第4話 初めてのディナーの時間
見上げれば、満点の星空。
暗い夜空に光る無数の星たちは、まるで光る粉をまぶしたようにも見えます。
そんな光景を見ていると、その一つ一つが星であることを忘れてしまいそうです。
手元には、優しく光るランタン。
オレンジ色の光りは、月光と共にわたしをやわらかに照らしだしていました。
わたしはいま、寒空の下で読書をしています。
考えていたより何倍も寒かったテラスですが、ランタンのほのかな温かさで何とか居座っています。
なぜ、暖かい部屋の中で読書をしないか。
そう思われたことでしょう。
簡単な話です。
なんかカッコいいじゃないですか
月明かりに照らし出された美女が本のページを艶かしくめくる。
どうです?
考えただけでなんかぞくぞくしてきませんか。
え、美女って誰のことだって?
とか思った方はまさかいませんよね。
まぁ、そんな不純な動機で寒さに耐えて読書をしているわけです。
手が悴んで全く次のページを捲れませんがご愛敬。
全ては自己満足のためですから。
ふと、ガラッと部屋の大きな窓が開きます。
そこにはねこさんがティーポッドを持ってたっていました。
「持ってきてくれたんですか?」
こくり、と頷くねこさん。
本当に気が利くねこさんです。
これもわたしの妖艶さが成せることなのでしょうか。
ちょろろろ…とティーカップにお茶を注ぐねこさん。
ティーポッドの中には…ジャスミンでしょうか。
どうやらジャスミンティーのようです
ジャスミンティーには集中力を上げる効果やダイエット効果、美肌効果があります。
読書をしているわたしのために選んで下さったのでしょうか。
ねこさんはわたしの分と、小さなティーカップにジャスミンティーを注ぎました。
「ねこさんも一緒にいただくんですか?」
ふるふると首を横にふるねこさん。
どうやら違うようです。
ならこの小さなティーカップは何なのでしょうか。
お茶を注ぎ終えたねこさんはなにも言わずに戻ってしまいました。
はて、どういうことでしょうか…。
もうひとつの小さなティーカップをまじまじと見つめます。
人の小指の先ほどの大きさのカップを果たして何に使うのでしょうか。
すると、ピョコンっと机の下から何かが頭を出しました。
「あら」
夕暮れ時に会った小人さんでした。
どうやらお茶を飲みにいらっしゃったようです。
泥棒だから追い出すの一点張りだったねこさんですが、優しいところもあるようです。
「こんばんは」
「おひさし!おひさし!」
元気よく小人さんは挨拶を返してくださいます。
処刑を命じたも同然でしたが、無事でよかったです。
「毎晩頂いてるんですか?」
「そう!そう!」
「ところで、泥棒から足は洗ったんですか?」
「洗った!洗った!」
どうやらねこさんに追い回されて懲りたようです。
「では、これからは一緒にお茶しましょうか」
「いいの!いいの!」
「はい、大歓迎ですよ」
やった!やった!
と小人さんはからだ一杯で嬉しさを表現しています。
「これからも追い出される用では可愛そうですし…」
「どした!どした!」
「ねこさんに事情を説明しましょうか」
「わかった!わかった!」
本当に素直で可愛らしい子です。
わたしたちはお茶を飲み干し、お部屋に入ることにしました。
小人さんは安全のためにわたしの肩に乗っていただいています。
肩乗り小人…ありですね。
がらがらっと窓を開けてお部屋に入ります。
さて、猫さんを集めましょう。
そう思ったときでした。
あのしゃべることのできるねこさんがわたしのところに泣きついてきました。
「助けてくれ!魔女が料理を作り始めたんだ!」
「料理を…。なにか問題でもあるんですか?」
「問題も問題、大問題だよ!下手したら全滅だ!」
「ぜ、全滅って、たかが料理ですよ。爆発でもするんですか?」
「あーもうめんどくさい!とにかく来てくれ!」
そう言ったねこさんは大急ぎで廊下を走り出しました。
リビングの扉の前で止まっています。
ここまでついてこいということなのでしょう。
おとなしくねこさんの後を追います。
廊下を進むわたし。
一歩。
また一歩
と足を進めるごとに、心なしか空気が重くなっている気がします。
いったいどんな料理を作っているのでしょうか…。
さらに一歩。
そしてまた一歩
一歩進むごとに、ずんっと確かに空気が重くなっていきます。
ねこさんの所へついたわたしは、扉の前に立ちました。
扉からは紫色のもやのようなものが溢れでていました。
ふふふっという魔女さんの声と共にそのもやがこちらへ洩れていて、大変不気味です。
「ねこさん、これ…入っても死にませんよね?」
「それは俺にも分からん。だが、何匹ものねこが病院送りになっている」
「え、えぇ…。それは、食べてってことですか。それともこのもやに包まれてですか?」
「どっちもだ。気を付けろよ…気を抜いたら死にかねんぞ」
そう言ったねこさんは扉を開けるように鼻で指示します。
姿の見えなかった他のねこさんたちがお手洗いの扉からこちらを覗いていました。
「わたしが行くしかないんですね…」
とっても行きたくないです。
病院送りとか絶対嫌です。
そもそも入院するほどお金に余裕は無いのです。
貧乏って辛い…。
「とっとと開けてくれ」
「わ、分かってます。開けますよ…!」
意を決して扉を開け放ちます。
ーー瞬間。
紫色のもやがわたしやねこさん。
肩に乗っている小人さんを包み込みます。
わたしたちは思わずそのもやを吸い込んでしまいました。
頭がボヤボヤしてきます。
目がチカチカしてきて視界が狭まり、色があべこべになってきました。
やがて立つことすらままならなくなってしまい、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ込んでしまいました。
そして、わたしは深い眠りについたのでした。
ーー完ーー
って嘘ですから!死んでないですから!
気を取り直して扉を開けたところからです!完とか嘘ですから!
ーー扉を開けるわたし。
左手に見える対面式のキッチンでは、魔女さんが何やら紫色の湯気を立たせて料理を作っていました。
どこから取り出したのか大きな鍋をかき混ぜています。
「魔女さん、何を作ってるんですか?」
「ふっふ、見てみなさいこれを!」
そういって魔女さんは先ほどまで火にかけていた鍋を持ち上げます。
あ、キチンと鍋つかみはしているので安心してください。
「そ、それは…」
わたしは思わず声を失ってしまいます。
その鍋の中には、魚の骨や蝉の脱け殻、象牙など。
およそ料理とは思えない具材が入っていました。
緑と紫の混ざったような色をした鍋のスープはぐつぐつと沸騰しています。
部屋に充満している紫色のもやの正体はその鍋から出た湯気だったようです。
「どうでしょう。美味しそうでしょう!待っててくださいね、そろそろできますから!」
そう言った魔女さんはスプーンをその鍋の中に突っ込みます。
ある程度のスープをすくいとり口に運びました。
「うん、美味しい!貴女も飲んでみてよ!」
自分の作った鍋の味に満足したのか、共感を求めて味見を進めます。
「い、いや、大丈夫です。わたしさっきお茶頂いてお腹たぷたぷで…」
「いいから飲んでみなさいって!」
「うっ…」
「どう、美味しいでしょ?」
そうしてわたしはお腹を押さえてその場へ倒れたのでした。
ーー完ーー
ーーぐつぐつと、お鍋をかき混ぜる音がします。
キッチンにたっているのは魔女さんではなく、調理係のねこさん。
ほのかに香る牛乳にとろとろとした白いスープ。
どうやらシチューのようです。
わたしは開きかけの目でそれを確認します。
「やっと起きたんですね」
魔女さんがわたしの顔を覗き込んできます。
「ええなんとか…」
「そろそろ晩御飯が出来ますので待っててください」
「い、生きてた…」
そうして魔女さんは椅子の方へ行ってしまいました。
フォークとスプーンをもって今か今かとシチューを待っているようです。
「う、」
起き上がったわたし。
先ほど食べさせられたスープの味が残っているようです。
ちょっと吐きそうになりました。
「いきてる?いきてる?」
「あら、小人さん」
「のせて!のせて!」
小人さんが焦りを見せてわたしの足にしがみついてきます。
どうやら肩から降りてしまったようです。
わたしはつまみ上げて肩にのせてあげました。
「ずっと、見ててくれたんですか?」
「見てた!見てた!」
「あら、それはありがとうございます」
わたしは肩に乗っているその小人さんにそう言います。
すっかり懐かれてしまったようです。
「早くきてください!お腹減ったんですー!」
魔女さんがわたしにそう言います。
もうシチューが出来上がっているようで、机に並べてありました。
わたしは急いで椅子に座ります。
とってもいい匂いのする綺麗なシチューでした。
「あ、っそうだ。ねこさん、この小人さんにあうお皿ありますか?」
ねこさんはおとなしくお皿を持ってきてくださいました。
泥棒だったということもあり、どうやらすっごく警戒しています。
「この子、もう泥棒はやめたそうです。これから一緒に暮らしますから、よろしくお願いしますね」
「よろしく!よろしく!」
小人さんは自分のシチューの前で嬉しそうに跳び跳ねていました。
ねこさんも嫌々でしたが、認めてくださったようです。
「ちょっと、そんなことしてないで早く食べましょうよ!」
「そうですね、頂きましょうか」
「頂く!頂く!」
そうしてわたしと魔女さん。
小人さんはそれぞれ両手をあわせてこう言いました。
「いただきまーす!」
満点の星空の下。
月明かりに照らされた小さな丘の上にある魔女さんの家。
元気な声が、まるで夜の闇を払うように響き渡ったのでした。
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