【第75話:ゲルド皇国の戦い その2】

「何とか、本当に何とか乗り切ったか…」


 長年仕えてくれた年配の近衛兵の亡骸なきがらのそばで跪き冥福を祈り終えると、サルジ王子はポツリとつぶやいた。


 まさしく死闘だった。


 魔物に空から街に侵入され、城壁の防衛もかき乱され、いたるところで乱戦に持ち込まれた。

 街の民にも少なくない犠牲者もでた。

 途中から街の冒険者たちが戦闘に加わらなければ城壁を突破されていたかもしれない。

 それほど追いつめられた戦いだった。


「しかし…、まだ始まったばかりなのだな…」


 今日が籠城戦初日だという事実に愕然となる。

 その時だった。

 10mもある城壁の外から一人の男が壁を飛び越え降りてきて、


「サ・ル・ジ・王子~リーダーがそんな暗い顔してちゃダメっちよ」


 と、不敬罪にとわれてもおかしくないような軽い口調で話しかけてきた。

 しかし、サルジ王子は特別気にした様子もなく、


「普段は鬱陶うっとおしい奴だが、こういう時はグレスのそのお気楽さがありがたいな」


 とほほ笑み話しかけるのだった。


 その男の名は『グレス』。

 この国唯一のプラチナ冒険者だった。


 ~


「パズ、すとぉっぷ~!!」


 オレは激走する『パズ号』こと【神器:草原の揺り籠】の御者席からパズに指示をだし、装備された魔法のブレーキレバーをゆっくり引いていく。

 すると、ソリの下から風の魔力が沸きあがってブレーキがかかり、スピードが落ちていく。


「これ凄いですね~。さすが暁の女神様からの贈り物だけはありますね!」


 と、御者席の後ろから顔を出したリリルが楽しそうに話しかけてくる。


「そうだね。走り出せば風を噴出させて滑空するし、直進もカーブも風の制御で安定しているし、何よりブレーキもしっかり効くのがいい!ホント良く出来てるよ」


(…でも…なんか悔しいのはなぜだろう…セリミナ様が自慢げにほくそ笑んでいる顔が見える気がする…)

 などと失礼な事を考えていると、


「それで、こんなところでどうして止めたんですか?」


 とリリルが聞いてくる。

 オレは目を少し細めると、ずっと向こうの空を眺め指さした。

 だが、リリルには何も見えなかったようで頭の上に「?」をうかべてキョトンとしてしまう。


「あぁ。まだ見えなかったかな?向こうの遠くの空のあたりに煙が見えるんだよ。恐らくだけど襲われて陥落した地方都市『グンガル』だ。権能で確認したけど人はいないようだし、まだ敵が少しいるようだから用心の為に今日はまだ距離のあるこの辺りで一泊した方が良いかと思って」


 と、リリルに説明する。

 この先には守りの家もあったのだが、そこも既に襲われて人の気配は既に存在しなかった。


「そう…なんですね…」


 リリルは街が既に存在しないという事実にショックを受けて言葉少なに頷くのだった。


(昔一度訪れた事があるって言ってたから、余計にショックだよな…)

「急ぎたいところだけど…、このまま進むと夜に奴らと遭遇する事になるから今日はここで一泊するね」


 オレはリリルの肩を軽く叩いて励ますと、パズ号の周りに結界を張りはじめる。


≪我は暁の女神の使徒『残照ざんしょう優斗ユウト』この名において与えられし力を今行使する≫

静穏せいおんの陣≫


 祝詞をあげおえると直径8mほどの円状のぼんやりと薄く光る膜が現れる。


「よし!うまくいったな!」


 特訓でマスターはしていたが聖なる力を用いた簡易結界を張る事に成功して、オレは小さなガッツポーズを取る。

 この簡易結界があれば例えオーガの変異種でも侵入する事は不可能だろう。

 代わりに常時魔力を消費するので、オレやパズのように魔力炉持ちじゃないと5分と持たずに結界は消えてしまうのだが。


「特訓の時も見ましたが『聖なる力』っていろんなことが出来て凄いですね」


 リリルが感心したように話しかけてくるのだが、ちょうどその時パズが足元までやってきて、


「かぷっ!」


 と、オレのすねに噛みついたのだった。


「…え…?パズ?何してるの…?」


 今は権能を起動してなかったので意思疎通ができておらずオレはあっけにとられる。


 カジカジカジカジカジカジ・・・・


「って!?だんだん痛くなってきてるねん!?」


 とエセ関西弁で突っ込むのだがやめようとしない。

 オレがパズとじゃれあうように無駄に高レベルなバトル展開していると、隣にいたリリルが


「あの?パズ君走り通しでお腹ペコペコなんじゃないですか?」


 と教えてくれて、パズのこの行動の真相が解明されるのだった。

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