テレビ男
@TTT
01 来訪した男
「受信料を払いたくないんです」
その男は予定どおりにやってきた。
深刻な声。皺だらけのシャツの裾をいじりながら俯き囁く姿は子供のようだ。最近のテレビは面白くないというし、こういう人がいてもおかしくはない。むしろ多数派かもしれない。
「なるほど。では、契約を解除すれば良いのでは?」
至極当然なアドバイス。これで解決するとは全く思っていないが。
「駄目なんです。できないんです。"あなたはテレビを視聴していますから"って断られるんです」
不思議な事を言う男だ。思わず眼鏡を直してしまう。視聴しているというのに支払いを拒否する人もいるらしい。もしそうなら話は変わってくる。そういった思いから強く言ってしまう。
「視聴しているのならば、払うべきでしょう」
もう何度も言われてきたことらしく、被せるように返答してきた。
「見たくて見ているんじゃないですよ。もう見たくないんですよ」
そう言い放ちながら、急に立ち上がる。パイプ椅子が軋みながら後方へ滑っていく。一昨日ワックスがけをしたのだと思い出す。担当者にいささか滑りすぎだと注意しておこう。
いきなり立ち上がる人間には慣れているが、そういった人間がいつ立ち上がるかはいまだにわからない。男をゆっくりと見上げる。顔が真っ赤だ。苛立ちを隠せない姿に、よほどの事情を想像する。もしかしたら悪徳業者の食い物にされているのかもしれない。
「テレビを売ってしまうことはできないのですか?」
「できないのです」
落ち着いたのか、申し訳ないように弱々しく呟く。三十も後半といった疲れた顔には、悔しさも浮かんでいた。
「できない訳とは?」
少し寒くなってきた。オイルヒーターをつける。暖かくなるまでお茶でも飲もうか。男は滑っていった椅子を戻して座り、一呼吸の後に言った。
「テレビから逃れられないのです」
何を言っているのか全くわからない。しかしここで冷たくしては彼に失礼だ。とりあえず、お茶を淹れることにする。男にも用意したが、"珈琲がいいです"と断られた。ちょうど珈琲は切らしていたので特に何も出さなかった。
「それはつまり・・・・・・」
一人、お茶の温かさを感じながら話に戻る。
「テレビがここにあるんです」
携帯機器のテレビ機能のことだろうか。迂闊な発言をしないよう考えていると、男は指を差して言った。
「ここにあるんです」
一体どこにあるのか。
ごつごつとして皮が剥けている指の先には――
「テレビが」
男の頭がある。
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