勇者が五人死にました

淡島かりす

Case1.勇者が五人死にました

 一年中氷で覆われた山の麓にある街は一年を通して涼しい気候に恵まれている。水は綺麗で空気も綺麗。珠に魔物が街の近くに来る以外は快適な場所である。山から採れる希少な薬草や鉱物で手広く取引をしているために街は豊かで、旅の途中で立ち寄る者も多い。


 特に一年前に「魔王」が君臨してからは街の中心にある酒場は連日大賑わいだった。

 魔王を倒すために各国の王は勇者を探した。そしてそれぞれの勇者に武器と路銀を与えて旅へと送り出した。

 昨今、自ら立ち上がって魔王退治に行く物好きはいない。国王達はそれぞれ相談した上で、勇者とその仲間たちには毎月一定の給与を支払うことに決めた。給与は月額固定であるが、魔王の手下を倒せばその分手当が入る。


 つまり勇者というのは公務員であり、教会からは福利厚生、出身地からは退職金まで約束された身分である。

 仲間たちも契約という形で準公務員扱い。貢献度が高ければ勇者に正式採用される道もあるので、非常に人気が高い。大きな街では勇者たちが立ち寄りやすい酒場を設けて、そこで出る利益で公的事業を賄っている。


 今日も酒場では勇者やその仲間、更に仲間入りを希望するフリーの冒険者、彼らを相手とする商売人などで溢れかえっていた。

 そんな中、一つのテーブルでは一人の勇者が左右に仲間を座らせた状態で、一人の少女と向き合っていた。


 酒場では勇者たちに個人的な相談をしに来る者も多い。勇者たち公務員はそれぞれ自国の看板を背負っているため、些細な頼みごとでもすすんで引き受ける。

 邪険にしたり適当な仕事をすれば最後、「あの国の勇者は使えない」という評価がついて回る。そうすれば魔王を倒したところで手当が相当に引かれてしまうのは目に見えていた。世界は民主主義である。


「で、相談というのは?また材料集めか?」

「いいえ、実は個人的な悩みなのです」


 白いワンピースに赤い髪の少女は長い睫毛を何度も上下させながら答えた。彼女はこの街では有名な武器職人だった。有名というのは腕の良さもさることながら、彼女自身の特異性にもある。


 彼女は二重人格者で、武器を作る人格と防具を作る人格を持っている。どうやら噂では、武器を作るのに集中したいがために人格が分離しているとのことだが、買う側からすれば至ってどうでも良いことなので、相談を受けた勇者自身も大して気に留めていない。


 曰く因縁付きの武器を使いたいなら兎に角、普段使いの武器にそんな逸話は不要だった。因みに武器を作る方は女性らしくて大人しく、防具を作る方は男勝りで荒々しい性格である。現在の彼女がどちらの人格かは、胸の前で不安げに組まれた両手を見れば明らかだった。


「私がその、二重人格であることはご存知だと思うのですが」

「知っているよ」

「実は最近困ったことになったのです。その、防具を作っているほうが」

「何?暴れだしたりしたのかい?」

「いえ、そうではないんです。あちら自身には何も問題はないのですが……実は二重人格になったようなのです」

「ん?」


 言葉遊びでも受けている気分になって、勇者は首を傾げた。仲間たちも同じような表情をしている。勇者は右手の人差し指で頬を書きながら、今しがた言われた言葉を整理しようと口を開く。


「いや、だから君は二重人格だろう?」

「そうじゃないんです!私の二重人格である彼女が更に二重人格になったんです!」

「えっと、多重人格になった?」

「私と彼女には互換性がありますが、新しい人格と私には互換性がありません。二重人格の片方が二重人格になったんです」


 勇者は眉間をつまんで考えこむ。同席している女格闘家が「なんだそりゃ」と実に的確な感想を零した。


「済まないけど、詳しく説明してくれないかな?」

「はい。えーっと、一番最初の人格である私をAとして、防具を作るほうがB、最近Bから生まれた人格をCとします」

「え、名前とかないの?」

「名前は皆一緒なので」

「一緒なの?混乱したりしない?」

「はぁ?」


 少女は可憐に首を傾げる。


「だって私達は全員別の人間ですから。勇者様は自分と同じ名前の他人を見た時に混乱するのですか?大丈夫ですか?」


 何故か二重人格者に頭の心配をされてしまい、勇者は奥歯を噛みしめる。


「そもそもBが生まれたのは私の生い立ちに原因があるのです。私が生まれたのは此処より更に北にある武器職人達の隠れ里です。そこでは伝説の剣を作り出すことに命を賭けた人たちがいました」

「その話は聞いたことがある」


 魔導師が飲み慣れない酒を片手に呟いた。


「何でも生まれた時には鍛冶を覚えるとか」

「それは流石に言いすぎですが、皆幼い頃から武器を作っているので、全員感覚が麻痺しているのは確かです」

「確か、一人前の武器職人になるには村の伝統である、ある儀式をしなければならないとか」

「そうです。肉親を殺してその血肉で武器を作ります」

「え?」


 魔導師が酒を口から零した。慌ててそれを拭いながら彼女を見返す。


「今、なんて?」

「肉親を殺してその血肉で武器を作ります」

「何のために?」

「さぁ……。私もやりましたが、大して良い武器は作れませんでした」

「やったのか!?」

「はい。……話続けてもよいでしょうか」


 彼女がそう訊ねたが、魔導師はふと何か思いついた顔になると、したり顔で口を開いた。


「つまり君の二重人格はその肉親を殺した時に生まれたんだね」

「違います」

「違うんだ」

「大人になるための通過儀礼みたいなものですし……」

「じゃ、じゃあ一体どこで?」

「仕事のストレスです」

「普通の理由が出てきたなぁ」


 魔導師はこれ以上話すのを諦めたように口を噤み、視線だけで続きを促した。


「何しろ里を出るまでは武器しか作っていませんでしたし、周りも武器職人だからペースを合わせる必要がなかったのです。それが人里に降りてきてからはあまりに勝手が違いすぎて、戸惑いの連続で……。

 武器を作ろうにも気が散る、気が散ると良い武器が出来ない。良い武器が出来ないと実入りが少ない…その悪循環ですっかり精神的にやられてしまいました」


 赤い髪が酒場の照明に照らされている。

 毎日火に晒されているためか乾燥気味ではあるが、香油をつけているのか滑らかな輝きがある。


「そうして生まれたのがBです。しかし元が私ですから、彼女も私と同じような悪循環に嵌ったようで、それで新しく人格を作ってしまいました」

「その人格が何か不都合なことでもするのかよ?」


 女格闘家は至って平凡な質問を投げかける。防具職人の人格とは意気投合して酒を飲む仲であるが、武器職人の方はおとなしくてつまらないと平素言っているのを勇者たちは知っている。


「不都合と言いますか…何しろ私からは彼女を全く感知出来ないので曖昧な言い方になってしまうのですが」

「いいから言えよ。あたしはグズグズされるのが嫌いなんだ」

「その、どうやら剣士のようなのです」

「はぁ?」

「ですから、剣士なんです。Cは。私の作った剣を使って、毎日どこかに行っているようで」

「危ないだろ、そんなことしたら」

「私に言われても……」


 武器職人は困ったように眉をよせる。その時、暫く黙っていた勇者が再び会話に加わった。


「君は武器職人としては優秀だが、修行も何もしていない一般人だ。むやみに外に出るのは危険だ。しかし君には彼女を制御出来ない。それで困っているんだね?」

「その通りです。なのでCを殺さない程度に痛めつけて、あまり無茶をしないように言ってくれませんか?」

「なるほど、そういうことか……」


 いいだろう、と言おうとした時に彼女は愚痴を言うように続けた。


「今朝もよくわからない大きなイノシシが家の前にあって」

「いのしし?」

「背中に大きな刀傷のある白いイノシシが」


 それを聞いた魔導師は、慌てて携帯している紙束をめくる。そして目的のものを見つけ出すとテーブルに置いた。


「これかい?」

「あぁ、そうです。これです」


 それは昨日この酒場に貼りだされていた。凶悪なモンスターの討伐依頼書だった。勇者たちでは少々経験値が足らないため、作戦を練ってから挑もうとしていた相手である。


「それを君一人で」

「随分やんちゃな性格みたいです」

「やんちゃとかそういう問題ではないと思う。君、怪我はしていないの?」

「怪我ですか?いえ、別に」


 無傷で凶悪なイノシシ型魔物を斬り捨てる剣士。それを想像して勇者たちは絶句する。


「お願いです、勇者様。Cを止めてくれないでしょうか」


 可憐な顔に悲痛なものを浮かべる彼女。それに心を動かされかけるが、勇者はあえて質問を重ねた。


「無傷ならいいんじゃないかと思うんだけどダメなのか……?」

「だって売り物の剣を持って行ってしまうんですよ?Bは私と同じ職人ですから、そんなことしません。Cはそういうことがわかっていないのです」


 怒りのポイントがささやかに違うのは、隠れ里出身だからではないと全員悟りかけていた。


「君の言うことは聞かないにしても、Bの言うことは聞くんじゃないのかな?」

「それが生意気なことにCと来たらなまじ腕が立つものですから、私とBのことを見下しているのです。そもそも私がいなければBもいない、BもいなければCもいない。

 そういうところが彼女は全く理解できていないんですよ。私は言わば始祖です。尊重されてしかるべきではありませんか」

「いやぁ、どうだろうな……」

「Cは私の子孫のような存在です。もし私と体を共有していなかったら、血肉で武器を作っているでしょう」


 拳を固めながらの物騒な物言いに勇者たちは腰を退かせた。

 しかしそれを、単に気乗りしないのだと受け止めた武器職人は縋るような目をして、あることを提案する。


「もしCを説得していただけたら、みなさんの武器と防具を無償で作ります」


 それは非常に魅惑的な取引だった。少女を説得するだけで武器と防具が一式手に入る。しかも無料で。普通だったら引き受けても良い。

 しかし勇者達の目には、既にこの世から葬り去られたイノシシの手配書と、そこに書かれた注意喚起の文が焼き付いていた。


END

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