それでも、ケアをさせて頂きたい②
世の中のために働きたい。
社会の消耗品となって使い捨てられることが、世の中のためだと思っていた。
彼女と出会うまでは。
次に散歩をするのは、
もも様、幸枝様、照子様の3名様は、赤の他人だが、職員からは“三姉妹”と言われている。
「ねえ、おにいちゃん」
甲田忍は、もも様の車椅子を押しながら、もも様に話しかけられた。
「さっき社長とお話していたハンサムは、誰なの?」
もも様は、施設長のことを“社長”と呼ぶのだ。
インターンシップの事前の挨拶に来た後藤を見て、周りのかたに「あの彼、ハンサムね」と嬉しそうに話していた。
「今度、実習に来る学生さんだそうですよ。ももさん、良かったですね」
「じゃあ、おにいちゃんはもう来ないの?」
甲田の所属は深谷だが、昨年の6月頃から月1回くらいの頻度で本庄へ応援に来ている。
ご利用者様からも顔を覚えられてしまった。
隣をちらっと見ると、「二十四の瞳」ならぬ“4の瞳”がきらきら輝いて甲田を見つめていた。
ワンペアは、車椅子に乗る幸枝様。もうワンペアは、車椅子を押す高橋だ。
「俺、来月も1回くらい来ることになると思います」
もも様が「やったあ」と喜ぶ。
幸枝様が、「ふう」と安堵する。
高橋が、お上品に微笑む。
「もも様も、幸枝様も、しーちゃんがお気に入りみたいですね」
高橋が甲田を“しーちゃん”と呼ぶときは、周りに他の職員がいないときだ。ご利用者様にも“しーちゃん”を浸透させたいらしい。
「ももさん、しーちゃん恰好良いですよね?」
「ねー」
もも様が同意する。
「幸枝さん、しーちゃん恰好良いですよね?」
「うん」
幸枝様が頷く。
「だそうです。私も同意見です」
彼女は、甲田を“しーちゃん”と呼びながらも、敬語で話してくる。
どうやら、他の人に対しても敬語を使うらしい。
彼女は、甲田より2歳年上の24歳。
それなのに、年上っぽさはなく、かといって子どもっぽいわけではない。
自然と同じ位置にいて、同じものを見ている感じがする。
美人なのに、頭も良いのに、台無しになるくらいユニークで、文学や落語が大好き。
ご利用者様のことも大好き。
学生時代に介護が専門でなかった人だからこその視点が、かえって新鮮で、甲田もたまにはっとさせられる。
彼女なら、少し勉強をしただけで介護福祉士の試験に合格してしまうだろう。
彼女の事務職時代の話を聞いたときは、驚き、怒りたくなった。彼女自身に恨む気持ちはないらしいが、心の傷は今も癒えていないようだ。
彼女のことを守りたくなる。ご利用者様をお守りするのとは、違う意味で。
次の角を曲がると、公園を一周し終える。
その前に――仕事中だけれど、話しておきたいことがあった。
「
プライベートでの呼び方で、彼女に話しかける。
「俺の元上司の話、覚えてる?」
「元カレ?」
「誤解だよ!」
否定すると、彼女は少々残念そうな顔をした。何を期待していたんだ。
「今度、ボランティアでライブをやるんだって。三軒茶屋の『旅の夜風』というお店で。一緒に見に行きませんか?」
「是非! 行きたいです!」
即答。珍しく、歯を見せて笑っている。
「でも、仲違いしたままだったのでは?」
「うん。加地さんにきちんと確かめて、思い切り殴られてこようと思って」
「わかりました。心配ですから、私もついて行きます」
彼女を巻き添えにするのは気が進まないが、バンド演奏は純粋におすすめしたい。
仕事以外でも、彼女の喜ぶ顔が見たい。
これでも、プライベートではお付き合いしているのだから。
彼女がご利用者様と接している様子を見ていたら、自分はこれではいけないと思った。
介護職員は、ご利用者様の消耗品ではない。ご利用者様は、職員の手がないと生きてゆくことは難しい。信頼して頂いて、介助させて頂ける、そのかたにとってかけがえのない存在のひとりになること。
自分がそういう介護職員になって、そういう介護職員が増えていくことが、世の中の介護のイメージを良くしてゆくことになるのではないだろうか。
単純に言えば、世の中のためになるのではないだろうか。
甲田の考え方は変わらない。
介護の仕事が好き。
世の中のために働きたい。
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