第124話 骨をひろってくれ
「だれか、骨(ほね)をひろってくれ」
大声が響きます。
ここは斎場ではありません。れっきとした手術室です。(←(^ω^)手術室だってさ!)
叫んでいるのは執刀医。
私がまだかけ出しで、地方の日赤病院で研修をしていた時のことです。
交通事故で頭部外傷を受けた男性患者が入院しました。急性硬膜外血腫です。(⇒豆知識①)
指導医の先生と硬膜外血腫の緊急手術をしました。
硬膜外血腫は、頭に外傷を受けた時に発生する頭蓋内の出血の塊です。血腫が大きくなると脳に影響が出ます。その危険がある時は手術的に血腫の除去を行います。
当時はまだ田舎の方では、外科医が硬膜外血腫くらいの手術はしていたのです。それくらい手技的には簡単なものです。
私はあまりよくわからずに、第2助手になりました。
執刀医は器械で頭蓋骨を削り、直径3cmほどの丸い穴を開けました。
そしてその骨片を手にした時、滑ったのです。骨片を落としてしまったのです。
骨片は真ん丸なので、手術室の床の上をころころころと転がっていきました。
「おーい、待ってくれ!」
と言ったところです。
「しまった、誰かそれをとってくれ」(←(^ω^)これが冒頭の叫びだよ)
やれやれてな顔をして、外回りのナースがピンセットでそれを拾い、滅菌シャ―レに置きました。
余談ですが、手術室のベテランナースともなると、研修医の私など鼻であしらわれていましたよ。手術器具が落ちそうになると、「ホレホレ落ちるよ」と叱られました。(←(^ω^)まだ忘れられないんだよね。トホホ)
外科医かけ出しの私は、骨片を消毒すればまたすぐ元に戻せると思っていました。
ところがです。
執刀医は頭蓋内の血腫を取り除くと、「骨は腹に埋めとくぞ」と叫ぶやいなや、骨の穴を開けたまま、頭皮を縫合閉鎖してしまいました。
(ええ!頭蓋骨って、開けたままでいいの……)
私は何が何やら訳分からずに、ポカーンと見ていました。
執刀医は、やにむにシ―ツに覆われた患者の腹部を出して、皮膚を消毒しました。
(何やってんの……)
私にはまだ分かりません。(←(^ω^)何しろかけ出しだもんね)
骨は感染に弱い臓器です。
ちなみに身体には、感染に強い臓器もあれば、弱い臓器もあります。
強い臓器は外界と接している臓器で、典型は消化管や気管です。弱い臓器は、骨、関節、脳など外界から隔離された臓器です。
私は消化器外科ですから、ウンコまみれの手術というのも時にはあります。
癒着性イレウスの手術などは、膨らんだ腸管の癒着を剥離している最中に、腸管を破ってしまい、腹腔内にウンコが流出てなことも時にあります。
しかし、「ああ、やっちゃった!」というくらいで、さほど驚きません。たんたんと吸引器で吸い取ったりガーゼで拭いたりします。手術の最後に腹腔内を生食水で洗って終わりです。
しかし、感染に弱い臓器の場合は違います。脳外科の手術や整形外科の関節手術などは、クリーンルーム(⇒豆知識②)でやっていました。
話しを戻します。(←(^ω^)この人、話しがよくずれるね)
骨片をいくらきれいに洗って消毒しても、完璧に細菌を無くすことは出来ません。その骨片を元の穴に戻せば、時間とともに細菌が増殖し、骨や局所の感染、ひいては脳の感染を引き起こすのです。
それは絶対に避けなければなりません。
執刀医は、消毒した腹部を5センチほど切開し、切開創の皮下に空洞を造りました。その中に、洗浄しておいた骨片を押し入れたのです。
そしてその創を縫合閉鎖したのです。
「1週間後に頭に戻すよ。おしまい」
そう言うと、手術を終えました。
こうしておいて、抗生剤を注射か経口で投与すれば、たとえ骨片に細菌が残っていても、綺麗に滅菌できるのです。
それから1週間ほどして、骨片に感染がないことを確認して腹部から取り出し、頭蓋骨の欠損部に戻したのです。
「ベテランは何でも出来てすごいなあ」
私は感嘆の声を上げました。
☆豆知識
①急性硬膜外血腫(きゅうせいこうまくがいけっしゅ、acute epidural hematoma)とは、硬膜と頭蓋骨との間に血腫が形成された状態のことです。
通常、頭部外傷に伴う頭蓋骨骨折に合併し、頭部外傷としては極めて重症に分類されます。
主に硬膜の外側にある硬膜動脈、他に硬膜静脈、あるいは静脈洞の損傷からの出血によって頭蓋骨と硬膜の間に生じる出血。特に側頭骨骨折による中硬膜動脈の破綻によるものが多いです。
受傷直後には意識障害を呈するが、脳挫傷などによる脳自体の一次的損傷が少ない場合には、すぐに意識は回復します(意識清明期)。
しかし、血腫の増大によって徐々にあるいは急速に、脳圧が亢進し再び意識障害を呈します。同時に、瞳孔不同、片麻痺、除皮質あるいは除脳硬直などの脳嵌頓徴候を生じます。中硬膜動脈の損傷がある場合には、この徴候は急速に出現することが多いです。
頭部CTにより、血腫をレンズ状の高吸収域としてみとめ、圧排のため「midline shift」がみられます。
緊急に開頭し血腫除去、止血を行います。脳浮腫に対してはグリセリンを使用します。
②クリーンルーム(clean room)とは、空気清浄度が確保された部屋のことです。防塵室(ぼうじんしつ)ともいいます。
医療用途として、手術室、医薬品や化粧品の製造所、滅菌医療機器の製造所や滅菌室などがクリーンルーム化されています。
塵埃を排除すれば細菌類も排除できるため、手術室などを清浄化すれば細菌に起因する汚染を予防できるという考え方に基づいています。
参照:Wikipedia
〈つづく〉
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