JESSICA

ラッコ

第1話 クークス

「うぉ〜」

 俺が呻くと、隣にいた小梅が睨みながら言った。

「オイ、うるさいアル!クークス」

 呻いただけなのにと俺は思う。でも小梅の毒舌にはもう慣れっこだった。「疲れた、乗る」と言って肩へよじ登ってくる小梅の重みによろめく。俺と小梅は今タトイ砂漠の真っ只中にいた。5時間前、俺が仕えていた主に放り出されここまで歩いて来たのだが、向こうに見えるスワの森には全く近づいているように見えない。俺の肩に仁王立ちした小梅は遥か彼方のスワの森を見、俺の肩をげしげしと蹴る。

「全然近づいてねーじゃねーかヨ!オイ!」

「仕方ねーだろ!俺にいうな!」

「ちっヤクタタズアルな」

「言ってろ」

 俺はまたスワの森を目指して歩き出した。

「くそー暑い!」

 俺がたまらず喚くと、また小梅が俺の肩を蹴る。

「うるさいって言ってるネ!暑いならその邪魔クセー尻尾切り落とせヨ!見てるだけで暑苦しいアル」

 そう言って小梅は俺の髪を引っ張る。

「いてっ何すんだよ!この髪はモルデオ族の誇りなんだよ!このポンコツセイン!」

「言ってろヨ」

「クソッ言わせておけば…」

 俺達は罵りあいを始める。罵りあいはこれで5度目だった。

「お前この前も肉生焼けだったんだよ!俺はよく焼きがいいんだよ!そんなのも分かんねぇのかこの毒舌チャイナ野郎」

「あぁ!?何言ってるアルか、このド田舎チリメン野郎!小梅はレアがいいネ!都会のヤツらはみんなコレ食ってるアル!そんなのも分かんねぇなんてほんと田舎モンアルな!」


 三年前サシラの森を出てから俺達は各鳥羽組というヤクザの用心棒となった。賭場荒しを張り倒すうちに、『鳥の飼いカーネ』と裏社会で呼ばれるようになった。小梅は「おまんま食いパッぐれるのだけはイヤネ」と言って許すのだが、俺は納得がいっていなかった。先ほど言うことを聞かなくなった俺を各鳥羽のボスは放り出した。その場で俺を殺さなかったあのボスはやはり馬鹿なのだなと俺は思う。


 ワーギャー喚いていた小梅がいきなり顔を上げる。続いて俺も異変に気づいた。僅かだが、地面から振動が伝わってくる。

「おいポンコツ、コレ何だ?」

 小梅は俺に舌打ちすると伝わってくる振動に全集中力を注ぎ始めた。

「この振動…見たところGLAY-200ってとこか…それともREMdeadアルか…?」

 小梅の口から多くの陸船の名が飛び出してくる。よくそんなに出るもんだ。

「GLAYも、REMも、だいたい使うのは軍人アル」

「まじで?じゃ乗せてもらえっかな?」

 小梅と俺は興地獄から開放される希望が見えた興奮からピョンピョンと跳ねる。

「その可能性はあるアル!あ、アレヨ!」

 小梅が指さした方向に厳つい陸船が砂埃を上げながら近づいてくる。

 その時陸船に目を凝らしていた小梅がハッと顔を上げる。

「あの紋章…クークス…」

「?」

 俺が陸船を見ると上に取り付けられた大砲口が光った。

「クークス!!!逃げるネ!!!」

 小梅が俺を突き飛ばす。陸船から放たれた光の矢が一直線にこちらへ迫ってくる。凄い音と共に真っ赤な何かが俺の顔へ降りかかり、小梅の身体が吹き飛ばされる。

「小梅!!!」

 眼前にボトっとちぎれた小さな片足が落ちる。小梅の右足の付け根からドクドクと血が出ているのに気がついた。

(クソッもって1時間だな…)

 小梅に駆け寄ろうとした瞬間、ガクンと膝から崩れる。見ると大砲が打たれたあたりから灰色の煙が漂ってくる。

「チッ毒か?何だあの大砲…明らかに密輸入モンじゃねぇか。30分てとこになっちまった」

 続いて二発目が打たれる。脚に受け、肉がえぐれると共に激痛が身体を打つ。

「ぐッ…」

 目の前に男が降り立つ。

「てめぇ…あの紋章…各鳥羽組のモンだろ…違法賭博場の場所を知った俺を始末しに来たってとこか」

「察しがいいな。タートイン」

「俺みたいな雑魚潰すために人員を動かすとは…あのモジャモジャはただの馬鹿だったようだな」

 男はえぐれた俺の足を踏み付けると右腕に二発拳銃で打ち込む。

「ぐあっ」

「その減らず口叩くくらいならモジャモジャのために早く三途の川渡らねぇか腐れガキ」

「いいのか?自分の…ボスだろうが…」

 男は笑って言った。

「冥土の土産に教えてやろうか…組長を見限って若頭が裏切り行為を起こした。若頭についてった組のモンが八割を超えてな。各鳥羽組は総崩れさ。俺は若頭の命できたんだ。違法賭博場はそのまま使--」

 男の言葉が急に途切れ俺の目の前に男の首が落ちた。

「へぇ、各鳥羽組は崩れたのかい?いい情報聞いたねぇ。警察と情報屋に売れば高くつく。ソネット、あの子の処置を頼むよ。」

 ソネットと呼ばれたセインが小梅の方へ走っていくのが見えた。俺の前に革袋が投げられる。

「飲みな。解毒剤入の水だよ。陸船に運ぶのは面倒だから片足で甲板まで行ってもらうよ。」

 あんたも騎士だしそれくらい行けるだろ、と女は言う。革袋に手をつけない俺を見て、女はしゃがみこんで俺に言った。

「警戒してんのかい?あんたはこれを飲んでも飲まなくても死ぬよ。飲むか飲まないかは任せるがね。ただ私はどちらにしろあの子をもらってくよ?セインは放っておけない主義でね」

 俺は観念して革袋に手を伸ばす。

 フフンと満足そうに女は笑い、俺の足と手を布で縛って止血した。

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