【第38話:闇の尖兵 その8】

 オレはドリスの言葉を聞いて耳を疑った。

 まだどこかで受付嬢として話していた少し軽い変なお姉さんという気持ちが残っていたからだろう。

 その常軌を逸した言動を信じられない思いで見つめていた。

 そして冷静になるにつれ、そんな事許せるわけがないといきどおる。


「そんな事、、許せるわけないじゃないか!?絶対にさせません!!」


 そう叫び決意をあらたにすると、オレを迂回して街への侵攻を再開した魔物の群れに向かって突っ込んでいく。

 しかしその時。ドリスを中心に世界が歪む。


「さよなら。坊や」


 そう聞こえたかと思うと、ドリスの体から深い闇が溢れ出した。

 ~

 禍々しい気配を宿した闇がドリスから溢れ出し続ける。


「かぁばぁ、ぎぇぃゃぁあぁあぁー!」


 オレは、この世のものと思えないほどの苦悶の叫びをあげるドリスに思わず動けなくなってしまう。

 ドリスの体は変異種などが纏う闇よりもさらに深い闇にみるみる包まれていき、あっという間に全身を覆われる。


「何なんだこの禍々しい闇は…」


 今のオレだからわかる。

 この闇は今まで見てきた闇とは違うと。この闇は危険だと。

 そしてその答えは【第三の目】が教えてくれた。


「これは…この闇は…邪神のもの!?」


 そう。ドリスの全身を覆った闇は間違いなく邪神の発するそれと同じものだった。


【邪神ヒリウス】


 それはこの世界の裏側で崇められる唯一神を指す言葉。

 古代の神々の一柱ひとはしらでもあった『神ヒリウス』は、いにしえの時代、光の神々との争いに破れた。

 しかし、神である自身の体を生贄にこの世界に凶悪な呪いをかけて二つに引き裂いてしまう。

 そしてその引きはがした現世の裏側に異界の地を創り上げたのだ。


【世界の裏側】


 こちらと対になる鏡の世界。特別な呼び名はない。

 日が差すことはなく、あらゆる呪いが渦巻く世界。

 そして堕ち延びた眷属の信仰によって『神ヒリウス』は『邪神ヒリウス』として復活を遂げる。

 数千年の長きにわたって光の神々と争い続け、1000年前に討ち取られた邪竜もこの邪神の眷属だった。


「そんな…。こちらの世界に直接干渉してきたのか…」


 そして深い闇はとうとう本性を現し始める。

 ドリスは、いや…ドリスだったものは、バキボキと嫌な音を立てながら身の丈を倍ほどにまで膨らませる。

 全身干からびたような形状に筋張すじばった筋肉を身に纏い、頭には巻いた角、巨大化した手足には数十センチにもなる鋭利な爪を生やしていた。


「これは…、まるで悪魔みたいだな…」


 その姿は羽こそ生えてこなかったが、日本人が知る悪魔を更に不気味にしたような姿をしていた。

 そして本能から嫌悪感を抱く何かを放ち、奇声をあげながらオレに向かって突っ込んできた。


「キシャー!!」


 咄嗟に光の斬撃を飛ばすが、深い闇を纏った長い爪で相殺される。

 オレは気を引き締めると、【第三の目】の本当の力を少しだけ解放する。


「うあぁ!あったま痛いけど、、このまま戦えば負ける気はしないな」


 そう言って、ちょっとニヤッと笑ってみるオレ。

 そこに狂ったように左右の爪で攻撃をしかけてくる悪魔モドキ。

 神器と化したスティック2本を使い、お返しとばかりに爪の攻撃を全て打ち払って相殺していく。

 ガキキキキキキン!!

 まるで金属製武器の打ち合いのような音を鳴り響かせ、光と闇が交錯する。

 一瞬互角の打ち合いになるが、オレは片方のスティックで攻撃を受け流しつつ同時に片方のスティックで爪の生える手に攻撃を打ち込んでいく。

 打ち合う回数を重ねると、悪魔モドキの手に纏っていた深い闇は飛び散り霧散し、やがて傷ついていく。

 そして不気味な音を発して右手が丸ごと吹き飛んだ。


「ギシャシャー!」


 そう叫んだ悪魔モドキは一旦オレから距離を取ると、口から闇のブレスを放つ。


 ゴォォー!!


 しかし見極める者で読んでいたオレは、光の斬撃を幾重にも重なるように撃ち放ちこれもまた相殺するのだった。

 そしてオレは更に後ろに飛んで距離を取ると、


「リリル!今だ!!」


 と、叫ぶのだった。


 ~時は少し遡る~


 リリルの目の前では、パズが氷柱を飛ばし、或いは地面から土の槍を出現させてゴブリンを霧散させ続けていた。

 それはもうゴールドランクの冒険者をも超える力だった。

 目の前の小さな従魔の戦いから目が離せなくなっていたその時、頭にリンリンリン…と小さな音が響き渡る。


「え?なに…?」


 とリリルが驚いていると、囁くような声が直接頭の中に聞こえてくる。


≪我は暁の女神セリミナ。汝に我が加護を与えよう。これからはその力を使い、我が使徒優斗を支えよ≫


 そしてその言葉を聞き終えた瞬間、自分を包む暖かい光を感じる。


「セリミナ様って…伝承に出てくる女神様…。あ!?か、畏まりました!」


 と、直角のお辞儀をするリリルに何事かと首を傾げるパズだった。


「ばうぅ?」


 ~

 リリルは自身の体力も魔力も完全に回復している事に気付く。

 体も嘘のように軽い。

 これって昔受けた加護よりずっと凄い…。

 そしてここでようやくある事に気付き思わず大きな叫び声をあげるのだった。


「えー!?ユウトさんって使徒だったの!?」

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