第二章 「あなたを」

(1)

 中学校の正門を通って、昇降口の前に私はいた。

 足取りは軽い。それでもほんの少し不安があった。

 恐らく昨日、私はクラスメイトの男子に告白をされた。

 でもその男子は親友が好きな人で、だから私はその告白を断った。

 それに私は人を好きになったことがなかった。

 だから付き合うとか、それ以前の話で――

 気がついたら私の周りにクラスメイトが集まっていた。

 辺りは真っ暗で、皆の表情はよく見えない。

 親友のあの子がいた。普段とは違う皆の様子に不安になり親友へ駆け寄った。

「――、―――」

 私が何かを必死に言っていた。

 そんな私を突き飛ばして彼女は言った。

「裏切り者」

 周りにいるクラスメイト達が私に迫ってくる。

「ぶりっ子」

「すぐ男に媚びる」

「最低」

 クラスの男子数人が私に詰め寄ってくる。

 一人の男子が私の髪を掴み、私の頭を強引に地面に押し付けた。

 他の男子が制服を乱暴に脱がしてくる。

 痛みと恐怖で身体が動かない。

 あっという間に制服を脱がされ下着姿になった私を、男子が好奇の目で見ている。

 彼女が私の制服を拾い上げ、ハサミで切り刻んでいく。

 それでも私は誤解を解こうと彼女に向けて言った。

「――――、――――」


 ――目を覚ますと、そこは私の部屋だった。

 息が荒い、壊れてしまいそうなくらい動悸が激しい。

「……夢」

 身体の震えが収まらない。気温は低くないはずなのに、酷く寒い。

 傍にある、くまのぬいぐるみを抱き締めた。

 何度も何度も抱きしめて、ゆっくりと息を整えた。

 どれくらい経ったのだろうか、荒い息も動機も落ち着く、枕元にある目覚まし時計に視線を向けた。

 時刻は、午前四時。外はまだ暗い。

 ふと、私は昨日のことを思い出した。

 あの後、迷惑をかけてしまったお詫びに、街のクレープ屋さんで白鳥さんにクレープを御馳走した。クレープは滅多に食べないみたいで、美味しそうに食べる白鳥さんが可愛らしかった。白鳥さんもバス通学で、一緒にバスターミナルまで向かうと、なんと乗車するバスも一緒だということが発覚し、しかも、白鳥さんの自宅が私の地元にあることにも驚いた。バスの中では他愛ない話をして――、

「……楽しかった」

 あんなに心から楽しいと思えたのは、いじめにあったあの日以来だ。

 だからこそ不安になって、あんな夢を見たのだろうか。

 きっと、大丈夫。

 聖月学園は女子校だ。

 中学の頃のように、異性との間で揉めごとが起こることも無い。

 だから、きっと白鳥さんとは仲良くやっていける。

 そう自分に言い聞かせて、再び布団に包まった。


 目覚まし時計の音で目を覚まして、いつもの様に家事をして、通学の準備をして家を出た。

 通学はバスを利用している。

 自転車で通うと、片道で三十分程かかる。通える距離だけれど、母が女の子だから危ないという理由で反対し、バスで通学することになった。

 バスで通学なんて、なんだか贅沢で母に悪いと思ったので、自分のアルバイト代でバスの定期代を払おうと思ったのだけれど、母に猛反対されて、交渉の結果、バスの定期代の半額は自分で払うことになった。

 街中にあるバスターミナルでバスを降りて、そこから十分程歩いて、閑静な住宅街に入るとすぐの所にある、洋風の白を基盤とした綺麗な校舎が、聖月学園だ。

 正門を通って、昇降口へ向かうと、目の前を歩く白鳥さんの姿を見つけた。

 さりげなく白鳥さんの隣を歩き、

「……おはよう、白鳥さん」

 私に気づいた白鳥さんが、制服のポケットからメモ帳とペンを取り出し、メモ帳に言葉を書き込んだ。

「おはよう。昨日はありがとう」

「ううん。私こそ……昨日はありがとう。バス、一本早いんだね」

 白鳥さんが頷いた。

 ふと、視線を感じて辺りを見回すと、周りの生徒達が不思議そうな表情で、私と白鳥さんのことを見ていた。

「……そっか」

 私の言葉に、白鳥さんが反応して、首を傾げた。

 入学式の時から今まで、私は一度も、白鳥さんが誰かと並んで一緒に歩いたり、過ごしたりする姿を見たことがなかった。

 きっと、それは他の人もそうだったのだろう。

「なんでもないです」

 小さく微笑んで、白鳥さんに答える。

 視線を浴びると、なんだか恥ずかしい。

 でも、それ以上に、白鳥さんの隣を歩けることが誇らしかった。

「課題終わったの?」

 昇降口で靴を履き替えると、白鳥さんがそう書かれたメモ帳を見せてくれた。

「はい……。夜中になんとか終わりました」

「天野さんの課題じゃないのに」

 そう書かれたメモ帳を見せてくれた白鳥さんの表情は、どこか真剣で、

「自分の勉強にもなるし……大丈夫です」

 私の言葉に、白鳥さんは怪訝そうな表情で首を傾げると、

「今度私も手伝うよ」

 なんて、優しい言葉を掛けてくれて、

「ありがとう。でも、私が頼まれちゃったから、だから大丈夫です」

 こうして、白鳥さんの隣を歩けて、心配してくれるその気持ちだけで、私には勿体ないくらい嬉しくて、幸せだった。


 四時限目の授業を終えて、昼休みになった。

 休憩時間や移動教室の際も、白鳥さんと一緒に話したり、行動した。

 スマートフォンの画面を覗くと、購買でいつものパンを買ってきてと、加奈から連絡が入っていた。

 席を立ち、後ろの方の席にいる、白鳥さんに視線を向けた。

 机の上に小さくお弁当を広げて、静かに一人で昼食を取る白鳥さんの姿を見ると、胸が胸が締め付けられるように苦しくて――、

 私の視線に気づいたのか、白鳥さんと目が合った。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになり、目を合わせることが出来なかった。

 本当は、白鳥さんと一緒に昼食を食べたい。

 でも、それ以上に、加奈と理穂の機嫌を損ねて、二人に嫌われることが怖かった。

 白鳥さんとやっと話せるようになれたのに、声を掛けてくれたクラスメイトのように、また距離が出来て離れてしまうのではないか、そう考えると涙が零れそうになった。

 視線を上げると、再び白鳥さんと目が合った。

 目が合うと白鳥さんは小さく微笑んで、まるで気にしないでと言うように、私に向けて控えめに手を振ってくれた。

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