしくー」といって慶が事務所に入っていく。

「ほんとうちの店長マイペースすっね」というのは堀内みずほである。みずほも後輩を指導する立場にあり、麗奈と同じ大学に通っている。

「わたしなんて面接のとき店長から「うーん、いいね。。。うちのメインバンクとおんなじ名前だよ」って言われて面接合格しましたよ」

「あのやろー」と麗奈の拳はますます固くなる。

「まあまあ、店長は昔からそうなんだから、」と真壁さんは言う。

これがこの店の日常なのだ。

おかげで過労死もパワハラ、セクハラもなく、評判もいい。

平和な店なのだ。


麗奈が慶につよく出れないのはまあ、惚れた弱みという奴である。


麗奈がこの店の面接を受けたときは大学一年生だった。慶はまだ店長見習いの期間であった。麗奈も慶に「恋を」してしまった。

いわゆる一目ぼれというやつである。


後日談になるが慶も実は「麗奈の事を一目ぼれ」してしまったのだ。

「では、高島君、アルバイトの子たちの指導をお願いしますよ。」と前店長は慶にアルバイト管理を任された。

当時は3人のアルバイトがいて、全員女子大生だった。

慶は今とは少し違って、柔和な大人だった。女の子たちの差し入れを欠かさないで、商品の置く場所などのアドバイスを素直に受け入れた。


若い男女が一緒に仕事をしたら「恋」に落ちるのは時間の問題というが、麗奈と慶も恋に落ちた。


あれはバレンタインデーを来週に控えた日だった。ちょうどお客さんもいなくなりアルバイトの3人の女の子たちは仕事をしながらおしゃべりを始めた。

「ねぇねぇバレンタインどうする?」と話し始めたのは美穂だった。

「うーん」と麗奈は悩んだ。

「私は彼氏の田中君にあげるわ」と香はいった。

「そっか。フリーなのは私たち二人か。。」と美穂はいう。

「わたし、、、告白しようと思うの」麗奈は思い切った

「おおお」二人が麗奈に近づく。

「だれに、だれに?」恋バナは女子にとっての大好物らしい。

「店長」と声が小さくなっていた。

「店長?だって奥さんと子供がいるって話だけど。。。。」

「え」麗奈の心は揺れた。

「私が聞いたのは奥さんと別れて愛人と暮らしてるって」


「ちがーう」と心の中で叫んでいたのが、その話をつい聞いてしまった慶だ。女子達には気づかれていない。

イケメンなのだが中学3年の時、大失恋をしてそれから、「恋愛恐怖症

」みたいな状態になっていた。リハビリに高校大学と長時間かかってしまった。

しかし、イケメン、女の子から声をかけられるが「リハビリ中」とも言えずもじもじしていると女の子は振られたと思って泣き出してしまう。

それが慶の虚構の伝説としてあり、高校生の時から「慶には隠し子が3人いる」とか「愛人が3人」とかやたらと3人いる設定になってしまった。


彼の心の中を知ってか知らずか女子達は「じゃあ、麗奈がんばりな」と3人が決起集会みたいなのをやっている。

とりあえずバレてはいけないので慶は姿を消した。


女子達3人は仕事を終えると帰路に就いた。

3人共同じ方面だから一緒に帰る。

「ところであの「男」どう?」と美穂は切り出した。

「う、うん」麗奈の返事ははっきりしない。

「あの男って?」」香が聞く。

「麗奈ね、ストーカーみたいな男がいるらしくて気持ちが悪いって」

「ストーカー??」

「うん」

「無断で写真とか撮られたり、手紙がポストに入ってたり」

「警察に行ったら?」香はいうが

「いったけど。。。。」と麗奈は口を閉じた。

やがて麗奈の実家に着き美穂と香は一緒に帰った。


そして2月14日バレンタインデー

大抵のバレンタイングッズはもう売れていて仕事も普段通りの仕事だった。

「店長」と麗奈は慶に声をかけた。

「は、はい」

「ちょっとお話がありまして。。。。よろしいでしょうか?」

「わかりました」と麗奈と慶は店の屋上に昇った。


「お話って」と慶が切り出したがなかなか麗奈に勇気が出ない。

もじもじする麗奈に困っていると閃光が二人を包んだ。


「へへへ、困った顔の麗奈ちゃんもかわいいね」と一人の男が出てきた。

「はっ」と麗奈はした、高校時代付き合っていた礼司である。

「おひさしぶり」と礼司はいった。

礼司と麗奈が付き合ったのは高校2年の2か月だけだ。最初はさわやかなサッカー部のキャプテンだったが、何があったか知らないが夏休み明けにはすっかりと不良となっていた。それと同時に二人は別れた。もちろん麗奈が別れを切り出した。


「いい女になったね、麗奈ちゃん」と礼司はいう。

「店長さんもいい女を選んだね

こいつは高校時代まったく地味な女でさ。。」と昔話を話し始める。

麗奈は「やめてー」といって耳をふさいだその時。


礼司の襟首を慶はつかんだ。

「おい。おら、てめぇなにものかしらねえが「俺の女」の悪口を言うとは聞き捨てならねぇな。」そういって礼司の体を軽々と持ち上げる。

「うお」と礼司は体が宙に上がる。

「おい、もう彼女に近づくなよ。近づいたら。。。。」と拳が腹をえぐる。「次はねぇぞ」

2・3発殴ると礼司は地べたに倒れた。

気を失った礼司だが慶はホースから水をかけるとすぐ目が覚めた。

「す、すみません。もう、、、、彼女には近づきません」と切れ切れの声でいうと体を引いて退散した。


麗奈は動揺している。寒さのせいか、それとも恐怖のせいか、体が震えている。

急に体が温かくなったと思ったら慶が麗奈の体を抱いていた。

「え」

「なにもいうな」といって麗奈の唇を奪った。

もう死んでもいい、という思いが体中を包む。。。

「幸せ」というものがそこにあった。


このおかげで麗奈は慶につよく出れない。


その日も店は忙しく、人が込み合っている。

そこに一人のおばさんが入ってきた。近所でも有名なクレーマーだ。

一通り見てからお目当ての皿を手にしていた。

「ねえ、これもうちょっと安くならない?」と新しいバイトの女の子に言う。

「少々お待ちください」と社員の真壁さんに伝える。


「お客様いかがいたしました?」と真壁さんが相手をする。

「ちょっとこのお皿安くしてくださらない?」

皿の値段は3000円だ。

「当店ではお値引きという事はバーゲン以外ではできませんが。。」

「いいじゃないの。こんな皿。100円だって高いくらいよ」


その騒ぎで店の客が騒ぎ出す。

その騒ぎを聞いて麗奈たちは「どうしよう?」

と困っていたその時

「私当店の店長の高島と申します」と慶が真壁さんの代わりに出た

「あら、店長さんなら話がはやいわ。あの新人のバイトの子、ぜんぜんつかえないわよ。」と新人の子に目をやる。

「申し訳ございません。いかがいたしましたでしょうか?」

「このお皿安くしてくれないってお願いしてるのよ」

「あいにく当店ではバーゲン以外お値引きの方はいたしかねます」


「こんな。安っぽいお皿を3000円で売るなんて。。。この店どうかしてるわ。どうせこんな皿どっかから拾ってきたお皿じゃないの?」

「お客様、、」


「このお店で働いているバイトの子もだっさい服装でほんとこの店全体がダサいわね」


「お客様。。」慶が口を切った

「お客様の先ほどのご発言。。。録音しておりました。」

慶はスマホのボタンを押すとさきほどの声が聞こえてきた。

「それがなによ」

「お客様のこのお言葉は「威力業務妨害罪」にあたります。そして店員の服装などの批判は「名誉棄損罪」にあたります。このこと当店顧問弁護士と相談いたしましてそれなりの対応に出させていただきます。」

と慶は深々と頭を下げた。

「ふ、不愉快だわ」といってクレーマーは店を出ていった。


「おい、麗奈。塩を撒いとけ」

「はい」といって麗奈は入り口に塩を撒いた。


「このたびはお客様方には多大なるご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございませんでした。」と慶は頭を下げる。

「お礼と申しましてはなんですが。今いらっしゃるお客様に対して全品10%オフとさせていただきます」

拍手が大きくなっていく。


この店は常に平和である。




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快刀乱麻な恋人 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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