第3話 ある小人さんとねこさん

 頬を撫でるそよ風。


 ぽかぽかと暖かい日の光に包まれた草花。


 そよ風に誘われてゆっくりと揺れて、その光景はどこか波のようにも見えます。


 緑色の海といったところでしょうか。

 傍らでは、何匹かのねこさんが寝ています。

 幸せってこういうことなのでしょう。


 何故こんな詩のようなことを言っているのか。


 それはとても簡単なことです。

 ずばり、することがないのです。

 魔女さんのお宅に来てティータイムが終わると、ねこさんたちはそれぞれの持ち場に戻ります。

 そして魔女さんはなにも言わずにゲームを始めてしまいました。

 わたしは…というと、

 家事や雑用はねこさんがやってしまうので溢れてしまったのです。

 魔女さんをお外に頑なに出てこないので、こうして一人でボーッとしている次第です。

 はぁ…暇です。

 なにか面白いことってないものでしょうか。


 そよ風がわたしの体を越えてどこかへ吹いていきました。


 ふと、ガサッと草が掻き分けられる音がしました。

なにかいるのでしょうか。わたしはその音がした方をじーっとみつめます。


じー

    じー…


 しばらく見つめているわたし。

 何やらこそこそしているのです。

 草が不自然に揺れていました。

             抜き足。

                  差し足。

                       忍び足…。


 「なにしてるんですか?」

 わたしはその小さな生き物に声をかけます。

 足音を消そうと頑張っていたのでしょうが、姿は丸見えでした。

 おまぬけさんのようです。

 頭隠して尻隠さずとはこのことでしょう。

 なにも隠れて無かったですけどね


 「ばれた…?」

 その小さな生き物は首をかしげてこちらにそう言いました。

 何やら緑色の手拭いを頭に巻いています。

 「はい、もうばれてますよ」

 「食べないで!食べないで!」

 そう言った小さな生き物は頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまいました。

 ふふっ、これはまた可愛らしい。

 ぷるぷる震えています。

 可愛いものって触りたくなりますよね。

 わたしはお洋服を摘まんでその生き物を手のひらに乗せました。


 「これはまた…なんとも…」

 とってもその生き物はぷにぷにしていました。

 お洋服も小さいのにキチンと縫ってあります。

 こういうのは誰が縫っているのでしょうか。

 これ程小さな物を縫える方に、一度でいいから教わってみたいものです。

 そろそろ可哀想なので下ろしてあげます。


 「食べない?食べない?」

 泣きそうになりながらその生き物はこちらを見つめてきます。

 この顔をずっと見ていたいとも思いましたが、そろそろ安心させてあげることにしました。

 「大丈夫。食べたりしませんよ」

 「ほんと?ほんと?」

 「本当ですって。信じられませんか?」

 うーん…と顎に手をあてて考え込んでいます。


 「しんじる。しんじる!」

 どうやら信じて頂けたようです。

 それにしても、魔女さんの家の回りには可愛い生き物が多いですね。

 ねこさんだったりこの生き物だったり、女の子にとって天国です。


 …え?女の子ではないって?

 またまた、そんな冗談面白くもないですからね(ハート)


 「で、君の名前はなんていうの?」

 「名前、名前…」

 ぐるぐると円を描いて歩き回っています。

 どうやら考えているようです。

 すると、突然わたふたし始めました。

 「守って!守って!」

 そう言ったその生き物はわたしの足元に寄ってきます。

 何があったのでしょうか。

 その生き物が指差す方向を見ます。


 すると、ぴょこんっと草むらから一匹のねこさんが出てきました。

 あの毛並み…

 野太い声を持つあの子です。

 お仕事の休憩でもしてたのでしょうか

 「てき!てき!たべられる!たべられる!」

 「え、敵?食べられるんですか?」

 「食べられる!食べられる!」

 わーーーっと足元をぐるぐるぐるぐる走り回っています。

 思っていた何倍もすばしっこくて、目で追っていると目が回りそうです。


 そこにねこさんが近づいて来ました。

 じーっと目でその生き物を追っています。

 「あっ」

 ねこさんはその生き物をパシッと可愛らしい肉球で押さえつけました。

 「食べられる!食べられる!」

 ぴぎーーーっと小さな生き物は泣きわめいています。

 あ、食べられた。

 パクリっとねこさんはその生き物を口に運んでしまいます。

 小さな生き物をくわえたねこさんは、狩りを終えた顔をしてどこかへ歩いていきました。

 わたしはそんな光景を、狩りを終えたねこさんの後ろ姿を見送っていました。

 そこには野生のたくましさというのか、弱肉強食と言うのか。

 世の摂理が見てとれます。



 「ーーはっ!え、あの、ねこさん!それちがう!それだめなやつ!」

 ふと小さな生き物が食べられていることに気づきます。

 チラッとわたしのほうを一度振り向いたねこさん。

 ですが、言うことを聞くことなく歩いていきます。

「だから、それだめ、だめなやつですからあああああああ!!」

 そうしてわたしは、オレンジ色に染まり始めた空の元駆け出しました。


 「はぁ、はぁ、なんであんなことしたんですか?」

 やっとの思いでねこさんを取っ捕まえたわたしはそう聞きます。

 救出した小さな生き物はねこさんのヨダレでびちゃびちゃになっていました。

 ねこさんは寡黙を貫き通します。

 どうしても食べたかったのか分かりませんが、

 「死ぬかとおもった…死ぬかとおもった…」

 と縮こまって泣いている小さな生き物を未練深そうに見つめていました。

 「ねこさん、喋れるの知ってるんですからね」

 うりうり~と頬っぺたをぎゅーっと引っ張って伸ばします。

    ぎゅーっ、

          うりうり~

 「…やめろよ!鬱陶しいわ!」

 「あ、喋りましたね」

 「やってしまった…」

 ねこさんはうっかり口を開いてしまったようです。

 頭を抱えてしゃがみこんでました。

 「頼むから魔女には言わないでくれ!」

 どうやら魔女さんには話せることをお伝えしてないようです。

 なぜ隠したいかは知りませんが、聞いても特に無いでしょう。

 「言いませんよ。ですけど、なんでこの子を食べようとしたのか教えてください」

 「食べようと?俺は食べようとはしてないぞ」

 「…へ?では何でくわえてたんですか?」

 「お前知らないのかーー」


 この小さな生き物が小人と呼ばれる存在であるということ。

 そして、たびたび魔女の家に来ては家財やら何やらを盗んでいくこと。

 だから見つけ次第敷地外に運んでいるということ。

 そんなことをねこさんに教えていただきました。


 「なるほど…この子がねぇ」

 チラッと足元にいる小人を見つめます。

 先ほどまで泣いていたのが、今ではビビりまくってました。

 そんな小人を見たわたしはこう言います。

 「ねこさん。やっておしまい」

 「了解した。」

 ねこさんが小人さんを追っかけ回します。

 ぴぎーーーとわめきながら小人さんはどこかへ行ってしまいました。

 泥棒さんじゃなかったら良かったんですけどね…。


 暖かな日が西の空に沈んでいきます。


 綺麗なオレンジ色に染まった空は、小人さんの哀愁が色移りしたようでした。


 次会うときには、きっと足を洗っていてくれていることを願っています。


 そうして、わたしは魔女さんのいる家に戻ったのでした。































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